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魔王の初めて。執事の初めて。

何だか、とてつもなく恐ろしい事を平然と言われた。


「……えっと…お前、アレか……男も女も抱ける……バイセクシャルってやつ?」


ディアーナの前世知識から知った言葉で、この世界では聞かない単語を使って尋ねてしまった。

動揺し過ぎて。

僕と逢ってない間に、そんなヤツになっていたの?

つか、もうアッチの方は経験済みなんだ?

そんな断言出来るなんて。


チクリ


胸の奥に何かが刺さる。

それが何かは分からない。

嫉妬ではない…どちらかと言えば独占欲。

僕の、僕だけのものだと公言していたクセに裏切った。

…だって、行為の最中は…その相手の事を考えるよね…。

僕を忘れているよね…。

僕が一番じゃなくなっているよね。


ナニ思ってんだろう、僕は…。

僕はコイツを好きになんかなってやらないのに、コイツにとっての僕は常に一番大切な人だと思われていたいとか…。


身勝手で自己チューで…我が儘で自分勝手で…何てズルイ性格をしてんだろう。

魔王が自己嫌悪に陥るだなんて笑い話でしかない。



ライアンに取られた手を引っ込め、口付けされた手の甲をズボンに擦り付けるようにして拭く。

そして、自分の方からライアンに質問をしたくせに返事は聞きたくないとばかりに俯いた。


「ロージア様…俺は、未経験ですよ?…ああ、紛らわしい言い方をしましたね、申し訳ございません…。」


ライアンは困り顔になり、ロージアが離した手で前髪をクシャリと掴むように無造作に上げた。


は?…え?…未経験……


「あなたであれば性別など何の障害にもならない、という意味でした…。俺の初めては、あなた以外には有り得ませんので。」


えっ……ライアン……そんなにも一途に僕を……

って怖いわ!!


「当然、ロージア様の初めても俺が…いや、初めてどころか、今後ロージア様の美しい肌は、俺以外には触れさせませんので。」


だったら、お前は一生出来ん!!生涯童貞だ!

僕はお前にだって肌に触らせる気は無いからな!

出来な過ぎて、その内賢者にでもなっちまえ!!

バァカ!変態!


ロージアは平静を装いながら、心の中で悪態をつく…と言うよりは、ツッコミまくる。


「……無理。」


ロージアはやっと、一言呟いた。


「無理…ですかねぇ?俺が経験者かもと、可愛い嫉妬をしてくれたのに?」


ライアンの手が一度引っ込めたロージアの手を取り、優しく掴む。

指を絡ませ、恋人繋ぎをするライアンの手を、手に付着した汚物を振り払うように振りまくるロージア。


「離せよ!変態!」

「あなた、可愛すぎるんですよね!……ちょ…我慢出来なくなりますから……!そんな暴れたら…!」


ライアンの手を振り払いたくて、下顎を出して思い切り嫌悪の表情を見せながらブンブン手を振るロージアを、ライアンは正面から強く抱きしめた。


「そんな暴れ方されたら!こうやって止めるしかないでしょう!?もーっ!メッ!です!大人しくしてなさい!可愛いいが過ぎます!メッ!」


僕は今、走馬灯を見ているのかもしれない。


ディアーナに倒される前に言われた「ヨダレ垂れてるわよ」が頭の中をリフレイン中。

なぜなら僕は今、ライアンの腕の中で白目をむいて、口からヨダレと魂を垂れ流している。


このまま僕は消えて無くなりたい…



「そこの二人!ここは人が立ち入るような場所ではない!何者だ!」


不意に声のした方を振り返るライアン。

その腕の中で今にも溶けて流れていきそうな位にグンニャリしたロージア。


いつの間に現れたのだろう、馬に乗った若い青年はライアンの方に槍を向け尋ねる。


「…こんな場所で何を…!…ん?ライアン!ライアンか!?…あ、いや、殿下…」


青年は馬を降り、ライアンの前に立ち(こうべ)を垂れる。


「シンヤ、久しぶりだな!俺はもうディアナンネの者じゃないから、ライアンでいいよ!」


ロージアはライアンから解放され

なかった。片腕で抱かれたままである。


ロージアは、ぼんやりとシンヤと呼ばれた青年を見る。

見覚えがある。


「……魔王、ロージア様ですね?お久しぶりでございます。と、言いましても、私はライアンを置いて即逃げたので……。」


初めてライアンと会った湖の畔にて、ライアンに剣を自慢されていたワルガキの一人だ。


そうだよ!あの時コイツがライアンを連れて僕から逃げていれば!こんな事には…

こんな事には!ならなかったかも知れないのに!


「……僕が、世界を滅ぼすかも知れない魔王だと知ってても……そんな甘い態度を取れるの…?ディアナンネの民は、魔王に寛容なんだね……。」


八つ当たりもあって、嫌味っぽく言ってみる。

魔王である自分は人類の敵で、憎まれて然るべきだと思っているからだ。


「ライアンが家出…いや、行方不明になったあたりから、国の教育体制が変わりました。我が国だけでも、ロージア様の正しい知識を持つべきだと…貴女が居なければ、貴女がバクスガハーツと言う国を滅ぼさなければ、ディアナンネという今の平和な国は無かったのですから。」


「……それは、ディアーナのお陰だよ……僕は酷いことしかしてない。」


シンヤはライアンの腕に囚われたロージアに、可愛い妹を見るような妙に生暖かな笑みを浮かべた。


「ライアンよぉ、お前ロージア様ラブだからって、国境の塀のレリーフにキスしまくるのやめろ。夜中に壁にへばりつくお前を見た旅人が気味悪がって国境警備隊の俺に言って来た。」


「あ、もうロージア様本人に会えたから、しない。もう大丈夫だから。」


……何か、すごいキモイ話をしている。

確かに、この国の国境の塀にはディアーナ、リリー、僕とレオンハルト国王の母にあたるリリアーナ、そして僕のレリーフがある。


それに…キスぅ?キモイ!キモイしか言えん!キモイ!


「あと、ディアーナ様のレリーフにタコを投げつけるのもやめろ。海産物に馴染みのない町の子供が魔物だと言って号泣するから。」


「……ディアーナ姉ちゃんの事は好きなんだけど…何か、ムカつくんだよね……」


ロージアはライアンの腕の中でビクッと身体を跳ねさせた。


コイツ、僕がディアーナを好きだと知ったら…どうなるんだろう…。

勘が鋭くて怖い…!


「この辺りには、魔王を信仰するおかしな奴等が出るんだ…魔王を騙る、変な魔物も出るらしいから人が近付かないよう警らしていたんだが。」


「あ、それ消した!」


ライアンが明るく言う。


「その魔物はロージア様が、それはもう可憐に美しく…」


「もういいから!いつまで此処に居るんだよ!早く町に行って宿をとって、ベッドで横になりたいんだよ!疲れたから!」


「宿…!ベッド…ですか?はわ…!」


ライアンの目が輝き潤む。口を手で押さえて感極まったように僕を見詰めやがる。


「部屋は別に決まってんだろ!この馬鹿!!」


何だかもう、色々腹が立って仕方がない!

昔からコイツは僕を苦しませる事に長けていやがる!


気がついたら、ライアンの顔面中心をグーで殴っていた。

バキャと鈍い音がした。

僕は…初めて…人を殴った……。


ライアンは鼻血を垂らして微笑んでいる。


キモイ……。


殴った拳をズボンに擦り付けて汚れを取る。

ライアン菌とか、ライアン菌とか、ライアン菌とか。

付着していそうで汚い。


そんな僕とライアンのやり取りを、生暖かな目で微笑んで見ているシンヤ。


コイツはコイツで何だかムカつく。















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