4話 JKの居る幸せな朝
双子JKが一泊した、翌朝。
俺が着替えてリビングへ行くと……美味そうな朝食がテーブルに並んでいた。
「あ、おかりんおはよ~♡」
「あかり……」
スウェットにエプロン姿の、双子の妹のほう、あかり。
フレンチトーストにミネストローネ。
サラダにハムエッグ等々……。
朝からすごい豪勢な食事が並んでいた。
「おまえこれ……どうしたんだよ?」
「んー、作った」
「マジか……」
そういえばあかりは、昔からお菓子とか料理とか作るの上手だったからな。
よく作って塾に……というか俺に持ってきていたな。
「おかりんだめじゃん、冷蔵庫の中なんもなかったよー。おかげですっぴんでマイバスケットいく羽目になっちゃったじゃーん」
「え、あ、そうなのか……」
「そうなのかって……奥さん……あー……料理もしかして……」
あかりが何かを察したような表情になる。
妻のミサエは、もともと料理があまり得意ではなかった。
それでも結婚当初は作ってくれたんだけど、最近になってまったく食事を作ってくれなくなった。
「ほんとサイアクだね、あのババア。旦那さんに料理も作らない、浮気はする。まじさいてー。妻として、というか人間として終わってるね」
んべ、っとあかりが舌を出す。
同情してくれたのが嬉しくもあり……いやまて?
「おい、なんでミサエが浮気したこと知ってるんだよ?」
「んー……まあ、ちょっちね。あはは! それよりほら、ごはん食べてほらっ」
あかりの発言が気にはなったものの、話してくれそうにないのでスルーしておくか。
……朝食は、メチャクチャ美味かった。
フレンチトースト、なんかこう……じゅわ……とバターとミルクの味が広がる。
塩味のきいたハムエッグと食べることで、甘みがさらに引き立つ。
「ほいよ、おかりんコーヒー。アイスで、甘みなし、ミルク多めね」
あかりが机の上に、コーヒーカップを置く。
「……おまえ、よく覚えてたな」
塾で、俺はよくコーヒーを買って飲んでいた。
あかりはそれを覚えていたんだ。
「あたりまえじゃん、大好きな人のことは、何でも覚えてるよ」
……ミサエは、覚えててくれなかった。
コーヒーを頼んでも、適当にインスタントの、熱いコーヒーを出してきた。
「朝は冷たいコーヒーが良いって……何度も言ったんだけどな」
好きな人のことなら覚えてる。
なら、ミサエが俺の好みを覚えててくれなかったのは……好きじゃなかったからなのかな。
「おかりん。そんな暗い顔しちゃだめだよ」
正面に座るあかりが、両手を伸ばして、俺の頬を包む。
口の端を、親指でぐいぐい、とつり上げる。
「あんなバカ女のせいで、おかりんが辛い思いする必要ないよ。だって悪いのは100%向こうで、おかりんは何一つ間違っちゃ居ないもん。もう忘れよ? あんなやつ……ね?」
……あかりが、朝のように暖かな笑みを浮かべる。
美しい笑顔だ。見てるだけで、心の靄が晴れていくようだ。
「……だな。俺悪くないし」
「そーだよ! 悪いのはあのバカ妻! 忘れて次の恋に進もうぜ! たとえばアタシとかお得ですよ?」
「調子のんな」
俺はあかりの額をつつく。
向こうも冗談で言っていたらしく、クスクスと笑ってくれた。
……なんだろう。
俺、結構引きずるタイプなんだが、今は心が幾分軽くなった気がする。
「お姉はまだ寝てるのか! んもー! 低血圧なんだから! 起こしてくる!」
「あ、待った。俺もう仕事に出るから、鍵渡しとくな」
俺はキーケースからスペアキーを取り出し、あかりに投げる。
「ほえ? きょ、今日……土曜日だよ? 仕事って……」
「……編集者に、土日は関係ないんだよ」
「OH……ブラック企業……」
「俺だけじゃなくて、土日出勤はうちでは当たり前なの」
「えーおかしいよ。おかりん会社員なのに、土日休みならないなんて変。やめちゃえそんなとこ」
「いや……………………そうだな」
正直、これから出社するのがとても気が重い。
なぜなら、職場には木曽川、妻の浮気相手が居るからだ。
仕事に私情を挟むのはどうかと思うが、顔を合わせたくない相手ではある。
……部署異動を願い出るか、あるいは、転職でもするかな。
「おーかりん」
「え……?」
ちゅっ……♡
……気づくと、あかりの顔がすぐ近くに居た。
俺の頬に……あかりがキスをしたのだと、遅まきながら気づいた。
「元気が出るおまじないっ。いってらっしゃい♡」
あかりは顔を、首の付け根まで真っ赤にしていた。
笑顔ではあったのだが、次第に恥ずかしくなったのか、キッチンへと引っ込んでいった。
「…………」
恥ずかしい思いをしてまで、俺を元気づけてくれたのか。
……相変わらず、派手な見た目に反して、気遣い上手だなあいつは。
「いってきます。早めに帰るから……それまでちょっと待っててくれ」
「あいよー! いってらー!」
……俺は靴を履き替えて、玄関を出ようとする。
「せん……しぇー……」
寝室から、すごい眠そうな顔をした姉……菜々子が出てくる。
「いってら……ふぁーい……」
……いってらっしゃい、か。
ひさしく、言われてなかったな。
「ああ、いってきます」
仕事へ行くときの足取りは、いつも重い。
けれど今日はすんなり玄関を出て、そして階段をたんたんと軽い調子で降りることができた。
こんなこと、結婚してからまったくなかった。
「あいつらのおかげだな……」