129話 わたしが
るしあがトイレから戻ってきた。
「取り乱してすまない……」
「いや……」
王子の作品が売れてることを、るしあは凄く気にしてる様子だった。
「何を焦ってるんだ?」
「……ワタシは」
るしあがうつむいて、体を震わせる。
ぎゅっ、と唇を噛んだあと言う。
「ワタシは、売れたいんだ」
「作家なら皆そう思ってます」
「そういうことじゃなくて……。ワタシが売れることで、おかやがすごいやつなんだって、……ワタシが証明したかったんだ」
るしあの言葉は、予想外のものだった。
自分が売れて、その結果俺のことを、皆に知ってもらいたい……?
「おかやはすごい編集なのだ。でも編集のすごさは一般には伝わりにくい。おまえが凄いってことを知らしめるためには、作家が売れるしかない」
確かにるしあの言ってることはわかる。
編集は裏方だ。
日の目を見ることは少ない。
すごさが伝わらないというのは、確かに俺も思うこと。
「でも作品が売れたところで、それは作者が凄かったのだと思うぞ」
「……でも編集が居ないと本が売れない。すごいのは作家ではなく、凄い作品を書かせる編集なのだ」
……そう、思ってくれてるのか。
作品が売れたら作家の手柄。そう思ってくれて全然いいのに。
るしあの、編集の手柄と思ってくれる考え方は、普通に嬉しかった。
「……ワタシがやりたかったのだ。おかやはすごいんだって……。ワタシの作品が売れて……だから……悔しくて……」
「……そうだったのか。ありがとうな」
俺は、幸せ者だ。
王子を初め、いい作家の編集になれている。ほんとに、嬉しい。
でもそれに甘えてはいけない。
作家のためになるなら、たとえ、作家に嫌われようとも、きちんと意見を言うべきだ。
「でもなるしあ。だからと言って、今持ってる作品を投げ出して、新作を書くのはどうかと思うぞ」