146話 懲役90日、終わり?
《木曽川視点》
木曽川は、懲役90日の刑に処されていた。
彼の日常は、大体こんな感じだ。
「おら起きろ930番! さっさと外に出ろ!」
看守にたたき起こされ、外に出される。
また十字架に張り付けにされて、炎天下にさらされる。
「はあ……はあ……はあ……」
大汗をかきながら、ただただ耐える。
看守がニヤァと笑うと……。
その手に、鞭を持って近づいてくる。
「お、おいなにする……ぎゃあああ!」
ばしん! ばしん! と看守が木曽川の体に鞭を打つ。
「ぎゃあ! いてぇ! やめろ! やめろぉお!」
だがいくら言っても、看守はむち打ちを辞めることはない。
木曽川の体に無数の傷が出来る。
「はあ……はあ……い、ってえ……」
「おい、塗ってやれ」
看守が命令すると、部下たちが木曽川に近づいてくる。
その手には……。
「し、塩!? なんつーものもってきてんだ!?」
「塗ってやれ」
「やめろおぉおおおおおおおおおお!」
傷口にべったりと塩を塗ってくる。
痛みがしみてきて、思わず悶絶する。
「はぁ……はぁ……………………がほぉ!」
痛みのあまり気を失いかけると、看守がまた水をぶっかけてきた。
「誰が寝て良いといった? んんぅ? 木曽川ぁ……」
「ち、くしょぉ……」
こうして日没を迎え、木曽川は牢屋にまたぶち込まれる。
ふらふらと立ち上がりながら、【正】の字を足す。
「あと……88日。そうだ……あと、88日で……おれは外に出れるんだぁ……」
木曽川は仰向けに倒れながら、ぎり……と歯がみする。
「あと88日したらよぉ、外に出てやる……! そして……おれにひでえことしたやつら全員! 道連れにしてやるぜぇええ……!」
★
かくして、木曽川は苦痛の日々を送ることになった。
あと87……86……。
牢屋の壁には、【正】の数が増えていく。
【正】
【正】【正】
【正】【正】【正】【正】【正】…………
そして、ついに。
「はあ……はあ……あと、1日……!」
ついに、89日目。
明日、刑期を終えて、木曽川は出所する。
「耐えた……耐えたぞぉ! ははは! おれはついに、耐えたんだぁ……! きゃーっはっはっはぁ!」
この89日間、地獄の日々だった。
懲役が90日で終える。ただそのことだけが、救いだった。
「おい、930番。出ろ」
「いよいよかぁ……! 待ってたぜえ!」
看守が木曽川を牢屋の外に出す。
がちゃんっ!
「え? な、なんで手錠すんだよ……? おい!」
看守の部下たちは、木曽川の足に、足錠をつける。
そして、左右から木曽川を拘束すると、無理矢理歩かせる。
「お、おい! なんだよ! 出所できるんじゃあないのかよぉ!?」
「930番」
看守は木曽川を見てはっきり言う。
「貴様の、死刑が執行される」
「……………………は? し、死刑……?」
何を言ってるのかわからなかった。
「う、うそだ! おれの懲役は90日! 90日で外に出れるんだろうが!? なぁ!?」
「おまえみたいな悪人が、たった90日で出るわけがないだろう? 貴様は死刑だ。さぁついてこい」
木曽川は部下に引きずられて、廊下を歩かされる。
そして……奥の部屋にやってきた。
「な、あ、え……あ……ああ……!」
首つりのロープが、部屋の真ん中に置いてあった。
部下たちは木曽川の首にロープをはめる。
「やめろ……やめろぉおお! はなせよぉお!」
だが部下たちは素早くロープをつけて、そして頭に布袋をかぶせる。
「はぁ……! はぁ……! いやだ、いやだぁあああああ!」
暗闇が死を彷彿とさせる。
木曽川は泣きわめきながら、命乞いをする。
「おねがいします! たすけてください! おれは死にたくないですぅう!」
木曽川の懇願むなしく……。
「では、死刑を執行する……!」
がたんっ!
床が……開く。
ぐんっ! と体が落ちる。
ロープが木曽川の首を絞めた。
「あ……げ……が……あが……い、嫌……しに……しにた……く……な………………」
……こうして、木曽川クスオは処刑された………………はずだった。
★
「かはっ! はぁ……はぁ……はぁ……あ、あれ……? 生きてる……?」
木曽川は、そう、確かに生きていた。
首をつって死んだはずだったのに……。
「なにが、どうなって……?」
「目覚めたかの……?」
木曽川を、誰かがのぞき込む。
「て、てめえ! じじい!」
開田高原が、木曽川を見ていた。
「どうなってんだよ!? お、おれは死んだはずじゃ……」
「うむ。おまえの処刑は確かに執行された」
「はぁ……?」
何を言ってるんだろうか……?
木曽川は周囲を見やる。
真っ白な部屋があった。
壁に掛けられた時計が【9時1分】を指している。
「投薬を始めろ」
「は!」
開田高原が命じると、白衣を着た男が、木曽川の首に注射針を刺す。
そして……液体を流し込んできた。
「あ……う……がぁ……」
★
「起きろ! 930番!」
「へ………………? は……?」
木曽川がいたのは、牢屋の中だった。
自分が収監させられた牢屋だ。
「はぁ……はぁ……? ど、どうなってんだ……?」
おかしい。
自分は確かにここで、90日を過ごしたはず……。
だが……。
「あ、あれ……? 壁に書かれていた、【正】の字が……ない……?」
一体どうなっているのだろうか……?
困惑する木曽川をよそに、看守が告げる。
「貴様には、懲役90日の刑が処された」
と。