そして舞台は王国へ
「詰まらないですわ」
「そんな事言っても仕方ないですよ。私達に出来る事は無いんですから」
「それもそうなのだけれど……だからと言って無為に時間を過ごすのは性に合いませんわ」
セシリアがスペルディア王国に飛ばされた夜、クリスティーヌとヴィオレットは自室に籠っていた。
悪魔二人を勇成国の王であるリアベルトに引き継いだ時点で、クリスティーヌの仕事は終わっている。ここからは国の仕事な為、ローテリア帝国の人間である彼女にもう出来る事は無い。
例えどれたけ親しくしていようと、王妃レフィルティニアの生家であるフィーリウス家の人間で、義妹であろうとそこの線引きは必要だ。
しかしすることが無いからと言って、何もしないのを良しとするクリスティーヌでは無い。
出来る事をしつつ、人魔大戦や黒龍ファフニールなどの事を調べてはいるのだが、如何せん進捗は良くない。
人魔大戦も魔導歴も実際にあった出来事ながらその資料は少なく、口伝や数少ない資料からの推測が主な事ばかりなのだ。
机の上に高く積まれた沢山の書物を、クリスティーヌは豪奢な縦巻きツインテールをヴィオレットの手によって解かれながら眺める。
「魔導歴と言えば、セシリアさん達と共同でこなした坑道のゴーレム。あれのあった施設はどうしたんですか?」
「あぁあの研究施設? 残念ながらあの後地盤が緩んでいたのか、坑道ごと倒壊してしまったわ」
「それは残念ですね」
「まぁ、一応記録の幾つかは持ち出せたし、けが人も居なかった事だから良しとした方が良いわね」
セシリアとヤヤと初めて共に仕事をこなした、クリスティーヌが所有する行動に化け物が現れるという依頼。
その化け物とは魔導歴の研究施設から漏れ出て来たガーゴイル型のゴーレムで、そこで4人は魔導歴に最も発展した研究組織【叡智の道】という存在を目の当たりにした。
倫理に中指を立てながら研究をしていたと言われているその組織の一つは、胎児の魂を使いゴーレムに定着させる研究をしていたと記録も残っていた。
しかしそれでも、同じ魔導歴に作られたとされる帝国で封印されていた黒龍ファフニールに関する記述は見つからず、結局その意味では無駄足となってしまったのだ。
研究所から拝借したボロボロの手記を手に取りながらため息をつくクリスティーヌは、時間も時間だがヤヤを呼ぶことを提案する。
「ヤヤちゃんを呼んでもらえるかしら?」
「部屋に連絡用の人形を置いてあるので、今呼び出しますね」
「お願いね。なんだか、様子がおかしかったしちょっと心配だわ」
最後に見たヤヤは、明らかに消沈して心ここにあらずと言った風体だった。
離れるまでは心から祭りを楽しんでいたというのに、一度外にでて何があったのか問いただしたい位に見て分かる程に。
個人的にクリスティーヌはヤヤを気に入っている。
見た目が愛らしいのもあるが、自身の種族である灰狼に誇りを持っている所も、年相応に愚直な所も。12歳の少女が味わうにはきつすぎる経験をしても尚、精一杯立ち上がって笑顔で居る所も。
沈鬱としてたヤヤを気に掛ける位には、気に入っている。
勿論セシリアとマリアも同様ではあるが、最近の二人の様子を見てるとクリスティーヌの琴線から逸れてきている自負がある。
(別に近親愛を否定はしないけれど……依存は美しくありませんわ)
「ねぇヴィー。依存する事を悪だと思う?」
「だしぬけに何ですか? まぁ、悪とは思いませんが」
「どうして?」
気になった事は直ぐに調べる、または聞く。
知的好奇心の強いクリスティーヌは、そうやっていつも自分の知を深めていった。決して先入観や固定概念に捉われない。物事を多角的に見極め、その事に対して理解を深める。
しかし決して憶測や曖昧な事は言わない。
さながら、探偵の様な思考を持つクリスティーヌはさっそく常に傍に仕えてくれているヴィオレットに鋭い質問を投げかけた。
魔法を使っていて、意識を遠くに飛ばしていたヴィオレットは訝しみながらも、慣れた様子で虚空を眺めて答える。
依存が悪では無いというのはクリスティーヌも理解できるが、ヴィオレットの見解を望んでいる彼女は続きを促す。
「人は、何かに依存していないと生きていけないですから。自覚のあるなし、程度の差に関わらず、狂う程の執着があるからこそ人生に意味を見出せるんだと思います」
一言に依存と言ってしまえばそれは悪い事に思えるが、依存しない人間なんて居ない。
多くの人が自分の人生に意味を見出せない、叶うならやり直したいと思って日々を生きる中で依存とは言いかえれば人生の指標である。
「貴女も?」
「えぇ。お嬢様の傍に居続ける為に、私だって血反吐を吐いて過ごした経験もありますし。それにお嬢様はそう言った方が好ましいんですよね?」
「良く覚えてるわね。そうよ、美しさの本質はその在り方、愚かな程一つの物事に執着する人間だって、泥だらけの宝石の様な美しさがありますわね」
例えば、剣の頂に上り詰めた者がいる。
多くの戦士が目指す武の頂。戦場での有象無象を一薙ぎの下に切り捨てる一騎当千の強者や、武器を抜く事すらなく相手に負けを突き付ける凪の剣士。
多くの者が本能で察する事の出来る程の強者。
しかしそこに至る為には才能だけでは足りないのだ。寝食を忘れ三日三晩剣も振るう様な、寝ても醒めても戦いの事しか考えないような人生の全てをそれに費やして漸くそこへの道が見えてくる。
勉学に置いても、商売の置いても同じだ。
一角の人物に成るためには命を削ってそれを目指す。
そんな狂気じみた執着とも言える、愚直さがあって初めて形を成す。
人間の常軌を逸した愚直さを、クリスティーヌは常々美しいと評する。
だって素晴らしいでは無いか。
何か一つの事に拘って短い人生の大半を費やす、愚かな程傲慢な姿こそ人間の真価だろう。
「でも私は良いと思いますよ。私には親はいないので深い事は言えませんが、母が子を愛する、子が母を愛する。それが多少行き過ぎた所でそれは当人たちの問題ですし」
「でも、子の道を狭めるのは良い親とは言えませんわ」
「それは勿論。ですがまだセシリアさんは15歳ですし、マリアさんの方も無理やり。と言う風には見受けられなかったですよ? まぁ、若い内は色々失敗するのもありですから」
「……貴女って、時々酷く適当よね」
「所詮他人ですから。外野が口煩く言うのはマナー違反ですし」
言ってる所は確かなのだが、ここまで明け透けだと失笑が漏れる。
クリスティーヌの言葉を借りるなら、他人の事にあれこれ首を突っ込む様は美しくないだろう。
イマイチ釈然としないのを、クリスティーヌは紅茶ごと呑みこんだ。
「時々、ヴィーが年上だと思ってしまうわね」
「一応、お嬢様よりは年上なんですけどね」
「そうだけど、何だか悔しいわ」
17歳のクリスティーヌが冗談めかして恨めし気に20歳のヴィオレットを睨めば、彼女は困った様に頬を掻いた。
が、暫くするとその表情を怪訝な物に変える。
「……おかしいですね、ヤヤちゃんの姿が見えません。それに、セシリアさんとマリアさんも」
「誘う様に言っておいてなんだけど、もう23時よ? 何処にもいないの?」
「はい、一通り部屋を見ているのですが帰って来た様子も無いですし……というかヤヤちゃんに至っては荷物すらないですよ」
傀儡魔法に依って、感覚をそれぞれの部屋に置いた連絡用の人形と同調しているヴィオレットは人形越しに見える風景に形の良い眉を潜める。
セシリアとマリアの部屋には荷物こそあれど、就寝前の散歩に出ているという風には見えない。
ヤヤに至ってはそもそも荷物すらないのだ。まるで、何も言わず出て行ったかの様に。
デフォルメされた人形を操作するヴィオレットが細かく部屋を漁って漸く、一つの手紙を見つける。
「手紙がありました」
「読み上げて頂戴」
何かあったのでは? と心配する主の言葉に頷いて、ヴィオレットが人形越しにその手紙を開く。
そこに書いてあった字は確かにヤヤの物で、少なくとも事件性は薄れた。が。
「『突然居なくなってごめんなさいデス。でも、ヤヤは友達に会いに行くデス。暫くしたら帰ると思うから、怒らないで欲しいデス』……との事です」
「……はぁ」
深くため息を吐くクリスティーヌに、ヴィオレットも同じ気持ちだ。
せめて行き先位は教えてくれればいい物を、怒られるのが怖かったのだろう。
しかしかと言って、こんな風に勝手をされれば嫌でも心配するという物。
どうします? とヴィオレットの無言の視線に晒されるクリスティーヌは、冷めきってしまった紅茶を飲み干して席を立った。
「ヴィー、足取りを追いなさい。まだ時間は立っていないだろうし、追うわよ」
「よろしいのですか?」
「どうせここに居たって出来る事は無い、お姉さまや義兄様には私から伝えときますわ。丁度良いし、その足で王国の記録を漁って、そのまま帝国に帰る事にしましょう」
「畏まりました。直ぐに準備致します」
どうせやる事も無かったのだ。丁度良いとクリスティーヌは指示を出す。
ヴィオレットも、どこか嬉しそうに一礼すると早々に部屋を後にした。朝にもなれば殆どの用意を済ませてくれるだろう。
予定より早く出国する旨を伝える為に立ち上がるクリスティーヌは、憂鬱そうに夜空を見上げる。
雲に隠れた月は、まるで闇が旅人を引きずり込もうとしているかの様。
「嫌な予感がしますわね」
杞憂であって欲しい。
胸をざわつかせる予感が、クリスティーヌの表情を険しくさせる。
しかし、往々にして女の勘は当たるという物だ。
◇◇◇◇
クリスティーヌがヤヤの後を追う事を決めた数日後。
春もうららかな日差しとは言え、まだ陽が出たばかりの薄暮の空は薄暗く肌寒い。
馬車に乗る灰色のショートカットから生やした狼耳と尻尾を生やした12歳の少女は、ガタガタと腰を痛める乗り心地の中毛布にくるまりながら、口端から涎を垂らして眠っていた。
同乗者達は良くこんな乗り心地の悪い中で眠れるな。と感心する程、気持ちの良い寝っぷりだ。
「くぴ~。くぴ~。ふへへ~ふらんちゃ~ん、こっちのごはんおいし~デスよ~」
誰かとご飯を食べている夢を見ているのだろう。右手を虚空に彷徨わせながらにへらと頬を緩めるヤヤは、とても幸せそうに尻尾を揺らしている。
幼いヤヤのそんな可愛らしい姿に、周りの人々は凝った身体への不満も霧散して微笑まし気に眺める。
しかしそんな時間も終わりを迎え、馬車は目的地にたどり着いたのか停車する。
続々と人が降りていく中、親切な夫婦が未だ眠るヤヤの肩を揺する。
「君。君、起きなさい、着いたよ」
「おにく~おにくがゆれるデェス……でぇス!? ……ふぇ? ここは?」
「スペルディア王国の関所よ、貴女も入国しに来たのでしょ?」
「デデ! そうだったデス! ありがとうございますデス!」
目が覚めたヤヤは勢いよく頭を下げると、馬車の外へ飛び出した。
どたんと土埃を上げて固い地面の上に降り立つと、ヤヤの視界には高い壁に阻まれた国境沿いの関所が飛び込んでくる。
豊穣祭の影響で、観光や行商など様々な目的の人たちが入国を行う為に長い列を成していた。
起こしてくれた夫婦は待ち人が居るのか列に並ばなかった為、ヤヤは一人で大人たちに紛れて列に並ぶ。
弓と矢を装備しながら、最低限の荷物だけを持った身ぎれいなヤヤを周りの人たちは気になるのかチラチラと横目に見ている。
装備以外の全ての荷物は、寝床にしていた孤児院が焼け落ちた事でなくなってしまった。
仕事帰りだった為装備があったのと、仕送りと装備の補充が終わったばかりで懐が寂しくて金銭的な被害が少なかったのが不幸中の幸いだろう。
装備と最低限の野営道具や着替えだけを手にしたヤヤは、詰まらなさと不安が入り混じった表情で尻尾の枝毛を抜いていた。
牛歩の様な進みの悪い列に、早朝という事も相まって欠伸をかみ殺すヤヤの背後から、猛々しい音を立てながら馬車が近づいて来る。
見れば、一角象竜に引かれている戦車の様な物々しい見た目の馬車がこちらに近づいて来ていた。
一角象竜に良い思い出の無いヤヤははっと身構えそうになるが、列に近づくと人々に配慮してか並足になったのを見て警戒を解く。
「おいあれ、教会の戦車じゃねぇか」
「しかも異端審問局のだぜ」
「マジかよ。おっかねぇ、目合わすなよ」
「何されるかわかんねえからな。あそこは狂人ばっかって噂だし」
(皆ビビってるデス?)
周囲の人々は皆一様に顔を伏せたり、表情を強張らせて口を噤みだす。
まるで、関わってはいけない相手に目を付けられないように。
その馬車に書かれている文様が教会の物だと気づいても、ヤヤはどうして周囲がそんな反応をするのか分からなかった。
ヤヤにとって教会と言えば、シスターらしくない奔放で現実主義者なラクネアの顔が浮かんだし、教会に併設されている孤児院の子供達が浮かんでくる。
さらに言えば、無くした財布を拾って届けてくれた親切な人が居る場所。というのが教会に対する印象。
つまり周囲が教会の、異端審問局の戦車を見て顔色を青くしている理由が分からないのだ。
何事も無く、さっさと行ってくれ。という周囲の満場一致の願いに反し、戦車はヤヤの隣で停車した。
これには思わず、ヤヤの前後のうだつの上がらない男達は泣きそうになった。
しかしヤヤは何故止まったのか純粋に疑問に持つだけで、開かれる扉を緊張半分興味半分で見上げている。
「こんにちは、灰狼のお嬢さん」
「あっ! お財布拾ってくれたシスターさん!」
「ふふ、ベルナデッタですよ。顔見知りのよしみです、乗って下さい」
「え、でも……」
中から現れた見覚えのある人物にヤヤは目を丸くして声を上げる。
中から現れたのは、額から天に向かって二本の角が生える鬼人と呼ばれる種族のシスター、べルナデッタ。
純白の修道服に身を包み、瞳と同じ色の焔の様な明るい紺の髪を大きな頭巾で覆ったおおよそ模範的なシスターの格好。
穏やかに微笑みながら名乗る彼女は、一歩引いて上質なソファのある車内へいざなう。
しかし周りに並んでいる人が居るのに、と遠慮するヤヤだったが、このまま並んでいると数時間は立ち往生だろうと言われれば申し訳なさそうに乗車した。
幸いにも、周りからは羨望や嫉妬ではなく、畏怖の視線を向けられていたので不満は湧かなかった。
ベルナデッタの戦車は、当たり前だがヤヤがここまで乗って来た安い馬車なんかより乗り心地が良い。
お尻も居たくならないどころか、ふかふかのソファは眠れる位気持ちよい。
その上で、仮にここで攻撃にあっても大丈夫だろうという安心感のある外殻は、揺れてさえなければ家だと錯覚してしまう程。
「図らずともの再会、主よ、感謝いたします。それで、王国に入国しようとしていましたが里帰りですか?」
「えっと……友達を探しに来たデス」
「友人? ……あの時一緒にいたオッドアイの少女ですか?」
流れる様に祈りを捧げるベルナデッタの質問に、ヤヤは頷く。
ヤヤがここに来た理由は、フランを探しての物だった。だがどうして王国へ来たのか。それはあの後フランの事を追いかけようとした矢先、フランの落とし物だろう。
『依頼が終わったら王国。報告を忘れない』とメモ書きを拾ったからだ。
それを頼りに、ヤヤは単身ここに居るのだが。そこまでは話さないで、ただ喧嘩別れしたから。とだけ伝える。
「その、ベルナデッタさんは、友達と喧嘩したらどうやって仲直りするデスか?」
「喧嘩の度合いにもよりますね、こればっかりは気持ちの問題ですから。私の場合、まずは主に告解してから整理を付けますね。という訳で、貴女の悩みを聞きましょう」
自分の気持ちを言葉にすると、自然と整理がつく。誰でも良いし、なんなら人形相手でも良い。大事なのは自分の気持ちに目を向ける事なのだから。
敷居こそ無いが、告解を請け負うと微笑むシスターベルナデッタの言葉に、ヤヤは最初は悩んでいたが、相手が顔見知り程度な事もあっておずおずと口を開く。
「ヤヤ、フランちゃんに嫌われちゃったかもしれないデス」
「どうしてそう思うのですか?」
「この前、お祭りでフランちゃんとあったデス。それで嬉しくて一杯お話したけど、多分フランちゃんの嫌な事を無意識で言っちゃったかもしれないデス」
あの日、祭りの夜にフランと出会った時は嬉しかった。
会ってまだ2回目だというのに、突然別れを告げられたフランを追いかける位には、ヤヤの中でフランという少女は大きい。
だからこそ、自覚していない所でフランを傷つけたのでは、と思うヤヤは不安そうにしている。
もしまた会っても拒絶されたらどうしようか。そんな事ばかり思ってしまう。
「そのフランさんははっきりと怒ったり、嫌いと口にしたのですか?」
「してないデス。でも、寂しそうにどっか行っちゃったデス……誰かに相談したくても、相談できる人が居なくて……」
最近は皆忙しそうだし、ヤヤは友達が多くない。
セシリアとマリアはとはそこそこ長い付き合いで、特にセシリアは仕事のパートナーではあるが、ヤヤは彼女には相談しなかった。
マリアを護る為に強くなることを選択したセシリアと、どうすれば良いのか分からないままついてきて、かつセシリアとの力の差に仲間としての不甲斐なさを覚えるだけにすれ違っていた。
マリアに相談しようとはしたが、すれ違う事が多くてその機会を逃したのだ。
後はもう相談できる相手はいない。
クリスティーヌは友人では無いし、悪魔二人も居ない。アイアスは初対面と変らないし、レフィルティニア達もそもそも顔を合わせる機械だって無いのだから。
唯一ヴィオレットが居たが、何となく相談出来なかった。
結局、若さゆえの向こう見ずさで思い立ったその時にフランの足跡を追いかける事になったのだ。
普段はひまわりの様な笑顔を浮かべるヤヤも、この時ばかりは沈んでいる。
「これも主の試練……と言いたい所ですが、これでは試練になりませんね」
呆れた様な、困った子供みる様な声音でベルナデッタが呟く。
何かいい回答を貰えるのかと思ったヤヤが顔を上げれば、ベルナデッタは迷子の子供に手を差し伸べる様に道を示した。
「人間関係において、もっとも難しいけれど確かな近道があります。なんだと思いますか?」
教師が生徒に問う様な質問に、ヤヤは分からず被りを振る。それを知りたくて今話してるのだ、答えられたら苦労しない。
「恥も外聞も捨ててぶつかる事です。自分の想いをありったけ、自分の言葉でぶつけるんです。余計な装飾は要らない。拙くても良いから一生懸命。そうすれば、きっと少しは前進できると思いますよ」
あっさりと言ってのける。
それが出来たら苦労しない。と思うのが大半の人の考えなのだ。
だが素直なヤヤには天啓にも等しかった。
元々、ヤヤは真っすぐで正義感が強くて、自分の血に誇りを持っていて。優しい子なのだ。
最近は色々な事が重なって色々考えてしまっていたが、結局、ヤヤは答えに最も近い行動を既に行っていた。
とにかく行動。後先の事なんて考えない。ただまっすぐに、一歩ずつ確かに歩く。
ベルナデッタの言葉が胸に響いたヤヤは、力強く握りこぶしを作る。
迷いはない。拒絶されたらその時だ。まずは会って話す。それだけを考えよう。
「分かったデス! ヤヤ、考えるのを辞めるデス!」
「極端ですね。しかしそれもまた成長につながるでしょう。貴女に主の導きがあらんことを」
また変な立ち直り方をして、握りこぶしを作りながら鼻息を荒く吐くヤヤに苦笑しつつ、ベルナデッタは聖印を切った。
その後は、特に何か問題があることも無く、二人はお互いの事を知るためにたっぷりとある時間を会話に費やしていた。
「へぇ、その年で冒険家活動をしているのですね。感心です」
「でへへ、ヤヤなんてまだまだデス。セシリアちゃんが凄いだけデスし」
既に目的地も見えてきて、二人の時間を終わりへと近づいて来ている。
最後の話題にとヤヤは冒険家として活動している事を話し、その中でたった一人の仲間であるセシリアの事を漏らした。
「セシリアちゃんは凄いんデス! とっても強くて、綺麗で。見た事も無い武器を作れるデス!!」
しかし元々の語彙力の無さと、セシリアから魔法や武器の事は秘密にして欲しいと言われた約束を守っているため、その身振り手振りを交えながらの鼻息荒くした説明は酷く抽象的だ。
何となく凄いとしか伝わらない拙い説明にも、ベルナデッタは微笑ながら耳を傾けている。
「とても大切に思っているのですね」
「セシリアちゃんはヤヤの憧れで、大切な仲間デス。灰狼は仲間を第二の家族として思うデス……って言っても、ヤヤじゃセシリアちゃんの役に立ててないデスけど」
「自分を卑下する物ではありません。自らの教えに従い、友を大切に思うその心こそがもっとも尊く大切な物なのですよ」
仲間意識が強いからこそ、力不足を実感し耳をぺたんと垂らすヤヤにベルナデッタは慰めの言葉を掛ける。
力なく笑うヤヤに、停車した馬車の中でベルナデッタは最後の言葉を掛けた。
「改めて聞いておきたいのですが、貴女のお仲間はセシリア。というお名前なんですね?」
「デス」
扉を開け、神々しい光に包まれながら背を向けるベルナデッタの真意がくみ取れず、ヤヤは首を傾げながら答えた。
ベルナデッタの顔は光に包まれていて分からない。
だが、その手が掴んだ身の丈もある重厚な十字架から、ヤヤは何処か聞き覚えのあるジャカッという細かい部品がなる音が聞えた。
「ありがとうございます。やはり全ては主の巡り合わせ、主はこの為に私をここに招かれたのですね」
「シ、シスターさん?」
ヤヤは何か、言ってはいけない事を言ってしまったような感覚が腹の底に湧き上がった。
例えるなら、母が作った晩御飯をつまみ食いして問い詰められた時に、誤魔化そうとしたがつい口が滑った時の様な。
例えるなら、兄や弟に対して喧嘩の勢いのまま暴言を口走ってしまった時の様な。
例えるなら、父と狩りに赴いた際、知らず魔獣の縄張りに入ってしまった時の様な本能的な危機感を。
そんな、これから悪い事が起こる前兆の様な言いようの無い嫌な予感を腹の底に抱えた。
「天上の世界におわす我らが主よ、この身は主の敬虔な信徒。主が愛するこの世界を脅かす敵を、私は討ち果たしましょう。それでは、ヤヤちゃん。貴女に主の導きがあらんことを」
もしかしたら、目の前の人はただの優しいシスターでは無いのかもしれない。
ヤヤは、扉が閉まる向こうで最後まで微笑から変わらなかった、やけに敬虔なシスターを見続ける事しか出来なかった。




