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先輩の足跡

 


 明らかに建物では無い、畳づくりの部屋の外へ出れば自然の地下だと分かる岩肌のある場所

なのに、その畳張りの部屋に備え付けられた窓からは月明りが見えている。

 しかし風の類は入って来ない。

 空間魔法に依って空間を歪めて作られた、何処かの空だ。


 そんな空間で、アイアスはぽつんと立っていた。

 その対面には妖艶な九尾の女。イナリが畳の上に腰を落ち着けている。


「……突然なんだい、老人の暇つぶしに付き合うつもりは無いよ」

「なんじゃツれないのぉ、ちーとばかし年寄りの戯れに付き合ってくれても良いじゃろうに」


 セシリアに水を持っていこうとしていたアイアスは、突然の空間跳躍によってグラス片手にしかめっ面を更に不機嫌そうに歪めていた。

 鋭い視線に晒されたイナリだが、盃を片手に艶やかに着物をはだけさせながら唇を尖らせていた。

 同性ですらクラっと来るような色気をまき散らすイナリを見下ろしながら、アイアスは深くため息をつくと降参する様に対面の畳の上に腰を落ち着ける。


 ゆらゆらと九つの金色の狐尾を揺らしながら、イナリは何処からもとも無く虚空から新しい酒瓶を取り出すと、アイアスに朱色の盃を突き出す。


「ほれほれ、師の盃が空じゃぞ」

「はいはい。全く、アタシはアンタの小姓じゃないってのに」

「くふふ、良いでは無いかよいでは無いか。妾とて小憎らしい弟子に酌される褒美を貰っても」


 並々に注がれた酒を煽りながら、豊か過ぎる谷間に滴らせる。

 既に還暦に入ったアイアスだから何とも思わないが、年若い者が見ればきっと色々とキてしまうだろう。


 早く帰りたいな。と思いながらアイアスは、セシリアに渡す用だった水を飲んでいると一冊の古びたノートを渡される。


「ほれ、酌の褒美じゃ」

「なんだいこれ、随分古い紙だね……元の方は見覚えのない字で……これは翻訳した紙が挟まってるのかい」

「それは妾の旦那様の手記じゃ、魔界との門を塞ぐ手立ても記されておる。まぁ、アイ坊が目を通して問題ないようならあの混ざり物の娘にも見せてくんなし」

「勇者の……良いのかい、アタシが読んで」

「構わぬ、埃を被っては可哀そうじゃろ。それに、妾ももう良い歳じゃ、誰かに託したいのじゃよ、世界を救った英雄の足跡を」


 アイアスは慎重な手つきでノートを捲る。

 大事に保管されていたのだろう、触れれば壊てしまうという程では無いが、それでも年季を感じる色あせていたり煤汚れていたりと自然と慎重にもなってしまう。

 アイアスはそれがノートだとは分からなかったが、セシリアが見ればきっと懐かしさを感じる、学生ならば誰もが使う一般的なノートだった。


「勇者の手記……」


 知られざる勇者の軌跡に、興味が勝りアイアスは生唾を一つ呑んで一枚目へ目を通した。


『2018年4月1日。といっても、こっちの世界の暦とか分からないから、日本の暦で書いていこうと思う。どうせ誰も読めないしな』


「日本……あの子と同郷だったのか」


 手記と聞かされたが、日記の書き出しだった。

 角ばっていて少し汚い字だが、イナリの翻訳した紙のお陰で読むには困らない。

 セシリアの前世として聞かされた日本という言葉に、アイアスは読む手を一瞬止めたが、まだまだ日記は続いている。


『ほんとに困った。玄関開けたらカトウのご飯ならぬ、玄関開けたら別の世界。それもRPGかよって位テンプレなよく来た勇者よ、なんて言われたんだが。いやまぁ? ラノベ好きだし、そういう妄想するけどさ、実際に起こるなんて欠片も思わないじゃん? ていうか帰れるの? 偉そうな王様っぽいおっさんに聞いたけど、政治家もびっくりの口の上手さで帰れないって言われたよ。危ない危ない、俺がもうちょい馬鹿だったら騙されるところだった。つまりなんだ、異世界召喚されましたorz』


「随分とまあ、若い奴が書いたんだろうね」

「それはそうじゃ、旦那様が初めてこの世界に来た時は16じゃったからな」

「16!? 餓鬼じゃないか!」


 世界を救い、亜人と人間の確執を無くした勇者がまさかの16だったと知り、アイアスは驚愕の声を上げる。

 世の中には若いうちから歴史に名を遺す様な天才が居るのは知ってるが、それでも16の少年が成すに大きすぎる功績だ。

 改めて、畏敬の念を込めて日記に視線を落とす。


『2018年4月3日。多分あってる。昨日は色々な事があって疲れて書くの忘れたので、その分も。まず第一に、この世界詰んでる。いや普通さ、魔王を倒せとか言われてもまず目覚める前とかじゃん? よしんば目覚めたとしても準備期間ってあるじゃん? 強くなるためのさ、RPGだって最初は勇者もLV1な訳じゃん? なのにもう戦争も泥沼化してる訳よ。真珠湾なら赤紙招集掛かってる時期だよ!! しかもなに!? ケモミミっ子に虫娘もいる極楽にゃんにゃん亜人おーけーな異世界なのに差別と確執が半端ないんだが!? なに!? ヤバくね!? 差別どころじゃねーよ! ナチスドイツかって位差別がヤバいんだけど!!』


「その頃は亜人問題も酷くてのぉ、亜人は総じて出来損ないと揶揄され奴隷扱いじゃったし、亜人側も人間を汚らわしい物として決して受け入れなかった。その所為で瞬く間に魔界の軍勢に大陸は焦土と化しておったのじゃ」

「知ってるよ。だからこそ、亜人と人間の共存できる世界を作り上げた勇者は英雄と祭らわれたんだろう」


 きっと、無理やりにでも明るく書かなければやっていけなかったのだろう。

 年若い字からは、それほどに苦難が滲んでいた。

 勇者が現れたのは、戦火が大陸全土に広がった頃と言われている。呉越同舟、共通の敵がいれば過去の確執は忘れて目の前の問題に対して手を組むというが、当時の亜人と人間の確執は共通の敵が居た所で収まるものでは無かった。


 長い歴史における両者の溝は、深まるばかりで急ごしらえの同盟を組んだ所で現場の兵士たちはいつ背中を切られるか分からない恐怖の中で戦っていたという。


『2018年4月4日。悲報、俺氏魅了魔法持ち、ゲス勇者R18コース決定。いやあああああああ!! NO! NTR! NO!NTR!! 無理なんですって! 俺が好きなのは純愛両片思い!! 最後まで砂糖たっぷりのハッピーエンドなの! ……いやまぁ、えっちならいけ……嘘! やっぱり純愛が一番! という訳で魔法の使用はNGでお願いします!!』


「なんだいそりゃ、まぁ良識があって良いとは思うけど……」

「くふふ。旦那様は愛い奴でのぉ、それはそれは自分の魔法が思ったものでは無いという事実に落胆したと言っておっての。男子じゃからかのぉ、もっと恰好良い物が良かったといつまでも嘆いておったものじゃ」


 ここに関しては多分素なのだろう。

 魅了の魔法によって傾国にまで堕ちた国が一つあるだけに、まぁ良識があって良かったとは思うが、それにしても多分一番ショックを受けているのでは? と思えるくらい切実だった。

 多分異世界召喚された時よりも切実だろう。


 次の乾いたページを捲ったアイアスは、目に映る文字の羅列に圧される。


『2018年4月6日。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。弱くてごめんなさい情けなくてごめんなさい戦えなくてごめんなさい守れなくてごめんなさい』


「……」

「当時はの、旦那様の初陣じゃった。じゃがな、旦那様は戦いのない平和な世界から来た坊じゃったからな、戦えるわけも無かったのじゃ。旦那様は悔いておった。剣を教えてくれた騎士の事を、勇者だからと庇って死した神官の事を、未来を託して特攻した農夫の事を。旦那様は決してわすれなかったのじゃ。難儀なものよの、勇者などと持て囃され縁もゆかりも無い世界に誘拐され、戦いに身を置かねばならぬ若者というのは」


 血と涙だろう。

 泥だらけの手で書いたであろうページは、後悔と慟哭に満ちていた。

 たった16の少年がどうしてこんな重荷を背負わなければ行けないのか、セシリアの言葉に依れば日本というのは戦いなんて無い世界だ。それどころか、誰かが目の前で死ぬなんて老衰しか見たことが無い平和な世界だと言っていた。


 きっと、この日記を書いていた頃の勇者はまだまだ勇者なんて呼べない少年だったのだろう。

 どうしてイナリが態々これを見せたのか、何となくわかった気がしたアイアスは言葉なく次へ映る。

 きっと、見なければいけない。

 彼の護った世界に生きる者として。


『2018年4月7日。生存者が居た。亜人だった。周りの皆は保護するのを反対してたけど、俺はそれを押し切って彼女を保護した。酷いざまだったよ。手負いの獣なんて可愛い物じゃない、痩せこけて、傷だらけで、家族も何もかも失ったんだろうな。憎しみしかないって顔を10にも満たない、俺よりちっちゃな女の子がしていい顔じゃなかった』


「ばぁ様」

「……まぁ、当時は妾の故郷は滅ぼされたばかりじゃったからな。悪魔はおろか人間だって信用できなかったからの。思えば旦那様と妾の出会いは最悪な物じゃったな」


 悔悟の声を囁かせながら、哀愁漂う雰囲気で盃を揺らすイナリ。

 先ほどから一切減っていない盃には、妖艶な女では無く寂し気な未亡人の顔しか映っていない。


『2018年4月……いや、もう日付は良いや。どうせ帰れないし、最近は月日の感覚も無いからあってるかも分からない。ここに来て俺の魔法の意味が分かった。俺の魔法は精神干渉の魔法だ。始めはただの魅了チートでゲス勇者コースかよとか思ったけど、正しくは精神に干渉する魔法。だから上手く使えば戦いにも使えるし、それこそ、多分亜人と人間の確執にも決定打を打てる……とりあえず、保護した狐っ子ちゃんに飯だけ食って貰えるように催眠でも掛けようと思う。多分大丈夫、失敗した時はその時考えればいい』


「結果的に妾には魔法は効かなかった訳じゃが……まぁ、あの頃の旦那様は見ておれんくてのぉ、それに妾も生きている【人】じゃ、飯だけは、と言われて根負けしての……くふふ、あの時の旦那様の安堵した笑顔は今でも忘れられない物じゃ」


 イナリは、母の様に穏やかに微笑みながら懐かしむ。

 心から勇者を愛しているのだろう。ただの人間である勇者の寿命だって100年も無い。

 逆にイナリは妖狐の中でも特別寿命の長い九尾という種族だ、実際既に300年以上よわいを重ねている。


 愛するものに先立たれる辛さを、人間であるアイアスは知らない。知ることは出来ない。

 でも、そのイナリの表情には決して後悔など微塵も滲んでいないのだけが分かって、充分だった。


『2018年4月——なんだか久しぶりに日記を書いた気がする。もう日付の感覚が無い、朝が来て悪魔を殺して、夜になったら寝て、また朝は殺して。ここ最近はただただその繰り返しで言葉を話した記憶も無い』


「旦那様はの、日に日に心を殺していったのじゃ。無理も無い、戦いに身を置く者は皆大なり小なり心を擦り減らせていくものじゃ。当時の妾はそんな旦那様をただ見ておる事しか出来なかった……」


 淡々とした物だった。

 最初の日記に比べてればそれは顕著で、元々は明るい少年だったのだろうに、その文字からは一切の感情が感じられなかった。

 冷たく、寂しく。

 きっとこの日記は、彼が人間であれる最後の命綱なのだろう。


『2018年——初めて悪魔と会った』


「?」

「……次じゃ」


 日記ですら無かった。

 でも、その部分は一番損傷が激しかった。

 書きなぐられすぎてぐちゃぐちゃになった部分は、血や涙というよりは何か別の液体で乾いて汚れていた。


 破れないように、慎重に次を捲る。


『人間だった。何が悪魔だ、あいつらは人間だった。見た目が違うだけで、俺と同じ普通の人間だった。最悪だ。愛する人の名前を泣き叫びながら突っ込んできた奴がいた。作戦は完璧だった、敵の補給地点を潰せたし、戦線を孤立させて街の一つを奪還できた。でもさ、人間が居たんだわ。それに魔王様の為にって叫びながら突っ込んできた奴もいた。多分魔王ってのは良い奴なんだろうな、どいつもこいつも必死で恐怖を押し殺しながら魔王の為にって戦ってた』


「旦那様の魔法はの、精神に干渉できるだけあってその感情まで伝わってしまったのじゃ。だからじゃろうな、当時の旦那様は見ておれんかった。当時は妾の前でだけは見せてくれた年相応の笑顔も無く、本当に全ての感情が抜け落ちておった。きっと、必死で目を背けて来た自分の行動を振り返ってしまったのじゃろう」


 きっと、アイアスとてナターシャとエロメロイと会う前なら理解は出来なかっただろう。

 でも悪魔を直接目にしてしまった。

 悪魔なんて、異次元の存在なんて言われている悪魔だが、普通の人間と同じように笑って怒って、何も変わらなかった。

 だからこそ、彼は気づいてしまった。殺人という咎の重さに。


 必死で目を背けて来た事を、薄々気付いてたであろう事を突き付けられて危うい所にあった心が壊れてしまった。


 アイアスはノートを閉じてイナリに向き直る。

 これ以上は、少し休憩を挟まないと見ていられなかった。

 それ位生々しくて、痛い位気持ちが伝わって来たから。


「なんじゃ、最後まで読まんのか」

「まぁ……今は良しとくよ……帰ったら読む事にする」

「そうか……」

「……なぁばあ様。勇者はさ、最後は笑って死ねたかい」


 アイアスの質問に、イナリは顔を上げて目を合わせる。

 たっぷりの時間を掛けて、イナリは我が子を慈しむような嫋やかな微笑を浮かべた。


「うむ。満足そうに逝ったわ……まぁ、最後まで故郷に残した家族を心配はしておったじゃがな」

「……そうかい」


 様々な感情をこめて呟かれた声に、アイアスはグイっと乾いた喉に水を流し込む。

 今度はアイアスの番だ。思った気持ちのままにゆっくりと吐き出す。


「アタシはさ、この国が好きだよ。人間も亜人も関係なく過ごして、上手い飯が食えて、誰も彼もが今日を笑顔で過ごせるこの国が好きなんだよ」

「くふふ、そう言って貰えると旦那様も報われるわ」


 帝国の黒龍ファフニールの封印に関わっていたのだって、勇成国や日常を守る為だし、禁忌の森の奥にいたのだって身の程知らずな冒険家が深部に潜り込んで森を荒らすのを防ぐためだ。

 誰に言われたからでは無い、アイアス自身で選択した行動。


「アタシの()()()()()()のセシリアだけどさ、あの子は笑っちまうくらいまっすぐな子なんだよ。初めて会った時だって母親を助ける為だし、どんなに辛い事があっても歯を食いしばって耐えて来た。15の娘がだよ? あの子はこの国で幸せそうに過ごしていたんだよ」


 10歳から、5年間セシリアを見て来た。

 セシリアはいつだって努力していた。

 始めは兎の一匹も捕まえられないし、殺す事なんて出来なかった。初めて生き物を殺した時は一日寝込んだし、マリアに慰められていた。


 でも決して、途中で投げ出したりはしなかった。

 そんな事をしなくても良いとマリアに言われても、顔面蒼白のままアイアスの元に来たし、膨大な知識を要求される錬金術の勉強だって食らいついて来た。

 何時だってセシリアの行動理念は単純だ。

 マリアの為、マリアを護る為。

 たったそれだけ。マリアと居る時のセシリアは、本当に幸せそうな笑顔をしている。


 その姿を思い返し、アイアスは畳の向こうを眺めながら穏やかに微笑む。


「だからアタシはさ、この国を害する様な事は絶対に許せないし、その為に森の奥に籠ってこの年まで過ごして来たわけだよ」


 はっきりと思いを告げたアイアスは、孫を見る様な目つきのイナリに気付くとアイアスは気恥ずかしそうに後ろ髪を掻いてそそくさと立ち去ろうと立ち上がる。


「……んじゃあアタシは帰るよ、さっさと元の場所に帰しておくれ」

「いやじゃ」

「……あ?」


 子供の様にぷいっと顔を背けたイナリに、アイアスの眉間に更に皺が寄る。

 イナリおばあちゃん、もう300なんだからそれは痛いよ。


「いやじゃいやじゃー! 暇なのじゃ! 皆楽しそうに祭りを過ごしておるのに妾はここを動けぬ! 暇なのじゃー!」


 子供の様に畳の上で手足をバタつかせて駄々をこねるイナリを、冷めた目で居るアイアス。

 女として艶やかすぎるイナリのそんな姿も、可愛らしく見えるのが美人の特権だろう。

 これで中身が300を超えたおばあちゃんなのをだから、イナリの弟子でもあるアイアスは呆れを通り越して憐みの視線すら送っている。


「……少しだけだよ」

「真か! くふふ、やはり持つべきモノは師思いの弟子じゃな」


 目をキラキラさせながらガバっと起き上がったイナリは、次々と虚空から酒瓶を取り出して据わり直したアイアスの前に並べていく。

 果たして少しで済むのだろうか。

 仕方ないとはいえ、早まったと後悔したアイアスは深いため息をついてしまう。



 ◇◇◇◇



『2018年。多分夏。魔王に出会った。ここまで来ると、もう魔王が普通の人間と変らない見た目をしていたも驚かない。唯一、悪魔特有の真紅の瞳が魔王が悪魔なんだと証明している。でも、いきなり寝てる所に現れたのは流石に死ぬほどビビった。ここ最近はイナリが居ないと寝れなくて、正直参ってる。イナリの事もあって秘密の家に寝泊まりしてたのは、流石に不用心が過ぎると反省したけどさ、普通魔王が単身で突然家の中に現れるとは思わねーじゃん。ただ魔王は戦う気は無いようで、意外だけど普通に飯を食いながら話をした……薬指に指輪があったから』


『魔王からこの戦いの始まりを聞かされた。なんでも、魔導歴とかいう古代文明の遺産の影響で二つの世界が繋がってしまったらしい。魔界ってのは総じてヤバい奴が多くて、魔王の納める国以外は蛮族だから、抑えきれずに侵略戦争になったらしい。魔王は自分の国を護る為にそれを止めずに、そして自らが旗印になって多少の制御をしてるらしい。正直聞かされた所でって話だわ。それを聞いた所で今更どうにもならないし、和平交渉が出来る様な奴らじゃない。魔王の国以外の悪魔は言葉だって伝わんねーんだから……ていうか何で魔王の国の悪魔は言葉が通じるんだ? 多分同じ言葉話してるよな、イナリにも通じてるし。聞くのを忘れたわ』


『後、魔王から魔界への門を封じる方法を教わったから、後世の為に残しておく。とりあえずイナリの空間魔法を合わせて錬金術で作った道具でなんとなりそう』


『去り際、魔王は言っていた。「俺が死んだら、数百年続く平和な世界を作ってくれ」って。なんだよそれ、普通勇者とかいう、自分を殺そうとしている相手に言うか? ていうか言われなくてもやってやるよ。こちとら亜人と人間の確執を俺の精神干渉魔法で一人一人無くしてまで共同戦線組んでるんだから。やってやるよ! ケモミミっ子ハーレム作ってや<旦那様、お仕置きじゃな>』


『2018年、秋口。とうとうここまで来た、明日には魔王が居る敵の侵略領域への全面攻撃が始まる。本当に長かった。亜人と人間でいがみ合ってたら絶対に勝てないから、俺の魔法を一人一人に掛けて他種族への恨みとか嫌悪とか、そう言うのを全部洗脳して手を取り合わせた。好感度反転って便利―。明日は最後の戦いなので、イナリに告白しようと思う。これでフラれたら死ねるので、故郷の姉や父ちゃん母ちゃんは応援してて欲しい』


 ここで日記は終わり、代わりに一枚の封筒が同封されている。


『遺書——俺、()() 恋次(れんじ)は明日、世界の命運を掛けた戦いに挑みます。突然の異世界召喚という、創作物にしか無い様な誘拐行為に遭い、その上戦争への参加を強制されて最悪の出来事でした。故郷へ帰る手段も無く、命を奪う事ばかりで何度も心が折れそうになり、何度も何度も自殺を図る事もありました。でも、俺みたいな餓鬼に期待して死んでいった人たちや、いつの間にか隣に居てくれたイナリが踏ん張らせてくれて、俺は今日まで生きて来れました。正直、未だに世界だ勇者だなんだって分からないけど、俺は俺の護りたいものの為に戦おうと思います。未だ顔も見た事の無い、母親から一度だけ聞かされた事のある姉の事や、馬鹿で寂しがり屋な母親の事が気がかりではありますが、俺はこの世界で生きていこうと思います』


『最後に。もし、俺の様に異世界召喚された人や、それこそ同郷の人がこの世界に来たらお願いしたいことがあります。この世界は夢でも何でもありません、きっと貴方は何かしらの強力な魔法を持っているかもしれません。それこそ、俺の様に誰かの心を操れる魔法を持っているかもしれません。でも、決して悪用はしないで下さい。貴方の前にいる人はゲームのNPCなんかじゃありません、たった一度の人生を生きていて、大事な人がいるであろう生きた人間なんです。異世界だから何をしても良いなんて事はありません』


『どうか、この書置きを読む者が良き人であることを祈ります。この世界を、俺と仲間達が作る国を、どうか俺の代わりに守ってください』


 後から書き加えられた物だろう、血濡れて弱弱しい字で書かれていた。


『お願いします』


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