43話 一花と二人で酒を飲み、そして…
ショッピングモールでの買い物を終えた俺たちは、ホテルへと戻った。
夕飯を食べた、そのあと。
俺はホテルにある、レストランへとやってきていた。
「岡谷くん、お待たせ」
窓際の席に座っていると、ドレスを着た贄川が、俺の元へやってきた。
「…………」
びっくりするほど、綺麗だった。
彼女は今、黒いドレスを着ている。
背中と胸元がぱっくりと空いたデザインだ。
真っ白な肌を惜しみなく露出させ、ともすればその大きな乳房が、こぼれ落ちそうである。
背が高く、スタイルの良い贄川に、体にぴったりフィットする感じのドレスは、とても似合っていた。
彼女は長髪の毛を、夜会巻き……とでもいうのか、普段より高い位置でまとめていた。
「待たせてごめんなさい」
「気にするな。ここ、レストラン多すぎるよな」
ホテルの中には多種多様なレストランが存在する。
和洋中フランス、料理ごとにレストランがあるだけでなく、アルコールを飲む用など、シチュエーションに応じたレストランがあるのだ。
贄川は俺の前に座る。
どうしても、その大きな胸が視界に入ってしまう。いかんな……。
「ふふっ。岡谷くんが喜んでくれたみたいで、気合い入れたかいがあったわ」
「すまん」
「ううん、いいの。むしろ、見てほしいな……お、岡谷くんに、どきどきしてもらいたくて、がんばったから……」
ほんのり頬を赤く染めると、贄川が目線をそらしながら、表情をほころばせる。
大人な雰囲気と、美しいドレスを身に纏う彼女は、どこか違う世界の、お姫様のように見えて……戸惑ってしまう。
「飲むか」
「ええ、そうね」
俺たちは給仕からメニュー表を受け取る。
「ここ……ほんとすごいわね。こんな高いお酒がおいてある。しかも値段が全部書いてないんですもの」
夕飯の時もそうだった。
ここでの飲み食いは、全てただらしい。
『こーんな高級料理がただぁ!? すごい! すごいよー!』
とあかりが驚いていたっけ。
ちなみにJK組は部屋に戻っている。
俺たちが酒を飲むというと、自分も! といってきたので、20になってからなと注意しておいた。
「ワインにするかな。贄川は?」
「あたしも岡谷くんと同じもので」
ほどなくすると、給仕が飲み物を運んでくる。
持ち手が異様に長いワイングラスを手に取る。
「それじゃ……岡谷くん。お疲れ様」
「ああ、お疲れ」
ちんっ……。
贄川はグラスに唇をつけると、ぐいーっと勢いよく飲む。
「お、岡谷くん……すごい、このワイン……美味しすぎる……」
「ああ、すっと入ってくるな」
俺たちはおかわりをし、3杯くらいワインを飲む。
俺も贄川も、ほどよく酒が入ってきたくらいのタイミングだ。
「ねえ……岡谷くん。もしかして、何か今、悩み事でもあるの?」
贄川がそんなことを突然切り出してきた。
悩み……まあ確かになくはない。
だがそれは仕事の話であって、プライベートの話ではない。
「岡谷くん。言って。ほら、前に約束したでしょう? 何か悩みがあるのなら、何でも言ってって」
贄川はお酒で頬を赤くしながら、しかし、微笑んで言う。
前に、とは彼女の家に泊まったときのことを指しているのだろう。
子供の前で悩むわけにはいかなかった……けど、彼女の前でなら……。
「新作のタイトルを、迷ってるんだ」
「お嬢様が、岡谷くんのレーベルで出すっていうラノベ?」
「ああ。るしあは俺にタイトルを付けてほしいらしい。全て委ねると」
「信頼されてていいことじゃない?」
「いや……正直言うと、俺は自分のセンスに確信を持てない」
「そんなこと、ないわ。だって、岡谷くんが担当した、お嬢様の前作【せんもし】……すごい良い本だったもの」
せんもし。るしあのデビュー作であり、俺と一緒に作った本だ。
「ありがとう。るしあも喜ぶよ」
「違うよ岡谷くん。君が凄いって言ってるの。もちろん、お嬢様の書いた内容も素敵だったけど……」
贄川は微笑みながら、目を閉じる。
「表紙、タイトルのロゴを、帯……すべてが作品の雰囲気に、とてもマッチしてたわ」
「……だが、それはるしあが」
贄川は優しく、首を横に振る。
「確かにお嬢様にしか、せんもしって作品は作れないわ。でも……本の装丁を考えたのは、岡谷くんでしょう?」
「それは……そうだが……」
「内容がよくっても、お客さんが手に取ってくれなきゃ、売れなかった作品になっちゃうでしょ? それは……あなたが、よく知ってるんじゃない? ねえ、おかたに先生?」
おかたに。それは、かつて俺がラノベ作家やっていたときの、ペンネームだ。
「贄川……俺の作品が売れなかったのは、単純に内容がダメだっただけだよ。見栄えがいくら良くっても、中身がダメじゃ……」
「でも中身がいくら良くっても、見栄えが良くなきゃ売れないわ。あたしが言いたいのは、せんもしが売れたのは、お嬢様だけの力じゃないってこと」
贄川は笑みを崩さず、まっすぐに……俺を見てくれる。
俺を……とことん、肯定してくれる。
俺が一度捨てた、否定した……過去を、彼女は許してくれる。受け入れてくれる。
「どうして……そこまで肯定してくれるんだ? 俺は……俺は自分の過去が、こんなに嫌いだというのに」
酒が回っているからか、弱気になってしまっていた。
贄川は俺の手を優しく取ると、きゅっ、と包み込んでくれる。
「あたしは……岡谷くんが作る全てが……大好きだから」
「贄川……」
彼女の手から、温かな体温が伝わってくる。
開きかけた過去の傷が、優しく……癒されていく。
「今、編集者としてあなたが作る本も、かつて、小説家として、あなたが書いた本も……あたしは好き。それは今も昔も変わらない。あたしは……岡谷くんの全部を、肯定するよ」
だって、と贄川が優しく笑う。
「あたしは、岡谷くんのファンだもの」
……贄川は、岡谷 光彦のことも、、おかたにのことも、ずっと思い続けてくれたのか。
正直、るしあから向けられた信頼は、どこか重く感じるところがあった。
あの子が作った、今作は……間違いなく傑作だ。
それを、俺のセンスで……台無しにしたらどうしようかと。
いつも以上に、タイトルを付けることに、躊躇してしまった。
けど……贄川は俺を認めてくれる。
大丈夫だと、受け入れてくれる。
「……ありがとう、贄川」
肩に感じていたプレッシャーが、少し取れた。
視界が鮮明で、いつもより体が軽く感じる。
「よかった。岡谷くん、笑ってくれて」
ふふっ、と贄川が微笑む。
酒で上気した頬も、濡れた唇も色っぽく、俺は思わず、衝動に駆られそうになる。
その細い腰を抱きよせたくなる。
……いかん、酒が回ってるようだ。
「そろそろ、出るか」
「……え、……そう、ね」
フラ……と贄川が立ちくらみを起こす。
「大丈夫か?」
「うん……ごめん。ちょっと酔っちゃった。部屋まで……送って」
肩を抱き寄せると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
潤んだ瞳に、サクランボのような唇に、吸い寄せられそうになる。
なんだ、酔いが回っているからか……どうにも今日は、贄川が欲しくなる。
「いくぞ」
「うん……」
彼女はだいぶ酔っているのか、足下がおぼつかない。
俺は彼女に肩を貸して、一緒に歩いている。
「岡谷……くん……」
熱い吐息も、体に密着する大きな乳房も、いつも以上に彼女を女性として意識してしまう。
酒で本格的に気が緩んでいるようだ、俺……。
ほどなくして、俺たちは、部屋に到着する。
そうだ……俺たち、同じ部屋だったんだ……。
「いかん……これは……まずい……」
俺は今、だいぶ理性のたがが外れ掛かっている。
だが……。
「ベッド……いこ……」
「あ、ああ……」
俺は贄川をベッドにつれていき、彼女を仰向けに寝かせる。
「んんぅ……」
彼女が身じろぎすると、ドレスから胸がこぼれ落ちそうになる。
ダメだ、と思っても……俺は双丘に引き寄せられる。
「贄川……」
俺は彼女の体に、布団を掛けようとする。
ぐいっ、と彼女が俺を抱き寄せて、ぎゅっとハグしてきた。
俺は、正面から、抱かれてる形になる。
「……名前」
「え?」
「……一花、って、呼んで」
甘い声でささやかれる。
ぞくり、と背筋に電流が走ったようになる。
「いや……それは……」
「呼んで……ね? ……じゃないと、離さない」
このままでは、いけない。
彼女から逃げようとするが、けれど……動けない。
それは、彼女の力が強いからか?
それとも……俺が、離れるのを、拒んでるからか。
「……呼んで」
「………………一花」
酔った贄川……いや、一花が、小さく微笑む。
「……うん。よく……できました」
彼女の体から、力が抜ける。
腕を簡単に、振りほどけるというのに……。
俺は、動けなかった。
彼女と、もう少しこうしていたい。
酔いが回ったのと、精神的に凹んでいたところに、一花が優しくしてくれたからか……。
「一花、俺、は……」
彼女は微笑むと、手を伸ばして、俺の頬を包み込む。
「……いいよ。来て」
「でも俺は、まだ心の整理が済んでないのに、こんな形じゃ」
「いいの。あたし、あなたにとって、都合の良い女でいいから」
一花は妖艶に、しかしどこか優しく微笑む。
「あたしの体で、あなたの心が少しでもスッキリしてくれるのなら。それに……」
彼女が、甘い甘い、とろけるような甘い声音で、ささやく。
「あたし、岡谷くんのこと、好きだもの」
一花は、拒もうとしない。
全てを受け入れようとしている。
ダメだと引き止めることは、できない。
俺たちは、どちらからともなく、唇を重ねる。
そこから、俺たちは理性を失った。
……そして、俺たちは体を重ね合った。