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14話 権力者の孫、祖父に愚か者達の制裁を依頼する



 窓際編集・岡谷おかや 光彦みつひこの新レーベルに、開田かいだ るしあが書くことになった。


 それから数日後。


 るしあの自宅である、都内一等地にて。


 1台の黒塗りのリムジンが、武家屋敷の前に止まる。


 運転席から出てきたのは、黒スーツの女性。


 サングラスをかけた彼女が、ドアを開ける。


 そこから出てきたのは、和装の老人だ。


 長く白い髪に、しわがれた肌。

 だがその眼光は鋭く、まるで鷹のように鋭い。


開田かいだ 高原こうげん】。


 開田グループの現会長である。


 サングラスの女が頭を下げて言う。


高原こうげんさま、流子りゅうこお嬢様さまがお待ちです」


「ご苦労、贄川にえかわ


 贄川と呼ばれたボディーガードの女と供に、ふたりは邸宅へと向かう。


「開田会長!」


 たっ、と入り口からだれかが駆け寄ってくる。


 高原はその場から動かない。

 贄川が素早く動いて、駆け寄ってきた男を、一瞬で組み伏せる。


宮ノ越みやのこし議員様ではありませんか」


 宮ノ越と呼ばれた男は、現国会議員であった。


「会長! どうか、お力をお貸しください!」


「贄川」


「ハッ……!」


 高原は宮ノ越を無視すると、そのまま進んでいく。


「お待ちください! 会長! お願いします!」


「お引き取りください。高原様はお忙しいのです」


「そんな……!」


 贄川に男を任せると、高原は進んでいく。

 その道中で、何人もの男達が、彼の進む道で頭を下げている。


 医者、弁護士、そのほか諸々……。


 この国の中枢を支える重鎮たちが、高原と会うために、こうして朝からずっと、頭を下げて待機していたのだ。


 宮ノ越議員のように、無理矢理接触することはない。


 声をかけてもらえるまで、彼らは頭を下げている。


 ……だが、彼らをまるで空気か何かのように、高原は無視して邸宅に入る。


 高原が草履を脱いで玄関に上がると、使用人がすぐさまやってくる。


「おかえりなさいませ、高原様」


「外の連中を帰らせろ。不愉快だ」


「かしこまりました」


「それより流子りゅうこは? 我が愛しい孫娘はどこにいる?」


「奥の間にてお待ちです」


 高原は厳かにうなずくと、使用人を残して奥へと進んでいく。


 赤絨毯の廊下を進んでいき、目的地に到着。


 大河ドラマのセットのような、広大な和室が広がっていた。


「おお! 流子! 流子や! ひさしぶりだのぉ!」


 高原は破顔し、声を張り上げる。


 流子……ペンネーム【開田かいだるしあ】は、綺麗に正座していた。


 白い髪に赤い瞳。

 赤い着物を身に纏い、日本人形を彷彿とさせる愛らしさを持つ。


「お爺さま、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


「うむ! うむ! じぃじは元気だぞぉ!」


 ……デレデレとした、締まりのない笑みを浮かべる高原。


 この締まりのない笑みを浮かべるこの男が日本を裏から牛耳る、巨大財閥のトップとは、誰も思うまい。


 そう、高原は孫を溺愛しているのだ。


「流子、じぃじって呼んでくれないか?」


「お爺さま、もうワタシは18です。じぃじはちょっと……」


「何歳になってもじぃじはじぃじだろうが!」


「嫌です、恥ずかしいので」


 がっくり……と高原が肩を落とし、流子の前に座る。


「ところで流子よ。買ったぞ。おぬしの新巻……【先生、もしかして……死んでしまったのですか】最終巻を」


 高原は懐から本を取り出す。


 それはるしあが先日発巻した、【せんもし】の最終巻だ。


「ありがとうございます。どうでしたか?」


「うむ。感動した。実に見事なできばえだった。さすが我が自慢の孫だ」


 うんうん、と高原が上機嫌にうなずく。


「ありがとうございます。ただ……贄川にえかわの姉から聞きましたよ? お爺さま……【せんもし】を5万冊、注文しようとしたんですって?」


 じろり、とるしあが高原を、非難するようににらみつける。


「に、贄川め……! 口を滑らせよって!」


「お爺さま、それ……やめてくださいと、毎回釘を刺してますよね?」


「うう……し、しかしなぁ……可愛い孫の書いた本だぞ? 買い占めたいに決まっているじゃないか!」


 そう……るしあは、巨万の富を持つ、開田グループの財閥令嬢。


 彼女が命じれば、初版分を全て買い占めることは、呼吸するよりも容易い。


 また高原にとっても、定価たったの700円の本を、初版10万冊買い占めることなど簡単なこと。


 だが……。


「それはワタシの、作家としての矜持に反します」


「し、しかし! おまえも売れた方がうれしいだろう!?」


「いいえお爺さま。ワタシは身内が買ってくれるよりも、名も顔も知らぬ、ファンの人たちが、喜んでくれた方が、何倍も嬉しいのです」


「ふぐぅうう……」


 高原は顔をしかめて、ぎりり……と歯がみする。


 彼はるしあが可愛くて可愛くて仕方がない。

 

 彼女のためになら全てを買い与える。


 本当だったら彼女が出した本を全部買い占めて、書斎に並べてコレクションしたい。

 だがるしあがそれを反対したのだ。


「……わかった。1冊で我慢しよう」


「ありがとうございます、お爺さま。それに、お爺さまがそんなことせずとも、本は売れている……と【彼】がおっしゃってました」


 ぽっ……とるしあが頬を赤く染める。


 それは恋する乙女の表情だった。


 それを見て、高原は満足そうにうなずく。


「編集の男……たしか岡谷おかやだったか。今回も彼奴は良い仕事をしたな。最終巻……まことに良い本であった」


「はい。おかやは信用にたる人物です。最終巻も……本当にいい原稿にしてくださいました」


「感謝してもしきれんな……時に流子よ。早く彼を連れてきなさい」


 なっ、とるしあが顔を赤くする。


「な、ぜですか……?」

「なに、開田グループを継ぐ男の顔を、早くみたいと思ってな」


 それはつまり、るしあの婚約者として連れてこい、という話だった。


 るしあは顔を真っ赤にして、慌てて首を振る。


「お、おかやは……その、違います! あ、あくまで……編集と、さ、作家の……関係であって! その……男女の仲とか……そういうのでは……決して……」


 凜々しい表情の孫が、顔を赤くして照れている。


 その姿を見て、高原は孫の成長を喜ぶ。


「流子も女になったのだな……じぃじはうれしいぞ」


「だ、だから違います!」


「流子が選んだ男だ。わしは付き合うことを反対せん。それにこの本を見れば、彼奴の仕事を見れば、誠実な男であることが伝わってくる」


「お、おかやが誠実な男であることは、同意します。で、ですが……その……無理です」

 

 しゅん、とるしあが肩を落とす。


「無理? どうしてだ?」

「だって……おかやは、既婚者です」


 るしあは、何度か岡谷おかやと直接会っているから、知っている。


 彼が結婚していることを。

 だが……。


「おや、なんだ流子? 知らぬのか? 彼奴は離婚したぞ」


「は……………………………………………………?」


 突然のことに、目を点にするるしあ。


「ほ、ほんと……?」


 あまりにびっくりしすぎて、素が出てしまうるしあ。


「うむ」


 高原は、流子を溺愛している。

 当然、孫に近づく男の素性も調べさせている。


「つい先日妻と別れたようだ」


「ほ、ほ、ほんとうですかっ!?」


 ばんっ、と手をついて、るしあが立ち上がる。


 その目はキラキラと輝き、頬を真っ赤に染めて……実に嬉しそうだ。


 高原はその姿を見て、満足そうにうなずく。


「早速逢い引きにでも誘うが良い。なんだったら場所も提供しようか?」


「え、えっと……その……それは……」


「それは?」


「…………………………す、少し……待ってください」


 もじもじ、と流子が身じろぎする。


 はぁ……と高原はため息をつく。


「流子よ、なぜ躊躇する?」


「だって……告白して、断られたら……嫌です」


「バカな。流子は開田グループの令嬢だぞ? 結婚すれば開田グループの次期総帥だ。断る男がどこにいる」


「わ、ワタシは……!」


 るしあはブルブル、と首を激しく振る。


「い、いやなんです……開田 流子として、おかやに……見て欲しくないんです。一個人として……付き合ってほしいんです」


 るしあは生まれてから今日まで、開田グループ会長の孫娘、としか見てきてもらえなかった。


 そのせいで、様々な苦労を重ねてきて、それが本人としては嫌なことだった。


 だが……岡谷おかやだけは違うのだ。

 一作家として、対等なビジネスパートナーとして、自分を見てくれる。


 そんな関係が心地よいのであって……その関係を崩したくないのだ。


「しかしな流子よ、付き合うとなれば、早晩、おぬしが開田 高原の孫であることを、岡谷おかやは知ることになるのだぞ」


「……そんなの、わかってますっ。だからこうして悩んでるのですっ」


 孫が、年相応に恋に悩む姿を見て、高原は本当に嬉しそうに笑う。


 今まで孫には、何不自由ない暮らしをさせてきた。


 だが……高原でもどうにもできないことがある。


 それは、孫に年相応の、女の子としての、幸せを提供すること。


 それを実現した、岡谷おかや 光彦みつひこという男を、高原は気に入っているのだ。


「まあ時間はたっぷりとある。じっくり悩むと良い」


「はい……あ、そうです。おかやと言えば、お爺さまにお願いしたいことがあります」


「ほぅ……」


「実は、おかやに酷いことをした、愚か者の存在がいるのです」


「……聞こうではないか」


 るしあは、愚か者……つまり、木曽川きそがわの事を報告する。


 先ほどまで上機嫌だった高原が、一転して、鬼のような形相になる。


 だが真の力を持つ鬼は、憤怒を表に出さない。


 ただ静かに……怒りの炎を、腹の中にとどめる。


「なるほど……その木曽川きそがわという愚か者に、制裁を与えればよいのだな」


「そのとおりです。よろしくお願いします」


「なに、容易いことだ。となると、岡谷おかやの元妻にも制裁を与えるべきだな?」


「? どういうことですか?」


 高原は、岡谷おかやの前妻……ミサエが、浮気をしていたことを告げる。


「ほ、ほぉ……」


 ぴきぴき、とるしあの額に、血管が浮かぶ。


「お、おかやを……あの素敵な人をう、裏切って……浮気……しかも、相手はあのクズ男とは……ふ、ふふふ……」


 るしあが怒っている姿は、高原とそっくりであった。


「お爺さま、そのバカ女にも、苦しみを」

「言われずとも心得ておるよ……しかし、流子よ」


 こほん、と高原が咳払いをする。


「じぃじに二つもお願いするのだ。それ相応の、頼み方が……あるのではないか?」


 ちらちら、と何かを期待する目を向ける。

 るしあは顔を赤くし、こほん……と咳払いする。


「一度だけですからね」


「うむ」


 るしあは立ち上がって、祖父の近くに座る。


「お願い、じぃじっ」

「うむ……! 任せておけ、流子……!」


 愛おしい孫をぎゅーっと、ハグする。

 るしあは恥ずかしがって、離れようとする。


 だが決して放すまい、と力強くハグをする。


「任せておけ。木曽川きそがわというゴミと、前妻のミサエとかいうバカは、わしが責任を持って、とびきりの苦しみを与えてやろう」


「お願いします、お爺さま」


「……じぃじ、と呼んでくれぬのか?」


「ワタシは一度だけと言いました」


 つん、とそっぽを向くるしあ。


「まあ安心せよ。開田グループの孫娘に手を出したことを、心の底から後悔させてやるからな」


 高原は普段以上に、やる気に満ちあふれていた。


 何せ可愛い孫からの、おねだりである。


 これは頑張らねば、とやる気満々だった。


「して、流子よ。そろそろ岡谷おかやとの打ち合わせの時間ではないか?」


「! そうでした!」


 るしあは急いで立ち上がる。


「次回作も楽しみにしているよ。岡谷おかやとなら、素晴らしい物語を作ると、わしは期待しているし、信用している」


「ええ。今回は特に気合いを入れて書きました」


「……全冊買い占めちゃ、だめかの?」


「ダメです」


 しゅん……と高原は頭を垂れる。


 るしあは荷物をまとめて、慌てて出て行く。


「お爺さま、それでは」

「うむ、またな流子」


 ……かくして、木曽川きそがわとミサエのことが、財閥会長の耳に入った。


 日本の政治・経済に多大なる影響力を持つ男の敵となったことを……。


 ふたりは、心の底から、後悔することになる……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 離婚して嬉しいのなら逆に感謝してもいいのでは?
[一言] るしあと高原の距離感が某小説の孫と祖父に見えてきた。 今後の展開が楽しみ
[一言] 次期会長が息子世代じゃなくて孫の結婚相手まで飛ぶのは何故?
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