魔王様のパイと、プチパイ至上主義。
ロバに乗せたロージアを連れて、一行は町に到着した。
さほど大きくはない町だが寂れている訳でも無く、かと言って賑わっているでも無く。
ごく普通に町だ。
友人同士なのか、小学上級生位の少年達が数人ロージア達の横を駆けっこするように走り抜けていくと、アダムが物欲しそうな顔をして目で追う。
「オッサン……滅ぼした村みたいに子供達を食いたいなんて言うなら消すよ?僕は今、騒ぎを起こしたくないんだからね。」
「やだぁ!そんな事しないわよぅ!今のあたしに、もうそんな力も残ってないし……ただねぇ……ん~…」
赤いアフロヘアーに眼帯をしたオカマが唇を突き出し、その唇に人差し指を当て何かを思案している。
ロージアはキモいから放っておく事にした。
「旅の方ですか?」
町の入り口から少し歩いた所で、壮年の神父らしき者に話し掛けられた。
神父の回りに、先ほどロージア達の近くを走り過ぎた少年達が集まって神父の腰辺りにくっつく。
「ええ、私はライアンと申します。さる貴族家にて執事をさせて戴いております。実は…私が仕えております、貴族家嫡男のロイス様が長旅でお疲れになった様子で…宿を取りお休みさせて頂きたいのですが。」
ライアンは再び、ロージアを貴族家のボンボンとして自身は仕える身だと名乗った。
ロージアの名を出さずにロイスだと言うのは置いておいても、さる貴族家の、という家名を隠した言い方で「訳あり」だと暗に伝える。
「そうですか、貴族家のご子息様と、従者の方………」
当然だろうが、神父の視線がアダムに向けられる。
ひょろ長い細身の長身で身体にピッタリフィットした衣装に厚底のブーツ。
赤いアフロヘアーに黒い眼帯。
創造神界に引き込もっていた間に、ディアーナの前世である地球の映画やアニメ等々を見て変な知識を持っているロージアからすればアダムは
「80年代英国ロック?ヘビメタ?ジョ◯ョっぽくもない?え?まさかジャガ◯さん?」
と言いたくなるスタイル。
そんな奇抜な格好をしているアダムは、この世界では異質で目立つ。
「あたし!こう見えて侍女なのよ!お坊っちゃまは、あたしの作るご飯しか、お召し上がりにならないのよ!」
腰に手を当て言い切ったアダム。
そんな設定ゴリ押しする気かぁあ……ロージアとライアンが頭を抱える。
「そ、そうですか、宿をお探しとの事ですが、よろしかったら我が教会に部屋を用意致しましょうか?この子達に、旅のお話をお聞かせ頂けましたら……。」
「それは有り難い申し出ですが…ご迷惑では?」
神父の申し出に、遠慮がちな態度を取りつつライアンがロバに乗ったロージアを下ろす。
神父の回りに群がった少年の一人が、ロバから下ろされ地面に足を着いたロージアの背後に回り、ロージアの胸を背後からムニュと揉んだ。
「コイツ、女だぁ!!」
突然の事にロージアが無言で凍り付いたかのように固まる。
ライアンの顔面が青褪め、青白い笑顔のまま剣を取り出そうとした。
「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……」
「コラッ!!な、なんて失礼な事をしてるんですか!!謝りなさい!」
「だって、男のふりしてんだもん!」
慌てて少年をロージアから引き剥がす神父と、その背後で少年に殺気を放ちながら、まだ刃を現してない剣の柄を握るライアン。
「覚悟はいいですね?子供でも許さな……」
「ライアンちゃん!大人げないわよぅ!子供のイタズラでしょ!やめときなさい!!」
アダムが剣の柄を握るライアンの右手首を掴んで止めた。
ライアンの頬にキスする程顔を寄せ、小声で呟く。
「チビ魔王様が大人しくしているのに、従者のあんたが暴れちゃ駄目でしょ?ちゃんと、主の行動の意を汲みなさい!」
ライアンがハッとしてアダムの顔を見、ロージアの方に目を向ける。
ロージアは顔を赤くして、恥ずかしさに耐える様に唇を噛んでいるものの、これ以上騒ぎを大きくするつもりはないようだ。
「………ロイス様は、女性である事を隠しておらねばなりません……どうか、ご内密に……」
剣を納めたライアンはロージアに外套を羽織らせながら、これも訳あり貴族家の理由のひとつ、として話した。
「そうでしたか…田舎育ちで彼らはまだ世間を良く知らないのです…厳しく言い聞かせますので、寛大なお心でお許し下さい…。お詫びにはなりませんが、今夜は教会にて出来る限りのお持て成しを致しましょう。」
神父に案内され教会に向かう。
ロバはアダムがひき、ロージアはライアンが抱き上げた。
いつもなら抵抗するロージアが、固まったままライアンの腕の中で大人しくしている。
アダムがチラリと見たライアンは、鼻の下が伸びて嬉しそうだ。
「……ったく、若いわねライアンちゃん。もうちょっと感情を抑える事を覚えないと…」
━━チビ魔王様が嫌な事をされたのを我慢して無抵抗だった事も今もその姿勢を崩してないのも、ちゃんと考えなきゃ駄目よぉ?
無言でもお互いの意思を把握してく、ツーカーな仲にまでにならなきゃぁ━━━
「……あらやだ、あたしったら……一応は敵であるこの子達に対し、何でこんな保護者みたいな考え方してるのかしら。」
アダムのひくロバが、歯を見せて笑ったような気がした。
「さぁ、狭い場所ですがどうぞ。」
神父に案内され教会の中に入り、小さな聖堂の脇にある扉を開くと狭い階段があり2階に上がる。
2階に上がると吹き抜けになっており、下の聖堂が見える様になっていた。
「……へぇー…悪くない造りねぇ……」
アダムが何かを含んだ言い方をした。
「ひとつの部屋しかお貸し出来ないのですが……よろしいでしょうか?」
申し訳無さげに尋ねた神父に、ライアンの腕に抱き上げられたロージアが初めて口を開いた。
「大丈夫です、お心遣い感謝します…。」
ホッと安心したように胸を撫で下ろす神父に部屋の扉を開けて貰って、ロージア達は部屋の中に入った。
中は意外に広く、シングルサイズのベッドが5つ並んでいる。
そのベッドのひとつに腰を下ろしたロージアの前にライアンが跪く。
「ロージ…ロイス様、大丈夫ですか…?その…先ほど…む、お胸…お胸…お胸…」
ロージアが真っ赤になり、無言のままで「何度お胸と言ってんだ!」とばかりに前に跪くライアンの胸を足の裏で叩く。
ロージアの生足が自分の胸に当てられている事さえ嬉しそうにしているライアンに、アダムが生暖かな目を向けた。
三人きりの部屋であるのにロージアの名前を偽名で呼んだ事。
それが正解であると。
どこから、どんな風に見られているか、聞かれているか分からない。
アダムは、この町に入って少年達を見た時から何かを感じ取っていた。
何かと言うか……同類に近いニオイ。
「……とりあえず、ライアンちゃんがお坊っちゃまのオムネに執心ってのはバレたわねぇ。やだわぁ。」
跪いたライアンが、胸を蹴り飛ばそうとしたロージアの生足に指先を滑らせ頬を擦り寄せようとして再び蹴られる様子を呆れた様に眺めていたアダムが、自分に向けられたロージアの視線に気付く。
「……そうね、あたしと同じタイプだわよ。向こうは、あたしに気付いてないみたいだけど。」
どこから、どんな風に聞かれているか分からない。
だから、核心から遠ざけた物の言い方をしなくてはならない。
それで、こんな話し方になるのだが……
アダムが話すと、まるで神父の事を「あたしと同じタイプの変人よ」と言っているかのような会話になる。
「そうだね。面倒な事は早めに済ませたい。夕飯を戴いたら、今夜は早めに…休もうかな。」
多くを語らずにロージアがボソッと言う。
日が落ちた頃、ロージア達は食堂にて神父と三人の少年達と共に、野菜のシチューとパンを戴いた。
そして二階の部屋に帰ると、三人は落ちるように深い眠りについた。
「ライアン…ねぇライアン…!起きて!」
ベッドに横たえていた身体を強く揺さぶられたライアンが薄く目を開いた。
薄手の寝衣にガウン一枚を羽織ったロージアが焦った表情でライアンの身体を揺さぶっている。
「…ロイス様?どうしたんです…そんなに慌てて…」
「どうしたって…様子がおかしいんだ、この部屋!」
目を擦りながらライアンがベッドから身体を起こすと、ロージアの方を向く。
「……おかしいですか?普通の部屋ですけど?」
「そ、そんな…!確かにおかしかったんだ!こう…言い様のない………気のせい?」
不安そうにライアンを見上げるロージアに、ライアンがニッコリと微笑み掛ける。
「気のせいですよ。大丈夫です。」
「……な、なら…いいんだけ……ど……」
まだ不安そうに表情を曇らせたロージアの背後にライアンが移動する。
「!?な、何!?ら、ライアン!?何するっ…!」
背後からロージアの両胸を包み込む様にライアンの手が置かれる。
ロージアは焦った様に身を捩り、抵抗しようとした。
背後に立つライアンの手の平が、ロージアの柔らかな二つの膨らみをムニュと揉む。
「あっ…や、やめて…ライアン…何するのっ…あっ…!は…」
ロージアがフルっと身体を震わせ、艶を帯びた甘い声をあげる。
「感じますか?ロイス様……そんな可愛い声を出して……フフ…分かります?おかしいのはこの部屋じゃなくて……
お前だよ。」
「!!!!!ぎゃっ!」
暗い部屋の中に一筋の閃光が走り、床にロージアの姿を模した少年の首がゴロゴロと転がる。
少年の首はズブズブと黒ずみ、やがて蒸発するように消え失せた。
「俺を誘惑して食い殺すつもりだったのか知らないが、ただの雑魚魔物が俺にロージア様を騙ろうなんて、百万年早いんだよ。……だいたいなぁ、ロージア様のお胸はそんなに大きくねぇ。」




