18# 昨夜は何も無かった事に。
「多分アイツ、ディアーナの様子を見に来るぞ。昨夜の記憶が消えているかの確認に。一旦、城に戻った方がいいな…。」
レオンハルトがディアーナの方を見て言えば、ジャンセンが頷く。
「そうだね、姫さんにはこの教会と教会の前に居た場所を繋ぐ転移魔法を貸しておくよ。……リリーさんは、このまま此処に居たらいい。」
「それでは、ミーナやビスケを守れません!私、彼女達を無事にこの村に返すと約束しているのです!」
ジャンセンはテーブルの上で指を組んでチラリとレオンハルトに目をやる。
「馬鹿娘にご執心なロージア君が彼女達を何とかする気は、もうないと思うけどね。オフィーリア、リリーのかわりに城に行って守ってやりなさい。」
「俺が城に行くのは構わないが…アイツの面見たらプチっとしたく……」
「すれば?上の毛と下の毛が無くなって良いなら。」
ジャンセンとレオンハルトの会話の意味が分からないディアーナは、首をかしげる。
「私の新しいオモチャをあっさり壊さないで戴きたい。」
仄暗いオーラを立ち上らせジャンセンが笑う。
レオンハルトは大人しくオフィーリアの姿になり、ディアーナを抱き締めた。
「親父が俺を全身永久脱毛したがっている…。怖い…。」
「………全身ツルツルなレオン……?…見たいかも…」
「なっ!絶対にヤダからな!」
「うるさい!さっさと行け!!」
抱き合ったまま始まった言い争いを遮ってジャンセンが二人を強引に城に転移させる。
ディアーナ達は、王城のディアーナの部屋のベッドの上に転移した。
乱れたままのベッドを見てオフィーリアが顔をしかめる。
「…あのとき…アイツに組み敷かれそうなディアーナを見た時…アイツの首をはねてしまいたかった。…よく思いとどまれたと思うよ、自分でも…。」
ディアーナはレオンハルトの激しい嫉妬が嬉しい自分に申し訳無さを感じつつ、オフィーリアの頭を撫でた。
「心配させて、ごめんなさい…レオン。あなただけの私なのに…。」
「その言葉を…聞けただけで俺は…」
オフィーリアはディアーナの唇に指を這わせ、口付けをしようと顔を近付ける。
「オフィーリアの顔とキスなんか出来るか!やめろ!」
ディアーナはオフィーリアの顔を無理矢理押し返す。
自分がオフィーリアになってる事、忘れてないよね!?
それでも構わないと!?
今さら思うのも何だが、こんな変態女に婚約者を取られたのね!私!
私がプレイしていたゲームのヒロイン、ど変態でした!
オフィーリアにはリリーとしてミーナ達を任せ、ディアーナは一人で中庭のベンチに座っていた。
ハムスターのように両頬を膨らませて。
「またブドウ?」
ロージアは、今日はディアーナから距離をとった場所に転移して姿を現した。
「んんぁ、今日はサクランボ。」
無理矢理口に詰め噛むもんだから、唇の端から血のように赤い汁が垂れている。
「誰も取らないのに、なぜ一度に詰め込むのかな…君は…。」
ロージアはゆっくりディアーナに近付くと、親指でディアーナの唇の端から垂れるサクランボの汁を拭う。
「…昨日は…ごめんね…我慢…出来なかった…。」
「…我慢出来ないほど嫌だったのね…わたくしの方こそ…追い掛け回して、ごめんなさいね…あなたの鼻の穴に、どうしてもブドウを詰め込みたかったのよ…」
ロージアは、ジッとディアーナを見詰める。
昨夜の記憶を無くしているらしいディアーナに、ホッとしているような、それでいて切ない、泣きそうな顔をした。
「ディアーナ…僕が皇帝になった方がいいって…ホントに思う?」
「思うわよ?ミーナもビスケも賛成していたじゃない。」
「だったら僕が皇帝になったら、僕の奥さんになってよ!」
ディアーナは固まった。
色々予想外過ぎて。
胡散臭いロージアが、何かを企んで言うのならば納得もいったのだが…目の前に居るロージアの、泣きそうな、懇願にも近いプロポーズにディアーナは首をかしげる。
「……マジ惚れ?…私に?…魔王かも知れないロージアが?…ん~…」
「優しくする!怒らせない!ブドウも鼻に詰めさせてあげるから…だから…だから…」
いや、ブドウは置いとこうか!
それを許可されたから夫にするとか、おかしいだろ!
泣き出したロージアは、まるで幼い子供のようだ。
「あ…まだ5歳なんだっけ…」
ディアーナはロージアの頭を撫で回し始めた。
「よしよし、泣くな泣くな!男の子でしょ!」
「僕…僕は…ディアーナが…!」
「それは、まだ早いな!わたくしが、どうこうの前に考えなきゃいけない事がたくさんあるでしょ?この国が、人が、どれだけヒドイ事をしているか、されているか、皇帝ならば考えなきゃいけない。」
いや、ヒドイ事をする為に生まれたんだっけ?ロージアは…ん~…どうしたもんか…。
考えながらグリグリグリグリ力任せにロージアの頭を撫でていたせいで、ロージアの頭がボンバー状態になっていた。
難しい事を考えるの、キライだわ!
なるように、なぁれ!あは!
「とりあえず、奥さんになるのは保留!拐われた人達は帰してあげて、売られた人達も買い戻せるなら買い戻して…聖女の御子なら、出来るわよね?」
ロージアは泣き顔のまま、ディアーナから目を逸らす。
もう、どうしても戻してやれない少女達が居る。
継ぎはぎの、ディアナンネの材料にされた少女達。
「……頑張ってみるよ……」
ロージアはディアーナに顔を見せずに、その場から消えた。