35話 双子JK、それぞれの前日
==あかり視点==
おかりんが休み取ってから、2日後。
8月頭。
アタシは駅前の食堂で働いていた。
「Aランチひとつ!」
「Bランチできたよー! もってってー!」
いわゆる大衆食堂ってやつ、そこの裏方、つまり料理スタッフとしてアタシはバイトしている。
世間では夏休みとは言え、サラリーマンのおじさまたちは普通に働いているのだ。
高校生のアタシは、結構びびってる。
え、社会人になったら夏休みって数日しかないの!? って。
だってうちらにとっては夏休みって40日もあるものなのに……。
数年で夏休み10分の1くらいにカットされるとか、え、こわ……。
「あかりちゃーん! ぼーっとしてないで手を動かして~!」
食堂のおばちゃんが、ぼさっとしてたアタシに気づいた。
さすがおばちゃんめざとい。
「はいよー! ランチできたよー! もってってー!」
……鬼のような忙しさも、数時間すれば収まる。
14時になると、みんなでお茶、というかまかないを食べる。
外にCLOSEの札をかけて、客席にアタシたちが集まる。
今日は余ったビーフシチューだ。
「ん~♡ おいし~♡」
おばちゃんの作る料理はどれも絶品だ。
だがただ味わうだけじゃない。
「なるほど……肉はいい肉を使わなくてもいいんだ……勉強になるなぁ」
「あかりちゃんは勉強熱心だねぇ」
おばちゃんがクツクツ笑いながら、アタシに麦茶を出してくれる。
ここのオーナーの奥さんで、とっても優しい。
すっごい感謝してるんだよね。
ほら、アタシって、見た目派手派手じゃん?
別に髪の毛染めてるわけでも、カラコン入れてるわけでもないんだ。
でも世間の人たちは、きびしー。
アタシがチャラい身だしなみしてるからって、それだけでバイトをやらせてくれない。
でもおばちゃんは違うのだ。
「夏休み入ってほぼ毎日きてもらって、ごめんね」
「んーん、気にしないでおばちゃん。アタシこれ、好きでやってることだし。なんてーの、花嫁修業? 的な」
「あっはっは! なるほどねぇ。あかりちゃんなら良いお嫁さんになるよ。可愛いし料理上手だし、真面目だし」
「にひー♡ せんきゅーおばちゃん!」
アタシはまかないを食べ終えたあと、ホールの掃除をする。
「ところであかりちゃん、明日だっけ? 彼氏と旅行?」
おばちゃんがテーブルを拭きながら尋ねてくる。
「そう……! 明日から、軽井沢ってとこにいくんだー」
「へえ! いいねぇ! 彼氏と旅行かぁ、羨ましいねえ!」
「へへっ? でっしょー!」
まあ彼氏ではないんですが。
でも、ここでは一応、アタシ彼氏持ちってことにしてる。
理由?
そりゃあ……ほら……ねえ?
だってさぁ……ほら……ねえ?
ああ、だめだっ。言葉が出てこない!
とにかく、アタシはおかりんの彼女ってことにしておきたいのっ!
「彼、年上なんだっけ?」
「そう! 優しくて格好よくって、素敵な人なんだ~♡」
「いいねぇ、ねえねえあかりちゃん、今度うちに連れてきなよ、彼氏」
「えー……? それは……ちょっとなぁ……」
「うちの大事な看板娘の彼氏、おばちゃんも見てみたいんだけどね~」
「えー……んー……やっぱやだなぁ」
「おや、どうしてだい?」
「んー……おかりん……彼氏には、アタシが働いてるとこ、あんま見られたくないんだよね」
アタシが食堂で働くのは、将来のためだ。
お金を貯めることはもちろん、料理を勉強して、おかりんとお姉に、美味しいものたっくさん食べてもらうため。
ようするに、努力してるとこ、見られたくないんだよね。
なんというか、気恥ずかしいし……。
「なるほど……花嫁修業中の身としては、旦那に何も気にせず、美味しいものだけ食べてもらいたい」
「そゆことー。おばちゃんわかってる~」
アタシのこの気安い態度も、おばちゃんは笑って許してくれる。
それに……。
「明日から長く、休んでごめんね」
「気にしなさんな。あかりちゃんはまだ子供なんだから、たっくさん遊んで、楽しい思い出いっぱいつくってきなさい」
アタシのこと、ちゃんと尊重してくれる。
だからここ、おかりんの家の次に、居心地いいんだよね。
一番はおかりんと、お姉の居る、あの家。
【あそこにいた】ときと今は、天と地の差がある。
あの【地獄】から救ってくれたおかりんには、感謝感謝だ。
「あ、そろそろ上がる時間だね。20分前だけど、いいよ、もうタイムカード切って」
アタシはタイムカードを切って、おばちゃんの前で、しっかり頭を下げる。
「お疲れ様でした! めっちゃ遊んで、楽しんできます!」
ぽんっ、とおばちゃんがアタシの肩を叩いて言う。
「おうさ、しっかり遊んできなっ!」
★
==菜々子視点==
私はひとり、せんせえの家で、飼い犬のチョビと一緒に過ごしています。
「……チョビ、大変です。もうすぐみんなで旅行です」
私はソファに寝そべって、お腹の上にミニチュアダックスのチョビを乗せてます。
私とチョビは心の友と書いて親友。
心のジャイアンなのです。……なんかちがう?
「……これはすごいことです。旅行なんて、何年ぶりだろう……?」
うちは、貧しかった。だから旅行なんて行くお金の余裕もなかった。
それに……【あの人】が私たちに、旅行なんて贅沢をさせてくれなかったから……。
あの頃は辛くて、苦しくて……。
だから、今がとっても幸せです。
「ただいまー、お姉」
「……あかり、おかえりなさい」
ぱたぱた、と私はチョビを連れて、妹を出迎えに行きます。
「なか涼しい~。ごくらくだね~」
あかりはバイトから帰ってきました。
妹は、偉いです。将来を見据えて、バイトしてます。
花嫁修業と、貯金だそうです。
……すごいなぁ。
「お姉は今日も引きこもりー? どっか遊びに行けばいいじゃん? それかバイトするとかさー」
あかりがソファに座ってそう言います。
バイト……むむ、難しいし……。
外……むむむ、暑い……。
「……じ、自宅警備のほうが、しょうにあってるので」
「お姉は昔からインドア派だなぁ~」
お外で遊ぶより、家で本を読んだり、勉強したりしてる方が落ち着くのです。
「……外は刺激が多すぎます」
「刺激ね~……」
にやにや、とあかりが意地悪な顔になります。
私は知ってます、こーゆーとき、あかりは何かしでかすことを。
お姉ちゃんだから、知ってます!
「じゃっじゃーん! これ見てお姉! 買ってきちゃったー」
「? それは……なに?」
あかりが持っているのは、手のひらに収まるくらいの、小さな箱です。
【めちゃうす】って書いてあります。
はて、なんでしょうかこれは?
「見りゃわかるでしょ、避妊具ですよ、ひーにーんぐー」
「……なっ!?」
なんということでござるかっ、避妊具ですとっ!
妹がそんな破廉恥なものを買ってくるなんてっ!
「……い、いけません! 返してきなさいっ!」
「えー、だって必要じゃん?」
一転して、真面目なトーンで、あかりが言います。
「迎え入れる準備も覚悟もできてないのに、赤ちゃん出来ちゃったら、その子が不幸だし、何よりおかりんにめーわくかけちゃうもんね」
あかりは、結構しっかりしてます。
避妊具の重要性をわかっています。
でもっ、そういうことではなくっ!
「……せ、せんせえと、その……そ、そーゆーこと、す、するつもりなの?」
「え? しないの? 逆に聞くけど」
ななななっ、なんてこったぁ!
妹は……大人の階段登るつもりだったー!
「せっかくの彼氏との旅行だよ? 一夏の思い出……作りたいじゃん?」
「……か、彼氏って……まだ、お付き合いも、してないよ?」
「甘い甘い、甘すぎるよ。グラブジャムンより甘いよ」
「ぐら……じゃむ?」
「相手はあのおかりんだよ? アタシらのこと、完全に女じゃなくて、子供だと思ってる。待ってるだけじゃ、絶対振り向いてくれないよ? お姉もやでしょ?」
「……それは、嫌です」
せんせえは、私たちの恩人。
今まで、せんせえ以上に優しい【大人】に、会ったことがない。
せんせえは、私たちを、大人として守ってくれる。
でも……私は、せんせえに振り向いてもらいたい。
大人として守られるんじゃなくて、大人として、せんせえのそばにいたい。
「じゃ、やるしかない★」
「……極端すぎるのでは?」
「アタシらの一番の武器はなにかね、お姉くん?」
びしっ、とあかりが私に指をさす。
「………お、おっぱいでしょうか、あかりんせんせえ!」
「正解。いくらおかりんでも、アタシらのこの発育しきったボディで迫れば、メロメロって寸法よ」
あかりはうなずくと、私の後ろにまわります。
そして、ひゃんっ、む、胸を揉んできましたっ。
「……め、メロメロ……なってくれるかなぁ?」
「なるなる。この爆乳でこすったりもんだり、挟んだりすれば、おかりんの枯れ木も満開ってもんよ!」
「…………?」
急に妹は何を言ってるんだろう?
「お姉に下ネタは通じないんだった。んま、とにかく勝負だよお姉。この10日で、しっかり関係をもたないと。このあとも保護者と子供コースだよ?」
保護者と子供。
この先ずっと、それは……それで幸せかも知れない。
けど……私は、それは嫌だ。
異性として、女の子として、見てほしい。
「が、がんばりますっ!」
「よっしゃー! おかりん待ってろよー! 美少女巨乳JKが悩殺してやっからなー!」