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32# 月の女神ディアーナ降臨?

日が高く昇り正午になった頃。


ロージアは花嫁姿のディアーナとバルコニーに居た。


バルコニーの下、王城前の広場には多くの民衆が詰め掛けており、今まで多くの血が流されてきた断頭台の上にまでも民衆が上がって歓声をあげている


「ロージア様、素晴らしい光景ですな…あの者たちの殆どが、すでに普通の人間ではありません。ディアナンネ教に入信し、自身の欲を解放し、我々の手となり足となり動く魔に傾いた者達……そして、まだ人間でありながらも我々の餌になる事も厭わない、そんな…信心深い者たちです。」


ロージアの後ろで教皇がグフグフと汚い笑い声を出す。


「そう……別に、どうでもいいよ。」


ロージアはバルコニーから民衆…だった者たちに手を振る。


「僕は今日より皇帝として、この国を導いて行こう…聖女ディアナンネの御子であるこの僕が、ディアナンネの生まれ変わりである妻のディアーナと共に…」


民が沸く。教皇が頷きながらほくそ笑む。隣に居るディアーナは無表情で佇んでいる。


これが僕の望んだ物…?違う…。


━━これが終わったら…ディアーナの意識を解放しよう。

無理矢理でもディアーナを僕のものにしよう。

そして、僕を受け入れてくれないのであれば…


この国を消して、僕もディアーナと一緒に消えて無くなろう。


「さあ、ディアーナ…ディアナンネとして民を導く言葉を…」


昨夜、口付けと共に与えた言霊を口にするようディアーナに促す。

虚ろな瞳のディアーナはバルコニーに進み出て、口を開いた。



「………わたくしは聖女ディアナンネ………………じゃないんですよね~」


「…………はあ!?」


ロージア、教皇、他側近や司祭達の視線が集中する中、バルコニーのディアーナは、花嫁衣装を身に着けたジャンセンに変わっていた。

美しい青年の花嫁衣装姿……似合うからこそ、何か痛い。


「お前は!!あの時、兄上を断頭台から拐った…黒い男!!」


「うんうん、よく覚えていてくれたね、さすが私の可愛いセイボウ。」


嬉しそうに微笑みながら頷くジャンセンに、警戒したロージアが距離をとって睨み付ける。


「セイボウ…寄生虫だっけ?この僕を虫扱いするの?!無礼な奴!!僕のディアーナをどこにやったのさ!」


「僕の?僕のディアーナは知らないけど、うちの娘のディアーナなら、ほら、あそこに」


ジャンセンはバルコニーから真上にある太陽を指差す。


「娘…?……っえ…」


促され太陽を見れば、太陽から落ちる一つの光の珠が、人の形を成してゆく。

そして、美しく通る声が王城前の広場一帯に響く。


「わたくし月の女神ディアーナは!この国を!!」


バルコニーより高い位置に浮かぶディアーナは、身体のラインのよく解る白いドレスに身を包み、夜空を現すかのように藍色の髪には星のような小さな光の粒が散りばめられている。


その姿は女神の名に相応しく、神々しく美しい。


ロージアは初めて見るディアーナのその姿に、ただ茫然と立ち尽くす。

あまりに美しく…そして、触れ難く、遠く感じた。


「地図から消してやりますわよ!プチっとね!ウッゼエから!」


その神々しい姿の者が口にしたとは思えない程の口汚い言葉は、まさしくディアーナそのもので、


「ディアーナ!!!」


我に返ったロージアがディアーナに声を掛ける。ディアーナがバルコニーに居るロージアを見下ろす形で、視線が合う。


「なんなの…?なんなの!?その格好…その姿…何で浮いてるの?昨夜…!口付けをした君は…一体…!!」


「……口付け?……したんかい。おトン、マジっすか?」


ディアーナの視線が、バルコニーのジャンセンに向けられたのを見て、ロージアが焦ったようにジャンセンの方を見る。

ジャンセンは、バルコニーで寝転んでブドウを食べていた。


「最初で最後のキスが、まずい茶の味で申し訳なかったんですよね、今ならブドウ味ですよ?ディアーナになってあげるから、試します?」


顔を真っ赤にしてロージアがザワザワと怒気を放ち始める。黒い霧がロージアを中心に集まってゆく。


「何だよ…何なんだよ…!どいつもこいつも、僕を馬鹿にして…」


「私は何度も自分を月の女神だと言ったわよ?馬鹿にして信じなかったのはロージアの方じゃない。……それと、私のこの女神としての衣装は、ルール無視の規格外もいーとこ位に色々強いわよ?飛べるわ、物理、魔法、無効だわ…。何しろ、助けるのも手伝うのも後から回復したりも、全てがめんどくさい!と思ったおとんが、最初から、そういう事にならなければいんじゃね?的に作った衣装ですからね。」


ディアーナはニッコリ微笑むとバルコニーに降りて来た。


「オイタをした子にはお仕置きよ!と言いたいところだけど、私もそんな叱れる立場ではないのよね…だからロージア…私と……」


美しく微笑むディアーナが手をロージアの前に出す。


その手には、ナックルが装備されていた。


「とことん、喧嘩しようか!!ロージアぁ!!どちらかがブッ倒れるまで!!」


差し出した手をグッと握って拳に変え、ロージアを見て楽しげに笑うディアーナの金色の瞳が輝く。


「は…ははは!バッカじゃないの!?本当に馬鹿だね!」


ロージアは笑った。涙をこぼし、それでも笑う。


僕の好きなディアーナが見れた。




「殺すつもりで掛かって来なさいよ!ロージア!手を抜いたりしたら、鼻の穴にバナナ詰めるわよ!!」


ロージアは黒い霧を集め、鋭く長い棘付きのイバラに変える。

それを鞭のようにしならせ、ディアーナを打ちすえようとする。


「何で、鼻の穴に執着するのかな!僕の鼻の穴は果樹園じゃないよ!!」


ディアーナは向かって来たイバラの棘を正確に狙って殴り、蹴り折って行く。


「果樹園じゃないわよ!バナナ髭皇帝ロージアが見たいのよ!王城の塀にバカにした落書きを描いてやったりしたいのよ!」


「どーゆー思考回路してんの!?月の女神って、本当に残念な女神だね!中身が!どーゆー頭してんだっっっぐあっ!!」


ディアーナは、棘を折ったイバラを掴み、力任せに引っ張る。よろけたロージアの真っ正面にまで一瞬で間を詰めると、ロージアに思い切り頭突きを食らわせた。


「こーゆー頭ですう!」




「………楽しそうだな、姫さん。さすが暴れん坊覇王…。」


バルコニーで花嫁衣装のままダラダラと寝転んでブドウを食べているジャンセンは、ジリジリと自分を取り囲もうとする教皇の側近や司祭に目を向ける。


「……めんどくさいなぁ………でも退屈していたし、俺と遊ぶか?」


この世界の頂点に立つ者。その、漆黒の瞳が嗤う。


「掛かっておいで?」




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