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47話 木曽川楠男の災難1【浮気相手】


 これは、岡谷おかや 光彦みつひこの元妻を寝取った、木曽川きそがわ 楠男くすおの転落の物語。


 話は、まずは木曽川が出版社に入社したての頃から始まる。


『新人の木曽川きそがわ 楠男くすおっす! みんなよろしゃーっす!』


 彼が配属になったのは、TAKANAWAブックスの編集部。


 木曽川は同僚達に頭をぺこりと下げる。


『はい、じゃあ木曽川くん。君は岡谷おかやくんの下について、まずは勉強してね』


 上松あげまつ 副編集長が、そう言う。


 木曽川は紹介された男を見る。


 身長が高く、どこか目が死んでいる。


 それ以外に特段、変わったところのない……。


(なーんだ、おれの教育係、冴えないおっさんかよぉ~。女の方がよかったわー)


岡谷おかや 光彦みつひこです。よろしく、木曽川くん』


『うぃーっす。木曽川っすー。よろしくちゃーん、パイセン』


 木曽川のそんな軽いノリを見て……。


『木曽川くん』

『なんすか?』


 岡谷おかやは少し険のあるトーンで、こういう。


『ちゃんと敬語を使いなさい』

『は……?』


 突然、何を言ってるのかわからなかった。

 だがすぐに、注意されたのだと気づく。


『俺たち編集者は、これから外部の人たちと、付き合っていくことになる。ビジネスの場において、その軽薄なしゃべり方は、相手の不興を買い、最悪、相手と仕事をしてもらえなくなる可能性がある』


『…………』


『しゃべり方には十分に注意すること。いいですね?』


 岡谷おかやがしたのは、教育係として、至極まっとうな指摘だった。


 ……だというのに。


(……はぁ? なに偉そうに命令しちゃってきてるの、このおっさん?)


 木曽川は心の中で、舌打ちをする。


(冴えないおっさんの分際で、えらっそうに。おれ、こういうやつ一番嫌いなんだよな)


『木曽川くん。返事は?』

『へーいへいさーせーん』


『……まあいい。今日は施設のなかを案内します。ついてきてください』


 岡谷おかやのあとをついて行きながら、木曽川は内心で悪態をつく。


(こんな偉そうなクソじじいの下でずっとかよ……はー、うっざ。変えてくんないかなー)


 岡谷に連れられ、木曽川は社内の施設を見て回る。


岡谷おかやサンって、どこの大学出身なんすかー?』


『……京櫻けいおうだ』


『はぁ!? うっそぉ!』


 ……京櫻けいおう大学。

 この日本において、羽瀬田わせだと双璧をなす、レベルの高い大学だ。


(こんな冴えないヤツが京櫻けいおうかよ……うっわ、余計に腹立つわー。まじむかつくわー。死ねば良いのに)


『木曽川くんは?』


『あー……まあー……おれはいいじゃないっすか!』


 まさか四流大学とは言えない。彼にもプライドがあった。


 さて、一つ疑問に思うことがあるだろう。

 それは、そんな馬鹿大学出身なのに、大手出版社に、どうやって入れたのか。


 タカナワグループは、岡谷おかや、上松を始めとして、高学歴な編集者が多い。(上松は東大出身)。


 ではどうやって入れたのか?


(タカナワの中津川社長に、おれの若い女紹介してやって、手に入れた大手出版社のポストだってのによぉ)


 木曽川は外見だけに優れる。

 大学時代の知り合いを、社長に斡旋し、コネで入社したのだ。


(はーあ、ガキの読み物の部署で、しかもこんなムカつくおっさんの下とか……はー、アンラッキー)


『ところで、木曽川くんは、どんなラノベ好きなんですか?』


 施設の案内をしながら、岡谷おかやが問うてくる。


 彼からすれば、後輩とのコミュニケーションの一環であった。


『そっすねー。ぶっちゃけおれ、ラノベ興味ねーんすわ』


『…………そう、なんですか』


『うっす。ほんとはさー、漫画の編集部いきたかったんすよー! ほら、ラノベと漫画なら、漫画の方が高尚じゃないっすかー! 歴史も深いし!』


 ……暗にラノベを低俗で、歴史が浅いと、馬鹿にしていた。


 岡谷はそれを聞いて……。


『木曽川くん。編集同士雑談のときならいいですが、そういう態度は、作家には見せてはいけませんよ。トラブルの元になりかねません』


 ……これもまた、後輩である木曽川が、困らないようにと言う注意だった。


 しかし……。


『は? なんであんたに、そんなこと言われなきゃいけないんすか?』


 木曽川は顔を歪めると、露骨に態度を豹変させた。


『いちいちうざいんすけど。仕事以外のことで、そんな余計な話しないでくれます?』


『……そうか。すまないな』


 岡谷はそれ以上何も言わなかった。

 だが、そこからだ。


(ほんと、このおっさん、ちょーうぜええ)


 岡谷に対して、木曽川は、悪感情を向けるようになったのは。


    ★


 木曽川が編集部に所属してから、半年ほどが経過したある日のこと。


『木曽川編集、悪いが、私はここでもう書きたく無い』


『はぁあああああああああ!?』


 そこは、タカナワの編集部の会議室。


 目の前に座っているのは、白いスーツを着た青年。


『なっ、なんでっすか、白馬はくば先生!?』


 白馬はくば 王子おうじ


【アーツ・マジック・オンライン】……AMOの作者だ。


 AMOとは、VRゲームを舞台として、仮想現実を生きる剣士達の物語である。


 アニメ、映画にもなった、大ヒット作であり、業界ナンバー2の超有名人だ。


 木曽川は、この超ベテランのラノベ作家の下に担当することになったのである……。


『すまないが、君の下では仕事をしたくない』


『なんでっすかぁ!? おれ、なにかしちゃいましたかっ!?』


『……我が弟子を、随分といじめてくれたようではないか』


 敵意をむき出しにして、白馬が言う。


『で、弟子……?』

黒姫くろひめ エリオは知ってるだろう?』


『エリオ……エリオ……ああ! あの中学生のガキっすね!』


 黒姫エリオ。

 この間、タカナワの新人賞に応募し、見事受賞。


 受賞作【イタリア語でこっそりデレるフォルゴーレさん】……略称【いたデレ】でデビューすることになった。


 その【いたデレ】の作者、黒姫エリオの最初の担当が、木曽川だったのだ。


『……木曽川編集。ガキとは、なんだね、そのいいかたは』


 白馬の瞳には、ありありとした敵意の炎が浮かぶ。


『確かに、エリオはまだ中学生。君からしたら年下だろう……しかし! 相手はビジネスパートナーではないのかな?』


『あ、いや……そう、っすけど……』


『君は作家へのリスペクトが足りてない。しゃべり方もそうだが、君の仕事には……作者への、作品への、愛がない』


 ばんっ! と白馬はテーブルの上に、1枚の紙を載せる。


『それ……いたデレの、キャラクターラフじゃないっすか?』


 キャララフ。

 イラストレーターに、作品のキャラの見た目(造形)を発注した際に、まず出てくる下書きのようなものだ。


『たとえば、このラフ。主人公の髪の毛は、金髪だ。だがこのラフは赤色になってる。どういうことかな?』


『え、だって赤のほうが、目立つじゃないっすか! ねえ!』


 はぁ……と白馬がため息をつく。


『エリオは、金髪にしてくれと、きちんと指示した。君に指示書も送ったではないか』


 指示書。それは、作者がイラストレーターに送る、キャラクターの見た目のざっくりした指定が書かれているものだ。


 いずれにしろ、エリオの注文した髪の色と、実際に上がってきた色とは、異なる。


『いや、ほら、金髪ヒロインってありふれてるっつーか、ね? 赤の方が目立つし! ほら、そこは編集の腕にまかせてほしーかなーって』


『……なるほど、編集として、売れるための変更だった。それはわかる……が、だとしても』


 ばんっ、と今度は、タブレットPCをテーブルに置く。


『髪の色が変更になったことを、エリオに告げず、表紙を完成させてしまったのは、どういうことだね?』


 エリオは、木曽川が勝手に髪の色を変えたことを知らなかったのだ。


 深夜に、完成イラストだといって、一方的に送られてきて、これで進めますと一言だけ。


 ……それを見たエリオは、白馬にこのことを相談し、今に至る次第。


『え、だってほら、表紙は編集の領分っつーか、作家は文章だけ書いてりゃいいじゃないっすか、ねえ?』


『いい加減にしたまえ!』


 どんっ! と白馬が強くテーブルを叩く。


『なんだその態度は! 我々は文章を書くだけの機械ではないのだぞ!』


『ちょっ、マジにならないでくださいよこんなことで……』


 白馬は、深くため息をつく。


『……失礼。熱くなってしまった』

『いやいやいいっすよぉ』


『そうか。では、私とエリオは、タカナワではもう二度と仕事しないことにする』


『はぁ……!?』


 白馬は立ち上がり、出て行こうとする。


『ちょちょっ、冗談っすよねぇ!? ねえ!?』


 出て行く白馬の足に、木曽川が情けなくすがりつく。


『冗談ではない。エリオは……私の大事な弟子だ。彼女にこんな、リスペクトの欠片もない編集をつけて、悲しいデビューをさせたくない』


『で、でも白馬先生が出てく必要ないじゃないっすかぁ! ね、そんなガキみたいなこと言わないでくださいよぉ!』


『不愉快だ。帰る』


 木曽川の制止を振り切って、白馬が出て行こうとする。


(まずい! AMOの作者が、おれのせいで出て行ったってなれば! お、おれの評価が下がる!)


 大いに焦った……そのときだった。


『王子、どうした?』

光彦みつひこ……』


 会議室のスペースに、岡谷おかや 光彦みつひこが顔を出したのだ。


(は? 光彦? 王子、どゆこと……ふたりは、知り合いなん?)


 困惑する木曽川をよそに、岡谷は白馬と話し合う。


 簡単に何があったのかを白馬から聞き取ると……。


『白馬先生。すみませんでした』


 岡谷はその場に膝をついて、頭を下げたのである。


(は? なんで土下座してるの、このおっさん……?)


 一方で、白馬は目をむいて、慌ててそれを止める。


『み、光彦! 頭を上げたたまえ! 君がそこまでする必要はない!』


『いや、これは後輩の教育がしっかりできなかった、俺のミスです。すみません、白馬先生』


『光彦……』


 白馬は小さくと息をついて、言う。


『私が悪かった。感情的になりすぎた。離脱を撤回するよ』


 岡谷は安堵の吐息をつくと、立ち上がる。


『イラストは、どうするんだい?』


『俺がイラストレーターさんに頭を下げて、黒姫先生の指定の通りの絵に変えてもらいます』


『いや、しかし……担当は君じゃないのに……』

『俺の監督不行き届きです。すみません』


 ……とはいうものの。


 すでに岡谷おかやは、木曽川の指導役ではなくなっている。


 本来なら、1年は、先輩の下について勉強するのだが……。


【おれ、もう一人前っすから、岡谷おかやさんを、担当外してください。あの人、後輩いびってくるし、嫌なんすよ】


 ……と、木曽川が、編集長の十二兼じゅうにかね 利惠としえに、直訴したのである。


 結果、木曽川は、まだ担当としてのレベルが十分でないのに、自分のワガママで、岡谷おかやの担当から外れたのだ。


『すみません、白馬先生』

『いや、いい。わかった。光彦。もう頭を下げないでくれ』


『黒姫先生のもとへも、謝りに伺います』

『ああ、わかった。エリオにそう伝えておくよ』


 ……岡谷のおかげで、AMO作者が離反という、未曾有の危機を回避できた。


 ……さらに言えば、このあと、【いたデレ】は空前の大ヒット作品となる。


 タカナワの看板の1つになる作品を、木曽川のせいで、台無しになるところだったのだ。


 それを防いだのは、岡谷おかやのカバーリングがあったからこそ……なのに……。


 トイレにて。


『くそっ! あのおっさん! むかつくっ! むかつくんだよ!』


 がんがんっ! とトイレの個室にこもって、壁を蹴飛ばす。


『チクショウ! あのクソじじい! そうだよ、おれは悪くねえじゃん! おれの教育担当はおめえだろうが! ちゃんとおめえが色々教えてくれれば、こんなミスなかったじゃねえか!』


 ……今回の件が、副編集長の上松の耳に入った。


 そして、1時間、上松副編集長に、こってりと怒られたのだ。


『くそっ! 死ね! 死ね! 岡谷おかやぁ! 覚えてろぉお!』


 ……以上が、木曽川の過去の、最初のエピソード。


 彼は岡谷おかやにつよい恨みを持つようになる。


 これは、彼が転落する前の話。


 彼がこのタイミングで心を入れ替えて、真面目に編集をやっていれば……。


 後に、あんな酷い目に、あわずに済んだというのに……。

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― 新着の感想 ―
[一言] これって現在の出版界衰退の原因になった 昭和の事例ですね!岡谷タイプの有能な編集者払底が 出版界衰退の原因だしな!先輩作家も出版社の 裏切りがバレて20世紀の大御所はSF界で 断筆者が続出少…
[一言] 木曽川の野郎も馬鹿だな。白馬を怒らせるだけでなく、「るしあとその関係者をも」敵に回した。 仕事がなくなるどころか、地獄を見ただろうに。まあ、自業自得だし、助けるつもりはないがな。
[一言] 学歴とかの背景があって優遇されてたのかなと思っていたら、逆にあちらの方が高学歴で、ドス黒いコネ採用だったか…。 社長がそれで重用するのは分かるが、よく社内で信用得られたなあ。
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