表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/180

30話 贄川家の晩ご飯



 岡谷おかや 光彦みつひこが、贄川にえかわ 一花いちかと一夜を過ごした、その日の夜。


 7月下旬。


 一花は弟【達】とともに、夕飯を食べに、焼き肉店に来ていた。


 駅前のチェーンの焼き肉店【義勇閣ぎゆうかく】。

 その一角には、黒服の【3】人が座っている。


 姉の一花。弟の三郎。そして……一花のもう一人の弟、二郎太じろうた


「ええー!? 姉ちゃん……彼氏できたのー!?」


 声を張り上げるのは、三郎。

 ターミネーターのようにゴツい、サングラスをかけた男だ。


「三郎、外で大声はいけませんぜ?」


 その隣に、もうひとりターミネーターがいた。


 こちらもゴツく、三郎との違いはほとんど見られない。


 だが髪が角刈りであり、少々日に焼けていた。


 三郎の兄、二郎太じろうたである。


「店員さーん! 高い酒もってきてー! 祝杯じゃ祝杯じゃー!」


「すいません、この誕生日ケーキを。ええ、おめでとう一花ちゃんで」


 弟2人がお祝いムードに入ろうとしていたので、一花が引き留める。


「やめなさいってば、もう……」


「良かったねえ姉ちゃん! いやぁ、おれ安心したよ。あの筋肉メスゴリラに、28年鉄壁の処女を保ってきたゴリラに、春が来るなんておれうれし……」


 がしっ!


「三郎、あんた……死にたいの?」


 みしみしみしみし……!


「ぎゃー! やめて! アイアンクローやめて! 脳みそでちゃうぅううううう!」


 一花は額に怒りマークを浮かべて、弟のこめかみを握りつぶそうとする。


「姉貴、それくらいにしてやりなさいな。三郎、さすがにそりゃあ姉貴に失礼ってもんでさぁ」


 二郎太じろうたがなだめると、一花がぱっ……と手を離す。


「しかし姉貴にそんな浮いた話があるなんて……。あっしも驚きでさぁ」


「ね! 二郎太じろうた兄ちゃんもそう思うよねー!」


 二郎太じろうたと、三郎がうんうん、と目を丸くしながら、うなずく。


「そんな驚くことないでしょ……もう……」


 一花がジョッキビールを飲むと、ふぅ、と吐息をつく。


 二郎太じろうたはサッサッ、と焼いた肉を姉と弟の皿に盛り付ける。


「いや驚くって! だってさぁ、小中高大と、ずっと空手と柔道やってて、誰も怖くて近寄れなかった女番長に浮いた話がくりゃ! そりゃあ驚くでしょー!」


「別に女番長なんてやってないわよ。勝手に周りがそう呼んでただけじゃない……それに」


 一花はもにょもにょ、とつぶやく。


「別に……彼氏じゃないわよ」


「「は……?」」


 きょとん、と二郎太じろうたと三郎が目を点にする。


「え? 彼氏じゃない?」

「どういうことでさぁ? 姉貴はさっき、その彼と一泊したと言ってませんでしたかい?」


「そうよ。でも別に付き合うことにはなってないわ」


「「…………」」


 弟たちが首をかしげる。


「ね、姉ちゃん……え? 大学時代の同級生と、久しぶりに再会して、お酒飲んで家まで送ってもらって、同じベッドで一緒に寝たんだよね?」


「それで、何もなかったんですかい?」


「そーよ」


 ぶすっ、と不満げに一花が言う。


「こっちは勝負下着まで履いて、準備万端だったのに……」


 弟たちは顔をつきあわせて、首をかしげる。


「「なんで、そこまで準備万端で、なにもなかったの?」」


「なんでって……」


 一花は頬を赤く染めて、炭化した肉を割り箸でつつきながら言う。


「だ、だって彼……手を出してくれなかったんだもの」


「自分から誘惑するとかしなかったのー?」


「ゆ、誘惑って……するわけないじゃない。恥ずかしい……」


「「…………」」


「あ、でもね、聞いて。これから週一で遊ぶことになったのよ。さっそく来週遊園地に……って、なによ?」


「「いやぁ……ないわー」」


 弟たちが、若干がっかりしたように言う。

「姉ちゃん! なんでそこで攻めないの! だって運命の再会じゃん! 相手は離婚してフリーなんでしょ!? どこに遠慮してるの?」


「う、だ、だって……7年ぶりだったし、別れたばっかりの彼に、好きですって言うのも、なんだか……ねえ?」


 もにょもにょ、と一花が口ごもる。 


「まあ姉貴は大分へたれなところありやすから。しかしこのままじゃ歴史を繰り返すだけですぜ?」


「そーそー。4年間ずっと好きって言えなくて、そのあと7年もそのこと引きずってたんだぜ~。ここで変わらなきゃ、さみしーい老後を過ごす羽目になるよ、姉ちゃん」


「わ、わかってるわよー!」


 どんっ! と一花が焼き肉テーブルを殴りつける。


 ミシッ、とテーブルの天板がきしむ。


「姉ちゃん、テーブル壊れる! ぱっかーん! ってなる!」


「ならないわよ! 人のこと何だと思ってるのよ!」


「ニシローランドゴリラ」


「死にたいのね? 三郎くん?」


「まあまあまあまあ、姉貴、落ち着きましょうや。三郎もからかわない」


 ふぅ、と二郎太じろうたがため息をつく。


「姉貴、これはお節介で言うんですが、この友達って関係、あまり長引かせない方がいいですぜ?」


「そ、それは……どうして?」


「そのままずるずると、友情ルートに入ってしまいかねないでさぁ」


「そーそー、早めに付き合うかそうでないかハッキリしないと、まーた10年くりかえすよ?」


 弟たちの、言うとおりだった。

 昨日、岡谷との一夜を過ごし、告白せずに終わったことを、残念がる自分がいる。


 その一方で、良い友達という関係でいられたことを、どこかホッとしている自分もいるのだ。


「今は28で、ギリ若いけどこれであとまた10年となると、姉ちゃんババア……ほぐぅう!」


 一花は隣に座る三郎のミゾオチに、ボディブローをたたき込む。


「三郎、あんまり女性の年齢のことはいじっちゃだめでさぁ。姉貴もキックはちょっと……ここ外でやすし」


「そこのバカがデリカシーないのがいけないのよ」


 ふぅ、と二郎太じろうたがため息をつく。


「でも三郎が言ってることももっともでさぁ。姉貴もいい年ですし、これを逃すともう出逢いはドンドンなくなってきやすぜ」


「わ、わかってるわよ……だから、告ろうと、こうして週一デート頑張ろうとしてるんじゃないの」


「いやぁ、それじゃあ足りない、全然足りないよ姉貴」


 復活した三郎が真面目な顔で言う。


「無理矢理、押し倒しちゃおうぜ★」


「ぶーーーーーーーーー!」


 一花がビールを吹き出す。


「げほっ……ごほっ……あ、あんたねぇ……」


「姉ちゃんほら、パワー最強じゃん? 姉ちゃんの力で無理矢理押し倒して襲っちゃえば、相手は抵抗できないって」


「バッ……! ばっかじゃないの! ねえ二郎太じろうた! あんたもそう思うわよね!」


「いや……いい手かも知れませんぜ?」


「ちょっと!?」


 ねー、と弟たちが同調する。

 一方で一花は、顔を真っ赤にしてうつむき、もじもじしだす。


「そんなハシタナイまね、できないわよ……」


「でもさー、そうでもしないと姉ちゃんとその人との関係、1ミリも動かないと思うよ?」


「姉貴、今回ばかりは三郎の言うとおりでさ。無理矢理でもなんでも、一度、同衾どうきんすれば仲も深まるというもの」


「そ、そういう……ものかしら?」


 一花が心を動かされかける。

 三郎は感心したようにつぶやく。


「さすが、既婚者が言うと、言葉の重みが違うわー」


 そう、二郎太じろうたは結婚しているのだ。


「お子さん、何歳なんだっけ?」


「1歳でさぁ。見やすかい?」


 二郎太じろうたは懐からスマホを取り出すと、写真を見せる。


 可愛い女の子の赤ちゃんで、銀髪だった。


「まさかロシア系の兄嫁ができるとは思ってなかったよ」


「愛でロシア語身につけるんだから大したもんよね。奥さん以外にロシア語なんて使うの?」


「最近アリッサお嬢に、ロシア人の友達ができてさぁ、彼女とコミュニケーション取るのに役立ってるさぁ」


 二郎太じろうたがスマホを仕舞う。


「姉ちゃんも、兄ちゃんみたいに幸せになってもらいたいんだよ」


「三郎……」


「だからさ、今度のデート、ゆー、襲っちゃいなよ★」


 もにょもにょ……と一花が口ごもる。


「で、でも……恥ずかしいし……」


「だー! もう! いいからさっさと告ってベッドインしてゴールインしてくれよ! ……姉ちゃんの辛い顔、もう見るの嫌だぜ、おれ」


「7年前は、酷かったですからねぇ」


 7年前。つまり、岡谷おかや 光彦みつひこと長野 ミサエが結婚した日のことだ。


「あのときの姉ちゃん、見てらんなかったよ。3日も部屋に引きこもって、ずっと泣いて、ご飯も食べなくてさ」


「みんな心配してやしたぜ?」


 1人悲しみに暮れて、家族に迷惑をかけてしまった。


 一花は当時を思い出して、反省する。


「……あのときは、ごめん」


「ま、いーんだけどさ」


「今元気ですし、もー終わったことですしね」


 弟たちが笑ってうなずく。

 ……そうだ、また同じ轍を踏むことになりかねない。


「あたし……頑張ってみる。次のデート……や、やる、やるぞぉ!」


「「おー」」


 ぱちぱち、と拍手する弟たち。


 頑張ろうと思ったそのとき、ふと、三郎が聞く。


「ところで姉ちゃん、彼氏ってなんて名前なの?」


岡谷おかやくんのこと?」


「え……?」


 ぽかん……と三郎が口を開く。


「え、岡谷……って、え? 岡谷おかや 光彦みつひこ?」


 そうだ、三郎には、相手が岡谷であることを言ってなかったのだ。


 なぜなら……。


「お嬢と同じ人、好きになったの……?」


 三郎はお嬢、つまり、開田 るしあ(流子)のボディガードだ。


 三郎は、るしあが岡谷に思いを寄せていることを知っている。


「それ……大丈夫なんですかい? 開田 高原様が黙ってないんじゃ……?」


 るしあも高原も、岡谷という人間を痛く気にいっている。


 二郎太じろうたが懸念するとおり、同じ男を愛したことで、彼らの不興を買う羽目になりかねない……。


「……わかってるわよ。自分の口で、きちんと言うわ。隠し通すのも不誠実だと思うし」


「それがいいでございやすね」


「許してもらえるかしら……」


「大丈夫、まだ付き合ってもないことですし、誰かを好きになるってぇ想いは、誰であろうと自由であるべきでさぁ。高原様もお嬢も、そこら辺は弁えてると思いますぜ」


「そうね、ちゃんと説明するわ。ところで……」


 じっ……と姉と兄が、弟を見やる。


「三郎、あんたわかってるわね?」


「え? なにが?」


 可愛らしく、三郎ターミネーターが小首をかしげる。


「あたしが、岡谷おかやくんのこと好きってこと、勝手に言いふらさないこと」


「姉貴が自分の口で言うんだから、三郎、いいか、絶対に言っちゃだめですぜ?」


 ふたりは、知っている。

このお調子者の弟の口が、ヘリウムガスよりも軽いことを。


「わかってるって! 大丈夫だいじょーぶ! 絶対言わないよ! マジでいやほんと」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
絶対しゃべるな!きっとしゃべるはず! そしてるしあお嬢は気づいてる!みんな(双子も)が気づいてる だって強敵(ライバル)だから!
[一言] おそらくヘリウムよりも軽い気体は水素しかないと思う。 化合物の気体ならそれ以上に軽いものはあるかも知れない。
[気になる点] 五和ちゃん7歳の頃に激凹みしていたのですね。 [一言] 三郎言うなよ、フリじゃないぞ、絶対言うなよ。 ってやつですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ