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29# 囚われの聖女リリー。

「皆さん落ち着いて!大丈夫です!慌てないで!」


リリーはバクスガハーツの国境付近に出向いており、帝国内部から離れた場所にいる国民達を国から逃していた。


この国が戦火に見舞われると伝え、国境を越えて近隣の国に案内している。

信じない者には無理強いはしない。


だが、この国に不穏な気配を感じる者は多く、リリーに従い国を出て行こうとする者が後を絶たない。


皇帝の側近ヒューバートが、彼が信頼した兵士達を密かに王城から呼び寄せており、それらの面々とリリーとでその場を切り盛りしていた。


「リリーさん、疲れてないかい?朝からずっと走り回ってるじゃないか!少し休んで来たらどうだ?」


兵士の一人がリリーに声を掛ける。


「ありがとうございます、では少し…」


リリーは額の汗を拭い兵士達に頭を下げ、ひと気の無い木陰に来た。


少し休もうと腰を下ろしかけた所を、赤黒い舌のような物で両手を上げた状態で木に縫いとめられるように拘束される。


「きゃ…!な、ナニ?だ、誰!?」


急に目の前に現れた華美な祭服を身に纏った肥えた初老の男に、リリーは身を強張らせる。


「リリー殿、私は聖女ディアナンネ教の教皇ワイリーと申します。」


「その教皇様が私をどうしようと…?あなた方の思い通りにはなりません!」


木に縫いとめられたまま、リリーは教皇を強い眼差しで睨む。


「我が主、ロージア様がこの度妻を迎えられましてね…私も、美しい妻を迎えたいと思いまして…」


「ロージアが妻を…?まさか、ディアーナ様を…!きゃっ…!」


リリーは赤黒い舌のような物に全身を巻かれ拘束された。


「私の美しい花嫁、ゆっくり貴女と愛を語りましょう!最後は二人ひとつになるのです!私の胃の中に貴女を入れる…貴女は私の中で溶けて私とひとつになる…何と美しい愛の形だろう!さぁ、花嫁、私と共に教会へ!」


「は、離して…!」


拘束されたリリーを連れ、教皇はその場から姿を消した。






「創造神っ…!…じゃ、ジャンセン!ジャンセン神父!」


教会まで走って来たレオンハルト先代皇帝はゼェゼェ荒い呼吸を繰り返しながら、教会のテーブルについているジャンセンの前に来ると、テーブルにバン!と手の平を置く。


「大変だ!ディアーナ様がロージアに拐われた!!」


「そうですか…。」


ジャンセンから返った答えがあまりにも淡白で、レオンハルト先代皇帝は声を荒げる。


「そうですかって、あんた!娘のディアーナ様が拐われたんだぞ!いくら強いって言っても、あんな強い魔力を使われたら抵抗しようが無いんじゃないのか!?」


「そうですか…。」


相変わらずの淡白な返事にレオンハルト先代皇帝がギリギリと歯噛みする。


「皇帝!大変です!リリーさんが居なくなりました!」


国境近くでリリーと民を避難させていた兵士から早馬に乗った兵士が知らせを持って駆け付けた。


「そうですか…。私は…今、何も出来ません。何も言えません。」


「り、リリーまで拐われたかも知れないのにか!!あんた神なんだろう!?」


「………。」


完全に黙りこんでしまったジャンセンに、ギリギリと歯ぎしりをしながら皇帝が青筋を立てる。


「俺は大教会に行く!リリーとディアーナ様を助けに行く!」


「いけません!皇帝!あなたまで捕らえられたら、私はヒューバート殿に申し訳が立ちません!」


「俺はリリーを…!」


兵士が皇帝を必死に止め、皇帝が二人を救いに行くと強く言い張る姿を見てジャンセンが僅かに微笑んだ。





夜、教会の食堂にはほとんど話さないジャンセンと、先代皇帝レオンハルト。

そして、ヒューバートの部下の兵士が六人程。


この面子で、一番頼りになるはずのジャンセンはだんまりを決めたまま何も言わない。


戦力になりそうなリリー似の少女について『あの方の名はレオンハルトで、オフィーリアという名でディアーナ様の夫です』とワケの分からない説明をリリーから聞いていたが、その少女の姿も見えない。


「もう大教会に乗り込むしかないだろう!」

「こんな少人数でか!?無謀もいいとこだろう!」

「だが、我々は帝国の兵士だ!退くワケにはいかん!」


兵士達が互いの意見をぶつけ合う。

そんな中で一人の兵士が頭をかかえて震えだした。


「……む、無理だ…リリーさんが拐われたのを、俺、実は見ていたんだ…拐ったのは教皇だった…」


一人の兵士の告白に場が騒然となる。


「なぜ助けなかった!」「それでも兵士か!」「もっと早くに我々に知らせれば!」


責める言葉を次々に投げつけられた兵士が、号泣しながら声を上げる。


「教皇は化け物だった!!あんな物に向かって行けるか!!魔獣なんて生やさしいもんじゃない!あいつの背後にある黒い霧の中に…!たくさんの口が!目が!………リリーさんを…食うと……口々に言っていたんだ!!あんなおぞましい…ウッ…」


兵士は嘔吐し、そのまま気を失った。


その姿を見た皇帝レオンハルトは強く拳を握る。


「あんな辛い目にあった母の想いを受け継ぐ彼女を!リリーを!これ以上辛い目にあわせてなるか!化け物が相手だろうが構わん!俺は行く!」


「そうですか…。」


突然のジャンセンの一言にイラっとするレオンハルトに、ジャンセンが手を差し出す。


「……何だ、これは。」


ジャンセンから渡されたのは、小さなガラスで出来たビーズのような多くの粒。


「こんな屑ガラスが何だと…………。」


ガラスのような小さな粒はレオンハルトの手からザラザラとこぼれ落ちた。



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