163話 父、伊那 禿男
あかりたちは実家に帰ってきた。
実家は痩せ細った、虐待寸前の動物たちが檻の中に入れられている。
そんな中で、2階から降りてきたのは、4,50代の太った、中年男……伊那禿男だ。
「おー! 菜々子ぉ! やぁっとパパのところに帰ってきてくれたのかぁ? んんぅ?」
禿男が姉、菜々子に近づこうとする。
……姉が禿男のお気に入りなのは知っている。
あかりは父から姉を守るように立つ。
「勘違いしないで。アタシたちは、あんたらに報告にきただけだから」
「あ? なんだよ報告って……」
じろじろ、と禿男が粘ついた視線をあかりに向ける。
菜々子は禿男の好みの性格をしていない……が。
その豊満な体には興味があるのか、あかりの胸や太ももやらを無遠慮に、なめ回すように見てくる。
それが、不愉快極まりなかった。
一刻も早くこの家から出て行きたかった。
……だから、言う。言わねば。この後どうなるかなんてわかっているけども。
それでも、地獄から抜け出すためには……必要なことなのだ。
こいつは、一応自分の親なのだから。
「アタシとお姉、結婚するから」
禿男が一瞬目を点にする。
「おまえ……何言ってるんだ?」
「だから、結婚するの。お姉と、アタシ。だから……あっ!」
バシッ! と禿男があかりの頬を殴ってきたのだ。
手加減が一切されていない、本気の、強烈な一撃だった。
今ので口の中がキレてしまった。
ぐしゃり、とあかりはその場に倒れる。
「あかりちゃん!」
菜々子が涙目になりながら寄り添ってくる。
その姉をぐいっ、と押しのけて、あかりは立ち上がる。
「アタシたち、結婚する。もうこの家とは縁を切るから」
もう一発、禿男から強烈な一撃を食らった。
今度はその拳が腹に深く突き刺さった。
「がはっ!」
「あかりちゃん!」
痛みとともに思い出す。
このクソ親父から、虐待を受けていた日々を。
それが嫌で、この家を飛び出して、愛する人の元へ逃げたのだと。
……でも、もう逃げちゃだめだ。
「好きな人が、できたの。東京で。その人と結婚するんだ。だから……ぎゃっ!」
あかりの頬にもう一発拳をたたき込んできた。
「もう、もうやめてください! あかりちゃんが死んじゃいます!」
菜々子が父の腕にしがみついて止めようとする。
だが禿男は無表情で何度も殴ってきた。
……痛い。怖い。助けて……。
弱音が漏れそうになるのを、必死で我慢する。
「菜々子ぉ、止めるなよぉ。このバカなガキが、バカなことを言わなくなるようによぉ、教育しなきゃいけねえよぉなぁ。それが、親の役割ってぇもんだからよぉ!」
……バカなこと。ふざけるな。愛する人と結婚することが、バカなことなわけあるか。
あかりは禿男をにらみつける。
「んだよその反抗的な態度はよぉ!」
ばきぃい! と禿男があかりの頬を殴る。
もう何度も殴られて、口のなかが血だらけになっている。
「やめて! おねがい! あかりちゃんに酷いことしないでぇ! なんでもしますからぁ!」
それを聞いた禿男が、にやり……と笑う。
ああ、こいつ、最初からそれが狙いなんだとあかりは気づいた。
「いいぜぇ、菜々子ぉ。じゃあよぉ、抱かせろ」