161話 地獄
……あかり達は実家に帰ってきた。
木造の、大きめの平屋。田舎に行けばどこにでも見られる建物。
……出入り口のドアを開くと異臭が鼻をついた。
そして……
「ぎゃんぎゃん!」「がうがう!」「わんわんわん!」
……聞こえてくるのは動物たちの鳴き声。いや、あかりにも菜々子の耳にも、動物たちの【悲鳴】に聞こえた。
「…………」
ここを出たのが今年の夏。
半年ぶりに帰ってきたけれど、中身は全く変わっていない。
鼓膜が破れそうになるほど大きく、痛ましい犬の鳴き声。
鼻をつくアンモニア臭。
……そして、糞尿で汚れた壁や床。とても、人が住める環境じゃないのは明らかだ。
「……あの人、まだやってるんだ……。保健所に、通報したのに!」
あかりたちがこの家を出る際に、この家で行われてることを、近所の保健所に匿名で通報したのだ。
彼女らが出て行った後のことは知らない。
……でも、現状何も変わっていないことから、通報が無意味なことでおわったのだと理解した。
あかりは靴を脱がずにそのまま玄関を上がり、まっすぐに奥へ進む。
「…………」
あかりたちが見たのは、そこかしこに置いてある、動物用のゲージだ。
そこには床に新聞紙が引かれ、中には犬がぎゅうぎゅうに押し込まれている。
犬たちは痩せ細り、血走った目で、狂ったように吠えまくっている。
……明らかに愛情が注がれていない。
彼らの泣き声は聞いてるだけで辛いきもちになる。
ここから出せ! そう、強く主張してる。
「…………酷い」
動物好きな菜々子にとって、この環境はまさしく地獄そのものだ。
逃げる先のあった自分たちとは違って、ここにいる犬たちは、逃げ場がない。
そして、愛のない子どもたちを出産させられている。
「…………」
菜々子が動物達の元へかけだそうとした。だがその手を、あかりが掴む。
「あかりちゃん……!」
「無理だよ、お姉。アタシらには、この子達をどうすることもできない……」
「でも……」
「……お姉の気持ちはわかるよ。でも……アタシらは、子供なんだ。なんにもできないよ」
あかりの言いたいことを、菜々子も十分理解してるだろう。
菜々子は何度も、檻の中で泣いている犬たちを見る。
「……やっぱり、無理だよ。警察に連絡を……」
そのときだった。
「なんだぁ、てめえら。帰ってたのかぁ?」
部屋の奥から、一人の男が顔をのぞかせる。
酒で顔を真っ赤にしたそいつは……。
「……久しぶりだね……お父さん」
現在の、あかりたちの父親だった。