20話 担当作家に友達を作る
俺の家に、るしあ先生が、やってきている。
そこに双子JKの菜々子とあかりが鉢合わせる。
それから30分後くらい。
……俺たちは、リビングで夕飯を食べていた。
「美味い! 美味すぎる! こんな美味いハンバーグは、初めてだっ!」
るしあが目をキラキラさせながら、あかりお手製のハンバーグを頬張っている。
「ふふん、どーよ?」
「くっ……なんということだ。美人でその上料理上手だなんて……!」
あかりが大きく胸を張る。
ちなみに俺の隣に座っている。
正面にはるしあと菜々子が座っていた。
「こんなの……ズルい! こんな美味い飯を毎日食べれるなんて……おかやの胃袋は掌握したようなものじゃないか!」
「くっくっく~。気づいた?るしあ。そう、毎日おかりんにおいしいご飯を提供して、あたしのご飯抜きじゃ生きてけない体にする、高度な作戦なのさっ」
「く……! 悔しい……!」
「でもおいしいんでしょ~?」
「ぐぬぬぬぬぬっ!」
……あれからあったことを話そう。
俺はるしあ先生に、今日までの経緯を簡単に話した。
昔の教え子が、ある日突然家に尋ねてきた。
彼女たちは何か事情を抱えているらしく、昔なじみの俺が保護していると。
決してやましいことは何もしていないと、きちんと誤解を解いた。
その後、あかり達はるしあを連れて別室へ移動した。
『女の子同士の秘密の話し合いしてきます』『……ますっ』
双子達はるしあとともに5分ほど席を離れた。
そして……帰ってきた頃には、少しだけ和解していた。
それで時刻は19時を回っていたので、飯を食べていくことになった次第。
「るしあは料理とかしないの?」
あかりがおかわりのハンバーグを持ってきて、菜々子のまえに出す。
姉はもぐもぐと、3枚目のハンバーグをおいしそうに頬張っていた。
「ああ。ワタシは料理は不得手なのでな……」
「……むぐむぐ、むぐー! むぐぐっ!」
「お姉。口に入ってる時にしゃべっちゃだめでしょーが」
あかりが呆れながら、菜々子の口の周りをふく。
「……わたしもっ、料理苦手だよ、るしあちゃんっ。仲間だね~♡」
ほわほわした笑みを浮かべる菜々子。
「仲間……」
じっ、と菜々子を見つめるるしあ。
「うむ……そうだな。菜々子は仲間だ!」
るしあもまた、姉に笑い返す。
【秘密の話し合い】とやらがあってから、るしあの双子への警戒心が薄れているように感じる。
「ねーねー、アタシは~?」
はいはい、とあかりが手を上げる。
きっ、とるしあがにらみつけて言う。
「おまえは……強敵だ」
「ほほー? その心は?」
「現状、一番の脅威がおまえだからな。なんだそのでかい乳、整った顔、気遣いもできて料理も美味い、その上一緒に住んでいるだと……? なんだそれはズルではないか!」
ぷんすかと怒るるしあ、だが一方であかりは、顔を赤らめてそっぽ向く。
「ふ、ふーん……あんがと、褒めてくれて」
くるくる、とあかりが毛先を指でいじる。
あれは照れてるときの癖だ。
「べ、別に褒めてないぞっ」
るしあもるしあで、顔を赤くしてそっぽを向く。
「……ふたりとも、仲良しさんです♡」
「「どこがっ!」」
「仲良いじゃないか」
俺は三人のやりとりを、食事をしながら見守っていた。
「おかりん、だんまりじゃーん、どしたの?」
「いや、お前らが楽しそうにしてるの、邪魔しちゃ悪いだろ? せっかく友達できたんだし、なぁ、るしあ?」
「と、友達……?」
じっ、とるしあが双子を見る。
「違うのか? 随分と仲良いと俺には思えたぞ」
るしあが、恐る恐る、2人に尋ねる。
「あ、あの……その……」
「「?」」
「…………わ、ワタシたちは、その……」
もにょもにょ、とるしあが口ごもる。
ああ、確認したいのかな。
「あかり、菜々子。ふたりとも、るしあの友達になってくれないか」
「お、おかやっ」
俺は知っている。この子が、かなり深い場所に、孤独を抱えていることを。るしあと初めて出会ったのが、この子がまだ中学3年生のときだ。あの頃から3年間、俺は何度も打ち合わせを重ね、言葉を交わしてきた。
……その中から感じ取れたのは、彼女には友達らしい友達がいない、ということ。理由は……わからない。ただ彼女の口から友達の話題が出たこともなければ、学校の話題も出たこともない。学園もののラノベを書かないかと一度提案したことがあったが、拒まれたことすらある。
俺は、良い機会だと思った。
形はどうあれ、歳の近い女の子と、深く知り合うことができたのだから。
「え? 友達?」
「……何言ってるんです?」
きょとんとする双子。
るしあは傷付いたように、胸を手で押さえる。
「……そう、だよな。ワタシなんかとは……友達に……」
「アタシらもう友達じゃーん」
「……そんなの、今更言わなくても、友達ですよ?」
2人からの返答を聞いて、ぽかん……とするるしあ。
「……え?」
「え、じゃないよ。アタシら、同じ男を愛する、ライバルだけど、ま、それはそれ、これはこれでしょ?」
あかりが頭の後ろで手を組んで言う。
一方で、るしあは困惑しながら言う。
「よ、よくわからないが……」
「んもー、こーゆーのはね、フィーリングよフィーリング。アタシ、あんたのこと嫌いじゃないよ」
「……わたしもですっ。仲良くしてください、るしあちゃん♡」
隣に座る菜々子が、すっ、と手を伸ばす。
「…………」
その手をるしあは、掴むかどうか、迷っていた。
「お、おかや……わ、ワタシは……どうすればいい?」
不安げに、俺を見てくる。
この子は、怖いのだ。
この2人の優しさを、そのまま受け取ってしまって良いのだろうかと。
「るしあ。お前の心のままにすればいいと思う」
「心の……ままに?」
「お前がその手を拒むというのなら、俺はその選択を否定しない。ただ、お前が今、胸に感じているその思いを無視して生きようとするのなら……俺はそれを全力で止めるよ」
29年生きてきて、後悔しない日などなかった。
特に、ミサエと結婚したことを、俺は今も後悔している。
あのときミサエと結婚しなければ……俺はもっと幸せになれていたかも知れない。
あのときああすればよかったな。
そんな風に考えてしまうのだ、大人は。
だが……るしあはまだ、未来ある子供。
子供には……前を向いて、希望の光をその目に宿していて欲しい。
「お前はどうしたいんだ?」
「わ、ワタシは……友達が、欲しい」
「なら、もうどうすれば良いかわかるだろ?」
るしあは菜々子の手を……握る。
菜々子は笑顔になると、ぎゅーっとるしあをハグする。
「……るしあちゃんっ、友達っ、うれしいですっ」
「う、うむ……わ、ワタシもだぞ……菜々子……その、うれしい」
菜々子はぎゅーっとさらにつよくハグする。
大きな胸にるしあの小さな顔が完全に埋まる。
「さっすがおかりん♡」
隣であかりが、笑顔で言う。
「ぼっちな先生に、友達作ってあげるなんて、優しいね。仕事だから?」
「まさか」
俺は菜々子とるしあを見る。
るしあは……いつもの硬い表情ではなく、年相応の笑顔を浮かべている。
「大人はな、自分の過去の失敗を、教訓として、子供に授けたいもんなんだよ。損得勘定抜きでな」
「ふーん……」
あかりは俺を見上げて、ぎゅっ、と腕に抱きついてくる。
「あかり?」
「確かにさ、あのばか妻と結婚したことは、消せない過去の汚点かも知れないよ。けど……さ。おかりんだって未来を見ていいんだよ」
ハッ、と俺は気づかされる。
そうだ、何も、子供だけが前を、未来を見ているわけじゃないんだ。
「今をたのしもーってこった!」
「そうか……そうだな」
どうにも俺は、自分のことがよく見えてないようだった。
あかりの言うとおり、俺もまた前を見て、今を生きているんだ。
いつまでも後ろ向きじゃ……いけないな。
「あかり……ありがとうな」
「んぇ? う、うん……ど、どうしたのさ、おかりん? アタシなにかした?」
「いや……」
この子は本当に、無意識に人を元気づける才能がある。
一緒に居るだけで元気にしてくれる。
だから、俺はいつも感謝してるよ。
「将来は良いお嫁さんになるな、って思っただけさ」
「お、おー! じゃ、じゃああ、ついに! あかりをお嫁さんに?」
「調子乗るな。そういう話じゃない」
「ですよねー」
つんっ、と俺はあかりの額をつつく。
彼女は嬉しそうに微笑むと、俺の腕に抱きつく。
彼女の温かく、柔らかな感触と……子どもらしからぬ、女性の甘い匂いを感じる。
「「あーーーーーーー!」」
菜々子とるしあが、大声を張り上げる。
ふたりは立ち上がると、あかりをベリッと俺から引き剥がす。
「お、おまえぇ! 抜け駆けとはひ、卑怯なり!」
るしあが声を荒らげる。
「卑怯なりって、時代劇かっつーの。うける~」
「……あ、あかりっ。だめですっ。せ、せんせえを独り占め……ずるい!」
ぷくっ、と子供っぽく頬を膨らませる菜々子。
「……るしあちゃん、あかりはよーちゅーいです。気を抜くと、すぐボディータッチするんですっ」
「なるほど、実に有益な情報だ。情報提供感謝する、菜々子」
「なんだかんだ仲良いじゃーん、ふたりとも。アタシとも仲良くしよーよ?」
にやにや、とあかりは笑いながら、るしあに手を伸ばす。
姉にしたように、自分とも握手したいのだろう。
「ふんっ!」
そっぽを向くるしあ。
だが……差し出された手を、きゅっ、と握り返した。
「るしあんは、素直じゃないんだなぁ」
「る、るしあん……?」
「そ。るしあん。アタシのこともあかりんと呼んで良いよ。あ、でもおかりんをおかりんって呼ぶのはダメね。夫婦の特権だから」
「だ、だれが夫婦だ! お、お前はまだおかやの被保護者ではないかっ!」
「それはどうかな~。知らないうちにゴールインしてるかもだよ~?」
あかりにからかわれて、るしあが顔を赤くして、ぷるぷると震える。
「……あかり。るしあちゃんいじめちゃ……め、だよっ?」
菜々子はるしあを抱いて、妹をたしなめる。
「お姉忘れてるけど、るしあんアタシらより年上だよ?」
「……………………わ、忘れてないよっ」
「忘れてたなこりゃ」
くつくつと笑うあかり。
一方で菜々子は、もうしわけなさそうに言う。
「……ご、ごめん……るしあちゃん」
「いや……いい。この距離感が……心地よい」
るしあは俺を見て、花が咲いたように笑う。
「おかや……ありがとう」
今まで、どこか硬く、陰りのあったるしあの表情に……明かりが差したような、そんな感じがした。
「お前のおかげで……ワタシ、友達ができた。感謝する。……大好きだ」
るしあが頬を赤く染めて、俺に言う。
人として、大人として、信頼してくれると、俺も大人として、嬉しい限りだ。
「ああ、それは良かった」
「うう……伝わってない~……」
なぜか知らないが、がくん……とるしあが落ち込む。
「るしあん落ち込んじゃダメだって。相手は大人で、アタシらのこと子供ってしか見てくれてないのは、ぜんてーじょーけんだから」
「……これからガンガンアタックして、せんせえの牙城を崩していくのですっ。がんばりましょー、るしあちゃんっ」
2人を見て、うん、とるしあがうなずく。
「頑張ろう。我々は敵ではなく、仲間だからな!」
こうして、担当作家に、友達ができた。
編集として、大人としての仕事ができたのだとしたら……嬉しいなと思ったのだった。