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21# 美しい青蜂。

牢に繋がれた皇帝レオンハルトは、罪人が与えられるような粗末な僅かばかりの食事を与えられ、かろうじて歩ける位の体力は戻った。


じめじめとした不衛生な牢の中で彼は考える。


どこで自分は間違ったのだろうと…弟のする事を黙認していた事か?

人であるハズの無い弟が生れた時に、すぐ殺してしまわなかった事か?


いや、そもそも母に別荘など与えたりしなければ…


考え始めたらキリが無いほどの選択の分岐点。

もし、今、間違った箇所が分かったとして、時を戻せる訳でもない。


自国、隣国から拐われ、あるいは買われて来た罪もない少女達が刻まれ、弄ばれていくのを見ていない、知らないふりをしていた。


牢の中、厚い木の板を壁に寄せて鎖で固定されただけのベッドに腰掛けたレオンハルト皇帝は膝の上に両肘を置いた状態で頭を抱える。


「…それだけで俺は…じゅうぶん罪深い…。死を受け入れる理由になる…。」


「ナニかっこつけてんだ、お前。」


レオンハルト皇帝は驚いて声のする方を向く。


「リリー…?」


どうやって現れたのか、金色の髪に翡翠の瞳の美しい少女が牢の中に立っている。


少女は皇帝に歩み寄る。天使のように美しい、その少女は白く細い人差し指をスゥッと流れるように皇帝に向けた。


「お前か…お前が、勇者レオンハルトが聖女をどーのこーの、余計な事をディアーナに教えやがったんだな!このクソレオンハルト!ぐはぁ!自分にダメージくるわ!これ!」


皇帝を指差しながら、捲し立てるように文句を言う美少女は、見た目と言動にギャップが有りすぎて、レオンハルト皇帝は目が点な状態になった。


「リリー…ではない?そなたは…誰だ?」


「俺が誰かなんて、どーでもいー。俺はお前に言いたい事があって来ただけ。ひとつめは、まぁさっきの文句だな。それと……2つ目はお前は死なないって事を言いにな。ディアーナがそう決めたからな。ディアーナが言うには、お前が彼女を月の女神だと信じたからだそうだ。」


リリーに似た、見知らぬ口の悪い少女の口から出た名前に目が潤む。皇帝は自らの口を押さえてボロボロと涙を流し

た。


「ディアーナっ…様が……俺を…?」


「レオンハルトって奴は、ろくな奴じゃないらしい。変態だし、作る飯も茶もマズイし、泣き虫なんだとさ。まったく、余計なお世話だと思わないか?」


オフィーリアはニヤリと笑うとレオンハルト皇帝の背中をバンバン叩いた。


「ヒューバートってジジイがお前を信じて待っている。もう少し辛抱しろ。」


オフィーリアは、不敵な笑みを浮かべ、そのまま牢から姿を消した。


「……幻か?…」





夢を見たのかも知れない。


とても都合が良く、楽しい夢を。


俺が死なないと言ってくれたリリーに似た美少女。

ディアーナ様が俺を助けてくれると言った。


ヒューバートが俺を信じて待っているとも。


断頭台の上で、俺の罪状が読み上げられる。


他国に戦争を仕掛けて多くの人々を苦しめたのは事実だ。


身に覚えが無いのは、あのディアナンネに近付けようとした少女達の件だけ。


だが、それを言った所でそれが何だと言うのだろう…。


戦を仕掛けた以上、多くの人を殺した事にかわりはない。


俺は、人生最後の夜に…楽しい夢を見たのだ…。



「兄上!その命をもって、罪を償って下さい!この国は…この国の人々は…!僕が守ります!ディアナンネ様の加護のもとに!」


この間まで俺が身に着けていた、皇帝の冠とマントを身に着けたロージアが高い位置から俺に声を掛ける。


初々しく、若く美しい皇帝に民衆の歓喜の声があがる。


そうか…お前が勝って、俺が負けた…それだけの事…。


両膝をつき、頭を前に出す。晒したうなじに、位置を確認するように一度剣の刃が当てられる。


もう、思い残す事など無い…

だから、そのまま一思いに斬り落とすがいい。



「はーうざい…ホント、レオンハルトって奴はカッコつけしいばかり…やれやれだ」


目を閉じ首を斬り落とされる覚悟をしたレオンハルト皇帝は、一瞬身体を撫でた風を感じ目を開いた。

いつの間にか舞うように身体が宙に浮いている。


黒い髪に黒い瞳、黒い旅装束に身を包んだ神秘的な面持ちの青年に抱きかかえられたレオンハルト皇帝は、彼の腕の中で彼と共に宙に浮いていた。


「……だ……誰……だ?」


「謎のヒーローに助けられた、レオンハルト姫は黙ってなさい。」


質問を許さず、レオンハルト皇帝を姫抱きしたまま青年はニコリと笑い、更に高い位置に跳ぶ。


ロージア皇帝の目の前まで。



バクスガハーツ帝国の断頭台は王城の正門前の広場にある。

断頭台は主に身分の高い者達の処刑の場であり、王城のバルコニーから見える位置にある。


高い位置から見下し、その最期を見て嗤う為に。


その高いバルコニーから処刑の様子を見下ろしていたロージアの前に、ジャンセンは空を駆けるように跳んで現れた。


「だ、誰!?お前は…誰!?」


レオンハルト皇帝を抱いたままで、驚くロージアの前に身を乗り出した青年、ジャンセンはロージアの顔を間近で見詰めると満足そうに笑む。


「どんな薄汚い寄生虫かと思ったら…これは見事なセイボウだ…嬉しいですねぇ…美しい…。」


美しい青年に顔が触れる程近寄られ、ロージアはディアーナの言っていた、従者とデキテルっぽい雰囲気とやらって、こんなの!?とパニクる。


「ちょっ…!本当に、お前は誰なんだよ!それに、セイボウってナニさ!」


「……俺も気になる……」


ジャンセンの胸にいだかれたままで、キスをするんじゃないかと思う程近付く二人の顔を、間近で見せられて意識を無に近付けようとしたレオンハルト皇帝が呟く。


「…私が誰かは置いといて、青蜂ってのは、それはそれは美しい寄生虫なんですよ…他人の身体に卵を産み付け、孵った幼虫は他人の身体を喰らい羽化する。あなたも、そうでしょう?」


ジャンセンは美しい笑顔を見せる。

漆黒の瞳は、笑っているのに底が見えない程深く深く暗い 。

ロージアは震えた。


目の前で微笑む美しい男の身体を覆う、魔力なんて言葉では測れない大きな力の波に圧し潰されそうで。


絶対的な強者だと肌が感じ、身体が竦む。

全身からジワリと嫌な汗が吹き出すのに、口の中と喉の奥は渇き切って呼吸がままならない。


「あ、ごめん脅すつもりはなかったんだよね…君を見たかっただけなんで…ま、気にしないで」


口調を崩したジャンセンからは圧が薄れ、ロージアはぷはあっと大きく息を吐き出せた。


「今日はお姫様を奪いに来ただけなんで、もう帰るよ。ロージア君、皇帝即位と、この世界初の魔王、おめでとう。じゃあね。」


ジャンセンはレオンハルト皇帝を抱きかかえたまま姿を消した。


「あのような黒い姿の者は、悪の者に違いあるまい!やはりレオンハルト皇帝は悪の者だったのだ!」


ざわめく民衆を静まらせようと教皇が声を張り上げる。


「……魔王…?魔王って……なに?」


ロージアは自身の身体を抱いて震える。

この世界には無い、初めて聞いたその言葉に、身体も意識も魂も、自分の持つ全てが男の言葉を肯定するのを感じる。


━━━聞いた事が無いから知らない。知らないから、自分がそんなものであるハズがない━━━


記憶だけが、ロージアをロージアに踏み留まらせようとする。


「怖い……ディアーナ……会いたい…」


ロージアは呟くと、気を失った。








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