113話 王子の新作
佐久平との通話を終えた後、今度はまた別の人からかかってきた。
相手の名前を確認し、直ぐに出ないといけないなと思った。
あかりがこっちの様子を見てきたけど、俺は手刀を切って謝っておく。彼女は納得していたので、俺は通話に出た。
「王子、どうした?」
電話の向こうに要るのは、ラノベ作家であり俺の親友、白馬王子。
カミマツ先生に並ぶ、日本を代表するラノベ作家の一人だ。
『旅行中に済まなかったね。見本誌が届いたから、そのお礼をと思って』
今度SR文庫で出す新作……ではない。
それとはまた、別の新作のことだ。
SRでは、大判、つまりノベルスも出そうという計画が立ち上がった。
俺はそれを書くのを、王子にやらせてみたいとおもった。
というか、前の出版社であるタカナワで、書かせていたものがあったので、こっちで出してみるのはどうかと上松編集長に頼んだのである。
それが今度出る新作だ。
『本当に素晴らしい装丁にしてくれて、とても感謝してるよ。それだけが言いたかったんだ。邪魔してすまなかったね』
……その声音から、彼が何か悩んでいるのがわかった。
いつもよりも、声に張りがない。
「なんか悩んでるのか?」
『! ……どうして、そう思うんだい?』
「まあ、色々理由はあるんだが……」
最大の理由を口にする。
「おまえが、旅行中の友達に、電話するなんてこと、考えられないからな」
王子は本当に空気の読める男だ。
相手にすごい気を使ってくる。そんな彼が、俺が旅行中だってことを知ってるのに、電話をかけてきたのだ。
何かあった以外に考えられない。
『……さすがは、敏腕編集だね。作家の気持ちが手に取るようにわかるなんて』
「褒めてもらって申し訳ないが、俺は別にエスパーでも何でも無い」
ただ王子とは付き合いが長いから、察することができたってだけだ。
「大判の新作、ラノベで出したかったか?」
……そう、今回王子に挑戦させたのは、ライトノベルというよりは、一般文芸に近い作品だ。
前から思っていたのだ、王子は文書力が高いうえ、キャラも、リアルよりのも、無理してアニメチックにしなくてもいいって思っていたのだ。
『……そうだね。ラノベでデビューしたから、私のファンが、果たして今回のを受け入れてもらえるか不安で』
「大丈夫」
俺は、即座に答えた。
「大丈夫、今回のはめちゃくちゃ面白い。正直、AMO……おまえの代表作より、面白い」
王子が作った、何度もアニメ化されている作品も、確かに面白いのだ。
でもどこか計算して、作られた感があった。狙った感といえばいいか。
「今回の原稿には、おまえの熱い思いがこもってるよ。この人を、このキャラを、書いてみたいって」
新作は、現実にいる人をモチーフにした、医療物となっている。
今回の執筆に当たって、俺はその人物とコンタクトを取り、取材できる機会を設けた。
王子は彼の話を聞いていくうちに、前のめりになり、次からは自分で取材をしていた。
それだけ、今回の主人公に強い思い入れをこめたのだ。
「白馬王子ファンは、おまえのその【書きたい!】って強い気持ちを、評価してくれるよ。綿密な取材も見事だった。大丈夫、ラノベじゃなくても、今回のこれは、絶対売れるよ」
……俺は強い言葉を使うのは、好きじゃない。
それでもこれは確信を持って言える。
「今回の新作……【スーパードクターXX】は、絶対売れる。おまえの代表作になるよ」
電話の向こうで、王子が息をのんでいた。
ずず……と鼻をすすっている。
『ありがとう、我が友よ。すごく……勇気が出たよ』
泣いていることには、触れないでおこう。
『どれくらい売れるだろうかな?』
「初動では負けると思うが、カミマツ先生の、ラブコメ新作よりは売れると思うよ。もっとも、あの人の代表作のデジマスはわからんが」
『そこは勝てるとは言わないのだな』
「あれは神作家の神作品だからな。でも……XXは、おまえのなかの神作品になるよ。間違いない」
『…………』
静寂が、しばらく続いた。彼の中に言葉が届いてくれただろうか。
『ありがとう』
冒頭と違って、明るい声でそう言ってきた。
これでこそ白馬王子だ。
「じゃあな、彼女を待たせてるんで」
『ああ、すまなかったね』
「気にすんな。作者の心のケアも、俺の給料のうちだよ」
もっとも、たとえ金がもらえなくても、王子の悩みは聞くつもりだがな。
そう言って、俺は電話を切る。
スーパードクターXX、絶対、売ってやるぞ……。
今まで何度も、神に挑んで蹴散らされてきた、あいつに。
今度こそ、勝利をもたらしてやりたいから。