30# 初めての口付け。
バクスガハーツ帝国にある大教会、礼拝堂に続く長い廊下を教皇は司祭を従えて歩いていた。
「私の中に今、リリーが居る…ふふ、まだ食べはしませんよ…愛を語らい、それからです。」
「教皇様、ひとつお尋ねしたいのですが…聖女ディアナンネを造る事に意味はあるんですか?ロージア様が皇帝になられたら、それだけでも人間の心を掌握出来そうな気がするのですが。」
新しい司祭が疑問を口にすると、教皇は笑って答える。
「偶像崇拝とでもいいますか……元々この国の人間はディアナンネとかいう居もしない聖女を崇めていたんですよ。それが目の前に人の姿をして居る。しかもディアナンネの御子である皇帝の妻として。…強い信仰心を盲信にまで変えれば、ロージア様はそれを生命力として吸い上げる事が出来るんですよ。」
「はぁ…?」
「人間どもが、あのディアーナとかいう娘を崇めれば、ロージア様はそいつらの命を吸い上げて、自身の力に変えられる。ロージア様はね、この国の人間の命を全て吸い上げるつもりなんですよ。だからあの娘は、手っ取り早く命を集める為の偶像ですね。」
「何となく分かりましたが…そもそも、聖女ディアナンネなんて本当に居たのですかね…この国の人間は居たと信じているみたいですが…。」
「ふふ、私は200年、この国で生きて来ましたがディアナンネの元は、聖女なんて立派なもんじゃありませんでしたよ。…私が見たのは、ただの強い人間の少女です。名前は、そう…ディアーナ………」
教皇の足が止まる。
魔物として生まれたばかりの自分がまだ小さな黒いチリのような物だった時、たまたま目にした光景を僅かに思い出した。
あの時、暴れ回って兵士を倒していった少女は、確かディアーナという名前だった。
だが、強くはあったが魔力もない人間の少女だったはず。
「……気のせいですね、そもそも人間が200年近く生きているはずがない。」
教皇は頭を左右に緩く振って再び歩き始めた。
ロージアはベッドに横たわるディアーナの側にずっと居た。
もう、一時も離れたく無いと寄り添うように隣に居続ける。
だが、ディアーナを手に入れた安堵感は早くもディアーナの全てを手に入れたワケではないという不安に変わる。
「君の金色の瞳が見たい…その目に僕を映して欲しい…君の口から、僕を愛していると言って欲しい…。」
深い眠りに落ちたディアーナの頬を撫で、ふと気付く。
意識の無い今のディアーナなら、少しは魔法が効くのではないかと。
ロージアはディアーナの頬を撫で魔力を込め命じる。
「ねぇ…目を…開けて…?でも起きちゃ駄目だよ…。」
ディアーナはゆっくりと目を開く。
金色の瞳が現れるが、それは虚ろで何も見てはいなかった。
「……やっぱり、まだ僕のディアーナじゃない……」
悲しく、苦しい気持ちのままでディアーナを抱き締める。
「この国は終わるよ…人間は居なくなる。僕の言う事だけ聞く魔物達の国になるんだ…君は、その国の王妃になるんだよ…。欲しいものは何でもあげる…気に入らない物は何でも消してあげる…。」
ディアーナは返事をしない。
「明日、僕は国民の前で皇帝に即位した事を言うよ…その時、ディアーナは聖女ディアナンネの生まれ変わりで、僕の妻だと発表する。……ディアーナは皆の前で宣言するんだ…『わたくしは聖女ディアナンネ、夫のロージアと共にこの国を見守ります』と」
言霊を吹き込むように、ディアーナの唇に自分の唇を合わせる。
唇を合わせるだけのはずが、込み上げる衝動が押さえきれず、ロージアはディアーナに深い口付けをする。
何の抵抗もされずに終えた初めての口付けにロージアの顔が歪む。
「こんなんじゃない…こんな口付けがしたいんじゃない…」
しかも………何で……?
初めての愛するディアーナとの口付けが
まずい茶の味がするって……。




