魔女さんの絵本
大好きだった物語がある。
勇者が魔女を倒してお姫様を救う話だ。
けれど私が好きだったのは勇者様でも無くて、ただ待つだけのお姫様でもない。
可愛そうな魔女だった。
……勿論救いたいとは思うんだよ。思うけどさ。
私が魔女になりたいなんて誰が言ったの?
と言うか。詰んでるから。命救われないよね。コレ。やり直しなら初めからって法則はどこに?
ここは牢獄。誰も代わりに処刑されたいなんて言ってないし。
私。名もない一般庶民……寒いよ、暗いよう。怖いよう。今は昼? 夜? どちらですか?
窓すらないって。
タスケテ。
なぜか身体が酷く痛むんですけど。頭も痛い。物理的に。
良くは覚えて無いけど多分殴られてる。服はボロボロだし。
誰か。
コツコツと歩いてくる誰か。暗くて儚い光だけが見える。
縋るような気分で私は光を見つめていた。
檻の前に立ったのは一人の青年。あ、これ勇者さまだわ。とぼんやりとした記憶。もちろん私の記憶では無くて魔女さんのものだけど。
流石。文字で追うのと現実で見るのとでは違うなぁ。
絵の中にいる王子様はみたい。
想像してたより数倍。かっこいい。キラキラが増して見えるよ。でも侮蔑の眼差しが突き刺さる。
姫様含めて幼馴染。密かな恋心があったんだと思う。魔女さんには。だって凄く痛いもん。こころが。
……。
最後まで叶わなくて、それどころか憎まれたけれど。
悲しいな。考えると泣けてくる。目尻を押さえると少し驚かれたようだ。
え、泣かないとでも?
本気で魔女だと?
「どうだ。少しは反省したのか? やはりお前も悲しいだろう」
「「私に反省する事など何もありません」」
イヤイヤ。やめて。本当。何言い出すの。え、本通りに進めないといけない何かがあるの?
呆れたようにため息一つ。
「……矜持だけは高くて結構。明日、お前は処刑されるだろう。何か言い残すことは?」
タスケテ。とは言えなかった。なにか。話を曲げないで……何かないのかな?
えーと。えーと。
「……お腹空いた」
なんでだよ。自分で突っ込むしかなかった。
この本を読んでいた頃。私のお家は貧しくて。食べない日も多々あった。道に生えている草木だって食べ物だ。
なので。
「いいの? いいの?」
囚人ーー死刑囚にこんな豪華なもの。逆に最後の晩餐だからかな。
キャラクターを忘れると普通に喋れるっぽい私は、キラキラさせながら目の前に置かれた、なんか美味しそうな料理を見てた。
きれい。豪華。名前? そんなの知らないし。牢獄には似合わないよ。
ていうか。……なんで驚いた顔で見てるの?
「食べてはいけないの?」
ほぼ涙目で見上げると慌てて目を逸らした。
「いや、あーー昔のお前みたいだと思って」
魔女さんの昔は本に描かれて無いんだよな。私はあまり思い出せないし。と言うか、酷く靄がかかってる。
ま、食い意地張ってたなら、私と同じだぁ。
なんだか嬉しいな。
「大丈夫。安心しろ取らないから」
あ。優しい目。さっき迄は括り殺されるかと思ったのに。流石勇者さま。最後のお願い聞いてくれるし心が広い。
ん。最後?
……。
私が使ってよかったのかな。ご飯に。
……。
……まぁ、いっか。ご飯美味しいし。なんでもいいや。
「食べる?」
パンがカビていないって素晴らしいよね。嬉しい。
「いや……ミムル聞いていいか?」
あ。私の名前か。それ。本の中では魔女としか出て来ないから馴染まないんだけど。
遠慮がちな声に顔を上げる。
「どうしてあんな事を?」
「……」
あんな事。貴族を買収と策略て味方につけ、いけないお薬を売ったりとか、いけない奴隷販売。したりとかかなぁ。
詳しくは知らない。記憶もほとんど引き出せないし。
ともかく子供用の本に書ける事でも無いらしいから適当にごまかしてあった。けれど、王子が死んだ。それをきっかけにして沢山の人が死んだ。お姫様さまも監禁された。
魔女さんのせいで。
……。
「「私は役目を果たしただけだわ。それ以下でも以上でもない」」
なんか言葉が悲しい。それを見てた勇者さまも悲しそう。
嫌だな。ご飯だって美味しくない。とは言っても止まらないけど。
鉄格子に持たれかかりため息一つ。
「食べるか喋るかどちらかにしたほうがいい」
なるほど。
悲しそうではなくて、困惑してたのか。なるほど。
うーん。悲しい。
「だって、時間がもったいないし」
処刑まっしぐらなのでね。そういえば死んだら元に戻れるのかな。
でも。痛いのも、怖いのも、苦しいのも、悲しいのもやだ。
「……どうしてこうなったんだろうな」
背を向けて勇者様は滑るようにして座り込んだ。見上げる天井には何もなくて、明かりに照らされた影だけがゆれてる。
悲しい言葉だったけれど、思ったことは一つ。
こっちのセリフだよね。
また、独りだ。家には誰も居なくて。私は本を読んでるんだ。何度も。何度も。
どう、魔女さんを助けるか。考えながら。できれば、さ、初めからでいいとおもうのだけれど。
……あ。うたた寝をしてしまった。お腹いっぱいで。うぐぅ。身体が痛い。
ってか。処刑までどのくら……。
……。
鉄格子に持たれかかり、身体を小さくして寝ている人がいた。明かりは消えかけてチリチリと音を立たてているけれど、その横顔は勇者様。
やっぱキレイまつ毛長。ーーではなくて、なんでこんな所で寝ているんだろう。
寒くないかな?
「あのぅ」
お疲れなのか起きない。仕方ないので、唯一の囚人の為の優しさ。小汚い上掛けを持って来ると格子の間から押し出して掛けてみた。
難しい。
頭から被せるなんて芸当になってしまう。もっとスマートに行きたかったんだよ。あう。なんかうめき声がっ。
やっぱ、呼吸が。
引っ張るか。苦しそうだし。
「何するんだ!! この後に及んで殺す気か?」
あ。起きた。そんでもって、明かりも消えた。
「ええと。ここ寒いから? あの、寝てると風邪をね」
見定める視線と沈黙が怖いんだけど。
「ーーああ。なんだ。……済まなかった」
もっと怒ると思ったけど、そうでもないな。よかった。
少し考えた後で、勇者様は再び明かりを灯す。
「いつに無くーー優しいな。何かあるのか?」
「「私に何かあるとお思いで? もうすぐ死を迎える女に。貴方様こそここで何を? よもや、私の命を惜しんで下さるのですか?」」
惜しんで。お願い。惜しんで下さい。とは微塵も声に出ない。やだ。この人。心臓から何まで震えてるくせにさぁ。
笑顔に勇者様は鼻を鳴らした。
「そうかもな。出来れば俺はお前を救いたいとは思ってる」
「「あら? 脱獄でも?」」
よし。いますぐ。なんか知らないけど。今すぐに。
「いや、正確には救いたかったのさ。それはメイアだって同じだ」
メイア。お姫様の名前だね。可愛らしくて、誰からも愛される人。
勇者様からも……。
少しだけの記憶に仲良く話す二人の背中。ソレを魔女さんは独りで見てた。
手を伸ばしても届かない世界。光ある世界から取り残された。
もう、遅い。私だって救いたかったのに。
勇者様は軽く頭を振る。
「お前の命を救うことは俺には出来ない。それはお前が冒した罪だからだ。過誤は出来ない」
私は何もしてないけど?
「「見捨てるのね?」」
「ミムル……お前は本当は何が望みだったんだ? 本当は大した事ができる奴じゃあないだろ」
泣き虫で、怖がり。だからこそ硬い殻で自身を閉じ込めた。強くなった。そう嘯きながら。
……タスケテ。
「「何言ってるのか分からないわ」」
おいこら。
この後に及んでか。この魔女さんはちょっと拗らせすぎだと思う。
勇者様の悲しい笑顔。そうと小さく笑ってから踵を返したので思わず、鉄格子からてを伸ばしていた。
「なんだ?」
ぐぬ。
初めに戻る。蔑んだ目はやめようか。かなしいから。
私は魔女さんをどうにか押さえ、必死に声を押し出していた。
「あの、私が死んだらその手を握ってくれますか?」
……心の中から悲鳴と罵倒。うるさい。うるさい。最後なのに意地もクソもないと思うの。
抱き締めてほしいとは言ってないんだから。感謝をしてほしい。
褒めて。
少し驚いたようにして勇者様は眉を跳ねた。迷った挙げ句宙を泳いでいた手は私の手を取った。
「勿論だ」
去って行った青年と入れ替わりに来たのはーー。
カラスの鳴き声。民衆の怒号と歓声。
私の黒い髪は風に靡く。赤い夕焼けはキレイだ。私は真っ直ぐに彼方を見つめる。
銀色の刀身が空に弧を描いて私の首に落ちた。
青年が泣いてる。黒い髪の女の遺体を抱えながら何時までも泣いていたんだ。
ーーあれ。
私何をしていたんだろう。頭から酷く痛む。
えっと。ここは人んちの裏庭だな。なんか食べられる草を探して何かにつまずいたんだっけ?
まぁいいや。
今日のご飯を。考えながら探していると一人の男の子が走ってきた。
「お前は俺ん家で何してんだよ。遊びに来たんだよな?」
そうだっけ?
「え? 草取り。使用人さんたちも喜んでくれるし」
真顔で言うと、引っ張られて連れてかれる。なんで怒ってるのかが分からないし。
「っ。たく。今日はお姫様が来てんだよ。お姫様に紹介しないと」
「なんで?」
「……うるさい!!大体、俺んちきてるなら、飯ぐらい出してやるのに」
だから、なんで怒ってるのかなぁ。顔が真っ赤で。お姫様って誰?
私は庶民だから関係無いよね。あるのは高い身分のリーンだけだしね。
私は草取りしてるだけだし。
持つべきものは裏庭のある家に住んでる友達だよ。
そんなことを考えながら一人の少女の前に連れ出された。
あ。お姫様だ。確実に。納得。
「うわー。キレイね。あなた。リーンと同じくらいキレイだよ。ううん。かわいい。」
お人形さん見たい。ふわふわで可愛らしい少女。いいなあ。
お似合い。
はっ。見せびらかしたかったのかな? リーンはこの子を。
女の子はふんわりと嬉しそうに笑う。
うわぁ。かわいい。触っていいかな。自然に伸びる手をリーンに叩き落とされた。
けち!
じろりと睨むと鼻を鳴らされた。なんでずっと怒ってるのか分かんないんだけど。
無視。
「ありがとうございます。私はメイアよ? 貴方は?」
私はーー。
「ミムル。宜しくね」
あれ?
この会話前にもしたような。あれ?
まぁいいや。
「私達お友達になれるかしら?」
友達。いい響き。私は友達なんでか少ないから嬉しかった。
「勿論!! 困る事があればなんでも言ってね。私は頑張るよ?」
温かな手。柔らかい。零れるような笑顔が眩しい。
また繰り返すんだね?
え?
「なんか言った?」
大丈夫? と不思議そうに聞かれたので押し黙ったんだけど。
妙にぞわぞわする。
何だろう。
ふと。空を眺めると、青くて高い空。だけどそこに物悲しい夕焼けが重なるのが見えた。
血のような。
倒れているのはーー誰?
泣いてるのは。
リーン? 随分大きいけど。リーンだよね?
……。
「どうしたの?」
病気かなぁ私。大人になってまで泣いてるリーンを見たなんて多分怒られるし。
でもなぁ。
ポンポンと頭に手を乗せる。リーンの。
「ガキじゃねーぞ!!」
私達は子供じゃんか。ツッコミはさておいて。
「うん。私が二人を守ったげる。泣かないように。笑えるように。友達だからね」
泣き顔はやだし。うん。そう決めた。
「は?」
メイアはニコニコしている。リーンはあからさまに不信感を浮かべてる。まぁ、負けず嫌いなので私に守られるのは嫌だろうな。ても、私の方が一つ上なので。
お姉さんなので。
「魔女になっても。守る。そう決めたよ?」
……どうか神様。大切な友達が泣きませんように。笑っていられますように。
願いが叶えられますように。私はずっとお願いしていた。
その瞼が閉じるまで。
もう本はそこに無かった。