38話 女友達と同じ部屋で
俺たちは軽井沢にある、KIDプリンスホテルに泊まることになった。
俺たち五人の部屋割りは、贄川と俺、菜々子とあかり、そしてるしあが同室という組み分けになった。
3部屋にしてもらったが、るしあが一人が嫌だと主張したのである。
「じゃ、入るか」
「そ、そうね……岡谷くん……」
俺の隣には大学時代の友人、贄川 一花が緊張の面持ちで立っている。
ふー、ふー、と深く呼吸し気を静めているようだ。
「……大丈夫、今日は勝負下着。ベージュじゃないから大丈夫」
なにを興奮しているのだろうか。
俺たちは部屋の中に入る。
そこに広がっていたのは……。
「な、なにここ……本当に、ホテルの中なの……?」
高級マンションもかくや、という、恐ろしく豪華で、広い部屋が広がっていた。
都内のホテルとは違って、ここのホテルは広大な敷地を持つ。
部屋の面積もそれにともなって広いのだろう。
俺たちが廊下を進んでいくと、奥には、正面の壁は、全面窓ガラス張りになっていた。
「すごいわ……雄大な景色ね」
そこには長野の緑が広がっている。
森林、そして奥には山。
湖もここから見える。夜になると夜景が素晴らしいとパンフレットに書いてあった。
「二人で使うには、広すぎるわね、この部屋」
「そうだな。どうやら2階分をぶち抜いて作られてるらしいしな。部屋の一部が吹き抜けになってる」
リビングの奥には、下のスペースに降りる階段が部屋の中にある。
降りるとキングサイズのベッドが置いてあった。
「夜景を見ながらもありね……ああ、でも、そうなると見えちゃう……どうしよう……」
贄川は顔を赤くして、頬を抑えて、体をよじる。
「とりあえず、部屋割りはどうするか。この部屋の中、いくつも小部屋が分かれてるみたいだし」
シャワールームだけでなく、寝室が3つもあるのだ。
「贄川がこのベッド使いたいなら、俺はほかのとこいくけど」
「べ、別に……部屋はわけなくていいんじゃないかしら……?」
贄川がベッドに座って、足を組む。
「ほら……せっかく夜景の綺麗なベッドルームがあるんだもの。二人で楽しみましょ……ね?」
暑いのか、シャツのボタンを1つ外して、ぱたぱた……とシャツの裾をつまんであおぐ。
「贄川」
ベッドに座る彼女に、俺は近づく。
彼女は目を閉じて、両手を前に出す。
「……来て」
俺はベッドにのり、サイドテーブルに置いてある、エアコンのコントロールパネルをいじる。
「エアコンの温度さげといたぞ」
「…………ソウデスカ」
「ベッドのこの頭の部分に、エアコンの操作盤と、電気もここで付けたり消したり出来るみたいだな」
「…………SOUDESUKA」
贄川がなぜか、死んだような表情で言う。
「荷物をまとめ、食事を取りに行こうか。ホテルのレストランで昼飯食えるらしいし」
「そ、そうね……すぐ支度するわ」
贄川は、階段を上がり、一度入り口まで戻る。
置いてあったキャリーケースを持って、階段を降りて、俺の居るベッドスペースへと戻ってきた……そのときだ。
ガッ……!
「きゃあ……!」
「贄川!」
階段に躓いて、贄川がキャリーごと落ちてくる。
俺は彼女が激突しないよう、両手を広げて彼女を迎え入れようとする。
「チャンス……!」
空中で贄川はくるんと宙返りすると、俺の腕の中に、ドンピシャで収まった。
「わ、わー……岡谷くん、力持ち~」
俺は贄川を、お姫様抱っこするような感じで持っている。
「おまえ、空中で受け身とろうとしてなかったか?」
「え、ええー……なんのことかしら?」
それにこんな綺麗にお姫様抱っこするような体勢に、普通、なるか?
「……やったっ。念願の、お姫様だっこっ。パルクールで鍛えた技がここで役立つなんてっ!」
「どうした?」
「んーん! なぁんでもないわ!」
俺が贄川を下ろすと、「あ……」となぜか残念そうな顔でつぶやく。
「お前が無事で良かったよ」
「ありがとう、岡谷くん。さすが、男の人はたくましくて、頼りになるわ」
贄川が微笑む。
「俺なんかよりおまえのほうが、よっぽど頼りになるだろ。腕っ節強いんだし」
「そんなことないわ。あたしだって……女なんですもの。男の人に無理矢理組み敷かれたら、抵抗できないわ」
ちらちら、と贄川が顔を赤くして、俺を見上げてくる。
……なるほど。贄川も、そういう、男に無理矢理襲われるようなことが過去にあったのだろう。
「で、でもね……岡谷くんになら、い、いいよ……無理矢理……って、岡谷くん?」
心に深い傷を負っているかも知れない。
彼女と接するときは、あまり怖がらせないように、節度を持って接しないとな。
「岡谷くん? あれ、気づいてない……? あたしのアピールに……?」
「贄川。大丈夫だ。何かあったら、俺が守るよ」
「う、うん……あれ? なんか……期待してたリアクションと違う……」
俺は周囲を見渡す。
「とりあえず、散らばってる荷物片付けるか」
贄川のキャリーは、階段から落ちたことで、中身が外に出ていた。
衣服やら下着やらが、そこらに散らばっている。
「ん、これは……」
「え……? ~~~~~~~~!?!?」
贄川が俺の持っていた箱を奪うと、ぐしゃり! と握りつぶす。
【めちゃうす】……と書いてあった、避妊具だ。
「あ、あはは! なーんでこんなもの入ってるんだろー! 前の人が置き忘れちゃったのかしらー!」
大汗をかいて贄川が動揺する。
「ああ、忘れ物か。なるほど」
「もう、困ったものね! まったく!」
いそいそ、と贄川が衣類を回収していく。
俺も手伝う。
「ん? これは……」
「ぎゃぁーーーーーーーーーーー!」
贄川がまた叫ぶと、俺から【赤い布】を奪って、握りしめる。
「これも忘れ物!」
「いやでも、女物の下着だろ、それ。随分と派手だな、真っ赤でさ」
どう考えても、男を誘う用の下着にしかみえない下着だった。
「ままま、前の人が! 前の人が忘れたのよきっとぉ!」
「そうか。そういうこともあるんだな」
贄川は半泣きになりながら、そのほかを回収し、キャリーにつっこむ。
「それ、前の人のやつじゃなかったのか?」
「あとでフロントに返しておきます!」
「返すなら、俺が返しとくが?」
「結構です……! もうっ!」
贄川がしゃがみ込んで、はぁ~……とため息をつく。
「……最悪。勝負下着と、万一のための避妊具みられた……いやらしい女って思われてないかしら……」
と、そのときだった。
ぴんぽーん……♪
「あかり達かな。飯行くぞ、贄川」
「ひゃい……」
ぐったりする彼女を連れて、俺たちは部屋を出る。
あかりと菜々子、そしてるしあが、怖い顔をして、仁王立ちしていた。
「したの?」
「? ああ、荷ほどきは終わったぞ」
「……そ、そうじゃなくって!」
「なんのことだ?」
一方でるしあが、同情のまなざしを贄川に向けて言う。
「前途多難だな、一花」
「お嬢様~……」
子供に抱きついて、涙を流す大人であった。