19話 お嬢様、彼の家に赴く
俺がるしあ先生と打ち合わせをしてから、3日後のこと。
「…………」
俺の家のリビングに、るしあ先生が座っている。
真っ白な髪の毛に赤い眼は、兎のようで愛らしい。
そこに加えて、今日はいつもの和装ではなかった。
白いワンピースに麦わら帽子という、深窓の令嬢のような格好で、今朝うちに来たのだ。
『おかや、原稿ができた。見て欲しくてな』
どうやらファックスが壊れており、修正原稿をわざわざ、俺の家まで届けに来てくれたみたいだ。
住所は上松編集長に聞いたらしい。……違和感はあった。あの人、いくら仕事上だろうと、人の住所を明かすだろうか……。
まあ来てもらって追いかえすわけにも行かず、こうして家に上げた次第だ。
「お、おかや……その、どうかな?」
俺が原稿に目を通していると、るしあ先生が尋ねてくる。
「ええ、素晴らしいです」
「ほ、ほんとうかっ! この服、一花に頼んで仕立ててもらったのだが、そうか素晴らしいかっ」
「? いえ、原稿の話ですが……」
「……そ、そうか」
しゅん、とるしあ先生が肩を落とす。
しまった、服装を聞いていたのか。
そういえば今日は随分と可愛らしい服を着ているな。
なるほど、新しい服を買ったから、褒めて欲しいのか。意外と子供っぽい部分もあるのだな。可愛いらしい。
「似合ってますよ、その服。普段の和装もいいですけど、そういうお嬢様っぽいやつもいいですね」
「! そ、そうかっ! ふふ、そうか……ふふふっ」
蕩けた笑みを浮かべるるしあ先生。
大人びていても、やっぱりまだまだ子供なのだろう。可愛らしいな。
「原稿、拝見しました。本当に素晴らしい出来です。たった三日で、よくぞここまでブラッシュアップしたものです」
「ああ! それはひとえに、おかやのおかげだな」
るしあ先生は頬を赤くして言う。
「私は単にアドバイスしただけです。書いたのは先生ですから、誇ってください」
「あ、いや……そうじゃなくて……」
もじもじ、とるしあ先生がみじろぎする。
「……おかやに、読んでほしくて。ほめてほしくて……がんばったんだ」
「……そうですか」
るしあ先生の姿と、10年前のあかり達の姿とが重なる。
塾講師時代、双子たちは俺に褒めて欲しいからと、テスト勉強を家で頑張っていた。
だが……。
「るしあ先生」
「え……?」
俺は先生に顔を近づける。
「お、おかや……?」
赤い瞳が潤んでいる。
ああ、やっぱりそうだ。
「ん……」
顔を真っ赤にしたるしあ先生が、目を閉じて、唇をすぼめる。
俺は、彼女の額をつつく。
「寝不足ですね」
「え……?」
ぽかん、とるしあ先生が口を開く。
「この三日ほとんど寝てなかったんじゃないですか?」
「あ、ああ……」
「無理して良い原稿を仕上げても、体調を崩しては元も子もありません」
あかり達も同じことがあったのだ。
テストで良い点数が取りたいからと、徹夜で勉強して、体調を崩した。
この子もそうなのだろう。
「るしあ先生、あなたが良い原稿を作ろうとするその姿勢はプロとして立派なものです。ですが、体調管理もまたプロの仕事の一つです。あなたが倒れるくらいなら、原稿を落とした方が万倍マシだ」
「…………」
るしあ先生は頬を赤らめ、しかし唇を尖らせる。
「……おかやは、ずるい」
「はい……?」
「ワタシの心を、こんなにも弄んで……こんなに優しくて……ずるい」
……何を言いたいのか、皆目見当がつかない。
塾でバイトしていたことがあるが、そのときは小学生が相手だった。
子供の心、特に思春期の女子の心は……理解するのが難しい。それは、あかりも、菜々子もだ。
「なぁ……おかや。今日は……な。原稿、見てもらいたいだけじゃ……ないんだ」
「何か相談事ですか?」
「ああ。とても……とても、重要なことなんだ。聞いてくれ。ワタシは……」
と、そのときだった。
「「ちょっと待ったー!」」
ばんっ、とリビングの扉が開き、双子JKが入ってくる。
「おまえら……買い物行ってたんじゃなかったのか……」
るしあ先生が俺の家に来たとき、俺はあらかじめ二人にLINEしておいたのだ。
家で作家と打ち合わせするから、来るなと。
「お、おまえは……あかり!」
「やっぱり、るしあじゃーん! 思った通りだ! あぶねー!」
あかりはズンズンとこちらに歩いてくる。
その後ろから菜々子がくっついてくる。
「二人きりで、何してたのかなっ?」
仁王立ちするあかりの後ろに、ぴったりと菜々子が、隠れるように立っている。
「仕事だ」
「おかりんには聞いてなーい!」
「そ、そうですっ、きいてるのは、そちらの可愛い、お嬢さんにですっ!」
ふすー、と鼻息荒くする双子達。
「やはりおまえ……おかやと同棲しているというのは、本当のようだなっ?」
がたんっ、と立ち上がって、るしあ先生があかりをにらみつける。
「うう……」
さっ、と菜々子が隠れる一方で、あかりもまたにらみつけて返す。
「そうだよ。アタシと後ろのお姉は、おかりんと一緒に住んでいるの」
「んなっ!? ななっ、なんだとー!?」
……黙っておけと散々釘を刺したのだが。
まあ子供だからな、仕方ない。
「お、おおお、おかやっ。どどど、どういうことなのだっ!」
るしあ先生が目をグルグル巻きにして、俺に掴みかかろうとする。
だが、勢い余って、前につんのめってくる。
「あぶっ……!」
俺はるしあ先生を抱き留める。
「~~~~~~~!?!?!?!?!?」
「「あーーーーーーーーーー!!!!」」
顔を極限まで赤らめるるしあ先生。
JKたちは目を剥いて叫ぶ中……。
「おか、や…………………………きゅう」
るしあ先生は、気を失ったのだった。
★
それから、数時間ばかりして、るしあ先生が目を覚ます。
「すまない、おかや……取り乱してしまって……」
ここは俺の寝室だ。
るしあ先生はどうやら、軽い熱中症だったみたいだ。
寝不足だったことも相まって、気を失ったみたい。
「もう大丈夫だ、おかや。心配かけたな」
起き上がろうとするるしあ先生の肩を、俺は掴む。
「おかや……?」
「もう少し休んでてください」
「し、しかし……」
「熱中症になりかけてたんです。あれはバカになりませんよ。最悪死ぬ病気なんですから。ちゃんと休んでいってください」
「う、うん……」
先生は大人しくベッドに横になる。
俺はるしあ先生からタオルを回収し、水に浸し、額に載せる。
「…………ふふっ」
「? どうかしました?」
「いや……こうして男の人に看病してもらうの、久しぶりでな。ちょっと……ううん、かなりうれしくて」
……この子の目に、見覚えがあった。
そうだ……菜々子たちと、同じ目だ。
親のことで、不和を抱えている、親の愛情に飢えている……そんな目だ。
「あの~……おかりん? だいじょうぶー」
がらっ、とふすまを開けて、双子たちが入ってくる。
「ああ、なんともない。それより、おまえらわかってるな?」
「「はい……ごめんなさい」」
ぺこっ、と菜々子たちが揃って頭を下げる。
「仕事の邪魔をしてすみませんでした、先生」
「…………」
「先生?」
「あ、ああ……気にしないでくれ。ワタシも、大人げなかった。すまない」
落ち着いたところで、状況を説明しないとだな。
「先生、この子らとの同棲のこと、説明させてください」
「そ、その前に……おかや。ひとつ、お願いしたいことが……あるんだ」
「? なんでしょう?」
るしあ先生は俺と双子達をチラチラと見比べて、小さく言う。
「な、なまえ……」
「はい?」
「先生は……止めてほしい。あと……敬語も」
「それは……どうして?」
ちらっ、とあかり達を見て、るしあ先生が声を張る。
「……この二人に負けたくないから」
「え?」
「ど、どうしてもだっ」
まあ、その方がやりやすいという先生もいる。
俺としては、相手はビジネスパートナーなので、敬語の方がやりやすいのだが……。
「わかった、るしあ。これでいいか?」
「あ、ああ! それでいい! いや、むしろ、その方がいいっ!」
よくわからないが、呼び方を気に入ってくれたようだ。
「……あかりぃ。どうしよぉ~」
菜々子が半泣きで、妹に抱きつく。
「あの子、すっごいかわいいよぉ~。小さくて、ほっそりしてて美人で……勝ち目ないよぉ」
「だいじょーぶ! アタシたちにはこの、大きなおっぱいがあるから! 胸を張れお姉!」
「……わ、わかった! むんっ!」
あかり達がアホなことをしている。
「……とりあえず、お前達も座れ。こうなった以上、全部説明するから」