魔王の実兄、暴君と呼ばれたがピュアソウル。
レオンハルトは、ディアーナを抱き上げたままライアンの待つ夜営場所に転移した。
「あ、おかえりレオンハルト兄ちゃん……!!ディアーナ姉ちゃん!!どうしたんだよ!ディアーナ姉ちゃん…!」
レオンハルトの腕の中で、口も利けない位あまりにも酷いディアーナの憔悴ぶりに、ライアンはディアーナが何かしらの攻撃を受けたと思っているようだ。
「あんなに強いディアーナ姉ちゃんに、ここまでダメージを与えるなんて…!一体どんな奴が……!」
「……レオンよ……このテカレオンが犯人よ……」
レオンハルトの腕の中でディアーナが呟く。
ライアンが冷めた目でテカるレオンハルトを見た。
「ははは、犯人だなんて人聞き悪いな。深い愛が止まらないだけなのに」
「もう、何でもいいから、早く私を休ませろ!!足腰痛いのよ!!眠いのよ!!!寝かせろ!!!」
ご機嫌なレオンハルトに涙目で訴える不機嫌なディアーナ。
ディアーナは、簡易テントにこもって眠りについた。
時々テントの中から「もう、無理でっしゃろ」だの「ほう、この私に死ねと?面白い受けて立とう!」だの、おかしな寝言が聞こえて来る。
「…レオンハルト兄ちゃん、ディアーナ姉ちゃんの寝言って…ホントに、こんな事言ってんの?……その…最中に…?おかしくない?」
ライアン少年にも、男女の睦事について最低限の知識があるが、ディアーナの言葉は、事の最中の台詞としては、あまりにもその場からかけ離れている。
「言ってるのかな?もう、全て愛しくて可愛くて…何がおかしいかが分からない。」
おかしな寝言が聞こえ続けるテントを、愛しそうに見詰めるレオンハルトの顔を、ライアンが残念な人を見る目で見る。
「……そうか、レオンハルト兄ちゃんも病気だったね……」
ライアンの両親も仲が良い。ライアンの居る前でもイチャイチャする時はある。
他にも、大人のカップルというものを多々見て来たが、レオンハルトとディアーナはイチャイチャもするが、時々何かおかしい。
きっと、そういう病気なんだろう。うん。
「わああっ!だ、誰か助けてくれぇ!!」
不意に聞こえて来た助けを求める男の声に、瞬時にピンっと糸が張ったように緊張が走る。
ライアンがいち早く反応し剣を背に掛け、声のした方に向かい駆け出した。
「レオンハルト兄ちゃん!俺が行く!レオンハルト兄ちゃんはディアーナ姉ちゃんを…!」
守っててと言い掛けてやめた。ディアーナなら、憔悴しきった今の状態でも強い。
むしろ、睡眠不足で不機嫌な今なら容赦なしに暴れまくる。
それこそ、助けを求めた人も巻き込む勢いで。
「止めといて!!」
了解した!とばかりにグッと親指を立てるレオンハルト。
ホッとしたライアンは速度を上げ森を駆け、声の主の居る場所に飛び出した。
「何をしているんだ!お前ら!!」
その場を目にした瞬間ライアンの表情は険しくなり、威嚇するかのように大きな声で怒鳴った。
ライアン達が夜営をしていた森を少し外れた街道に、倒された一頭引きの小さな馬車と、その脇に事切れた男が一人。
見るからに堅気ではない武器を持った男が六人程馬車の前に居り、地面に膝をついた中年の男に剣を向けている。
先ほどの助けを呼ぶ声の主であろう中年の男が、ライアンと目が合うなり絶望に近い表情を見せた。
「何だ、ガキじゃねえか」
武器を持った男の一人が鼻で笑って言えば、回りの男達も下卑た笑い声を上げる。
「このジジイを殺ったら相手をしてやるから待ってな」
「ジジイが死ぬ所見てもションベン漏らすなよ!」
「そりゃ無理だ!なにしろ、こんなガキなんだから!」
「ちげえねぇ!ジジイも残念だったな!助っ人がこんなガキで!」
ライアンを無視して、ライアンを子供だと馬鹿にした会話が続く。
ライアンは目線だけを周囲に走らせ、状況を確認していく。
今、助けるべき人は目の前の中年の男一人…………ではない。
ライアンを馬鹿にした男達の背後に居る男の腕の中に、ライアンと同じ年頃の少女が囚われていた。
「オッチャン達、その子どうすんの?可哀想だから、離してあげてくんない?」
男達がライアンを指差し笑う。
「可哀想だって!?可哀想なのはお前の方だ!ジジイとお前は仲良くあの世に逝くんだからな!!」
「少年!もう、いい!いいから逃げなさい!」
膝をついた中年の男がライアンに訴える。
助けを呼んだはいいが、現れたのが子供たった一人で、他に大人が駆け付ける様子もない。
このままでは、この少年まで巻き込んで死なせてしまう!
そう考えた男は、ライアンの逃げる隙を作ろうと立ち上がろうとする。
「ジジイ!大人しくしてやがれ!」
「さっさと殺っちまおうぜ!!」
「ジジイくたばれ!!」
武器を持った男の一人が中年の男の肩に向け、剣を振り下ろす。
ライアンは素早く中年男の前に立ち、背後の男に向け振り下ろされた剣を、自身の持つロージアの剣の柄の先だけで叩いて砕いた。
「オッチャン達、こーゆーの初めてじゃないよね?もう、いっぱい殺してる?」
武器を持った男達の目が、折れた剣を凝視する。
ライアンを逃がそうとした中年の男の目線も折れた剣を見る。
そして、その視線が全てライアンに注がれた。
「ガキがぁ!お前から先にくたばれ!!」
男達四人が一斉にライアンに剣を向けた。
「寝てなくていいのか?ディア。」
「寝てらんないわよ。面白そうだもの。」
ライアン達が居る街道の近く、大木の枝に座っているレオンハルトと、その膝に横向きに座るディアーナが二人でライアンの様子を伺う。
「ライアンは強いけど人と対峙した事はレオンとの稽古以外、一度も無いわよね……殺れるかしら?」
「殺れなきゃロージアの側に居る価値が無い。ただの強い剣士でいたいだけなら、今のままでも充分だがな。」
レオンハルトの意見にディアーナは微笑みながら頷く。
「でも殺れたからと言って、誰でもかれでも殺せる殺戮者になられても困るのよね。私がロージアの側に居て欲しいのは……」
ロージアを愛し、守る者。
と言ってしまうと、か弱い姫を守る、実は姫を愛している剣士的なニュアンスになるが実際は違う。
何しろロージアは守るまでもなく強い。
強い上に容赦も躊躇も無く誰でも殺せる。
ロージアを愛し…も、恋をしろと言う意味ではなく、崇敬に近い想いで愛してくれたらと思っている。
ディアーナ的には恋愛して欲しかったが、暴走すんな!とおかんにこっぴどく叱られた。
守って欲しいのは、ロージアを魔王にさせない為の世界。
瘴気を大量に生み出しそうな輩を排除出来る者。
正義の味方である必要は無い。
「過去のライアンのパパみたいな奴をプチっとね。」
「あー今、考えたらレオンハルト皇帝って、魔王生み出す程の瘴気を国中に蔓延させた奴だもんな。今のライアンが、一番殺さなきゃならない相手じゃないか?」
「今はただの農夫兼、王様だからね。まあ、アゴーンは戦争をいっぱい仕掛けたけど、なぜか魂は瘴気に侵されてないのよね。キレイなまんま。アゴ割れてるクセにね。」
レオンハルトとディアーナが笑いながら話す。
黒く、暗く、澱んだ、濁った、そんな負の感情が瘴気を生む。
「レオンハルトって奴は、俺もだが泣き虫で純粋なヤツばかりだからな。」
ディアーナが「はぁ?純粋?ナニ言ってんのケダモノ」と言わんばかりの眼差しをレオンハルトにを向ける。
「多くの人の命を奪った皇帝、だが根は純粋で情が深く泣き虫。そんなおかしな奴の息子はこの先、どう進むんだろうな。」
強く優しく、人の命を尊び正義の為に剣を振るう。そんな英雄になるのか。
人の命を刈り取る事を躊躇いもしない殺戮者になるのか。
人の命を瘴気の有無で測り、自身の感情よりも魔王を生み出さない為の行動を優先する「魔王に付き従い、共に永きを生きる者」となるのか。
「「楽しみだ!!」」
夫婦は目を輝かせた。




