16話 るしあVSあかり、男を巡る戦い
夏休みの昼下がり、駅前の喫茶店にて、ラノベ作家 開田るしあと打ち合わせをしている。
窓際の席に座っている、俺とるしあ先生。
彼女は白い髪と赤い目が特徴的で、赤い和服に身を包んでいる。
「では、本題に入りましょうか。今度SR文庫で出す新刊……その原稿が完成したんでしたね」
本来、書き下ろしの仕事をする際は、まず内容を話し合って、プロットを作ってもらう。
内容を確認してから……原稿に取り組んでもらっている。
だがあくまで一例であり、原稿の進め方は人それぞれだ。
るしあ先生の場合は、プロットを作るよりも、先に原稿を作って、それを修正した方が、良いものを作ってくれる。
「ああ、ワタシが書いた中で特に自信作だっ」
ふすー、とるしあが満足げにうなずく。
まるで自分の描いた絵を、褒めて欲しくて仕方のない子供のように見えて、微笑ましい。
だが今からの作業はビジネスだ。相手は作家、つまりビジネスパートナー。
その仕事の出来をチェックする……仕事だ。真剣にやらねば。
「では拝見します。原稿の提出をお願いしますね」
と、そのときだった。
「おかりーん!」
……嫌な予感がして振り返る。
そこには、金髪のギャル、双子JKの妹、あかりがいた。
あかりは笑顔で手を振りながら、こちらにかけてくる。
そして俺に断りもなく、俺の真横に座った。
「おまたせ〜♡ まった?」
「……先生、ちょっと席外しますね。失礼」
「あ、ああ……」
困惑するるしあ先生をよそに、俺はあかりの腕を引っ張って席を離れる。
トイレの近くまでやってくる。
「おまえバイトは?」
「もう今日は上がりだよ」
「そうか、なら真っ直ぐ家に帰れ」
「それはできませんなぁ」
俺はあかりの額をつつく。
「あかり。俺は今仕事中なんだ。邪魔しないでくれ」
あかりは察しの良い子だ。
俺が言わずとも、仕事をしていたことはわかっているだろう。
「むー……そんなの、わかってるもん。でも、……でも! 気になるんだもん!」
なるほど……。
俺の仕事、つまり編集者としての仕事が気になるのか。
「確かに普段では見られないことだから、おまえが気になるのはわかる」
「んんっ? おかりんごめん、多分何か勘違いしてる」
「だがこれは真剣な話し合いの場なんだ。遊びじゃない」
「わかってるもん! アタシだって……遊びじゃない。真剣だよ」
と、そのときだった。
「おかや」
振り返ると、るしあ先生が、俺たちの元へやってきていた。
「すみません、すぐに戻るつもりだったのですが」
「おかや。その子も同席してもらいたい」
「え、いいの?」
戸惑うあかりに、るしあ先生が真面目な顔でうなずく。
「ワタシも、そこの【彼女】には【大変】興味がある。是非、話がしたいと思っていたところなんだ」
「ふーん……なるほど。そゆことね、【やっぱり】」
るしあが顔を見上げて、あかりをにらみつける。
あかりはいつもの笑みをひっこめて、先生を同じようににらみ返していた。
あかりは……まあ編集業界に興味があるのなら、ラノベ作家に対しても興味があるのだろう。それはわかる。
るしあは……取材とかだろうか。女子高生の。
「るしあ先生が良いというのなら、私はとやかく言いません」
「「よしっ」」
「ただあかり、俺がるしあ先生の原稿を確認している間だけだ。それ以降は仕事の話になる。そうなったら退席しろ。いいな?」
「ん。おっけー。その間にケリつけておくから」
「ほぅ……良い度胸だ。小娘。掛かってこい」
ふたりがにらみ合いながら、席に座る。
俺の隣にあかりが座って……。
「待て。おかやの隣はワタシが座る」
「ついさっきまで正面に座ってなかったっけ、あんた?」
「おまえの見間違いだろう。ワタシは最初からおかやの隣だった。どいてくれ」
「それはできませーん。あたしもう座っちゃったんで」
「な、なんだとっ。どけっ!」
俺はため息をついて立ち上がり、あかりの正面に座る。
「公共の場でもめないでください、ふたりとも」
「「す、すみません……」」
「るしあ先生はあかりの隣に座ってください」
「あ、ああ……」
ふたりが俺の正面に座る形になった。
「では、原稿を拝見します」
「よろしく頼む」
るしあ先生はうなずくと、足下に置いてあった手提げ袋を膝の上に置く。
そこから出したのは……原稿用紙の束だった。
「げ、原稿用紙!?」
あかりが目をパチクリさせながら言う。
「何時代の文豪よ、あんた。普通原稿ってパソコンのWordで作ってメールで送るんじゃないの?」
「わ、わぁど……めぇる……?」
るしあが困惑しているのを見て、あかりもまた困惑していた。
ああそうか、初めてだったな。
「るしあ先生は電子機器全般が苦手なんだよ。パソコンもスマホも使えない。だから原稿は、400字詰め用紙に万年筆で書いてるんだ」
「ほ、ほんとに現代人なの、あんた?」
「う、うう、うるさいっ!」
むすー、とるしあ先生が不機嫌そうに顔をしかめる。
いつも大人の対応をするるしあ先生が、今日はなんだか感情的であった。
俺としてはこっちの方が、年相応でいいと思うんだがな。普段は大人すぎる。
「でもおかりん、本にする時ってデータにしなきゃいけないんでしょ?」
「ああ。それは問題ない。俺が全部打ち込んでる」
「そ、そこまで普通するの?」
「いや、普通はしないな」
ただ作家のスタイルに合わせるのも、俺の仕事でもある。
「そうだ。おかやはワタシのために、特別に、打ち込み作業をやってくれているのだ。特別扱いしてくれているのだよ」
るしあが両手を腰に当て、えへんと胸を張る。
あかりは興味なさそうな体で、かみのけをいじり回しながら言う。
「ふ、ふぅん……で、でもぉ、それっておかりんに余計な手間を強いてることじゃないのー?」
「ぐっ……! そ、それは……」
「いいんだよ。それが俺の仕事だから」
「おかや……! ふふんっ! そういうことだっ!」
どやぁ……とばかりに、得意げな顔になるるしあ。
ぐぬぬ……とばかりに、歯がみするあかり。
なんだか仲が良いなこいつら。
「じゃあ今から拝見します。あかり、その間の先生の話し相手は頼むな」
「んも~。頼むなんてわざわざ言わなくってもいいって~♪ 【いつも】みたいに、やれって命令してくれていいよ~」
「い、いつも……だと……!?」
俺は原稿に目を通す。
ラノベ1冊に掛かる文字量は、だいたい10万文字だ。
るしあ先生は1冊分のストーリーを書いた原稿用紙を持ってきている。
「先生、これコピーですよね?」
「うむ。もちろんだ。ちゃんとおかやがチェック入れやすいように、コピーしたものをもってきたぞ」
俺はカバンから赤ペンを取り出して、原稿を読みながら赤字を入れていく。
「さて……まずは名乗っておこう。ワタシは開田 るしあ。ペンネームだ。年齢は18」
「ん。おっけー。るしあね。アタシは【伊那 あかり】。17歳」
「なんだおまえ、年下だったのか。随分と……くっ、発育が良いから、女子大生くらいだと思ったぞ……うらやましい」
「あんた18歳なのね。随分と……ぐぬぬ……小さくて可愛らしいから、旧家のお嬢様かと思ったわ」
「なっ! 貴様エスパーか!?」
「? なによ急に」
ふたりが他愛ない会話する。
「お、おまえはその、おかやとどういう関係なんだ?」
「10年前からの知り合いで、なんてゆーの、将来を約束しあった関係、的な?」
「な!? そ、そんな……いやまて、おかやはこの間まで別の女と婚姻関係ではなかったか?」
「…………」
「ふふん。やはり虚偽か」
「で、でも10年前からの知り合いってことは本当だもーん! るしあは、昔のおかりん知ってるのかな? ん?」
「くっ! そこは羨ましい……! だ、だがこちらは3年間、ともに出版業界という戦場で戦った、いわば固い絆を持つ戦友!」
「ぐぬぬ……そこは羨ましい……! け、けどこっちは!」
さて……そろそろかな。
「読み終わりました」
「え!? は、早くない!? まだ10分くらいしか経ってないよ!?」
あかりが目を剥いて叫ぶ。
テーブルの上には原稿用紙の束。
「こんな分厚い原稿……たった10分で全部読み終わったの!?」
「ふふん、違うぞあかり。全部読み終わって、なおかつ、誤字脱字、内容に対するコメントや矛盾点、全て書き出しているのだ。どうだ、すごいだろう、【ワタシ】のおかやは!」
「す、すごすぎる……編集者って、みんなこんなすごいの?」
「む? ……それは、ワタシもわからない。おかやが初めての男だからな……」
「その言い方やめなさいよ、マジで腹立つから!」
俺はため息をついて言う。
「あかり」
「あいよー。お邪魔しないように、離れた席に移動するよ」
「いや、帰れよ」
「いやでーす」
……まあ、仕事の邪魔しないならいいか。
あかりが席を立って、俺たちは二人きりになる。
「それで、ど、どうかな、おかやっ?」
「ええ、気合の入ってる、素晴らしい原稿でした」
「そ、そうか! 気に入ってもらえて嬉しいぞ」
もじもじと、るしあがみじろぎながら、はにかんで言う。
「ファンの、何よりおかやのために頑張ったんだ」
俺もファンの一人だ。
つまり彼女は、ファンを喜ばせるために全力を尽くしたと言いたいらしい。
その意気込みは原稿から感じられる。
「ただこのままでは商品にはなりません。誤字や脱字、矛盾点などがかなりありました」
「うへぇ、これ全部なおすの? 気が遠くならない?」
あかりが言うと、るしあは笑顔で首を振る。
「とんでもない! この赤字はすべて、おかやがワタシの原稿を、よりよくしたいという情熱的な、愛のこもったメッセージが書かれてて……」
はっ! とるしあ先生が正気に戻る。
一方で、あかりが歯噛みする。
「なにそれ、ラブレターじゃん」
「ららら、ラブレター!? い、いやいや! そ、そそそそ、そんなものではなくて……」
「だって大好きな人のためだけに、思いのこもった文章を送りつけるんでしょ? 恋文と何が違うのよ」
「うう〜……お、おまえ、余計なこと言うなぁー」
るしあ先生が泣きそうだ。
「あかり、それ位にしてくれ」
「ちぇー、……でもね、アタシ気づいちゃいました」
はい、とあかりが手をあげる。
「このるしあ先生は、我々の大きな、恋のライバルであると!」
「ら、ライバル……い、いや待て! 我々とはなんだ!」
潮時だな。
「おまえら、落ち着け」
俺はあかりと、るしあの額を指でつく。
「ここは店の中だ。騒ぐな。迷惑だろうが」
「「ご、ごめんなさい……」」
ふたりそろって頭を下げる。
「お開きにしましょうか。るしあ先生、原稿の修正をお願いします」
「承知した。指摘された場所をなおし、贄川にふぁっくすさせる」
るしあは原稿を回収して、ぺこり、と頭を下げる。
「今回も、ちゃんと原稿読んでくれて、たくさんの修正、感謝するよおかや。やはり、おまえでないとワタシはダメだ」
「これくらい、お手のものです。何かわからないことがあれば遠慮なく申し付けください」
「ああ、遠慮せず。我々は、その、ぱ、パートナーだからなっ」
花が咲いたみたいに笑うるしあ先生。
今回も良い本になりそうだ。
一方であかりは、ちょっと不満げだ。
「なんかラブラブっぷりを見せつけられただけみたいで、くそぉ……。あ、そうだ!」
にんまり、とあかりがイタズラを思いついたような表情になる。
「お仕事終わった? じゃ、おかりん、【一緒に帰ろー】」
すると、るしあ先生は、ぽかん、と口を大きく開く。
やがて……。
「お、おかや。い、一緒に帰るとは?」
まずい、他人であるJKふたりと暮らしてる、なんて言えば問題になる。
誤魔化すしかないな。親戚の子ってことにしよう。
「るしあ先生、実は彼女は……」
だが、あかりはすぐさま俺の腕にだきつくと、俺の頬にキスをする。
「なぁ!? あ、あかり! き、ききき、貴様おかやになんてことを!」
「いいんでーす、アタシ、おかりんと、同棲してる彼女だから〜」
目玉が飛び出るんじゃないかというくらい、るしあ先生は目を見開くと……
「ええーーーー!!!! 同棲ぃいいい!?!?」