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蜉ゥ縺代※縺上□縺輔>


 豊穣祭の最終日。

 大陸一の大きさと国民の多さを誇り、安定して温暖な気候を誇る歴史の深いスペルディア王国の首都の王城にて、多くの国賓が集っていた。

 大陸全土の大小問わない国が、同盟の強化の為という政治的思惑と、単純な立地の問題として集っているのだ。


 しかし多くの小国達が求めているのは、列強と称される三国の内二国と太いパイプを持つ事。

 スペルディア王国・ローテリア帝国・勇成国。この三国が列強と呼ばれ、この三国が友好国として政治的同盟を築いているからこそ、嘗て傾国に陥ったスペルディア王国に諸国は攻め入る事が出来なかったのだ。


 そして、今日という日はローテリア帝国の新皇帝と勇成国の王太子による、同盟の更新と調印がメインイベントだ。

 既に落ち目を見せているスペルディア王国にすり寄るメリットは多くない、勇成国の王太子とローテリア帝国の新皇帝に顔を覚えて貰おうと、絢爛豪華な会場に集まる人々はその背に国の名前を背負う重責と緊張を、笑顔の下に隠しつつ一見楽し気な雰囲気を作っていた。


 とはいえど、友人と会えば気も緩んでんしまう者も居るが。


「いやはや、ここ最近王国は持ち直してきましたな」

「一時の洛陽を見ていただけに、ここまで持ち直すと爽快ですな。どうしますか? 私としてはそれでも……ですが」

「貴君も人が悪い。この国の繁栄が一人の小娘によって齎されただけの物、あの若造の力ではあるまいに」

「はは、仰る通りですな。所詮一時の凌ぎ、どうせその内化けの皮が剥がれる」

「やはりここは帝国と勇成国」

「ですな、あの二国は地力が違う。良い関係を築ければそれだけ我が国も潤う」


 言いたい放題な彼らだが、その言葉を内心肯定するのが殆どの者の総意だ。事実、スペルディア王国に媚びを売る利点は既に無い。

 そして、その時が来た。


 ——我らがスペルディア王国。第354代国王! マクシミリアン・ラインハルト・スペルディア! 並びに、第三王女オフィーリア・ラインハルト・スペルディア! 各々、自国の名の元に礼節を尽くせ!!


 高らかに叫ばれた名と共に、会場の至る所で今か今かと待っていた各国の国賓は即座に礼を取る。

 百人近くの人々が、一斉に大扉に向かって整然と礼を取る様は圧巻の一言。


 モーゼの様に開かれたレッドカーペットの下で開かれる大扉から、一人の王と一人の姫が現れる。

 一目で王だと分かる装いをした、絶世の美形と甘く強い酒の様な危うげな雰囲気を漂わせた国王マクシミリアン。

 その後ろを歩くのが、虹色の姫オフィーリア。まるで宝石をそのまま人の形にしたような美しさが人離れしつつ、年相応の幼さが彼女が人間であることを証明している。

 相反する二つの美しさが入り混じった姫は自らが革新の旗印となって作り上げた、肌やスタイルを強調した現代日本味のドレスを身に纏いながら王の後を続いている。


 それぞれの形で頭を垂れ、内心はどうであれ敬意を姿勢で表す彼らの間を抜け上座にたどり着くと、その全てをぼんやりとした目と虹色の瞳が見下ろす。


「皆の物、今宵は良く集まってくれた。長き旅路を経て疲れている者もいよう、それぞれの国の名を背負いここに居るであろう。各々、自らがすべき使命を全うして欲しい、が、今日という日を楽しんでも貰いたい……オフィーリア、何か言はあるか」


 マクシミリアンの労いと祭りでもあるという発言に、頭を下げていた人々の緊張がすこし解れる。

 若造、愚者と侮る者も多いが、その容姿の美しさと王の正装から溢れるプレッシャーは否が応でも彼がこの国の頭なのだと理解してしまう。


 言葉少なに挨拶を終えたマクシミリアン王は、隣のオフィーリア姫へ次のバトンを投げる。

 示された彼女の美しい一礼に、多くの人は感嘆の念を零す。

 そのまま、見惚れる程に美しい微笑を携えながら彼女の口からは、穏やかな声が奏でられる。


「僭越ながら。私、オフィーリアは今日という日を心から待ち望んでおりました。私事ではありますが、先日古い友人に会いまして。残念ながらこの場にはおりませんが、その友人もこの光景を見ればきっと感動するでしょう。多くの国の使節である皆様の話を聞きたいと」


 言葉を切った彼女に、てっきり終わりだと皆が思ったが、彼女は思い出したように笑った。

 悪戯が成功したような子供の様な、幼さと小悪魔さを織り交ぜたウインクを一つ飛ばしながら。


「そうそう、実は新しいドレスのお披露目も兼ねているのです。是非奥方へご紹介を……きっと家の中が賑やかになると思いますよ?」


 今日のオフィーリアの装いは夜空の様に星々が散りばめられた、漆黒のドレス。

 大胆に胸元と背中を露出し、身体のスタイルが出るともすればはしたないと称されてしまう様な露出過多なドレスだ。

 しかし彼女の美しさが、それを下品では無く美しいと称させる。


 そんな彼女から放たれた冗談に、脳裏に愛する妻がそのドレスを着た姿を想像した者達は、懐が寂しくなるが大きく惹かれてしまう自分が居る事に少しの苦笑を浮かべた。


 挨拶が終わり、二人に挨拶をしたい者達が続々と列を成す。

 マクシミリアンは口元に笑みを作るだけで、躱す言葉も少なく話を聞いているのか聞いてないのか分からない。

 逆にオフィーリアは、楽しそうにニコニコと笑いながら時に冗談を交えたりして会話している。

 どちらが話して楽しいか、王族として相応しいかは一目瞭然だ。


「噂ではオフィーリア姫は人形の様だと言われてたが、その様には思えないな」

「いや、以前会った時は確かに表情一つない人形だったぞ? まるで別人の様だ」

「……そう言えば友人と会ったと言っていたな」

「ははーん、分かったぞ。姫君も女という事だ」


『!!』


 噂話や下世話な話に華を咲かせる人々は、第二の主役の登場に自然と背を伸ばした。

 その名前が聞えるのを待っていたのだが、王国の王が来た時よりも、人々の表情は緊張に強張っている。


 ——ローテリア帝国第42代皇帝。エリザベス・ウィルヘルム・ローテリア! 剣聖スーリア・ベルファスト・ローテリア!

 ——並びに、勇成国王太子。ブリジット・ブレイディア。勇者アレックス・ガルバリオ!


 待ちわびたローテリア帝国と、勇成国に名前が聞えた瞬間、場には糸が張り詰める様な緊張と共に静寂が充ち、扉が開く音だけが響く。

 ローテリア帝国と勇成国の代表使節、エリザベスとブリジットは並んで現れる。


 紫がかった長い銀髪をハーフアップに纏め、女性ながら黒を基調とした詰襟の軍服に身を包み、ズボンを履く圧倒的威圧感のある女性。

 その理知的な青色の瞳と身に纏う雰囲気は、決して無礼を働いてはいけないと本能が訴えてしまう様な、本物の女王の威風を纏わせている。


 対照的に、その隣を歩くブリジットは愛くるしさと幼さが見る者を癒す。

 和服と洋服が混合した様な、白を主体にした格好は少し長い黒髪は細く纏められ、金色の狐耳とふんわりとした一尾の狐尾と合わさって良く映えている。

 黒髪黒目で、今年で15だというのにまだ少年と変らない体躯と童顔さが、天使の様な彼の可愛らしさをまるで神が永遠の物にしたいと思っているかの様に女性の母性を擽る。


 その後ろを歩くのが赤髪赤目のポニーテールのまさに女騎士とした装いの、剣聖スーリア。

 そして、金髪と深海の様な深い蒼眼の勇者アレックス。


 声を掛ける事すら憚られる一行の歩みを、人々はただ頭を下げて通り過ぎるのを待つしかない。

 両国がスペルディア王国のマクシミリアン王の下へたどり着くと、人々は漸く面を上げる事は出来たが、ただその会話に耳を傾ける事しか出来ない。


「二人とも、良く来てくれた。特にエリザベス女王は」

「必要な事だからだ。でなければ貴様のその腑抜けた顔など見たくも無い」

「……厳しい事を言うな」

「事実だろう。貴様が絶望しているのは知っているが、だとしてもそこで全てを諦めてただのうのうと生きている愚か者の顔など見たくも無い」

「お二人共、今日は国事なんですから……ね?」


 周りにはギリギリ聞こえない声で、マクシミリアンに対してエリザベスが辛辣な言葉を放ち、ブリジットが苦笑を浮かべながら間に入る。

 愚か者。と言われて尚、マクシミリアンは怒るどころかその通りだと肯定する様に視線をやや下に落とした。

 それを冷たく一瞥したエリザベスは、一つ鼻を鳴らすと口を噤んだ。

 それを見てブリジットは安堵のため息をつくが、早々に疲れた様子を浮かべる。


 咳ばらいを一つして、ブリジットは改めてマクシミリアン王に向き直り挨拶の為頭を下げる。


「ご挨拶が遅れました。本日は父であるリアベルト王に代わり、僕がご挨拶に伺わせて頂きました。不肖の身ですが、今日は務めを精一杯果たさせていただきます」

「あぁ、ブリジット王太子も年若いながら良く出来ているな。流石リアベルト王の子だ。今年で15だったか?」


 エリザベスとの時とは違い、マクシミリアンは少しだけ表情を緩めて答える。

 子犬の様に愛らしいブリジットの背伸びした微笑ましい姿と、気遣いには誰だって表情を和らげるだろう。

 マクシミリアンの言葉に、ブリジットがはにかみを浮かべれば、その笑顔を見てしまった女性は湧き上がる母性を必死で口元で抑えた。


「はい、今年で15になります。陛下も、今日は隈が取れて体調がよさそうですね」

「陰鬱さはこびりついてるがな」

「エリザベス女王……そんな喧嘩腰にならなくても」

「構わない。彼女とは古い付き合いだ」

「ただの腐れ縁だがな」


 エリザベスの物言いが許されているのは、二人がそれなりに長い付き合いだからなのだろう。同じ王族同士、当然それなりにお互いの事は知っている。

 それでも、きっと今のマクシミリアンは誰に何を言われても決して怒る事はせず、ただ黙っているだけなのだろうが。


 マクシミリアンの視線が、エリザベス達の背後で起立する二人に向けられる。


「剣聖と勇者もよく来てくれた。二人の活躍ぶりは良く耳に入る、一個人として称賛を送らせて貰う」

「はっ! 過分なお言葉、真感謝致します! まだまだ先代に劣る剣でありますが、陛下のお言葉、しかと胸に刻み一人でも多くの民を護れるよう精進致します!」

「身に余るお言葉、感謝します」


 暑苦しく頭を下げるのは、剣聖スーリア・ベルファスト・ローテリア。

 まさに女騎士といった風貌の彼女は、帝国人である事を示す軍服をかっちり身に纏っている所からも分かる通り、些か頭の固い人間なのだ。

 今時ここまで騎士道精神の厚い者はいない。これが王族を前にした社交辞令ならまだしも、本気で言っていると分かってしまう程なのだから、よほどの筋金入りだ。


 逆に勇者と呼ばれたアレックスは、短く感謝を述べただけで頭を下げる。

 貴族でもあり王族の護衛も務める彼が、緊張して言葉少なに。という訳では無さそうで、マクシミリアンの視線が逸れると隣のスーリアはアレックスを睨みつける。


「おい勇者。貴様なんださっきのあの覇気のない態度は」

「失礼は無かったと思うが?」


 二人は真っすぐ正面を見つめながら護衛らしく周囲に気を配りつつ、間違っても周囲に聞こえない様小声で話す。

 スーリアの咎める言葉にアレックスは静かに答えるが、彼女は気に食わないとありありと伝わる。


「確かにそうだ。が、貴様は勇者だろう、私と同じく教会や国によって認定された大陸の守護者だ。その貴様がそんな体たらくでは示しがつかないでは無いか」

「……別になりたくてなった訳では無いんだがな」

「何?」

「そろそろ黙ろう。次に移る」


 アレックスの呟きは物音に遮られスーリアにまでは届かなかった為、怪訝な表情しか伝わらなかったが、聞き返される事も無く二人の周りには遠慮がちに人々が集まる。

 一通り王族たちの挨拶が終われば、今度は親交を深めたり築いたりするためのフリータイムに移る。


 ある者は既に築いている関係を密にする為、ある者は顔を覚えて貰おうと気合を入れ、ある者は純粋に仲良くなりたいがため。


 王族である4人の周りに人は集まり、当然スーリアやアレックスの周りにも剣聖や勇者と近づきたいが為に集まる者は少なく無くない。

 その相手をしつつ、二人は護衛としての職務を忘れず常に気を張って護衛対象に不埒な輩が何かしない様目を光らせている。


 その中で、一か所だけ誰も入り込めない場所がある。


「お初にお目にかかります。スペルディア王国第三王女オフィーリアと申します。この度は、新たな皇帝の誕生、おめでとうございます」

「エリザベスだ、貴女の活躍はこちらにも広く伝わっている。そのドレスも、自身で作られたのか?」

「はい、説案は私が。よろしければ一着如何ですか?」

「必要ない。服には興味が無くてな」


 虹色の王女オフィーリアと皇帝エリザベス。

 この二人の会話に、態々割って入ろうなんて蛮勇を持つ者はいない。

 一見親し気に話す二人を、周りは興味深そうに横目に見ている。


 その視線を感じつつ、向かい合うだけで絵画の様に映える二人は言を交わし続ける。


「そうですか。まぁ、貴女に必要なのは服なんかではないですよね」

「……どういう意味だ」


 周囲に聞こえない様声を落としたオフィーリアに、エリザベスは剣呑の視線を向ける。

 まさに女王と言える風貌を持つ彼女の青色の眼が細くなるだけで、空気が重くなるような威圧感が周囲の人たちに知らず鳥肌を立たせるが、それを間近で向けられるオフィーリアに気にした素振りは無い。


「言葉通りですよ、私は貴女が欲している物を知っているし、何をしようとしているかも知っている」

「未来視の魔法か。気色が悪いな」

「そのお陰で、これから起こる事も知れたんですけどね」

「どうする? 止めるか?」


 オフィーリアの口から、確信と共に囁かれる言葉にエリザベスは腰に備えつけている剣の柄に手を置く。

 その顔には躊躇いは無く、挑発する様な物言いだ。

 護衛である二人も、その様子に気づき利き手を剣に寄せて見守っている。

 勘の鋭い者は、無意識の内に二人から距離を離していた。逆に、勘の鈍い者も本能的に何かを察したのか辺りを見渡している。


 完全に間合いの内に居るオフィーリアだが、その表情に焦りはない。

 寧ろ、感謝を告げる様に微笑んだ。


「いえ、何もしません」

「何? 見たのだろう、これから起こる事を。ならば王族である貴様は止める責任があるのではないか?」

「オフィーリアならそうでしょうね……話は変わりますが、貴女は運命を信じますか?」

「何を突然」


 急な話題転換に、エリザベスは怪訝の色を浮かべオフィーリアを見下ろす。

 未だ腰の剣に手を預けたままではあるが、オフィーリアの無言の催促に彼女は一つ目を瞑り、再度開かれた時にはその青い目には凍てつく軽蔑を浮かべて口を開く。


「信じない」

「神様は?」

「居ない。居ても居るだけで何もしない愚物だ。運命だの神だのは、現実に抗う事を諦めた愚者が使う言葉だ……貴様は信じているというつもりか?」

「はい。運命はあるし、奇跡だってある」

「愚かしい」


 ここに来て、エリザベスは剣から手を離した。

 その様子を見ていた護衛二人はほっと胸を撫で下ろし安堵感と共に静観に戻る。


 目の前の計画を揺るがしかねない少女が、愚者であると認識したエリザベスは道端の石を見る様に興味を失った目でただ見ている。

 ただ僅かに、失望した。とでも言いたげに最後に一つため息を吐いて。


「私も前はそんな物信じて無かったんですよ? 前までは神も世界も恨んだし、運命だなんて聞けば言ったそいつ人生をぶち壊して『運命だから仕方ない』って言ってやりたいと思ってました」


 ここに来て、エリザベスは気づいた。

 目の前の少女の眼が、常に昏く淀んでいる事に。

 笑顔だと思っていたそれは、嘲笑う様に醜悪な物だと。

 その腹の底に、抑えきれない狂気を孕んでいる事に。


 直感した。

 こいつは壊れている。と。


 眉根を寄せたエリザベスに気を遣うことなく、オフィーリアは女の第二の命である下腹部を、エリザベスには既に無いそこを妊婦が我が子を慈しむように撫でる。


「でも、運命ってのあるんだとこの前分かったんですよ。決して離れる事は無い、本当の愛も。きっと今までの辛いことはこの為にあるんだと」

「貴様……狂っているな」


 嫌悪を籠めたエリザベスの言葉に、オフィーリアは蕩ける様な笑顔を浮かべた。

 きっとその本性を知らなければ、恋する乙女だと錯覚してしまう程に美しい笑顔だ。


「愛や恋の本質は狂気ですよ。それに、貴女だって狂ってるでしょ?」


 オフィーリアがエリザベスの耳元に顔を寄せれば、彼女はそっと囁く。


 ——大切な人を殺されたら、誰だって堕ちますよね。ね、未亡人さん。


「…………」


 エリザベスの顔から一切の感情が抜け落ちる。

 怒りすらも無い。

 能面の様に一切の色を表に出さない彼女は、指輪にはめ込まれた宝石の一つを指先で砕く。

 余りにあっけなく散るその宝石は、まるで初めから砕かされることを前提としていたかの様に、エリザベスとオフィーリアの足元に星々の煌めきを作った。


「……一つ、忠告してやろう」


 踵を返すエリザベスは、入場してきた扉の方を見つめる。

 まるで、そこから何かが来るのを待っているかのように。


「貴様は未来を知っているのだろう。それが何処まで見通せるのかは知らんが、死にたくなければ震えて部屋に籠っている事だ」

「残念ながら、私もやる事があるのでそれは出来ないんですよね」


 エリザベスの親切心を、オフィーリアは笑顔で放り捨てた。

 肩越しに刺さるエリザベスの冷ややかな視線を受けているオフィーリアは、徐に虚空を眺めると、薄く口端を吊り上げた。


「来たわね」

「? スーリアさん、何か聞こえませんか」

「何だ突然。これは……外で誰か歌っているのか? 嘆かわしい、羽目を外しすぎている者がいるようだな」


 アレックスとスーリアは、遠くから聞こえる物音に違和感を覚え顔を上げる。

 スーリアにはそれが、会場の外で羽目を外した誰かが騒いでるのだと断定したが、アレックスは眉根を寄せたまま無意識の内に剣に手を掛けた。


「アレックス殿? 怖い顔をしてどうしました?」

「ブリジット殿下。いえ、どうも会場の外が物騒がしく……それと、勘なのですが嫌な予感が……すみません、軽率な事を」


 アレックスの様子に気づいたブリジットが見上げれば、アレックスは扉の方を見ながら答える。

 しかし、不安を煽る様な事を言ってしまったと謝罪するが、ブリジットは気にした様子も無く、食い入る様に扉の方を見つめている。


「殿下?」

「……なんだか、嫌な感じがします……とても、気持ち悪くて……悲しい」


 見れば、ブリジットのふさふさな金色の狐尾は弱く逆立って警戒する様に揺れている。

 そして、ブリジットの嫌な予感は最悪の形で当たってしまう。


 叩きつける様に勢いよく扉が開かれれば、そこからは血まみれの兵士が必死の形相で息も絶え絶えに扉に手を当てていた。


「ぜぇッぜぇ……へ、陛下! お逃げ下さいッ!! 化け物がッ化けも——ぷぎゃッ!?」


 必死に危険を叫んでいた兵士は、その言葉を言い切る事も無く背後から近づいて来たソレに押し倒される。


 ——ぐちゅ。ぐちゃ……くちゃくちゃ……。


 その音が何かを誰もが理解できなかった。

 その兵士がどうなってるのかを誰も理解できない。

 ソレが何をしているのか、誰も理解したくなかった。


「ぐちゅ……」


 ソレは血を撒き散らし、肉塊と化した兵士から口を離すと徐に立ち上がった。

 口。多分口である其処に血とピンクの何かをこびりつかせ、開かれたそこからは乱雑に歯が生えている。

 顔。頭であろうそこは、まるで無理やり肉片を繋ぎ合わせたかのように歪で、おおよそ顔とは呼べない物で最低限、口と歪な目があるだけだ。


 その姿形も歪な物。

 両の手が右手だし、左右の手が明らかに別の腕だ。腕だけではない、脚も、胴体も。違う人間の身体を繋ぎ合わせた物でその動きは糸の切れかかってる人形の様。


 ソレは、静寂に包まれ呆けたまま目を見開く人々へ顔を向けたまま、よたよたと背骨が歪んだような歩き方で近づく。

 まるで、助けを求める様に右手を前に出しながら。


「あ、ア、ta……蜉ゥ縺代※縺上□縺輔>」


 パリンッと、誰かが手に持ったグラスを落とす音がやけに嫌に響いた。

 よたよたと血に塗れながら近づいて来るソレを、呆然と見つめていた人々はここで漸く息を吐いた。


「きゃあああああああああぁぁぁぁ!!!」


 誰かの悲鳴を皮切りに、会場は混沌に包まれた。


「さぁ、決めましょう、マリアさん。どっちが愛衣に相応しいかを」


 それを見つめるオフィーリアは、恍惚と笑っていた。


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