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青天の霹靂




 混沌。

 それはまさにこの状況に最も相応しい言葉だろう。

 阿鼻叫喚によって支配された空間の原因は、危険を警告しきる事も出来ず食い殺された兵士と、その兵士の肉片や血によって汚れた形容しがたい見た目の化け物によって齎されている。


 ゆらゆらと、兵士を食い殺した化け物から少しでも離れようとこの場に集まる多くの周辺諸国の国賓は恥も外聞も投げ捨てて悲鳴を上げながら我先にと駆け出している。


「また増えた!?」

「どけ! 俺が先にッ!!」

「そこを退け田舎者!!」


 一体しか居なかった化け物の後を追う様に、その背の扉から二体三体と同じように背骨が歪んた様な歩き方で現れ、それがまた場を混沌に落とし込む。


 が、そんな中でも毅然と立っている者も居た。


「ブリジット殿下、お下がりください。あれは俺が対処します」

「エリザベス女王陛下。傍を離れる許可を」


 勇者アレックスと剣聖スーリアは、混沌極まる阿鼻叫喚の中でも冷静さを決して失わず、自らが護るべき主が人の波に押し潰されない様に配慮した後、それぞれ剣に手を掛け真っすぐ眼前の敵を見つめる。


「僕なら大丈夫です。アレックス殿、この場を治めてください」

「許す」


 二人の主は揃って許可を出すと、アレックスとスーリアは器用に人の荒波をすり抜けて化け物の前に躍り出た。

 その存在に気付いた者達から、期待の懇願が漏れ聞こえてくる。


「おのれ痴れ者が! ここを何処だと心得ている!」

「……言葉は通じていないな。人型だが人ですらも怪しいのだから、話した所で無駄じゃないか?」

「ふんっ、確かに見た目は醜悪だがそれだけだ。動きも遅いし武器も無い。早々に排除して安全を確保するぞ勇者」

「そうだな、ここが襲撃されてる以上他も心配だ。さっさと蹴散らそう」


 雑談は終わり。

 抜刀する二人の眼前には、人の形を成しただけで身体のパーツを継ぎ接ぎした化け物が10体ほど現れている。

 動きは錆びついた人形の様に遅く、爪や口に血が付いてる事から武器の類は使わないのだと推察できる。

 が、その見た目の醜悪さは戦いに慣れた者ですら途惑いに身体が強張る程に脳が本能的に理解するのを拒む。


「勇者! 貴様は援護しろ!」


 戦火を切ったのはスーリア。

 彼女は一般的に使われている、肉厚の剣では無く細身の剣を鞘に納めたまま低く駆け出した。

 その構えは居合。

 鞘から引き抜いた力を一切無駄にせず切り裂く技。が、アレックスが持つ様な直剣には向いておらず、また高い技術を要求される至難の業だ。


「我が祖父より受け継いだ剣の錆になれ! 化け物!」


 だが彼女は瞬く間に化け物の先頭に突き当たると、突進の勢いを一切殺さず女性特有の身体の柔らかさを完全に活かした動きで、一糸乱れぬ居合切りを放った。

 まるでそこだけが切り取られたかの様に、彼女の片刃で切っ先が反り返った刀が化け物の半身を僅かにズラす。


 美しい剣技。磨き上げられた剣とは、ただただ静かだった。

 肉を裂く音も、骨を断つ音もしなかった。彼女の剣が鞘を滑った音がしたと思ったら、化け物の上半身は滑り落ち残った下半身から鮮血が吹き溢れる。


 剣を振り抜いた姿勢で留まる彼女を、他の化け物たちは両断された同類を一切気にした様子も無く食らいつくそうと襲いかかる。

 しかし、彼女に焦りはない。

 何故なら、その背後からは肌が泡立つ膨大な魔力が感じられたから。


「裁きの雷よ、彼の咎人に魂すら焼き尽くす刹那の救いを——リライフボルテージ」


 アレックスの呪文が発動すると、狙いつける様に定められた剣先から紫電の奔流が咲き乱れまるで獰猛な肉食動物の様に化け物の群れに食らいついた。

 大自然の物と遜色ない程の衝撃と畏怖は、瞬く間に敵を炭化させ切る。


 スーリアは敢えて膝は折ったままで待っていた。が、その魔法が頭上を通ると膝を折ったままで正解だったと、焼け焦げた化け物の群れの死骸を見下ろす。


 化け物を圧倒的力量で瞬く間に制圧した二人に、会場の至る所から興奮と安堵の歓声が響くが、二人は険しい表情のまま警戒を解かない。

 二人は状況を素早く理解し、直ぐ様主の下へ報告へ向かった。


 アレックスがブリジットの下へ駆け寄ると、ブリジットは安堵に一つ息を吐くが、すぐさま王族の顔に変わる。


「ブリジット殿下。この場は危険です、すぐさま避難を」

「分かりました。マクシミリアン王、会場の皆さんを避難場所へ」

「あ……あぁ、分かった。近衛兵、国賓を安全な所へ、必要なら王族用の場所を使っても構わない」


 呆けていたマクシミリアンだが、すぐさま手早く指示を飛ばす。

 そうすれば、残されたのは5人だけ。

 娘であるオフィーリアの姿はないのに何故か残ったマクシミリアン王に、ブリジットは首を傾げた。


「マクシミリアン王? オフィーリア姫は避難したようですが、避難成されないのですか?」

「あぁ、少し……待ってくれ」


 ブリジットの質問にエリザベスの方を見ながら、マクシミリアンはその場を離れようとしない。

 ブリジットは訝しみながらも無理強いはせず、ふんすと気合を入れるとアレックスの方を見上げた。


「? ……分かりました。ではアレックス殿、僕たちは事態の鎮圧に——「行かせませんよ」——何でですか!?」


 気合十分に意気込んだブリジットだが、出鼻をくじかれる形で白々しい驚愕を張り付ける。

 その姿を見てアレックスはため息を一つ吐きながら正論をぶつけた。


「王族であるブリジット殿下が危険に自ら飛び込んでどうするんですか、そういうのは俺の仕事なので、殿下は大人しく避難しててください」

「むーっ、アレックス殿と肩を並べて戦う良い機会なのに……」

「そういうのはこれが終わってからです。言う事聞いてくれたらなんでもしますから」

「なんでも……?」

「ブリジット殿下?」


 言う事を聞かせようという方便で特に深く考えずに口に出したのだろう、アレックスのなんでも。という言葉を小さく呟いたブリジットはにんまりと微笑むと、尻尾をゆらゆらと揺らしながらアレックスを笑顔で見上げる。


「分かりました、皆さんの安全に尽くします」

「分かっていただけで幸いですが……殿下、なんでもというのは方便であって……」

「分かってますよ、アレックス殿。常識の範囲内でのお願いしかしませんから」

「そ、それは何とも……」


 言い聞かせる為の方便だと強調するが、ブリジットは鼻歌でも奏でそうな位上機嫌にニコニコとしている。

 一抹の不安を覚えながら、アレックスは事態の収束の為踵を返した。


 その傍らでは、エリザベスとスーリアも同じように此度の事を話し合っている。


「エリザベス女王陛下。貴女様も避難を」

「分かっている。が、貴様も勇者と共に事態の収束に図れ」

「それはやまやまですが、陛下の護衛が……」

「構わん。我の護衛は他にも居る。貴様は前だけを見ていろ」

「はっ。拝命致しました」


 話し合いとは言ったが、それはただの命令だった。

 護衛である彼女が傍を離れる事を気にはしているが、それでも他の場所が気になる様子で、その言葉に静々と頭を下げると勇者アレックスの後を追っていく。

 その背を見送ったエリザベスは、虚ろな目でこちらを先ほどから見続けるマクシミリアンと視線を合わせる。


 が。


「……」

「……」


 何か言いたげなマクシミリアンを無言の視線をエリザベスは無視し、人々が去って行った方へ消える。

 その二人に挟まれたブリジットは、気遣わし気に二人を交互に見ていたが、エリザベスが去った事で自分らも後を追おうとマクシミリアンの前に立つ。


「マクシミリアン王、僕達も早く避難しましょう」

「あっ……あぁ、そうだな」


 我に返ったマクシミリアンに先導されるブリジットは、そう言えばいつの間にか姿を消したオフィーリア姫の事が脳裏に過った。

 最後に見た人混みの中から、一瞬だけ見えた彼女の顔は一瞬過ぎて朧気だった。

 が、ブリジットはその姿を思い出すと眉間に皺を寄せてしまう。


 ——笑っていなかったか?


 まさか。と被りを振ったブリジットは、胸に湧き上がる不安を払う様に前だけを見続ける。



 ◇◇◇◇



 セシリアとマリアが突然スペルディア王国に飛ばされ、オフィーリアこと千夏によって彼女の私室の一つに保護(監禁)されていた。

 私室、とは言うが一つの家といっても良い広さを誇る部屋は何の不自由も無い。風呂もトイレもついてる、広いリビングは寝た所で身体が痛くならないソファもあるし、寝室のベットは前世を含めても上位に入る寝心地。

 これで自由に外へ出られれば何の不満も無いのだが、あれからオフィーリアが付けてくれた護衛のお陰か暗殺者の類は来ない。


 三食きっちりと運ばれる豪勢な料理を食べ終えた二人は、食後の腹ごなしにソファで肩を並べて穏やかなひと時を過ごしていた。

 この姿だけを見るなら、二人が危険な状況に居るというのは分からない。

 が、一歩外へ出ればセシリアの真紅の瞳に過剰に反応する者たちによって何をされるか分からない。


 実際、ここに来たその日の夜に寝込みを襲われたのだから。


「どうしました? 眠いですか?」

「ん~。ねむくない~」

「眠そうですね……」


 マリアに抱き着くセシリアは、優しく撫でられる心地よさと柔らかい抱き心地も相まって眠た眼になっている。

 眠たいけど寝たくない、そんな感じで頑張って目を擦る娘をマリアはしょうがないなと言う様に背中をとんとんと叩いて眠気を加速させた。


「眠いなら寝て良いんですよ? というか、今日一日眠そうでしたがもしかして昨日は寝れませんでした?」

「ん~。千夏ちゃんとお話ししてた~」

「千夏……オフィーリア様です……か」


 とんとんと叩く手は、その答えに遅くなる。

 心地よさに半分夢の世界に旅立ってるセシリアは、マリアの表情が曇ってる事に気付かないまま昨日の事を離し続けた。


「昨日ママが寝た後~、千夏ちゃんが来て色々喋ってたら遅くなっちゃった~」

「そうなんですか。セシリア? 私にその千夏ちゃんの事を教えてくれますか?」

「ん~っとね~、千夏ちゃんは前世の頃の親友で~」


 記憶を掘り起こしてるからか、少しだけ眠気の冷めたセシリアは懐かしそうに口元を緩めながら千夏との出会いを語る。


 前世で愛衣であった頃のセシリアは、マリアに語った通り寂しい子供だった。

 父親は仕事人間で、母親は育児放棄し娘が居ようが構わず不倫し行為に及ぶ。内向的で人見知りな愛衣は友達も作れず、孤独な日々を送っていた。


 そんな中で、愛衣にとって千夏は光だった。


「千夏ちゃんはね、ずっと私と一緒にいてくれたの。誰かとおしゃべりする楽しさを、一緒に食べるご飯の美味しさも。色んな事を教えてくれたの」


 この銃も、服もそう。と呟く彼女は懐かしそうに、微笑みながら苦笑を浮かべる。

 千夏に会わなければ、例えセシリアとして生まれ変わっても銃を作ろうなんて発想には至らなかったし、千夏が教えてくれた漫画を知らないまま愛衣の人生を過ごしたのだがら、黒いYシャツに真紅のネクタイで黒スキニーパンツなんて格好もしようとは思わなかっただろう。


 今のセシリアを作った要因は、確実に千夏のお陰と言える。


「千夏ちゃんは私の親友だったんだ。だからね、こうやって再開出来て本当に嬉しかった……そうだ! ママも千夏ちゃんとおしゃべりしよ? きっと楽しいよ!」


 喋ってる内に眠気が完全に飛んだセシリアは、名案とばかりに跳び上がる。

 セシリアにとって、大好きな二人が仲良くなってくれた嬉しいと純粋に思うからこその発言。


「そう……ですね。機会があれば……」


 だがマリアはその願いに気まずそうに顔を背けて答えた。

 曖昧に、言葉を濁して確たる答えは出さない。

 その陰で、マリアが服の裾を握り皺が出来ている。


「ふへへ。昨日は最悪って思ったけど千夏ちゃんと会えたのは嬉しーなー。ママも話したら楽しーよ? 千夏ちゃんって話し上手なんだ」


 マリアの腕に抱き着きながら、三人で楽しく過ごす未来を想像して上機嫌になるセシリアはマリアの様子に気付かない。

 気付かないからこそ、自分の発言がマリアにとって毒になると分からない。

 じわじわと、セシリアの言葉がマリアの心に少しずつ仄暗い染みを作って行く。


「そ、そのセシリア? オフィーリア様なんですが……私なんだか——」


 ドン! という何かを叩きつける音にマリアの言葉が切れる。

 ふらついてぶつかった。なんて弱い音では無く、何かが勢いよく叩きつけられる様な力強い音だ。

 外にはオフィーリアが置いてくれている騎士が居るのだが、セシリアはいやな予感に腕が自然と銃に寄って行った。


「……何か嫌な感じ。ママ、様子を見て来るね」

「あ、危ないですよ?」

「見て来るだけだから大丈夫、一応ママは隠れといて」

「あっ……」


 心配そうにセシリアの服の裾を摘まむマリアに、セシリアはゆっくりとその手を離しながら寝室の方へ避難させた。

 ドアの隙間から覗くマリアの視線を感じながら、セシリアは銃を引き抜きゆっくりと何かくぐもった音のする扉の方へ近づく。


「一体何の音? 邪魔しないでよ……あのー、何かありました?」


 ぶつくさと文句垂れながら、セシリアは扉の向こうに居る筈の騎士に声を掛ける。

 しかし返答は帰ってこない。

 訝しんだセシリアがゆっくりと扉に耳を預ければ、何かが擦れる様な、ぐちゅっと水音が聞こえる。

 何の音かは分からない。が、セシリアはその音が咀嚼音? と馬鹿な予想が過る。


「ご飯でも食べてるの? 廊下で食べないでよ」


 折角のマリアとの穏やかなひと時を邪魔されて不機嫌なセシリアは、一言物申してやろうとドアノブに手を掛ける。

 飯を食うなら余所で食え。そう言ってやろうとゆっくりと扉を開けたセシリアの鼻を、嗅ぎ慣れた血の匂いが刺さる。


 戦いで嗅ぎ慣れた嫌な匂い。

 大好きだったトリシャとガンドが殺された時に嗅いだ、あの胃が重くなる匂い。

 マリアが殺された時に浴びた、肌が泡立つ最悪の予感。


「…………は?」


 しかしそんな最悪の感覚すら、目の前の光景を前にして頭が真っ白になる。

 視界に入るのは小さく呻き声を上げる血の池に沈む騎士と、その上に覆いかぶさってくちゃくちゃと音を鳴らす人型の化け物。

 指先一つ動かせず呆然とその光景を見つめるセシリアは、目の前の光景を理解できない。


 何かが、人を喰っている。

 何かは人の形をしている。

 人が、人を食べている。


 倫理や道徳を踏みにじる悍ましい光景に、本能的に一歩後ずされば足元まで広がったどす黒い血を踏んだ音が嫌に響いた。

 その音に食事を邪魔された化け物がゆっくりと顔を上げれば、口周りに血や肉片をこびりつかせた尊厳一つない醜悪な顔がセシリアとかち合う。


「ひっ!?」

「あ……あ、あぁ……」


 寸での所で悲鳴を抑えたセシリアは、半ば反射的に50口径5連装リボルバーを構えるがその銃口は細かく震えている。

 魔獣や魔物と戦ってきた経験のあるセシリアですら、その見た目は本能的に恐怖して冷静さを欠く。

 照準から覗く真紅の瞳を揺らしながら、カラカラに乾く腔内に生唾を一つ落とし込む。


「縺斐a繧薙↑縺輔>……縺斐a繧薙↑縺輔>」

「こっこないで!!」


 早く撃て! 今すぐ撃て!!

 脳内でありとあらゆる警鐘が鳴り響くが、ゆっくりと近づく化け物を前に引き金に掛かる指はまるで凍えているかのように意思に反して引き切れない。

 カタカタと震えるセシリアに、化け物は聞き取れない言葉だが鳴き声だかを吐き出しながらゆっくりと近づいて来る。


「なっなんで指が……きゃぁ!?」


 後ずさっていたセシリアは、足元を凭れさせて尻餅をついてしまう。

 立っている時ですら理解及ばない恐怖に震えていたセシリアは、化け物に見下ろされ更に恐怖に顔を青くする。

 込み上げる吐き気を抑えながら、目尻に涙を溜めるセシリアに化け物が食らいつこうと倒れ込もうとした瞬間。


「セシリア!!」


 横合いから飛んできた椅子が化け物に直撃し、元々背骨が歪んでいた動きをしていた化け物は勢いよく横に吹き飛ぶ。

 椅子が飛んできた方向へ目を向ければ、セシリア以上に身体を震わせ息を荒くしながらも椅子を放り投げた姿勢で固まるマリアの姿があった。


「ママ!?」

「はぁっはっ、ぶ、無事ですか?」


 今にもへたり込みそうな膝を青い顔で抑えるマリアへ、セシリアは逃げる様に駆けよればお互いの身体を支え合う。

 お互い冷たく震える身体。

 にも関わらず、戦いに慣れたセシリアですら恐怖で動けなくなったというのに、マリアが咄嗟に動けたのは母親としての本能が働いた結果なのかもしれない。


「ア、アッ縺斐a繧薙↑縺輔>。縺斐a繧薙↑縺輔>」

「セシリア、うしろ——」

「もう大丈夫」


 再びのろのろと立ち上がる化け物を前にマリアが震えながら前に出ようとするが、整理がついたセシリアが50口径5連装リボルバーを構えながら前に出る。

 そこには先ほどまでのか弱い女の子は居ない。

 毅然と表情を引き締めながら、照準から覗く真紅の瞳に揺らぎはない。


「ふー。良し」


 マリアを庇いながら、ゆっくりと息を吐いて身体強化を施す。高い威力が過ぎて、セシリアの膂力ですら扱いきれないが故の強化だ。

 準備は整った。後は引き金を引くだけ。

 その指は先ほどとは違い滑らかに引かれた。


 ドパァンッ!!


 轟雷の如き激発の音ともに、化け物の醜悪な頭蓋は大きく弾け飛びその背後に血と肉塊の塗装を飛び散らせた。

 勢いよく背後に倒れ込みピクピクと痙攣する化け物に、セシリアはこれ以上化け物の姿が無い事を確認し安堵し、背後で血の気を失わせるマリアの冷たい手を握る。


「ごめんママ、見たくないの見せちゃったね」

「っ……いえ、だい、大丈夫です。それよりアレは一体何なんでしょうか」

「分かんない。まるでゾンビ映画だよ」


 成れ果てと化した化け物を見下ろしながら、扉の陰から覗く喰われた残骸を痛ましげに見つめる。

 色々な魔獣や魔物と戦ったセシリアですら、動いて人を喰う死体なんて見た事も聞いたことも無い。

 前世でもゾンビ映画は苦手だったセシリアからすれば、ゾンビ以上の見た目の悍ましさと現実のスプラッターの過激さには顔を顰める。


「とりあえず……ここに居てもしょうがないよね」

「かも、知れないですね。でも何処に行けばいいんでしょうか、外に出ても安全とは限りませんし」

「だね。無策に動くのは良くないって師匠も言ってたし……どうしよ」


 これからどうするべきか、と悩む二人の耳に駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「愛衣! 無事!?」

「千夏ちゃん!」


 反射的に銃を構えるセシリアは、扉から勢いよく出てきたオフィーリアの姿に安堵しつつ銃を下ろしてマリアの手を握りながら近づく。

 オフィーリアの方も、化け物や騎士の死体を見て眉を顰めながらも焦った表情で駆け寄る。


「一体何が起きてるの?」

「分からない。ただ城内だけじゃなくて城下町の方でもこの化け物が出てるみたいで、辺り一面パニックよ。取り敢えず避難場所へ行きましょ?」

「そんな事に……分かった。その避難場所に早く行こ」

「こっちよ」


 この化け物がそこら中にいると聞いて戦慄しながら、避難するのは全面的に賛成のセシリアは早く移動しようと促す。

 先導しようと踵を返すオフィーリアの後を追おうとしたセシリアの繋ぐマリアの手が、きゅっと小さく握られた。


「マm、お母さん?」

「離さない様にしっかり握ってますね」

「ん? うん、そうだね」


 マリアの不安そうな表情が状況に依るものだと思ったセシリアが、護るからと安心させる様に微笑むが、マリアの表情は晴れない。

 だがマリアが気にしてるのは、化け物では無くセシリアの後ろから無機質な目で見つめてくるオフィーリアだとセシリアは気付かない。


 ぞっとするほどに、深い闇に。


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