27話 大学の友人達と飲み会
俺は大学の頃の同級生、贄川 一花と偶然再会した。
それから、2日後。
俺は都内にある、ホテルの最上階まで来ていた。
今日、久しぶりに、一花を含めた大学時代の友人達と飲む。
ホテルのエレベーターを出て、奥の店へと向かう。
「いらっしゃいませ」
整った衣装の店員が、俺に話しかけてきた。
「すみません、【白馬】で予約してあると思うんですけど」
「お連れ様は既にご到着です。御案内いたします」
俺は店員に連れられて、店の中へと入る。
中は落ち着いた感じの内装だった。
照明はあえて暗くされており、耳障りにならない程度のクラッシックが流れている。
バーカウンターもあるが、個室も完備しているらしい。
俺が通されたのは、一番奥の、高そうな部屋だった。
中に入ると、白いスーツを着た、高身長の青年が座って、一人飲んでいた。
白いスーツ、白い革靴、胸には赤いバラ。
亜麻色の髪と、甘いマスク。
どこの物語の王子さまだよ、とツッコみたくなる。
「おお! 我が友よ! 遅かったじゃないか!」
「すまん、遅れたな……【王子】」
窓際に座っていたのは、【白馬 王子】。
俺の、大学時代の友人のひとりだ。
「なに、時間ぴったりだ。むしろ私が早く来すぎてしまった感がある」
俺は王子の正面に座る。
「何時から来てたんだ?」
「1時間前かな」
「早ぇよ」
「今日は大事な友人との会合だ、絶対遅れてはいけないと思ってね」
くすくす、と王子が上品に笑う。
「失礼いたします」
店員がやってきて、王子が既に飲んでいたグラスを片付けていく。
「あの……白馬先生、ですよね? AMOの?」
店員が王子に、恐る恐る尋ねる。
「ああ、そうだよ」
「やっぱり! わたし、AMOの大ファンなんです!」
AMO。【アーツ・マジック・オンライン】
VRゲームを題材とした、大ヒットラノベ作品だ。
漫画、アニメ、アニメ映画と、メディアミックスされている。
若い層から年寄りまで、男から女まで、AMOを楽しんでいる。
今や、ラノベ業界といえば、【デジマス】の【カミマツ】、そして【AMO】の【白馬王子】。
彼らが双璧をになっているといっても過言でもない。
それくらい、王子の作品は人気で、さらに王子自身の人気もある。
ラノベ作家にしては珍しく、王子はメディアへの露出をしている。
しかもなんとモデルまでやってて、大企業の息子なのだから、モテて当然だ。
「ありがとう、お嬢さん」
「わぁ! すごい生の白馬 王子さまだ……あの! サインください!」
これはさすがに止めないとな。
「すみません、彼は今、プライベートで来てるんです。サインはご遠慮ください」
「あ……そ、そう、ですよね、すみません……」
俺が言うと、露骨に店員はがっかりする。
「まあ光彦。いいじゃないか。お嬢さん、サインをしてあげよう」
「本当ですかっ?」
「もちろんだとも」
にっこり、と王子が、嫌な顔一つせず承諾する。
紙ナプキンに王子がボールペンでサインをすると、店員に手渡す。
「私の作った作品を、愛してくれてありがとう、お嬢さん。これからも好きで居てくれるとうれしいな」
「はい! もちろん! これ……大事にします!」
店員が笑顔で去って行く。
「おまえな……気軽にサインするなよ。人気作家なんだから、一人サインしたら大騒ぎになるぞ」
「すまないね。しかしファンは大事にしたいのだよ。我が子を愛してくれる人は、みな私の愛すべき隣人だからさ」
「まったく、お前は相変わらずだな」
そんな風に笑い合っていた、そのときだ。
「遅れてごめんなさい、岡谷くん、白馬くん」
部屋に、贄川がやってきたのだ。
今日はスーツ姿ではなかった。
ニットのノースリーブに、白いスラックス。
シンプルな服装だが、本人がモデル顔負けの外見をしているため、調和が取れている。
「おお! 一花くん! とても久しぶりじゃあないか!」
王子は立ち上がると、贄川の手を掴んで、上下に振る。
「元気だったかい?」
「ぼちぼちね。そっちも元気そうね」
「ふははは! 当然さ!」
きらっ、と白い歯を贄川に見せる。
彼女は嬉しそうに笑う。
久しぶりに王子に会えて嬉しいのだろう。
「まずは再会を祝して乾杯と行こうか」
ぱちんっ、と王子が指を鳴らす。
そのタイミングで、酒が運ばれてきた。
「おい、まだ注文してないのに、なんで酒が出てくるんだよ」
「あらかじめ注文しておいたのだよ。今日は暑いし、早く冷たいお酒を飲みたいだろうと思ってね」
俺たちの前に出てきたのは、俺と贄川、それぞれが好きな銘柄の酒だった。
「相変わらず段取りのいいやつだ」
「ふっ……では、久しぶりに、【薮原ゼミ】の3人衆の再会を祝して……乾杯!」
チン……と俺たちはグラスを付き合わせたのだった。
★
俺、王子、贄川。
俺たちは同じ大学に通っていて、同じゼミに所属していた。
薮原教授のゼミ。
そこで俺たち3人は、大学時代を過ごしていた。
ホテルのバーの、個室にて。
「けど意外だったよ、王子」
「ん? 何がだい?」
王子が長い足を組み、優雅にグラスワインを啜っている。
「王子と贄川が7年ぶりだったことにだよ。もっと頻繁に会ってるのかと思ってた」
俺は贄川と、結婚式以来、会っていなかった。
まあお互い社会人だし、俺は結婚していたこともあって、それはわかる。
だが、王子は違う。
独身だし、なにより……。
「おまえらって、付き合ってたんだろ?」
「「ブッ……!」」
王子と贄川が、それぞれ吹き出す。
「げほっ、ごほっ……!」
「に、贄川……大丈夫か?」
俺は彼女の背中をさする。
彼女は長い髪を、今日はバレッタでまとめてアップにしていた。
白いうなじを見るとどきりとする。
「あ、ありがとう……岡谷くん」
「おいおい、光彦。何を勘違いしてるのだね」
はぁ~……と王子はため息をつく。
「一花くんとは友達だよ。昔も今もね」
「え? そうだったのか?」
俺は贄川を見やる。
彼女は、どこか拗ねたように、俺をにらみつける。
「そ、そうよ……白馬くんは友達。どうしてそういう話になるのよ」
「いや……だって、おまえらよく飯行ってただろ? 俺抜きで」
「それは……相談に乗ってもらってたのよ」
「相談? 何の?」
ちら、と贄川が白馬を見やる。
「それは乙女の秘密さ。あまり深くツッコんであげるなよ」
「まあ別にいいが」
「重要なのは一花くんが昔も今もフリーで、光彦、君が今はフリーだということだろう?」
「は、白馬くん!?」
顔を赤くする贄川に対して、王子は上品にワインをすすりながら言う。
「七年ぶりの再会だ。何かないのかね? 彼女がどう変わったかとか」
「そうだな……」
俺は贄川をつぶさに見る。
女なのに、高い身長。
すらりと長い手足。そして目を見張るほどの大きな乳房。
白い肌に、鴉の濡れ羽のような黒髪。
「……あ、あんまりじろじろみないで」
贄川は頬を赤く染めて、俺から目をそらす。
酒の影響か、目が潤んでいた。
「7年前より筋肉ついたか?」
「……………………………」
贄川が一瞬で、死んだ目になる。
「ふはは! 君は相変わらず、自分に向けられてる好意にはまったく無頓着なのだね」
王子は実に嬉しそうに笑う。
「しかし女性が聞きたいのは、7年でどう美しくなったかなのだよ」
「ああ、そっか。うん、普通に美人になってるよ。大学のときから、何倍もな」
「そ、そう……あ、ありがとう……」
もじもじ、と贄川が身じろぐ。
「で、でも岡谷くん。筋肉は……前より落ちてるわ。腹筋も前みたいに割れてないし」
「全盛期の一花くんの腹筋は、ボディビルダー顔負けにバキバキに割れてたからねぇ」
ちらちら、と贄川が俺を見て言う。
「その証拠に……さ、触って……見る? 岡谷くんになら……いいわよ?」
顔を赤らめて、贄川が俺を見上げてくる。
「いや、さすがに婦女子の腹を、外で触る事なんてできないぞ」
「………………そうね」
がっくり、と肩を落とす贄川。
王子はそれを見て、こういう。
「何も見知らぬ関係じゃないし。ここは個室になっている。彼女も良いと言っているんだ、触ってあげたまえよ」
「は、白馬くんっ!」
贄川がどこか嬉しそうに王子を見やる。
彼はパチンッ、とウインクをした。
「彼の言う通りよ。その……どうぞ」
「まあ、お前が良いって言うなら」
贄川は頬を赤らめながら、ニットの裾をつかんで、少し上にずらす。
真っ白な肌が、俺の前にさらされる。
「いや……直で触るのはダメだろ」
「そ、そそ、そうね……! うん、何やってるんだろ……あたし……舞い上がってるのかな……」
あせあせと、贄川が服装を直す。
いつもクールな彼女にしては珍しいな。
「彼女は酔って少し羽目を外してしまったのだろう。大目に見てあげなよ」
王子のフォロー。まあそういうことなのだろうか。
「ど、どうぞ……」
贄川が俺に腹を向けてくる。
俺は彼女の腹筋の辺りを触れる。
「……んっ」
ぴた、ぴたぴた……。
「……あっ。……っん」
すりすり……すりすり……。
「……んっ。……ふっ」
「そうだな。昔ほど割れてないな。ありがとう」
俺は手を放す。
贄川は赤い顔をして俺を見上げる。
潤んだ瞳、ぽってりとした唇からは、熱い吐息が漏れる。
それを見ていた王子が、苦笑しながら言う。
「私は席を外そうか? 1時間くらい」
「「余計なお世話だ(よっ!)」」
★
その後2時間、あっという間だった。
会計を済ませた俺たちは、ホテルの外に出る。
「では、私はこれで失礼するよ」
ホテルの前に、白塗りのリムジンが止まる。
「贄川を家まで送ってやれよ」
俺がそう言うと、王子はちら、と贄川を見て、そして笑って言う。
「悪いね、このリムジン、一人乗りなのだよ」
「ありえねえだろ」
俺は王子をこづくと、彼もまた笑って小突き返す。
「私はこれからマイシスター……妹のお迎えに行かねばならぬのだ」
「なんだそういうことか」
「悪いが、一花くんは光彦、君が送ってあげなよ」
「ああ、わかってるよ」
王子は俺たちを見て、にっこり笑う。
「今日は実に楽しかった。みな仕事でなかなか忙しく、会うのは難しいだろうけど、うん、楽しかった」
大学の時と違って、今俺たちは社会人だ。
彼が言うとおり、気軽に会えない。
「そうだ。今まで光彦が既婚者だったから飲みに誘うのは遠慮していたが……これからは定期的に会わないかい、【3人】でさ」
「は、白馬くん……それって……」
ぱちんっ、と王子は贄川にウインクする。
「別にいいぞ」
「ほ、ほんとっ!」
贄川が明るい笑顔で言う。
王子はうんうん、と深くうなずく。
「そうさ。せっかく私たち、あのときと同じく【独り身】なのだから、自由をもっと謳歌しようじゃあないか。なあ我が心の親友よ」
がしっ、と王子が俺の肩を抱く。
「ジャイアンかおまえは」
「おお、なんだったらカラオケでも行くかい、3人で?」
「いやおまえ、妹迎えに行くんじゃなかったのか?」
「おっとそういう設定だった。カラオケは次回にしよう」
ぱっ、と王子が離れる。
「では諸君! また会おう!」
「ええ」「ああ、必ずな」
王子はバッ、と身を翻すと、リムジンに乗りこむ。
音もなく発進すると、王子を乗せた車は去って行った。
「……ありがと、白馬くん。気を使ってくれて」
「ん? どうした贄川?」
「ううん、何でもないわ。今も昔も、彼は気遣いの鬼だと思っただけよ」
それは同意する。
昔からあいつは、良いやつだ。
「家まで送ってくよ。今一人暮らしだっけ?」
かぁ……と贄川は顔を赤くすると、もじもじしだす。
だがしかし、何かを決めたのか、表情を引き締めて言う。
「そうよ。今ひとり。だから……ちょっと家に、寄ってかない?」