37話 部屋決め、女の戦い
俺はるしあの別荘に泊まりに、軽井沢へとやってきたのだが……。
軽井沢駅前に広がる、広大なホテル、【KIDプリンスホテル】。
それが……まるごと、るしあの別荘だという。
「もちろん冗談だっ! なっ! 三郎!」
「ふぁい……ふぉーふぁんふぇふ……」
るしあが焦ったように言う。
一方で三郎氏の顔は、ブドウのようにはれていた。
「だ、大丈夫ですか?」
俺が言うと、三郎氏はブルブルと首を振る。
それだけで、元の顔に戻った。
「どーなってんのそれぇ!?」
あかりが目を剥いて叫ぶ。
「自分……鍛えてますから」
「いやそれは見ればわかるけど……」
三郎氏はホテルへと案内する。
凄まじく巨大な入り口ホールの奥に受け付けカウンターがあった。
三郎氏は受付嬢に何かを耳打ちしている。
「……ええー! ちょっ、そんな急に言われても。今日から貸し切りなのに」
「……いいからすぐ人呼んでっ」
「……んも~。わかったわよ」
三郎氏に案内されて、俺たちは受付へと向かう。
美女がにこりと微笑んで、俺たちに挨拶。
軽くこのホテルの構造を説明してくれた。
このホテルは縦に、ではなく横に広い。
何せ敷地は、KIDプリンススキー場という、ファミリー向けのスキー場のふもと全域に広がっているという。
「キャンプ用にコテージの貸し出しも行っておりますので、是非ご利用ください」
「まじー!? このドデカいホテルの部屋だけじゃなくて、コテージまで!? すっごい……まじで高級ホテルじゃーん」
「……るーちゃん、すごいですっ!」
JK達がるしあに尊敬のまなざしを向ける。
「だ、だから……さっきのは三郎の冗談だ。今日はお爺さまはこのホテルの部屋を予約してくれただけだよ」
「でもさでもさ、すっごい高いよ、ここ1泊のお値段」
「……わわっ、ぜ、ぜろがいっぱいです……!」
あかりのスマホを、菜々子がのぞき込んで驚いている。
るしあは苦笑して、スマホの画面を手で覆った。
「金はあまり気にしなくて良い。今日はみなで夏休みを楽しみに来たのだからな」
二人は顔を見合わせて、それもそうだ、とうなずく。
「同様に、おかやも気にしないでくれ。ここはワタシの祖父と深い関係のあるホテルで、わりと安く泊まれるだけだ」
「そうか……ありがとな」
「礼は不要だ。ただ……どうしてもというのなら、ん……♡」
るしあが目を閉じて、背伸びして、俺を見上げてくる。
ああ、なるほど……。
俺はるしあの頭に触れて、よしよしと頭をなでる。
「「「「ちがう、そうじゃない」」」」
あかりたち女子四人が、呆れたように首を振る。
「違うのか?」
「違うっ!」
るしあが拗ねたように唇を尖らせる。
「すまないな」
すっ……と俺が手を離そうとする。
「や、やめろとは、言ってないぞっ! もっと……なでてくれ」
こうして甘えてくるあたり、るしあもまだまだ子供なんだな。
保護者が祖父なあたり、両親に何かあって、甘えられなかったのかも知れない。
できる限り、るしあはフォローしてあげたい。
何せ俺の大事な相棒だからな。
「くっ……! どう見てもおかやが保護者目線で接してくるのに、拒むことが出来ない……!」
「それなー。でもそこで落ち着いちゃうと、あちらのルートに突入しちゃうよ」
あかりはそう言って、贄川を指さす。
「あ、あたし……?」
「そ。友情ルート。結ばれるエンドのない可哀想なやつ」
「そ、そんな……!」
がくり……と贄川がその場にへたり込む。
「い、一花っ。元気を出すんだっ! まだ挽回はきく!」
「お嬢様………………28歳でも、ききますか? 挽回」
「む、無論だ!」
一瞬どもった姿を見て、贄川がずーんと落ち込む。
「まあまあ、こんなとこでウダウダしてないで、さっさとお部屋にいこうよ。受付お姉さん困ってるよー」
俺たちの相手をしてくれた受付嬢が、微苦笑を浮かべていた。
「それでは、御案内しますね」
受付嬢は俺たちをつれて、ロビーを離れようとする。
「そんじゃなー、奈良井。おれ、高原様に報告してくっから」
三郎氏は受付嬢……奈良井氏に手を振る。
「うん、よろしく【さんちゃん】」
奈良井氏は小さく手を振る。
顔見知りなのか?
「……さ、三郎……あ、あんた……まさか?」
贄川がなぜか声を震わせる。
三郎氏は「え、あ、やっべ……」とバツの悪そうに頭をかく。
贄川は三郎氏に詰め寄ると、ひそひそ声で言う。
「……ま、まさか……姉を差し置いて、あんたっ!」
「……いやぁ、ほら、おれもお年頃だし、普通に生きてりゃ恋人の一人くらいできるって、ねえ?」
「……こちとら28年ずっと一人よ! 覚えときなさいよ!」
贄川が涙目になって、こっちに戻ってきた。
「どうした、贄川?」
「なんでもないわ、岡谷くん……。ただ……手酷い裏切りを受けた気分」
がくり、と贄川が肩を落として、俺たちに言う。
「それでは御案内しますー」
受付嬢・奈良井氏に連れられ、俺たちはプリンスホテルの奥へと向かう。
ホテルは縦ではなく、横にだだっ広い。
ただただ広い廊下が、どこまでも広がっているのだが……。
「ねーねー、奈良井お姉さん。なんかさー、さっきからお客さんと、一度もすれ違わないんですけどー?」
周囲を見渡しながら、あかりが奈良井氏に尋ねる。
「え、えっとぉ~……」
ちら、と奈良井氏が俺……というか、隣の贄川を見ている。
ふるふる! と贄川が首を振ると、奈良井氏は笑顔で言う。
「みなさん、この時間はショッピングモールへ行かれてるのですよー」
「あ、なーるほど……ちょうどお昼だもんね」
ホテルの隣には、広大な敷地を誇るショッピングモールが併設されているのだ。
県外からもかなりの人が訪れてるらしい。
ほっ、と奈良井氏が吐息をつく。
ややあって、一番奥の部屋へとやってきた。
「お部屋は3部屋とってありますー」
「ありがとうございます」
俺は奈良井氏からカードキーを受け取る。
「それじゃ、2-2-1で別れるか」
「「「「よっしゃー!」」」」
あかり達が顔を付け合わせる。
「悪いが3人とも、勝っておかやを手に入れるのは……このワタシだ!」
「るしあんには悪いけど負けないから、アタシ」
「……わ、私も……せんせえと一緒がいいです!」
「あたしだって、せっかくのチャンス、逃がす手はないわ!」
ごご……と彼女たちの体から、黒い気迫のオーラを感じる。
「「「「最初は……ぐー!」」」」
「じゃあ俺は先部屋に入ってるぞ」
「「「「じゃーんけーん!」」」」
「あと2-2で適当に部屋割り振っててくれ」
「「「「ちょっと待て」」」」
俺が奈良井氏からカードキーを受け取ると、彼女たちが勝負を止めた。
「え、おかりん……マジなの?」
「なにがだ?」
「お、おかや……まさか、一人で1部屋使うのか?」
あかりとるしあが目を丸くして言う。
「? だって男1に女4なんだから、女が2-2で別れるのが妥当だろう?」
「「「「だめ」」」」
四人供が、真剣な表情で首を振る。
「……せんせえ、これは、聖戦なんです! せんせえを……誰が射止めるのか!」
「岡谷くん。待ってて、今この3人を蹴散らして、同じ部屋にいくから」
全員が俺に妙な視線を向ける。
だが……いや、おかしいだろう。
「るしあの親は3部屋用意してくれた。それはさっき言った、部屋割りを想定してのことだろ? そうですよね?」
俺は奈良井氏を見て言う。
奈良井氏は「えー……」と言葉に詰まる。
「あ、あー! 用事思い出しました! これにて……ドロン!」
だー! と奈良井氏がカードキーを残り2枚、俺に押しつけて去って行く。
「……さんちゃん、私には無理だよぉう」
廊下の奥で、三郎氏と奈良井氏が合流していた。
「……あの修羅場には混ざれない!」
「……気持ちはわかる。けど高原様から、おれたちにサポートの役割が与えられた」
「……ひぃええ、無理無理ー」
三郎氏もここに泊まるのだろうか。
「おかやっ! どこを見てるのだっ! 今から大事な勝負が行われようとしてるのだぞっ!」
「そーだよおかりん! この結果によっては、アタシたちの失う順番が決まるんだからね!」
失う順番……?
なにを失うんだ。それに順番?
若者言葉か……?
「わるいけど、あなたたちには1番を譲らないわ。こっちは約10年以上、待ち続けてきたんだからね」
「「「それはそれで不憫」」」
「クッ……! 若者にいじめられたっ!」
4人がジャンケンを繰り広げる。
その様子を、俺はぼんやり見ていた。
女子ってこんなに部屋決めにこだわるものだったろうか。
ミサエの時は……ああ、あいつは俺とホテルに泊まるとき、必ず別の部屋にしてくれって言ってたっけな。
ややあって……。
「やった! やったわ! 岡谷くんッ!」
ジャンケンに勝利したのは、どうやら贄川だったらしい。
「愛の勝利……!」
「一花ちゃんつよすぎー……」
「……私、あの人が、途中で出す【手】を、変えてたように見えました」
「まさか、我々の出す手を瞬時に見抜き、超高速で出す【手】を変えたというのか!」
三人がなぜか戦慄していた。
「さ、さぁ……岡谷くん、入りましょう」
贄川が俺の腕をとって、一緒に部屋に入る。
「一花、おめでとう」
るしあは微笑んで、贄川に拍手する。
「執念の勝利だ。気にせず一緒に寝るといい」
「ええ、もちろん。遠慮なく」
こうして、俺たちは旅行先の宿に、ようやく到着したのだった。