魔王様、逃走中。女神様、戴かれ中。
ライアンは一年間、正体を知らないままジャンセンを師匠と呼んで師事してきた。
そのジャンセンから「執事になったらいいんじゃない?」と言われ、執事が何だか良く分からないが師匠がそう言うなら…と執事っぽいモノになる事にしたライアン。
ジャンセンと別れディアナンネに向かったライアンは、国王夫妻である父母に別れを告げて、ディアーナ達の居る場所の近くへと跳んだ。
二人が滞在している町の、ひと気の無い場所に転移したライアンは、辺りに人が居ないのを確認してから表通りに出てディアーナ達を捜す。
ライアンは以前、ジャンセンに
「転移魔法を使える人なんて、そうざらに居るもんじゃないんだよ。目立つから、そういう能力は隠しとけよ。いきなり人前に現れるなんて、以っての他。」
と言われ、なるべく人前では転移魔法を使わないようになった。
二人の気配を辿り、近くに転移したライアンは、すぐに二人を見付けた。
「レオンハルト兄ちゃん、ディアーナ姉ちゃん、久しぶり!」
「ライアン!?やだ、なぁに!その格好!いーわね!」
町で買い物をしていた二人に駆け寄り、ディアーナに抱き付こうとして、ディアーナの前に現れたレオンハルトに阻まれる。
結果、レオンハルトに思い切り抱き付く。
「久しぶりだな、小僧!でかくなりやがって。」
抱き付いてしまったレオンハルトに頭をグシャグシャに撫でられる。
ライアンは照れたように笑い、レオンハルトから身体を離した。
「兄ちゃんと姉ちゃんに会えて嬉しいよ!セフィーロの件が片付いたんで、一人で旅をしようとしていたんだけど凄く強い人に会ってさ、その人に修行つけてもらってたんだ!」
ディアーナとレオンハルトが「へえー」と感情の込もってない返事をする。
クソ強いライアンが言う強い人なんて、もう人間である筈が無い。
消去法で残るのは、……だったらアレしか居ないだろう。
「じゃ、その格好は…その人の勧めって事なのね?」
よく見りゃ見覚えあるわ、その衣装。
私の実家で、ジャンセンが執事やっていた時に着ていたな。
「うん、何か俺って…見るからに強いらしくて、殺気を駄々漏れさせてるとか何とか…だから、強さは隠した方がいいと言われたんだけど…。」
ライアンが、自分は良く分からないんだけど師匠に言われたから、と説明をする。
「確かにね~」
ディアーナはコクコクと頷いて、納得したようだ。
「レオンハルト兄ちゃん、スティーヴンさんにロージア様が兄ちゃん達と旅をしていると聞いたんだけど……」
ロージア様?
レオンハルトとディアーナが顔を見合せる。
呼び方変わったなと。
呼び方と言うより、意識そのものが変わったようだ。
恐らく、以前スティーヴンに言われた事をライアンなりに考えた結果なのだろう。
「それがね……ロージアったら数日前から姿を消してしまったのよ。しかも、私達に見付からないように気配を絶って。」
困り顔をするディアーナの隣で、レオンハルトが笑う。
「アイツ、妙に勘がいいからな。お前が来るのに気付いたんじゃないか?逃げたんだよ、お前から。」
「そう…かぁ……俺に、追い掛けて来て欲しいって事なのかな。可愛い人だな…。」
………へ?
レオンハルトとディアーナが、ライアンの言葉に声を失う。
「うん、じゃあ俺、ロージア様を探しに行くんで!兄ちゃん達、またね!!」
「え!?何の手掛かりも無いのに…!?」
ディアーナの質問に答える間も無く、ライアンは姿を消した。
ライアンの居なくなった空間を見てレオンハルトがボソッと呟く。
「アイツ、いきなり人前に現れないよう転移魔法使う場所を選べって親父が言ったらしいんだけどさ…消える時も人前避けるべきだとか考えてないのな…。」
「何だかストーカーっぽくなっていたけど、ライアンはライアンのままよね。やっぱりアホだわ。」
いきなり会いに来て、早々と居なくなったライアンに、ディアーナが溜息をこぼす。
「ま、親父が付いてるっぽいし、何かあったらサポートすんだろ?ほっとこう。それより、ディアーナ…久しぶりの二人旅なんだ、楽しもうな?濃厚に。」
旅を楽しむ…濃厚に?それもう……夜の話?
「………私達もロージアを探しに……」「行かない。」
「ライアンをサポート……」「しない。」
「私、急用を思い出し…」「そんなものより大事なものがある。」
ディアーナは町中でレオンハルトに急に抱き上げられた。
「ちょ、ちょっと!!まだ買い物途中じゃないの!!」
「もう、無理。今すぐディアーナが欲しい。」
「なんで急にサカっちゃってんのよ!!!まだお昼過ぎじゃないの!!」
レオンハルトは抱き上げたディアーナの声を無視して、商店街にあった一番近い宿屋に入った。
「ウソでしょう!?レオンハルト!!ばっ…馬鹿ぁあ!!」
ディアーナの抵抗虚しく、美味しく戴かれる事になったディアーナ。
そんな彼女の境遇等知るよしもないライアンは、転移してきた高い崖の上に座り剣を自身に立て掛ける。
鞘に入った剣に顔を寄せ、愛でるように語り掛けた。
「お前の主人の場所が分かるか?………東の方か……方角的にはディアナンネのある方だな……」
剣が放つ、僅かな僅かな変化を読む。恐らくライアン以外の誰も出来ない。
ロージアから預かった(実家から無理矢理持って来たのだが)剣に対する絶対的な信頼と、その主に対する執着がそれを可能としているのかも知れない。
ダウジングで分かる事は僅かだが、ライアンにはそれで充分だった。
頭の中に地図を開き、線を引きながらダウジングを重ねて場所を特定していく。
「よし、東の方へ行くか。」
ライアンは高い崖から飛び降り、降下途中で姿を消した。
ディアナンネ国の更に更に奥、廃れた広大な土地がある。
常に淀んだ曇天の下、黒ずんだ大地には生物の息吹が一切感じられず、崩壊した街並みが所々残り、あちらこちらに土地ごと抉られたような大きな傷痕を残している。
この土地は忌み地で、人が立ち入る事は滅多に無い。
いまだ、魔物と呼ばれる人型の得体の知れないモノが徘徊したりするからだ。
かつては、バクスガハーツ帝国という名で栄華を誇っていた国の成れの果て。
ロージアにとっては懐かしく、思い出したくない過去。
そんな土地にロージアは居た。
捕らえられた状態で。
自分だけではなく、15歳前後の少女達が10人程捕らえられている。
回りには黒いローブを被った男達が大勢居る。
ロージアには見覚えのある光景だった。
これは、少女達を捕まえて奴隷商人などに売るのではなく
少女達自体を何らかの目的に使用するのだろうと。
ロージア自身が、過去にそれを行った。
見目麗しい少女達を拐い、あるいは買い集め、身体の美しい部位を集める為に切り刻む。
偶像にするためのディアナンネという聖女を造る為に。
悪い事をしたなどとは微塵も思ってはいない。
だから、今、自分と共に捕らえられている少女達が同じような目に遭うと分かっていても、助けてあげようなど思いもしない。
ただ、その少女達と同等に扱われている事には腹立たしさを感じている。
「ウゼェなぁ……もう……全部ライアンのせいだ。」




