42話 るしあと二人きり
俺たちは昼食を取った後、各自自由行動となった。
「おかりん、アタシお姉と、ちょーっと買い物してくるねー」
「ああ、ついてかなくて平気か? お金が足りないなら出すぞ」
「んーん。平気~。ちょーっとおかりんには、内緒のお買い物ですからにゃー」
「……秘密です、にゃー」
あかり達はクスクスと笑うと、俺の元を去って行く。
気にはなったが、まあ大人には知られたくない、子供の世界があるからな。
あの子達の邪魔はしないでおこう。
「岡谷くん、あたしもちょっと1人で買い物してきていいかしら? その間、お嬢様をお願いね」
「い、一花っ!」
るしあが顔を赤くして、贄川に詰め寄る。
「お嬢様、あたしは用事があるので、岡谷くんにエスコートしてもらってください」
「し、しかし……ふ、二人きりなんてそんな……」
「たまには、仕事抜きで交流を深めるのも、良いと思うのだけど。ね、岡谷くん?」
「そうだな。るしあは俺が見ておくから、行ってこいよ」
「ええ、そうするわ。じゃあねお嬢様。がんばって」
ぱちんっ、とウインクすると贄川が歩いて去って行く。
途中で、彼女は黒服の大男と、そして受付嬢と、バッティングしていた。
「……あれ、姉ちゃん。どうしたの?」
「……三郎。デートかこの野郎」
「……痛いって! でもいいの、姉ちゃん、お嬢達を二人きりに」
「……いいのよ。だって可哀想じゃない。せっかく勇気を出して旅行に誘ったんだから。二人きりにさせたいの」
「……はぁん、なるほど。でも取られたらどうするの?」
「……ぐぬっ。だ、大丈夫、大丈夫よ……それより、あんたたちのなれそめとか教えなさいよ」
なるほど、同僚を見かけたらか、そっちに声をかけに行ったのか。
「るしあ」
「あ、な、なんだ……?」
るしあは顔を真っ赤にして、目線を泳がせる。
「いくか。どこか行きたい場所でもあるか」
るしあは微笑むと、首を振る。
「特にないので、適当にそこら辺を歩こう」
「それでいいのか?」
「ああ。おかやの側に居るだけで、ワタシは幸せだからな」
そういえば作家と編集としてなら、一緒に飯行ったり、喫茶店に入ったりしたことがある。
だがこうして、プライベートで会うことはほとんどなかったな。
「いくか」
「ああ」
俺の隣に、るしあがついてくる。
背筋を真っ直ぐにして、すっすっ、と足音をほとんど立てずに歩いていた。
「ん? どうした、おかや?」
「いや……きれいな歩き方だなと思ってさ」
「昔から色々稽古事をさせられていてな。自然と身についたのだ」
「稽古か。たとえば」
んー、とるしあが指を折りながら言う。
「生け花、日舞、琴に……色々だ」
「それはまた、古風な習い事だな」
未だにるしあの家は謎に包まれている。
だがかなりの金持ちであることは確かだろう。
今までの言動もそうだし、こんなにたくさんの習い事をさせてもらっているのだ、裕福な証拠だろう。
「お、おかやっ! 見てくれあれをっ!」
ショッピングモールの一角に、ガチャガチャの筐体が置いてあった。
どうやら子供の玩具を売っている店らしい。
「これがうわさの、がちゃがちゃましーん、というやつだなっ!」
筐体を前に、るしあが興奮気味に言う。
「やったことないのか?」
「ああ。知識としては知っていたが、そうかこれが……」
「やってみたらどうだ?」
「ああ!」
肩からかけてるポシェットから、財布を取り出す。
金色のクレジットカードを取り出すと。
「あれ? この……ううん? どこにカードを入れれば良いのだ……?」
るしあは挿入口を真剣に探していた。
そういえばお嬢様だったからな。
ガチャガチャをやったことがないのだろう。
俺はポケットから財布を取り出し、100円を入れる。
「これで回せるぞ」
ぽかん……とるしあが目を丸くする。
かぁ……とるしあが、その瞳のように、顔を真っ赤にする。
「な、なるほど……か、カードは使えないのか……」
「ああ、小銭専用なんだ」
「そ、そうか……べ、勉強になった。小説に生かそうと思う」
るしあがペタペタ、と筐体に触れる。
「おかや、回す、とはどうするんだ? この機械ごとぐるんとまわすのか?」
「いや、そこのハンドルをこう、回すんだ」
「? よくわからない……」
るしあがハンドルに手をかけるが、どうすればいいのかで迷ってる様子だ。
「ちょっと後ろ失礼」
「え……? ひゃっ♡」
俺はるしあの後ろから、ハンドルを持つ彼女の右手に触れる。
「お、おお、お、おかやっ?」
「大丈夫。力を抜いてくれ」
「……はい」
慌ててたるしあが、急にしおらしくなる。
肌が腕の先まで真っ赤になっていた。
俺が彼女の手の上から、ハンドルを握る。
「ぁ……♡」
そのままがちゃり、と右に二度回す。
「ぁ……♡ ぁ……♡ んぅ……♡」
ごとん……。
「出てきたぞ」
「はぁ……はぁ……も、もう……終わりなのか……?」
物欲しげな目を、俺に向けてくる。
「もう一回やりたいのか?」
「ち、ちが………………いや、そ、そうだっ。も、もう一回……」
ちゃりんっ♪
「あっ」
がちゃり。
「あっ、あっ、あっ」
ごとん……。
「ほら、出たぞ」
「はぁ……はぁ……ああ、すごく……いっぱい……」
るしあが艶っぽくつぶやく。
汗で髪の毛がしっとり濡れて、ふわり……と甘い花のにおいが鼻腔をついた。
「そら、これがカプセルだ」
「おおっ! 中に【デジマス】の【リョウ】と【レイ】のすとらっぷが!」
デジマス……神作家カミマツ先生の、超人気タイトルだ。
先生のグッズは、今やどこへ行っても売られている。
「カプセルはこうひねれば開くぞ」
俺は1個彼女からカプセルをもらって、ぱこっと開ける。
ふむふむ、とるしあがうなずき、カプセルを開けようとする。
「くぬ……! くぬぬっ! くぬー!」
だが一向にカプセルが開く気配がない。
俺は彼女からカプセルを受け取って、ぱこっと開ける。
「ぜえ……! ぜぇ……! ぜぇ……! か、かたじけない……」
るしあはこんな小さなカプセルを開けるだけで、結構重労働らしい。
次からは気をつけよう。
「ふむ……おかや。片方どうぞ」
るしあが【リョウ】のストラップを、俺に渡してくる。
「いや、おまえのもんだぞそれは」
「いいや、おかや、一緒につけよう。おそろいがいい」
屈託なく笑う彼女。
おそろいのストラップを付けたがるのか。
子供っぽいところがあるんだな。
「じゃあ、遠慮なく」
俺はスマホにリョウのストラップをつける。
「るしあはどうする? 確かスマホをもってなかったんだよな?」
「うむ。だが……がらけーはもってるぞ!」
ハンドバックから取り出したのは、クラッシックな、ガラケーだった。
というかこれ……。
「確かシニアタイプの楽々フォンじゃ……」
プッシュするボタンがなく、3つしか宛先が登録できない、という機械音痴でも使えるタイプの携帯だ。
俺が中学生とか高校生の時に売ってたヤツだが……。
「これにつけよう……穴に紐を……くっ! 入らない……!」
紐をるしあが通そうとするが、だがなかなか入らずに居る。
「ぶ、無礼者めっ! 紐の分際で、手こずらせるとはっ!」
ストラップを付けようと、1人悪戦苦闘するるしあが……面白くて、つい見入ってしまう。
「おかや~……」
やがてあきらめた彼女が、俺にストラップを向けてくる。
「はいよ」
俺は受け取って、ささっ、とストラップを付ける。
「ありがとう。やはりおかやは手先が器用だな」
「いや、るしあ。お前が不器用なだけだぞ」
「くっ……否定はできん」
がくん、とるしあが肩を落とす。
その仕草が可愛らしくてしかたなかった。
白い子猫を見てる気分だ。
「見てみろおかや、おそろいのすとらっぷだっ」
「そうだな」
「ふふっ。これは大事にするぞ。おかやも、大事にして欲しい」
「もちろん」
実に嬉しそうにるしあがうなずく。
「デジマスといえば……おかや。次回作のタイトルだが」
俺とるしあは、新しい作品をSR文庫で出すことになっている。
だがそのタイトルが決まらないのだ。
「タイトルは、おかやが付けてくれないか?」
「……俺が?」
「ああ。ワタシは、作品を一番理解してる、おまえに付けて欲しい」
彼女からの依頼。
断るべきことではない。
タイトルを考えるのも、編集の仕事だ。
……それは、わかっている。
わかっていても……。
ーー何これ? ラノベだよね?
ーーカタッ苦しいタイトル~。
ーーセンスねえw
……嫌なことを思い出してしまった。
「すまん、それは、お前が考えてくれ」
「おかや……?」
「どうにも俺は……センスがないらしいからな」
編集になって、テクニックをいくつも身につけた。
だがセンスを必要とされるものに対して、俺は自信がない。
3度の打ち切りが、俺に、自分にタイトルを付けるセンスがないことを物語っている。
そんな俺が……期待の新人の、待望の新作のタイトルに名前を付けるなんて……できない。
俺の手で、彼女の傑作を、汚したくないから。
「もちろん、相談には乗るから。おまえが案を出してくれ」
「…………」
「るしあ?」
彼女は俺を見上げる。
真剣な表情で、俺を見てくる。
「おかや。それでも、ワタシはお前に託したい。我が子の名前を、つけてほしい」
「いや……でも……」
「頼む。ワタシは、編集であるおかやを、世界一信用してる。おまえに決めてもらえたタイトルなら、ワタシはどんなものであろうと納得できる。だから……頼む」
ここまで小説家から信頼されて、断れる編集が居るだろうか。
素直に……嬉しく思う。
だが……同時に迷いもある。
かつて失敗した過去が、俺から自信を奪い、不安が頭を占める。
だが不安を表に出すことで、彼女を不安にするのは良くない。
せっかく、頼ってくれたのだから、そこに応えてあげなければ。
「わかった」
「そうかっ。任せたぞ、おかやっ!」
彼女は実に嬉しそうに、そして美しく、笑うのだった。