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22話 JK姉とデート



 それは会社が休みの、ある夏の日。


 俺が目を覚まして、リビングへ行くと、黒髪のJK、姉の菜々子ななこがいた。


「……あ、せんせえ。おはようございます」


 ほわほわとした笑みが実に愛らしく、見ているだけで癒される笑顔だ。


「おはよう。あかりは……バイトか」


「……はい。今日は洋食屋さんのほうでバイトしてます」


 あかりは二つバイトを掛け持ちしている。

 駅前のカフェでは接客と、洋食屋の調理担当してるんだそうだ。


「……朝食温めますね」

「いや、気にするな。俺は自分のは自分で用意するし、おまえも自分のことやってな」


「……自分の」


 菜々子が、何か考えるような顔になる。

 だが、すぐに首を振って、笑顔で言う。


「……特にやることもないので、わたし、用意しておきます」


「いやでも……」


「……座っててください、せんせえ」


 ぱたぱた、と菜々子がキッチンへと向かう。


 冷蔵庫からお皿を取り出し、レンジに入れ、ケトルに水を入れてお湯を沸かす。


「…………」


 俺はリビングの椅子に座る。

 テーブルには教科書が広げられていた。


「菜々子の教科書か」


 夏休みということもあって、宿題でもやっているのだろう。

 

 朝から勉強とは感心なやつだ。

 ……だが、同時に少し気になることもあった。


「……せんせえ、朝ご飯ですよぅ」


「ああ、ありがとう」


 フレンチトーストにベーコンエッグ、そしてカフェラテ。


 全てあかりが、朝バイト行く前にちゃちゃっと作っていったらしい。


 俺は用意してもらった食事を取る。


 菜々子は俺の正面に座り、その様子をニコニコと、楽しそうに笑いながら見ている。

「おまえ宿題やってたんじゃないのか?」


「……いえ、宿題はとっくに終わってます」


「そうなのか?」


 まだ夏休みに入って数日しか経ってないのだが、もう終わらせたらしい。


 そういえば塾時代でも、菜々子は宿題をだいたいその日か、次の日には終わらせていたな。


「なるほど、じゃあ受験勉強してたのか」


 菜々子達は今年で17歳。

 来年には受験が控えている。


 高2の夏から勉強しているやつが周りには結構居た。


 菜々子も行きたい大学のために勉強しているのだろう。


「……いいえ、これは、自習です」

「自習?」


「……はい。1学期の授業の、振り返りを、してました」


 単なる振り返り、か。

 そう言えば、この子らは将来どうするつもりだろうか。


 菜々子は頭がいいから大学へ行くものだと思っていたが、今の口ぶりからすると、違うみたいだな。


 まあ将来設計は人それぞれだから、俺がとやかく言うつもりはない。


 朝食を終え、俺は食器を片付ける。


 菜々子が自分がやると言ってきたのだが、さすがに申し訳なく、固辞した。


「…………」そわそわ、そわそわ。


「菜々子」


「……はい、せんせえ、なんですか?」


「後ろに居られると気になるんだが」


 さっきから菜々子は、俺の後ろで、俺の手元のぞき込むようにして見ていた。


「……なにか、お手伝いすること、ありますっ? お皿洗いますよっ」


「だから良いって、座って自分のことしてなさい」


「…………」しゅん。


 トボトボと歩いて行って、椅子に腰を下ろす。


 そしてまた、勉強……というか、一学期の復習をしだした。


「…………」


 皿を洗いながら、俺は思い出す。

 それは先日、期末テストが返ってきた日のことだ。


 あかりは赤点が2,3個あって、そのほかの教科も軒並み点数が低かった。


 一方で、菜々子の点数は……全て100点だった。


 全教科100点。あかりも俺も褒めたのだが、当の本人はまったく嬉しそうじゃなかった。


「勉強あまり好きな子じゃないんだよな、菜々子って」


 言われれば、言われたとおりこなす子ではある。


 課題も与えればこなす。ただ、自分からこれがしたいというのが、妹と違ってないのだ。


 俺は皿を洗い終えて、菜々子の元へ戻ってくる。


「…………」


 ボロボロの教科書を前に、ぼーっと書き写していた。


 せっかくの夏休みだというのに、この子はどこにも出かけようとしない。


 あかりのように、何かに打ち込むこともなく、家にいるこの子が、不憫に感じた。


「なぁ菜々子。おまえ、どこか行きたいとこあるのか?」


「……おでかけですかっ!」


 がたんっ、と立ち上がって、黒真珠のような目をキラキラとさせる。


「ああ、ちょうど今日は暇なんだ。おまえさえよければ、一緒にどっかいこうか。どこがいい?」


「……せんせえと一緒なら、どこでもいいですっ。やった♡ やった♡ デートです~」


 ……まあ男女で出かけるからデートに分類されるのか。


 俺としては、夏休みだというのに、ずっと家に居るこの子を外に連れ出したいって気持ちなのだが……。


「近くのショッピングモールでも、行くか、暇だしな」


「……はいっ♡」


    ★


 俺たちがやってきたのは、川向こうにある、大きなショッピングモールだ。


「……ふふっ♡ ふふ♡ ふへへ♡」


 俺の隣で、菜々子がずっと笑っている。


 いつも微笑んでいるのだが、今日は特にずっと笑っていた。


「何か良いことでもあったのか?」

「……はいっ。せんせえが側に居るだけで、とても嬉しいんですっ♡ しかも二人きりっ♡ ふふっ♡」


 まあ子供は父親が一緒に居るだけで、嬉しいみたいだからな。


 上松あげまつさんもそんなこと言っていたし。


 多分そんな感じなのだろう。


「いくぞ、菜々子。人が多いから、迷子にならないようにな」


「……大丈夫ですっ。迷子になりません」


 俺たちはとりあえず、中を適当にぶらつくことにした。


 しかし夏休みだからか、子供と家族連れが多いな。


「なあ菜々子……菜々子?」


 いつの間にか菜々子がいなくなっていた。


「……せ、せんせぇ~」


 遥か後ろ……というか、入り口で菜々子が立ち往生していた。


 どうやら前からやってくる人並みを避けられずにいるらしい。


 俺は慌てて彼女の元へ行く。


「すまん、先に行きすぎた」


「……いえ。ごめんなさい。昔から、どんくさくて」


 しゅん……と菜々子が肩を落とす。


 俺は彼女の手を取る。


「ふぇ……!?」

「ほら行くぞ」

「あ……♡」


 人混みが多いなかで、子供を一人にさせてしまった。保護者としてあるまじき行為だ。


 いくら高校生だからといっても、女の子。しかも昔から少しぽやんとしていた子だ。手をつないで、居なくならないように、俺がしっかり面倒見ておかないとな。


「……しあわせすぎて、天に昇りそうだよぉ~♡」


 お湯に入れたとろろ昆布のように、ふにゃけた笑みを浮かべる菜々子。


「……こ、こんなとこ、だれかに見られたら、なんて思われるでしょうかっ?」


「ん。ああ、保護者と娘だろうな」


「………………………………ソデスネ」


 しゅーん……とさっきから一転して、落ち込んでしまった。


 なんなのだろうか……? わからん。思春期女子の情緒が不安定すぎる。


 思えばあかりもるしあも、結構よくわからないタイミングで、怒ったり喜んだりするな。


 今度啓発本でも買って勉強しておかないとな、思春期の娘を預かる身として。


「さて菜々子。何か欲しいものでもあるか?」


「……ほしいもの、ですか?」


「ああ。日頃お前らには世話になってるからな。何かプレゼントしたい」


「……プレゼントー!」


 ぱぁ……! と輝くような笑みを浮かべる菜々子。


 だがすぐに慌てて、菜々子が首を振る。


「……そ、そんな! 悪いです!」

「遠慮するな」


「……で、でも……だって……」


 菜々子が立ち止まって、うつむいて言う。


「……あかりは、料理も、洗濯も、色々やってます。でも……わたしは、そのどれもできない。ただ一緒に住まわせてもらっているだけ。プレゼントなんて……もらう資格……あたっ」


 俺は菜々子の額をつん、と指でつつく。


「前にも言っただろ。お前達が俺を支えてくれるから、俺は万全の状態で仕事にのぞめているってさ。二人平等に俺は感謝してるんだよ」


「……せんせえ」


「あかりにも今度プレゼントする。今日はお前の番だ。欲しいもの言ってみろ。何でも買ってやるよ」


 菜々子は、かなり遠慮がちな性格だ。


 よく言えばおしとやか、悪く言えば……引っ込み思案。


 自己主張の強い妹と一緒に育ったからか、自分の意思がやや弱いところがある。


 今はあかりが側に居てくれるからいいかもしれない。


 だがいずれ離れて、それぞれの人生を歩むようになる。


 そのときに、一人で何もできない子に、俺はこの子に、なって欲しくない。


 だから欲しいものを聞いたのは、この子に少しでも自己主張の練習をして欲しかったからだ。


「……わからないです」


 やっぱり、菜々子は欲しいものがわからない様子だ。


「なら色々見て回ろうか。これだってくるものが絶対出てくるだろ」


「……せんせえ。はいっ」


 そのあと、俺はショッピングモールを色々見て回った。


 服屋、文房具や、本屋等々……。


 だが……。


「……お洋服は、今持ってるので十分です」


「……文房具も、まだまだ使えます。あ、あのシャーペンは、せんせえから塾のときにもらった、大切な宝ものなんで、新しくしたくないですっ」


「……参考書? 教科書の内容だけで、模試も100点取れるので、要らないかと」


 どの店を回っても、菜々子が興味を示すものはなかった。


「……せんせえ。色々すみません。でも……もういいです。帰りましょ…………」


 と、そのときだった。


「…………」


 ふと、菜々子が足を止めたのだ。


「ペットショップ……?」


 ショッピングモール内に店を構えている、ペットショップだった。


 ガラスのケースの中には、子犬や子猫が展示されている。


「……わぁっ、わぁっ」


 ガラスに頬をくっつけて、菜々子が目を輝かせる。


 特に興味をもっていたのは、茶色い毛並みのミニチュアダックスだ。


「……かわいい♡ ホットドッグみたい」


 可愛いと食い物って同居するのだろうか。

 つくづくJKの感性はわからない……。


 が、これだ、と俺は思った。

 

「菜々子。この子にするか」


「……え? い、いいんですか?」


「ああ。せっかく一戸建てに引っ越したからな。犬でも飼ってみたいって、ちょっと思ってたからさ」


「……せんせえ! あ、でも値段……」


 俺は値段をチラッと見て、手で隠す。


「思ったより安いから安心しろ」


「……でも……」

「菜々子。あっちのフードコートでちょっと待っててくれ。金とか色々済ませてからいくから」


「…………はい」


 菜々子が去って行く。


 値段は……見せられんな、これは。

 

「すみません、このミニチュアダックスください」


「あ、はーい!」


 可愛らしい店員が、犬をガラスケースから取り出す。


 俺は保険やら注射のことなどの説明を受ける。


「彼女にプレゼントですか~?」


 下世話な店員が、俺に尋ねてくる。


「娘にプレゼントです」

「なるほど! いやぁ、娘さん幸せものですね! こんなに高い買い物してあげるなんて!」


「いいんです。それがあの子にとってプラスに働くなら、金は重要じゃない」


 俺は手続きを終えて、あと犬のキャリー(ボストンバックみたいな、犬を入れて運ぶかご)を購入する。


 犬を入れて俺はフードコートの方へ向かう。


「せんせえ!」

「大事にしてやれ」


 俺は子犬の入ったキャリーを渡す。


「あんっ」


 にゅっ、とミニチュアダックスが、顔を出す。


 菜々子の顔をあおぎみて、ペロペロと頬をなめる。


「……きゃっ、くすぐったいです♡」


 菜々子が、明るい笑顔を浮かべる。


 そうだ、この子は、無邪気に笑っている顔が一番似合っている。


「せんせぇ、ありがとうございます!」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 思いつきで生き物を買わないで下さい。。 フードコートで生き物を出すのも不快です。
[一言] その場の思いつきで生き物を買うのマジやめろ
[気になる点] ペットは大切な家族です ぬいぐるみではあるまいに咄嗟の思いつきで大切な(命)を購入してしまうシーンはとても不愉快です 可愛い→即購入ではなく10年以上生きる家族を迎え入れる覚悟の描…
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