13話 仕事もプライベートも順風満帆
俺が新居に引っ越してから数日後。
新しい職場にて。
ここは上松さんを編集長とした、新しい出版社レーベル。
その名も【STAR RISE文庫】。
通称【SR文庫】。
まだ立ち上げてまもないので、事務所は雑居ビルの一角だ。
引っ越したばかりということもあり、段ボールが山積する中……。
「え? るしあ先生……うちで書きたいんですか?」
俺の前には、ちょこんとお行儀良く椅子に座る女の子がいる。
開田 るしあ。
俺が前の職場で一緒に仕事をした、ラノベ作家の一人だ。
白い髪に赤い眼は、どこか兎を彷彿とさせる。
日本人形のように整った見た目。
「ああ。是非とも書かせていただけないだろうか?」
るしあは、幼い見た目に反して、硬いしゃべり方をする。
育ちが良いのだろう。
「それはこちらとしても大いに助かります。けれどるしあ先生、ハッキリ言いますが、原稿料はTAKANAWAブックスのほうが高いです」
新興レーベルなので、部数は大手と比べて絞らざるをえないし、印税だって大手ほど出せない。
「それにSR文庫は新興レーベル、大手より宣伝にかける金や、置いてもらえる書店は少ない。いくらあなたが有名作家だからといって、このレーベルで出してコケる可能性の方が高い。私はあなたのキャリアを傷つけたくない」
「……ふふっ」
るしあが上品に、口元を隠しながら笑う。
「どうしました?」
「いや、何……あのゴミと段違いだなと思ってな」
「? ゴミ?」
「こちらの話だ。……やはりおかやは信頼の置ける編集だ。会社の利益を優先するなら喜んで話を受けるところを、作家の利益や将来性を一番に考えて提案してくれる」
「当たり前です。我々は作家さんがいなければ何もできないただの会社員です。最優先すべきは作家の皆さんの利益、次に作品のファンを楽しませること」
作品と作家、そしてファンがいてこそ、本が売れる。
本を売ることを最優先にして、本質を見失ってはいけないと俺は思っている。
「おかやと違って、それを理解できぬ愚かな編集が多くて困るのだ」
「…………」
この話しぶり……。
おそらく、引き継いだ編集と、上手く行ってないのかも知れない。
せんもし。るしあ先生のデビュー作。
その完結巻となる原稿は、俺と一緒にしあげた。
その後、俺は引き継ぎ書を十二兼編集長に渡し、次からの編集を彼女に任せた。
だが……うちに来たって事は、そいつと上手く行かなかったのだろう。
「おかや、頼む。ワタシは、あなたと仕事がしたい。おかやじゃなければ、嫌なんだ」
潤んだ目で、るしあ先生が頼んでくる。
「るしあ先生。ここで出すのは、やはりやめておいた方が良い」
「そ、そんなっ! どうしてだっ!? わ、ワタシの事が嫌いだからかっ?」
彼女が血相を変えて、俺の腕を掴んで言う。
「落ち着いてください。るしあ先生のことは好きですよ」
彼女の作る世界を、俺は愛している。
「そ……………………そうか」
すとん、とるしあが大人しく座る。
白い肌を真っ赤にそめて、もじもじとする。
「好き嫌いなどという個人の感情ではありません。るしあ先生、あなたが作る次回作は売れる。確実に、それは間違いないです」
「…………………………っ♡」
「あなたはそれほど力のある作家だ……けど、このレーベルにはまだ力がない」
るしあ先生がいかにすごい作品を作ったところで、それが多くのファンの手に届かなければ意味がない。
「昨今のライトノベルはメディアミックスが前提です。売れたラノベはほぼ間違いなくアニメになります。ですが……うちのレーベルは、大手のタカナワと違ってまだ弱小です。売れたとしても、アニメにできるほどの力はない」
ようするに、うちで売っても、本を出す程度以上の展開をするのが、資金的な意味で難しいということだ。
「ファンはがっかりしますし、何よりあなたのキャリアを傷つける」
売れたのに、アニメにならない。
それは悪いウワサとなって、彼女の作家としての名前を傷つける危険性がある。
「そうか……おかやは、どこまでも作家の……開田 るしあのことを考えてくれているのだな」
るしあは胸に手を当てて微笑む。
だが、一転してキリッとした表情となると、背筋を伸ばして言う。
「それでも、ワタシは、ここで書きたい。あなたと一緒に、働きたい。どうか……」
ここまで言っても意思を変えないのか……。
そこまで、頼ってくれている作家を、追い出すことは俺にはできない。
「わかりました。私も、最善を尽くします。一緒に仕事しましょう。こちらこそ、お願いします」
「! そうか!」
るしあは笑顔になると、俺の手を握って頭を下げる。
「末永く、よろしく頼むぞ!」
結局、この日はアイサツだけして、作品の打ち合わせは後日ということになった。
「ああ、そうだ。おかや。金の心配はしなくて良い」
帰り際、るしあ先生は妙なことを言った。
「すぐに良いことが起きる。期待して欲しい」
るしあ先生は上品に頭を下げて出て行った。
「……頑張らないとな」
作家が、自分のキャリアを犠牲にする覚悟で、レーベルを移籍してきてくれたんだ。
しっかり売れるものを作って、あとはなんとかアニメにできるように、俺が頑張らないと……。
と、そのときだった。
「お、岡谷くん! 大変だよ!」
上松編集長が、大慌てで飛び込んできた。
「どうしたんですか、編集長?」
「大手の企業から、大口の広告の仕事が入ってきたんだ!」
うちは小さな出版社だ。
まだラノベ一本で食えていけない。
なので広告代理の仕事も請け負っている。
「それがさ聞いてよ、開田グループからなんだ!」
「か、開田グループって……嘘でしょ? 開田銀行とか持ってるグループですよね?」
開田グループといえば、旧財閥を母体とする、巨大企業だ。
そんな企業から大口の仕事……となれば、こちらの会社の利益はとんでもないことになる。
「いやそれが本当なんだよ。ついさっき、うちに来てさ……ラッキーだけど怖くって」
「はぁ……何できたんでしょうね?」
「さ、さぁ……?」
俺も上松さんも、首をかしげる。
「あ、そうだ。るしあ先生、どうなった?」
「結局うちで書きたいそうです」
「そうかい……じゃあぼくらも頑張らないとだね! あの子の才能をうちで潰すわけにはいかない!」
編集長も、俺と同じで、作家のキャリアを考えてくれるのだ。
「あれ? 岡谷くん。開田 るしあ先生って、本名?」
「いや、ペンネームですけど」
本名は【開田 流子】という。
「開田ってことは……もしかして、るしあ先生って開田グループの関係者だったりして!」
「いや、まさか」
大企業の関係者が、ラノベ作家なんてなぜやるのだ?
金持ちのご令嬢なら、働く必要なんてないだろうし。
「財閥令嬢ラノベ作家なんて、そんなの漫画やラノベのなかにしか居ませんよ」
「だよねー。関係者なわけないよねー」
「そうですよ、関係ないですよ」
「「ないない」」
★
仕事は19時に終わって、家に帰ってくる。
「ただいま」
「「おかえりなさーい!」」
俺が帰宅すると、双子JKたちが笑顔で迎える。
「別に毎回出迎えなくていいんだぞ」
同居するようになってから、毎日、俺が帰ると彼女たちは玄関まで来てくれる。
「いーの。こっちはやりたくてやってるんだしっ!」
「……お仕事お疲れ様でした。かばんお持ちします♡」
妹のギャルあかりは、エプロン姿。
そして姉の菜々子もまた、エプロンをしていた。
「今日はお姉と一緒に料理作ったよ!」
「……が、がんばりましたっ! あ、愛情も、たっぷり、入ってます!」
「そうか、楽しみだ」
俺たちはリビングへとやってくる。
夕飯は、いつも三人で食べているのだ。
今日は生姜焼きだった。
「うまい……」
「「やったー!」」
ふたりがハイタッチする。
ぷるん、と大きな胸が揺れる。
「良い豚つかってるのか?」
「んーん。ちがうよー。スーパーで特売してたヤツ探してきたのだー」
……この暑い中、わざわざスーパーをハシゴしたのか。
申し訳ないことをした。
「別に俺に遠慮して、安いの選ばなくて良いんだぞ?」
生活費、食費は俺が全て出している。
そこを遠慮しているのだろうか。
「おかりんわかってないなぁ。おいしいものを安く手に入れる! お得! それが楽しいんじゃーん」
「……スーパー巡りはあかりの趣味なんです」
「そそ。だから別にいいんだよ、おかりん。気にしなくてさ~」
「……それにせんせえのお家にご厄介なっている以上、やっぱり無駄使いはよくないです」
ふたりは、遠慮してるんじゃなかったのだ。
あかりも、趣味だと言ってるけど、たぶん家計のことを考えてのことだろう。
俺だけじゃなくて、彼女たちも、この生活を成り立たせるために……色々と考えたり、行動してくれている。
俺だけが支えるのではなく、彼女たちもまた、この生活を支えてくれている。
「いつもありがとな、二人とも」
「「ほえ……?」」
「美味い飯をありがとう」
きょとんとする二人。
だが、慌てて首を振る。
「お礼を言うのはこっちだよ!」
「……そうです! 養ってもらってるんですし」
「いや、お前達が飯作ってくれたり、掃除してくれるおかげで、俺は万全の状態で仕事に行けるんだ。おまえたちのおかげだよ。ありがとな」
俺がそう言うと……。
双子は顔を見合わせて、花が咲いたみたいな笑みを浮かべる。
「ぬへへ~♡ おかりん、だーいすきっ♡」
あかりは、ひまわりみたいな、見てるだけで元気になる笑顔を。
「……せんせえ。いつも私たち、あなたに感謝してます。優しいあなたが……大好きです」
菜々子は、サクラのような、見ているだけで温かな気持ちになる笑顔を。
それぞれが、俺に向けてくれる。
ほんと、感謝するのは俺の方だ。
前妻や、前のレーベルでのせいで、傷付いた心を、彼女たちがいやしてくれる。
2人がいなかったら、たぶんもっとすさんでいた。
そんな俺をが今こうして普通に生活できているのも、彼女たちのサポートがあってのことだ。
俺はこれからも、より一層がんばろうと、そう思うのだった。