23# 愛を知った少年とブチギレした少女。
ロージアは王城の中庭に居た。
月明かりだけが光源の、暗い中庭のベンチに腰掛けて背もたれに背を預けて月を見上げる。
「ディアーナ…どこ行ったの…どうして…皇帝になった僕に会いに来てくれないの…どうして…こんなに…好き…なのに…愛…愛してる…ディアーナ…!」
ロージアは初めて知った、胸をきつく締め付ける感情の名を口にする。身が裂けそうに辛く悲しく、切ない。
涙が溢れて止まらないロージアは、両手で顔を覆って泣き続ける。
「ディアーナ…!ディアーナ!愛している…!」
冷たい月明かりの下その場に居ない相手を想い、届かぬ心を叫ぶ。
どうしよう。
出るに出られねぇ!
実は本人、その場に居た。
ディアーナは中庭の茂みに潜んでいた。
今、すごく迷彩服が欲しい。
何だったら頭に木の枝をさしまくっても良い。
私は木になりたい……。
20分程前。
ジャンセンの居る教会と、教会の前に居た場所を繋ぐ転移魔法を借りているディアーナは、教会から転移魔法を使い城に戻ったのだが、教会の前に居た場所がこの中庭だった為、この場に現れた。
中庭から部屋に帰ろうとしたら、人の気配を感じたので反射的に隠れてしまった。
来たのはロージアだった。
ディアーナは悩んだ。
1番「あら、こんばんはロージア、皇帝即位おめでとう」
2番「兄を処刑にするなんて、何て事をしたのよ!」
3番「とりあえず、何かムカつくから鼻の穴にブドウ詰めさせろ!」
何て話し掛けたらいいのだろう…。
私はあくまでも月の女神を自称している人間の少女でいるべきだし、ロージアの正体とか、処刑されるハズだった皇帝が拐われた事やら、犠牲になった少女達の事とか……
色々知っちゃってるけど、知らないふりをしていた方が良いはず…。
人間の少女の立場で……「何で、お兄ちゃん処刑にしちゃってんだよ!あんたは!」うん、こんな感じにしとこうか…
茂みから出ようとしたディアーナの耳に、ロージアの切ない胸の内を語る声が届いてしまった。
ディアーナ的には、想像を越える告白だった。
「なぜだ…なぜ私は惚れられている?いきなりぶっ叩いた記憶と、ブドウ持って追いかけ回した記憶しかない…。」
アレか、男とくっ付けられる位なら、女の方がいい!僕、超女好きのノンケだからね!的な!だから、女の私を選んだのか!?
つか、考えるのめんどい!
当たり障りの無い会話をして、さっさと部屋に帰ろう!
美しい少年であるロージアが、心の底から自分を愛していると知っても、ディアーナの心は微動だにしない。
ディアーナは、千年以上の永い時を自分一人を愛する事に費やした男の愛の深さを知っているから。
その男から与えられる以外の愛の深さ等、ディアーナにとっては吹けば飛ぶ綿毛のごとく軽い。
だから、悲痛な胸の内を吐露するロージアには「悪い所見ちゃったな」位にしか思わない。
「ロージア、皇帝即位おめでとう。」
ディアーナは茂みからロージアの前に現れた。
突然現れたディアーナに驚いたロージアが、大きく目を見開く。
「ディアーナ…?…頭に…葉っぱ付いてる…」
「ええ、茂みの中で昼寝していたら夜になっていたの。」
苦しい言い訳だが、ディアーナは貫く事にした。
「ディアーナ!ねぇディアーナ!僕との約束覚えてる!?皇帝になったら、結婚してって!」
いきなり、その話か?とディアーナは辟易する。
「そんな話はしたけど、そんな約束はしてないわ。起きたばかりで頭が重いのよ、部屋に戻るわ。おやすみなさい。」
ベンチに座る、ロージアの横を通りすぎようとした瞬間、手首を掴まれ身体を引き寄せられる。
そのまま腰を抱き寄せられ、ディアーナはベンチ脇の芝生に押し倒された。
真上からディアーナを見下ろしたロージアに、首筋に唇を当てられそうになりディアーナはロージアの頭を掴む。
「い、痛いよ!ディアーナ!何で!?ねぇ!」
「オマセな子供の悪戯にしては、行き過ぎてるからよ。わたくし、愛を誓った人がいるのよ。だから、あなたのモノにはならないわよ?例え、この世界が滅んでも」
「僕が!こんなにも君を好きなのに!愛しているのに!」
「僕が、僕がって、自分の事しか考えてないのね。わたくしの気持ちは無視するの?」
「ディアーナっ…!」
ディアーナのアイアンクローを振り払い、顔を近付けたロージアの唇がディアーナの唇に重ねられそうな程近付く。
組み敷かれたディアーナがキレた。
「ほんとにオメーは自分の事だけな!ウゼェこと、この上無いわ!リリー!出番でやんす!」
「り、リリー!?」
不意にディアーナの口から出た名前にビクッとしたロージアの身体がディアーナから引き離され、ベンチに投げられる。
「…私のディアーナだと言ったじゃない。手を出すんじゃないわよ。」
リリーのふりをして現れたオフィーリアは、転移魔法によりいきなりこの場に現れ、ロージアの襟を掴んで力任せにディアーナから引き剥がすと、その身体をベンチに投げた。
ベンチに深く腰掛けた格好になったロージアは身を乗り出すと、ディアーナの前に立ちはだかる仁王立ちしたオフィーリアを睨む。
「お前…ほんとにリリーか…?リリーに、転移魔法を使ったり、僕を制する力なんか無いハズだ!」
「ハンッ!何でもかんでも自分の思う通りになってると思い込んでるなんて、あさはかにも程があるわよ!クソガキ!」
オフィーリアは鼻で笑ってロージアを嘲る。
お父様のジャンセンに似て来ましたわね…レオン。
と、言いますか…私が組み敷かれたり、キスされそうになったり…それを、見てしまったレオンから殺気がだだ漏れしてます。
このままだと、プチっとしかねないわ…。やべー。
師匠のオモチャを壊さないで…頼むから!
「ロージア、わたくし眠いのでリリーと一緒に帰りますわ。ごきげんよう。」
ディアーナはオフィーリアの腕に身を預けて軽く会釈する。
「ディアーナ!行かないで!」
すがるように涙を流すロージアの青い瞳をガン無視する。
行かないワケねーだろうが!と怒鳴りたいのを我慢して、ディアーナは微笑み、オフィーリアと共に姿を消した。