23話 今度は妹とデート
翌日、俺は昨日と同じショッピングモールに来ていた。
「おっかりーん!」
デカい声がしたと思ったら、駅の改札の方から、あかりが駆けてきた。
「おっまたせ! 待ったー?」
「いや、今来たところだ」
なぜあかりとここに居るのか?
俺は昨日、ここへ姉の菜々子と来た。
そのとき、日頃世話になっているということで、犬をプレゼントしたのだ。
『それってお姉とのデートじゃん! ずっるい!』
『お前にもプレゼント買ってやるぞ』
『ほんとっ? じゃあ、明日! 同じ場所でデートだっ!』
という次第。
「バイトは終わったのか?」
「うん! カフェの方は比較的早く終わるんだー。あちー」
あかりはなぜか知らないが学校の制服だった。
ただ、半袖シャツの胸元をはだけ、手でぱたぱたと団扇で扇ぐ。
当然、その豊かな谷間が見える。
「ん~? おかりーん、目がいやらしいですよ~? そんなにあかりんの谷間が気になりますかな? きゃっ♡ えっち~♡」
妙に嬉しそうなあかりの額を、俺はつつく。
「ハシタナイから仕舞いなさい」
「はーい♡」
俺が何を言っても、あかりは嬉しそうにする。
「飯はまだだろ。先に昼飯食ってから中を回るか」
「オッケー!」
「何が食べたい?」
「んじゃ美味しいパスタ知ってるからさ、案内するよ!」
あかりは俺の手を自ら掴むと、先んじて歩き出す。
俺は彼女の後ろをついて行く形だ。
「おい、おまえ……手をつなぐ必要ないだろ」
「あるもん、大ありだよ。迷子になったら困るし~?」
「お前要領良いんだから、迷子になんてならないだろ」
「そーゆー問題じゃあないんだなぁこれが」
あかりが前を歩く。
「……うっそ、何あの子、ちょー美人」
「……顔ちっさ。脚ながっ」
「……おっぱいでけえ」
金髪に碧眼の美少女が、制服を着て歩いているのだ。
とても目立っている。
「……隣のおっさんだれ?」
「……彼氏かな、うらやまし!」
「……ばっか、父親だろうどう見ても。そうじゃなきゃオカシイ」
……俺もまた目立ってしまっている。
だが、なるほど……制服にすることで、俺が父親って見られるから、目立ってもあまり問題にならないのか。
「やるな、あかり」
「でっしょー? アタシだって色々考えてるんだよん」
「おまえは昔から妙に気の回るやつだったからな」
あかりに手を引かれながら、俺はフードコートを通り過ぎて、ショッピングモールの奥へとやってきた。
あまり目立たない場所に、目当てのパスタ屋があった。
俺たちは窓際の席に座る。
「あ、おかりん。Bランチおすすめだよー」
「じゃあそれ2人分にするか」
店員は注文を取ると、頭を下げて去って行く。
「ここ静かだし、値段も安いし、美味しいしおすすめなんだー」
「ほぉ……色々知ってるんだな」
「まぁね~。色々いって、レシピの参考にしてるんだ」
なるほど……。彼女が作る飯が、店の料理より美味いのは、そういう努力があってこそなのだな。
「あかりは、こういう店でバイトしてるのか?」
彼女はカフェと洋食屋の二つ掛け持ちでバイトしているのである。
「そー。あ、でもお店の場所は秘密だよ。カフェはバレちゃったけど」
「なんで秘密なんだ?」
「んふ~♡ 女は秘密を着飾って美しくなるんだからね」
「おまえ、昔からその漫画好きだな」
よく塾でコナンごっこさせられた。
だいたい俺が眠らされる役だった。
「あったりまえじゃん! 漫画もアニメも日本の誇れる文化だもん! あ、おかりん最近なに漫画読んだ?」
「ブルーロックが面白いな」
「だよねー! あれ今ちょ~~~~~~~~面白いよね!」
俺は仕事の都合上、ラノベ以外にも、アニメや漫画などをよく見る。
あかりは、趣味として漫画などを好んでみる。
「お姉にいっくら勧めても読んでくれなくってさー」
「菜々子は今も漫画読まないのか?」
「うん。漫画の読み方がわからないって。コマが多すぎて。わざわざコマに番号振ってあげなきゃ読めないとか、おばあちゃんかっつーの」
そこへ、ちょうどパスタがやってくる。
「おかりん、おかりん♡」
「なんだ?」
くるくる、とフォークでパスタをまいて、俺に差し出す。
「あーん♡」
「調子乗るな。外だぞここは」
「中ならいいの~?」
「行儀悪いからそういうのは止めなさい」
「ちぇー……」
あかりが、サイドテールの髪の毛が、皿に掛からないように、髪をかき上げながら食べる。
その仕草が妙に艶っぽくなった。
「おやおや~? おかりんってば、アタシの色っぽい動作にどきどきしちゃったかんじー?」
にやにや、とあかりが笑いながら言う。
「いや、お前も大人になったんだなってちょっと感動したよ」
「保護者目線じゃん! あーもー!」
じたばた、とテーブルの下で足をばたつかせる。
「その癖を直さないうちは、まだまだ子供だな」
「うー……難攻不落過ぎる~……がっくし」
パスタのあとに、ティラミスが運ばれてきた。
セットのデザートだそうだ。
また「あーん♡」とやってきたので、額をつついておいた。
あかりはティラミスを一口食べると、スマホを取り出してフリック入力する。
「何メモしてるんだ?」
「レシピ」
「一口食べただけでわかるもんなのか?」
「うん。一口食べればだいたいは再現できるよ。完食すれば盤石かな」
「おまえは結構すごい特技持ってるな」
「んふ~♡ でしょ~?」
あかりは上機嫌にメモを取り終えると、残りのティラミスを食べる。
「今度家で作ってあげるね!」
俺はその後、あかりのプレゼントを買いにショッピングモールをうろつく。
「あ! おかりん! ダンジョン飯の新刊が予約できるって! 注文していいっ?」
「おかりん見てみて! 新作のバッグ! ちょーいかす~! ほかのも見てきて良いっ?」
「おかりんゲーセンあるよ、寄ってこねーねー!」
姉の菜々子と同じルートを辿っている。
菜々子は、自分でどこか行きたい場所を言わず、おれの後ろをついてくるだけだった。
欲しいものを聞いても、なかなか見つからないでいた。
だがあかりは違う。興味がポンポンと動き、さらにあれがほしいこれがほしいと、欲しいものがたくさんあるようだ。
引っ込み思案な姉と、まさに対照的であった。
……だが、意外なことに。
「よし、満足! 次の店いこっ」
雑貨屋に俺たちはいる。
可愛い小物があったからと、あかりは手に取って見た。
だが、それだけだ。
「なああかり。さっきから1個も買ってないんだが、いいのか?」
「ダンジョン飯の予約はしたけどー?」
「いや、それだけだろう。おまえ、バイトしてるんだから、金には余裕があるのに、どうして買わないんだ?」
んー、とあかりが渋い顔をする。
「おかりん、笑わないって約束して」
「ああ」
「あと似合わねー、って思わないで」
「わかった」
あかりは咳払いする。
「だって、もったいないじゃない?」
「もったいない?」
「うん。バイト代は、将来のため、ぜんぶ貯金してるんだ」
……意外だった。
欲しいものがあるからバイトしているのかと思ったが。
将来のために貯めているのか。
「そうか。偉いな」
俺はあかりの頭を、ぽん……となでる。
「え……?」
ぽかん、とあかりが口を開く。
「どうした?」
「あ、いや……これ言うとさ。同級生の子からは、似合わないとか、まじめかー、って茶化されるのがいつもだったからさ」
あかりは頬を赤く染めて、髪の毛の先をいじりながら、もじもじする。
「褒められて……ちょっと、ううん、すっごくうれしくてさ」
へへっ、と小さくあかりが笑う。
この子は本当にうれしいときは、控えめに、上品に笑うのだ。
だから、本心なのだろう。
「店の前だと邪魔だから、いくか」
「うんっ」
あかりが手を伸ばしてきたので、俺が今度は、その手を掴んでやる。
「ふぇ……!?」
眼をまん丸にして、あかりが妙な声を上げる。
「なんだ?」
「あ……いや……その……」
首筋まで赤くしながら、しどろもどろに、あかりが言う。
「さっきまでも手をつないでたのに、今は照れるのか?」
「ふ、不意打ちがダメなのっ! アタシがからかうのはいいけど、おかりんがからかうのは禁止っ!」
「そうか。すまんな」
「あ、やっぱなし! 不意打ちは……いいけど、その……人前じゃないところ……ね?」
あかりも菜々子も、昔から知っている。
10年前と変わらない部分と、そうでない部分がある。
そして、10年前じゃ知り得なかった部分もあって……それを見つけるたび、俺は彼女たちの成長を実感する。
彼女たちも大人になったんだなと、そう思える。
俺は……どうなんだろうな。
★
結局何も買わず、俺とあかりは帰路についた。
「ほんとに買わなくて良かったのか?」
「うん。いーの」
「遠慮しなくて良いんだぞ」
「ふふーん、あまい、あまいよカイジ君」
「誰がカイジ君だ班長」
にしし、とあかりがいたずらッ子のように笑う。
「プレゼントを買うって口実があれば、またおかりんと、二人きりでデートできるじゃん♡」
あかりが俺の腕にぎゅっ、と抱きつく。
「アタシにとって、プレゼントなんかより、おかりんとこうして、一緒に楽しく、どこかへ出かける方が……最高のプレゼントなんだ」
あかりの意見を聞いて、俺は尋ねたくなった。
「デートって何か欲しいときにするんじゃないのか?」
「ちがうよ。お金なんて、プレゼントなんて要らない。おかりんがいればねそれで十分」
……女性の価値観って、本当に色々なんだな。
「前妻のときは、違ったの?」
察しのいいあかりは、すぐに俺が何とくらべたのか気づいた様子だった。
「ああ、出かけるたび何か買ってくれって言われたな」
「うっわ、最悪。男をサイフとしか見てないなこりゃ……どんな親の元で育てられれば、そんなふうになるのかな?」
「ミサエの親父は、結構厳格な人だったぞ。結婚するときも、何度も断られた」
「うげ……まじ?」
「ああ。今どきあんな頑固親父も珍しいって思ったな」
「頑固親父からどうしてあんなクズが……って、おかりん? なんか家の前に、だれか居ない?」
そのとき、あかりが前方を指さす。
「光彦くん!」
【その人】は俺に気づくと、駆け足で俺の元へやってきた。
「光彦……って、おかりん、知り合い?」
「……ああ、よく知ってるよ」
彼は俺の前にやってくると、バッ……! と土下座した。
「頼む! 光彦君! 娘と、よりを戻してやってくれないか!」
「娘……知り合い……よりを戻すって……まさかっ」
あかりも、察しがついたようだ。
俺はため息をついて、その人に声をかける。
「頭を上げてください、長野さん」
長野……ミサエの旧姓だ。
つまりこの人は、件の、ミサエの父親だった。