6# 暴れん坊覇王ディアーナ
「ディアーナ様!」
城の敷地内、城の正面大扉の前でアゴーン皇帝が私の姿を見つけて駆け寄って来る。
皇帝が自ら走り回って私を探し、しかも私を様付けで呼んでるのを見た包帯だらけのハゲが顔を青くしていた。
ああ、コイツ馬車の中で顔面に右ストレートぶっ込んだ奴か。
もう、動けるんだー。
「ディアーナ様…」
アゴーン皇帝は、私の前で緊張の糸が切れたかのように地面に膝をついた。そして大きな安堵のため息を吐く。
「……村の娘達が……ロージアの名を口にしていたから…離れに行かれたのだと…。」
「ああ、ごめんなさいね。勝手に離れに行ったわ。側近ジジイは叱らないでやってね?わたくしを止められる者など居ないのだから。」
アゴーン皇帝は何度も頷きながら苦笑する。
「……聞いて良いのかしら?ロージアの事。あれ…ナニ?」
自分の口から出た質問に少し驚く。無意識の内に思っていたようだ。
ロージア、お前、人間じゃないよね?と…。
「ロージアは…私の弟です…」
あら、意外に普通。
アゴーンは35歳前後に見えるし、ロージアは15歳前後に見えるから、親子ほど離れていると思うけど…。
まあ、母親が同じとは限らないし…。
「同じ…母親から生まれた、実の弟…です。」
うおぅ!お母さん頑張ったね!高齢出産!?
「……五年前に。」
「…へー……ロージア5歳なんだ……それは随分と、ませてるわね…」
「ディアーナ様…貴女をアイツに…逢わせたくなかった…」
アゴーン皇帝は苦悶に満ちた顔をしている。私の隣に居る側近ジジイも、同じような表情をしている。
苦しいような、悲しいような…って
ワケわからん!!!難しい事、考えるのキライだわ!
もう、サクっと説明しろ!!
「側近ジジイ!説明しろ!お前が話を聞けと言ったコイツは、話す気が無いみたいじゃない!だったらジジイ、お前が答えろ!ロージア、アイツ何者なの!」
さっきは思ったわよ、ロージアの話を城でするのはタブーなんじゃないかって。
だから、ミーナやビスケが城でロージアの名を出した事も、それはいけない事だと思ったわよ!?
だが、私には関係ないな!空気を読む!?
んなもん、知るか!!
空気を読まな過ぎて、口調が素になりまくりだわ!
しかも人がたくさん居る所でロージアの名前を連呼してるわ私。
私は皇帝の胸ぐらを掴む。
「「貴女をアイツに逢わせたくなかった」…何でよ?そんな、苦悶に満ちた顔をされてもね、「それは、どういう事なの!?でも、聞いてはいけないのね」にはならないわよ!」
側近ジジイがアゴーンを庇うように、私とアゴーンの間に身を出す。
「姫!皇帝はロージア殿下の事で苦しんでらっしゃいます!そのように責められては…!」
少女に胸ぐらを掴まれた皇帝の姿を見た、城の敷地内の兵士達が慌てふためく。
皇帝を助けるの?助けるべきなの?少女から?えー?
みたいな、どう動いて良いか分からないといった空気が流れている。
そんな中で、意を決したように皇帝が声を上げる。
「ろ、ロージアは普通の人間ではない!!」
「んな事、知っとるわ!!このヘタレ!」
被せ気味に声を張り上げてしまった。
「……月の聖女ディアナンネ……いや、月の女神ディアーナ様………貴女は本当に……本物の……」
皇帝の目が潤む。いい歳こいたオッサンが男泣きしている。
そして私は、泣き虫が嫌いなんだけど……私の最愛の人も泣き虫なのよね…意外に…。
私はアゴーン皇帝の胸ぐらを掴む手を離し、その手で皇帝の頭をグリグリと撫で回した。
「月の女神ディアーナはね………慈悲の女神じゃないわ……それでも…いいかしら?」
泣き顔の皇帝と側近のジジイは、意味が分からないと顔を見合せている。
ゴメンね、バスガス爆発帝国在住の皆さん。
私、ディアーナは今……この国をプチしたくなってます!
そう、私…慈悲の女神でも、癒しの聖女でもありません。
夫と父は私をこう呼びます。
暴れん坊覇王ディアーナ。
何か色々混ざってない?
この国は、レオンハルト皇帝の先祖が慈悲を与えられた月の聖女ディアナンネを崇めている。
街の中にはディアナンネを象った彫刻や、絵画があったりするが雰囲気はそれぞれ違う。
共通するのは、藍色の髪に金色の瞳の若く美しい少女だというだけ。
儚い美女のようだったり、純粋無垢な少女のようだったり。
ディアーナが個人的に一番気に入った彫刻は、ゴツい鎧を身に付けて馬に乗っていた。
「まるで世紀末…覇王のようでステキだわ…。」
この国の民にとって、ディアナンネは身近な神だった。
皆から愛されていた。
小さな教会こそあったが、祈りを捧げる時は心にディアナンネを想えば、どこでいつ祈りを捧げても自由。
ゆえに、あちこちにディアナンネを象ったものがある。
「まるで、お地蔵さんみたい…見たら手を合わせて、お饅頭の一つでも置いておきたくなるような」
ディアーナが思ったように、祈るのも、拝むのも、無視するのすら自由。
それこそが、慈悲と自由を司る月の聖女ディアナンネの教えだったハズなのに
五年程前に、聖女ディアナンネ教という名を掲げた宗教が出来た。
その宗教の最たる目的が、ディアナンネを受肉させる事。
その宗教の大教会が建ったあたりから、国が歪み始める。