この美しき偽物の世界で。
目にとめていただきありがとうございます。
第2回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞応募作品です。
初投稿のため不慣れで申し訳ないですが、よろしくお願いします。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
キーワードは「偽物」です。
都合良すぎ、無敵、チート…
何と言われてもいい。
私は書き続ける。
「マ…マ、ママ…」
娘の声で目が覚める。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「あ、ごめん、美花。どうしたの?」
ベッドに横になったまま、眠そうな娘が尋ねる。
「パパ…は?かえって…きた?」
「パパね、まだなの。お仕事忙しいんだって。」
「そ…か。あしたは…あえる?」
「そうねぇ。出張だからね。もうちょっと待ってようね。」
残念そうに口を尖らせて、娘は再び目を閉じた。
「ごめんね…」
溢れてくる涙を拭い、そっと娘の髪に触れる。
私はまた、ウソをついた。
本当は、夫はもう帰ってこない。
そしてそう遠くない未来に、娘もいない。
娘が眠ったのを見て、私はまた原稿用紙に向かう。
娘の治療費のために疲れ切り、居眠り運転で逝ってしまった夫はここにはいない。
出張という名の冒険から帰ってきた彼は、たくさんの素敵なお土産と、とっておきの万能薬を娘に渡すのだ。
その独特な味と香りに顔をしかめつつ、それでも頑張って飲み干した娘は、身体中の管から自由になって跳ね回るのだ。
嬉しそうに、楽しそうにはしゃぐ娘を見て夫が笑う。
私も笑う。
3つの笑顔が弾ける、美しき世界。
2週間後、娘が自宅に帰ってきた。
そっと、夫の隣に“並べる”。
「おかえり、美花。パパも待ってたよ」
“2人”をぼんやりと眺める。
「大丈夫。ママ、書くから…」
都合良すぎ、無敵、チート…
何と言われてもいい。
夫は生きているし、娘の病気も治った。
私が書き続ける限り、私たちはずっと3人で生きていける。
私が書き続ける限り、3人はずっと笑顔でいられる。
私たちはずっとずっと幸せに暮らしていくんだ。
この美しき偽物の世界で…。