魔王さまは奥様ですが、ママでもあります。
「やだわぁ…あたし、そんな趣味無いのよねぇ。」
昼に見た少年の一人が、裸体でアダムの前に居る。
ベッドに腰掛けるアダムの前で誘う様に身体をくねらせ、クスクスと笑って手を差し伸べた。
「そりゃね、昼間は思わず見ちゃったわよ。美味しそうな男の子ねって。……でもね、美味しそうって……ソッチの趣味で言ってんじゃないわよ?」
アダムが呆れた様にハァーっと深い溜め息をつくと、裸体の少年の立っていた床にバクンと大きな穴が空いた。
「きゃぁ!!」
突然足元に空いた床の穴に、少年の下半身がズルンと落ちる。
胸から下を穴に落とした少年は、這い上がろうと肘で床を押して身体を穴から引摺り出した。
「何しやがる!この変人がぁ!!………う、うわぁああ!!」
「やだあ、咥えるの人一人がやっとじゃない。この程度しか開かないのね。おちょぼ口になっちゃったわ、あたし。」
少年が穴から引摺り出した身体は腹部から下が無くなっており、ズルリと何かが垂れ下がる。
「ぎゃああ!無い!無い!俺の身体が無いぃ!」
「あたしの魔力が少なくなってるから、あたしが同類だと気付かなかったのね。……ちょっとぉうるさいわよ、人間でも無いクセに。お黙り!」
ぎゃあぎゃあうるさく喚く少年の頭を掴んで持ち上げたアダムが、床に空いた穴……ビッシリと牙が生え、パカリと開いた床の口に少年の残りを放り込む。
「ぎゃあ!痛い!痛い!くっ食われるっ!」
「あたし、マンイーターなのよ。床や地面に口を開ける事が出来るの。可愛い子供の肉が大好きなのよ。……んーあんたは人間じゃないから不味いわね。」
ゴリっボリボリっと音を立て噛み砕き、少年を飲み込むと床の口は消えて無くなった。
「あの神父もあたしと同じマンイーターなのよねぇ。この教会、素敵な造りだわ。吹き抜けになってるし聖堂の床を口にして…そのまま二階から口にダイブさせるのね。……それにしても不味いわぁ……魔物って。」
アダムはベッドから立ち上がって辺りを見る。
ベッドに座っているし、部屋も自分達が案内された部屋のままに見えるのだがライアンやロージアの姿が見えない。
「魔法で別空間に転移…と言うよりは、寝てる間に同じような部屋に運ばれただけかしら?どちらにせよ、あの子達をどうにか出来る訳無いでしょうよ。」
ふぁあ、と欠伸をしたアダムはベッドに潜り再び眠る事にした。
「おや、お目覚めになられましたか。ロイス様。」
神父の前に横たえられていたロージアは、両手と両足が真っ直ぐ上下に伸ばされた状態で台座に縛られていた。
生け贄だか何だか知らないが、またこのパターンか…と、うんざりする。
「怖くて声も出せませんか?……怖くありませんよ……私はね、美しい少女を頂くのが大好きなのです。…ああ、勘違いなさらないで下さいね?神に仕える身ですので、不純な行為は致しません。」
「………僕、別に何も言ってません。」
不純な行為ねぇ。うん、服を剥こうとしたら即殺す。
肌を見たら殺す。胸を見たら殺す。
ロージアはそう思いつつ、ボンヤリと神父を見る。
「貴女の様に美しい少女は、ひと口でパクリと戴きたい…所ですが、貴女の容姿が我々の主の花嫁に、とても良く似ているのです。」
花嫁!?
まさか、ディアーナそっくりのアイツの!?
ロージアは顔を傾け、慌てて神父の方を見る。
「は、花嫁って誰の?主って…誰?僕をどうする気なの?」
怯えた振りも忘れ、矢継ぎ早に質問をしていく。気持ちが急く。
少しでも早く、ディアーナ男版の情報を手に入れたい。
「貴女は普通の人間では無い様ですね。私の可愛い子供が二人、貴女の従者に倒されてしまった様だ。……貴女も、何かしらの力を持ってるのでしょう?」
「……………ぇーっと……」
何かしらと言うか……魔王だし…。
やろうと思えば、この教会を含むこの町ひとつ、いきなり無くす事も出来るんだけど…とは言えないよなぁ、とロージアは答えを濁す。
「この町は普通の人間の町ですよ。私が人間でない事を知ってる上で受け入れてくれている。我々の様に人間と共存する温和な者も居るのですよ。その者達も巻き込んで闘います?」
「お前らの正体を知ってる上で受け入れてるなんて、救いようが無いよ。旅人を餌にするのを容認してんだろ?そんなの人間の敵じゃん。死ねばいい。」
本音を口にしたロージアに対して神父が笑った。
そして、敬う様に頭を下げる。
「どうやら花嫁そっくりの少女ではなく、ご本人様でしたか。まさか、この様に早くお目にかかる事が出来るとは……光栄でございますよ、先代魔王様。」
また先代とか言われた!ムカつく!と眉間にシワを刻んだロージアを縛り付けた台座のある部屋の床が、パカリと口を開く。
「お連れ致しましょう先代魔王様!我が主のもとへ!!」
「は!?」
ロージアは乗った台座ごと床の口に飲み込まれた。
僕を魔王と知った上で、この扱い!?と腹が立ち、本気で町ごと潰してやろうと思ったが、このまま魔王とやらの所に案内されるのならば都合がいいかもと、無抵抗で従う事にした。
で、夢の中ではなく現実で魔王とやらと会う事が出来たなら、そんな輩は即殺してやろうと。
神父の開いた穴を通じて移動させられた先は、神殿の中の様な厳かな造りの空間だった。
手足の拘束を解いて一人その空間に降り立ったロージアは辺りを警戒しながら奥へ奥へと進んで行く。
足元に影を広げ、イバラの触手で守りを固める。
「……ここに居るのが夢で会った偽ディアーナだとしたら…強いのかな…ここが何処か分からないけど、いざとなったらライアンを喚ぶ事は出来るのだろうか。夢の中にも喚べるらしいから、魔界でも異空間でも大丈夫なのかな。」
色んな事、可能性を考える。
夢の中でロージアを花嫁と呼んだ男。
その男が居るならば一人で戦って倒すつもりだが、力及ばず夢の中の様に花嫁として…女として扱おうとするならば悔しいがライアンを喚ぶ。
よ…………ぶ
神殿らしき建物の一番奥、神の座とおぼしき場所に
魔王と呼ばれた彼は居た。
藍の髪に金色の瞳、ディアーナそっくりの………
可愛らしい二歳位の幼児が。
「………は……あ?え?……えー……?ちょっ!誰か!!」
誰かに答えを求めたい。
ここに連れて来た神父でもいい!ちょっ!誰か!
混乱したロージアが辺りを見回す。
「………ママ?」
プチディアーナが親指をしゃぶりながらロージアに訊ねて来た。
「はぁ?馬鹿じゃない!?そんな訳無いだろう!!誰がママだ!!」
花嫁どころかママ?女扱いにも程がある!
混乱し過ぎて頭ごなしに大声で怒鳴ってしまった。
幼い金色の瞳がジワリと涙ぐむ。
「ふ…ふえぇえ!びぇええ!マミャー!!!」
いきなりの大号泣にロージアが焦る。
やかましい!静かにしろ!考える為の静寂が欲しい。
このうるさい物体を静かにさせたい。
そう考えたら、思わず駆け寄り抱き上げてしまった。
「黙れ!うるさいから黙れ!花嫁の次はママって何だ!!ちょっと!ちょっとぉ!ライアン来い!!」
処理仕切れずにパニックになったロージアはライアンを喚んだ。
「ロージア様!!ご無事ですか!!」
剣を携えたライアンが、何も無い高い空間からロージアの前に躍り出た。
着地すると素早く剣を構えロージアを背にして臨戦態勢に入る。
「俺が守ります!ロージア様は俺の後ろに!!…………」
ライアンの前には誰も居なかった。
静かな空間が目の前に広がる。
ライアンは背後のロージアの方を振り返った。
そして、ロージアの胸にくっつく物体に気付く。
「ロージア様……あの敵は………………え?…何ですか、これ。ディアーナ姉ちゃんそっくりの……」
ライアンが現れてからずっと無言のままだったロージアが、抱っこした幼児を何だと聞かれて答えに困る。
「……魔王……らしい。」
「マミャぁ…」
「ロージア様を花嫁だと呼ぶ魔王?……これが?……花嫁つか、ママって呼んでますけど。」
ライアンは警戒を解かない。
幼児の成りをしているとは言え、ロージアを花嫁と呼ぶ輩など存在自体が許しがたい。
しかもロージアに抱っこされ、密着している。許すまじ。
「今はまだ、力が不充分って事ですかね。この姿を斬るのは心苦しいですが、今のうちに殺しましょう。」
怖い笑顔でライアンが剣を構えた。
確かにライアンの言う事は正しいのだが、ディアーナに似ているせいもあり、気が引ける。
それに一度ジャンセンにも報告した方が…
ロージアの頭の中で、小さなディアーナを斬らせない為の理由を幾つか挙げていく。
だが、力が弱い今の内に倒した方が良いのも確か。
思い悩み、何も言えないロージアの胸の中で、小さなディアーナが親指をしゃぶりながらライアンを見る。
「……パピャ?」
時が止まった。
「ろっ!………ろっ!ロージア様!!き、聞きました!?俺を!俺をパパだと呼びましたよ!!ロージア様がママで!!俺達、夫婦です!!」
ロージアはうんざりした顔をした。
このチビディアーナは、こう言えば殺されないだろうと分かっていて言ったのではないだろうか。
幼い子供の成りをして、相手の心情を利用して狡猾に危機を免れようとしているのではないか。と。
「………アホみたいに浮かれてるんじゃない。さっさと戻るぞ。腕が疲れた。お前が持て。」
チビディアーナを物の様な言い方をしてライアンに渡す。
大人しくライアンの腕に渡されたチビディアーナは、ライアンの腕の中でキャッキャとはしゃいでいる。
「パピャ!パーピャ!!」
「はい、パパだよー!」
浮かれやがって。アホか………
ロージアは転移魔法を使い、アダムの待つ教会に戻った。




