11# 偽りの聖女たち。
バクスガハーツ帝国の城から少し離れた小高い山の中腹に、この国の城よりも大きく要塞の様な造りの教会がある。
この教会は五年前に、いきなりこの場に現れたのだ。
そして、同じ時期に皇太后の命と引き換えに彼女から生まれた美しい少年。
「僕は聖女ディアナンネ様の御子です。聖女ディアナンネ様を、この世にお喚びするために皇太后は天に命を捧げ、僕は生まれたのです。そして、皆さまの信仰を集める為に、この教会を与えられたのです。」
唐突に現れた巨大な教会、この国の行く先を憂いた皇太后が命を捧げて天に祈った事により現れた聖女の御子。
自身を犠牲にした皇太后の死を美談とした奇跡は国民の心を容易く掴み、ロージアは聖女の御子として教会の主となった。
「で、兄上何の用?」
広い教会の内部は天井が高く、大きな祭壇がある。
その祭壇の前に玉座のような椅子を置き、そこに座る美しい少年が尋ねる。
「離れにすら滅多に来ないのに、教会に来るなんて珍しいねー僕の顔を見たくないんでしょ?」
レオンハルト皇帝はグッと拳を握る。
「俺は…母を、ワケの分からない美談の主人公にして殺したお前の顔も見たくないし、この教会も嫌いだ…。」
祭壇には大きな聖女ディアナンネの像がある。
色も塗られており美しい造りだが、その表情は聖女と言うより生け贄に差し出された乙女のように見えてしまう。
何か痛々しく、もともとが聖女ディアナンネを崇拝していたレオンハルト皇帝には、この教会の語るディアナンネに違和感しかない。
「母?あー皇太后ね……みんなに誉められてるからいーじゃん…それよりさぁ、兄上ー最近、娘達の質落ちてるよ?あんなんじゃ、ディアナンネ様を造れないよー」
ロージアは、床に落ちた長い髪の毛を拾いあげる。
長い金色の髪は、途中から不自然に青く染められている。
「……お前が何をしているかを知るつもりはない……知りたくもない……俺が今日、ここに来たのは……」
「でも、兄上!今回は誉めてあげる!あのディアーナって子は最高だよ!初めて見たよ、藍色の髪に金色の瞳の子!あの子、くれるんだよね?」
「それを許さんと言いに来たのだ!!」
レオンハルト皇帝は剣を抜いてロージアに向ける。
脅すつもりで抜いた剣だったが、向けた剣先をヌルリと人の手が掴んだのを見て息を飲んだ。
「許さん?あはは、許さん?あはは!!許さんからナニ?」
剣を抜いたレオンハルト皇帝は、気付かぬ間に多くの裸体の少女達に絡み付かれるように抱き締められていた。
生気の無い少女達は、藍色に近い色合いに染め上げられた髪の者や、そんな髪を無理矢理頭皮に縫い付けられている者もいる。
そして、どの少女も眼窩が空洞だ。
「お…お前は何を造っていたんだ!」
生者を求める屍鬼の群れのようにレオンハルト皇帝に群がる少女達は、レオンハルトに危害を加えようとはしないが、縋り付いたまま離れない。
「金の瞳だけは、どうしても手に入らなくてさーでも、良かったよ!兄上、ディアーナをありがとう!お礼に、僕が造ったディアナンネ達をあげる!しばらく、彼女達に愛して貰いなよ。」
ロージアは笑いながら椅子から立ち上がると、傍に現れた聖職者の衣に身を包んだ男に指示をする。
「アレまだ、殺さないでね?教皇。」
「はい、ロージア様…ところで、城の離れの方に村の少女達が来ておりますが…」
「えー…ミーナとビスケだっけ?あの二人鬱陶しいんだよね、たいした素材にもならないのに…」
「ディアーナ嬢は別として、リリーとかいう娘も美しいと思いますが…?…まったく…旨そうで…」
教皇と呼ばれた男は唇の端から蛇のように長い舌先を垂らし、ニヤリと笑む。
「……見た目はね……だけど僕には、すごく不気味な女だよ、アイツ」
ロージアは転移魔法を使い、城の離れに飛ぶ。
彼は病弱で、離れに幽閉された悲劇の王子様。
この国の城に連れて来られた少女達の前では、常にそう演じて来た。
温室の死角に転移したロージアは、弱々しく青い顔を見せながらテーブルに向かって歩いて来た。
「また、会いに来てくれたの…?ありがとう、ミーナ、ビスケ、リリー、ディアーナ………ッ!?」
テーブルに着くなり、ロージアはいきなりディアーナに胸ぐらを掴まれる。
「ディアーナ様!」「ロージア様はお身体が!」
ミーナとビスケが青くなって騒ぐのを無視して、ディアーナはロージアに顔を寄せる。
間近でガンを飛ばす。もう、ただのヤンキーのように。
「あんたの兄が、余りにも役立たずでね!わたくしを放置して、どっか行ったきりだし!」
「あ、兄上が…?ど、どうして兄上が居なくなって、僕が、こんな目に……?」
ロージアの目が、一瞬ディアーナの真意を探ろうとする。
自分がレオンハルト皇帝を教会に捕らえている事を知っているのではないかと。
「兄貴の不始末、弟の責任!あんた、あいつを退位させて、この国の皇帝になっちゃいなさいよ!めんどくさいから!!」
「………え?」
胸ぐらを掴まれたままのロージア、そしてディアーナを止めようとしているミーナとビスケの目が点になっている。
「めんどくさいのよ、本当に!あんな顎の割れたオッサンより、あんたみたいな見てくれの皇帝の方が人気出そうじゃない?後押ししてあげるわよ、月の女神ディアーナがね!言いたいのは、それだけよ」
ロージアの胸ぐらを離し、ディアーナは温室を出て行く。
「そうですよ、ロージア様!」
「暴君と呼ばれたレオンハルト皇帝より、お優しいロージア様の方が皇帝に相応しいです!」
ディアーナの背後でミーナとビスケがロージアを後押しするように言うのを聞きながらディアーナは離れから出た。
隣にはリリーが立っている。
「リリーは、ロージアのそばに居なくていいの?」
「今は…ええ。」
ディアーナは小さく笑むと、城に向かった。
「そうね、まだ大丈夫かしら」




