主の求める言葉、従者の在り方
いつもこんな牛歩作品を呼んでいただいてありがとうございます!
仕事が始まって忙しく、なかなか執筆する体力が無くて更新が遅れてしまいました……少しずつ慣れてきたので、これからも執筆は頑張ります!
感想下さい! 感想貰う度に作者が興奮して書き始めるのでよろしくお願いします!!
セシリアとマリアが幸せそうに踊る傍ら、クリスティーヌとヴィオレットは人混みから離れたテラスにてひと時の休息を取っていた。
「全く、お姉様にも困ったものですわ」
「レフィルティニア様も故意では無かったんですから、余り言い募っては可哀そうですよ」
「……まぁそうですわね、後でお姉様好みの蔵書でも送ろうかしら」
「それは良いですね。幾つか見繕っときますね」
「お願いね、ヴィー」
目頭を解しながら、クリスティーヌは傍らで紅茶を淹れるヴィオレットに謝辞を送る。
先ほどまで、クリスティーヌはレフィルティニアに苦言という名のお説教をしていたのだが、少々熱くなってしまったのを思い出してため息を一つ吐いた。
そのレフィルティニアも、お説教が終わった瞬間駆け出して、今は夫であるリアベルトと楽しそうに踊っている。
30代頃のリアベルトと、三十路であるにも関わらず12歳程度の姿しかないレフィルティニア。
二人の関係やレフィルティニアの種族を知らなければ、ちょっとお話を聞きたい光景。
ヴィオレットが淹れてくれた紅茶を一口含めれば、胃の奥から温まる心地よさが身体に染み広がる。
特に二人は会話なく、暫し目の前の平和な光景を眺めていた。
つい先日、一つの街が災厄に襲われたとは思えない。
「ねぇヴィー」
沈黙を、クリスティーヌが破る。
ヴィオレットの返事は無いが、3歩下がった場所に確かに居る。
彼女は従者の返事を待たず口を開く。
「帝国は何をしようとしているのかしら」
「……少なくとも、フィーリウス家は関与していないと思います」
「えぇそうね、だってフィーリウス家は建国から成る五大公爵家では無いもの。黒龍ファフニールには関われないものね」
黒龍ファフニール。それはローテリア帝国の皇室と、建国から成る五大公爵家が秘密裏に封印していた魔導歴の生物兵器。
皇帝と、それぞれの当主だけが知る事の出来る最重要特秘事項。
本来はクリスティーヌやヴィオレットの様な、いち貴族子女とメイドが知れる事では無い。
が、彼女達は偶々、生家にてその存在を知ってしまったのだ。
知った。とはいってもその存在と、それに関わる者達の事だけだ。
それがどんな物なのかは、どれだけ調べてもついぞ分からなかった。
唯一分かった事は、その黒龍ファフニールが、魔導歴にて【叡智の道】と呼ばれる生物工学を主とした倫理へ中指立てながら研究を重ねた組織によって作られた物という事。
具体的な証明は出来ない、散乱する情報から纏めたクリスティーヌなりの推測だ。
その封印されている筈の黒龍ファフニールが、何故封印が破られたのか。
封印に関わっているアイアスに話を聞いたが、彼女が帝国に着いた時には既に封印は破られていた、もっと言えば、かなり以前から封印に誰かしらが干渉していた痕跡があったと言っていた。
『あれは人為的だね。しかも長期間、それこそ何年何十年と積み重ねた後だったよ。恐らく犯人は外の人間じゃない』
「……内部犯。それも何度も訪れても不審に思われない人物」
クリスティーヌはヴィオレットが用意してれた椅子に深く腰掛けながら、夜空を仰ぐ。
五台公爵家が関わってると言っても、手繰り綱を握っているのは皇室だろう。
更に言えば、封印が解かれたのは新皇帝が謀反によって即位したのと同時期だ。これを偶然と呼ぶには、些か出来過ぎでは無いだろうか。
極めつけは封印が解けた瞬間、他国である筈の勇成国の辺境の街に現れた。
首都であるこの場を飛び越えて、だ。
その結果街は半壊し、多数の死者を出した。
それだけでなく、悪魔であるナターシャとエロメロイが世界の壁を越えて現れるに至った。
仮に悪魔のことが無くても、黒龍が帝国の方角から飛んできたのは誰の眼にも明らかだ。
列強の同盟を組んでるとは言え、下手すれば宣戦布告と取られても可笑しくない。ただでさえ今の帝国は不安定な状況、そんな状況で戦争ともなれば、確実に泥沼とかすだろう。
それすら知らずに? 本当に偶然?。
思考の渦は底無し沼の様にクリスティーヌを引きずり込んでいく。
嫌な想像ばかりが絡みついて、足元の崩れ落ちる様な不安に襲われる。
「お嬢様」
思考の泥沼に陥ったクリスティーヌの耳、ヴィオレットのハスキーな声が響く。
普段はメイドよろしく3歩後ろで佇んでいるヴィオレットが、隣で心配そうに、されど確かな安心感を覚える怜悧な容姿で覗き込んでいた。
それがクリスティーヌの不安を、いとも容易く晴らす。
「きっと大丈夫ですよ、お嬢様が抱える必要はありません」
「……そうね、お姉様も義兄様も、あの悪魔二人も色々やっている様だし、ワタクシはのんびりしようかしら」
「それが良いです。とりあえず、日々の疲れを取りましょう」
ヴォオレットに肩を揉まれながら、クリスティーヌは苦笑を浮かべて身を委ねる。
流石に、黒龍の事は伝えられていない。ローテリア帝国の最重要秘匿事項である上、クリスティーヌ自身確かな情報を持っていないから。
もしかしたらまた戦争が起こるかも知れないという時に、下手に混乱を招くことは言えない。
だが、大人達はそれに向けて行動している。ならば任せてしまおう。
17歳のクリスティーヌに出来る事は少ない。
「なんだか、こうしてゆっくりするのも久しぶりな気がしますね」
「そうね、昨日が随分昔に思えてしまうわ」
「ふふ、お嬢様も変わりましたよね」
「あら? そうかしら?」
「えぇ、あの家にいた頃に比べて随分笑顔が増えましたから」
「……そうね。お姉様のお陰ね」
肩を揉まれながら、穏やかに会話する。
幼い頃のクリスティーヌを知る者は、ヴィオレット以外ここにはいない。
きっと、今の姿をレフィルティニアが見れば同じように変わったと言うだろう。
それ位、フィーリウス家に引き取られる前のクリスティーヌは感情の無い、否、感情を殺した少女だった。
貴族たるもの、心を殺し仮面を被れ。
そう育てられてきた。徹底的に。
誰よりも貴族らしい家に生まれ、厳しい教育を受け、歩き方の一つ、表情の一つですら鞭と共に教育というの名の暴力が振るわれる。
声を上げて笑うことも出来ない、常に感情を隠す微笑を浮かべ、幼い少女の身には余る程の知識を詰め込まされた。
全ては完璧な貴族になるべく。
貴族は民を導かねばならない、その為に国の、民の奴隷になって生きていくべき。
そう教えられ、そう生きて来た。
両親も誰がどう見ても仮面夫婦で、愛なんて無かった。
政略で結婚し、義務感で子を産み、責務と共に育てた。
愛情の中抱きしめられた事なんて無い、愛情と共に叱られた事なんて無い。親子の会話なんて報告以外ない。
幸いだったのが、彼女の周りにはそんな光景しかなかった事。憧憬すら抱く事が無かった事だけが、彼女に寂しさを気付かせなかった。
唯一、クリスティーヌが拾ったヴィオレットだけが隣に立っていた。
人生で初めて、クリスティーヌが自らの望みを口にした結果だ。
「あの家にいた頃は、なんの力にもなれず申し訳ございませんでした」
「良いのよ、あの人達は親では無く貴族だっただけ」
「ですが……私はあの時お嬢様を守り切れず——」
「それこそ悔やむ必要はありませんわ、だってお陰で魔法を覚醒する事が出来たんだもの。結果良ければ全て良しですわ」
彼女の宝石魔法は先天性では無い。
12の頃、夜盗に襲われたのだ。
必死で抵抗するも、用意周到に待ち伏せされた彼女達に抗い切れる事は出来ず、またヴィオレットも15で今程戦闘の技術を磨いてなかった。
抵抗虚しく、クリスティーヌは傷を負い、その時にクリスティーヌの宝石魔法が覚醒し事なきを得た。
が、今でこそ薄らとした傷しか残っていないとはいえ、傷を負ったクリスティーヌは貴族子女としての価値が損なわれ、あっさりと生家に見捨てられた。
そんな彼女を受け入れたのが、レフィルティニアの居たフィーリウス家だ。
「昔の事は良いわ。それより、貴女はどうなの?」
「どう、とは?」
無理やりの話題転換と共に投げられた質問に、ヴィオレットは首を傾げる。
主語が無い質問は主には珍しく、また口籠る姿も見覚えはなかった。
「ワタクシの従者としての日々よ、もう浮浪児では無い。学もあり、武も見に付けた。それこそ、好きな道を生きてもよろしくてよ……ワタクシの相手は疲れるでしょう?」
最後の言葉は、営みの事だ。
時たま、クリスティーヌはヴィオレットを抱く。
だが二人共、決して睦言は言わない。
クリスティーヌが情欲のままに攻め、それをヴィオレットが受け入れる。
何時だってそうだ、求める時もクリスティーヌから。決してヴィオレットからは求めないし、愛してるとは言わない。
そんな事をしなくても良いと言外に語るクリスティーヌに、ヴィオレットの手が離れる。
その気配に、クリスティーヌの胸に小さな痛みが走るが、背を向けるクリスティーヌにヴィオレットの表情は分からない。
「私はお嬢様の道具です。お嬢様の手足です。お嬢様のメイドです。あの時、薄汚い私に手を差し伸べていただいたその時から、私の居場所はお嬢様の隣ただ一つです。お嬢様が死ねというなら死にますし、お嬢様が火の中に飛び込むなら喜んで共にします」
「……そう」
きっと従者としては完璧な答えだろう。
だが、クリスティーヌはたった一言を求めていた。
その一言が無い事に、悟られないように小さくため息を吐く。
それに気付いているのか気付いていないのか、ヴィオレットへ振り返ると、彼女は小さく微笑を向けていた。
きっと嘘では無い。恩義を感じ、尊敬を抱き、敬愛してくれる従者。
だがクリスティーヌには、それが少しだけ物足りない。
「ならこれからも共に居なさい。勝手に居なくなることは許しませんわ」
「承りました。少しでも長生きできるよう、精進します」
恭しく一礼するヴィオレットにクリスティーヌが頷くと、視界の端に見知った顔を見つけた。
「あら、ヤヤちゃんですわ。丁度良いし本を渡しに行って上げて」
「かしこまりました。ヤヤちゃん、今良いですか?」
「……なんデスか?」
「先日探していた、魔力欠乏症の本を見つけたのでお渡ししようと思ったのですが……大丈夫ですか?」
ヴィオレットが心配そうに聞くのも無理からない。
普段は明るいヤヤだが、今はその欠片も無い。
トレードマークの狼耳と尻尾は、しなびれた様に垂れている。
「……ありがとうデス」
「あ、ヤヤちゃん……行っちゃった」
「何かあったのかしら、後で何があったのか聞くとしましょう」
本を受け取ったヤヤは、そのままトボトボと立ち去って行った。
その姿を、二人は心配そうに見送って。
◇◇◇◇
セシリアとマリアの姿を、一人の男性がじっと見つめていた。
金の髪と深海を思わす青い瞳を持つその男性は、アレックス。セシリアに告白し、その後も愛を求めたが暴走してこっぴどくフラれた男だ。
そんな彼の背後から、また一人の男性が荒々しく肩を組む。
「よっ! 祭りは愉しんで……は無いみたいだな」
「陛下!? 申し訳ありません、今は警備の最中でして……」
「って言っても休憩時間だろ? ほーん、あれが愛しのセシリアちゃんか、美人だな。ま、うちの嫁さんの方が美人だがな!」
惚気ているのは国王リアベルト。
イナリ譲りの金の狐尾と耳を揺らしながら、黒髪を撫でつけた装いだ。
アルベルトの恋心を何処で知ったのか、あっさりと言い当てるリアベルトに込みあがるため息を押し殺しながら慇懃に対応する。
「惚気るのは構いませんが、ここに居るのは傷心中の憐れな男だという事をお忘れなき様」
「うっそ! お前フラれたの!? はー、お前フる女居るんだ。なら完全脈無しだな、お疲れ!」
「……陛下」
この人は本当に王族だろうか、下町のおっさんの様にがははと笑いながらアレックスの背中を叩いてくるリアベルトに、等々抑えこんだため息が零れてしまう。
リアベルトが驚くも無理ない事である、アレックスはそれはそれはモテるのだ。
容姿端麗、頭脳明晰。武に優れ生粋の貴族だ。
実家は子爵で現在は騎士爵だが、勇者候補筆頭という肩書のお陰でそこらの下位貴族よりも階級は高い。
それでいて未婚の23歳だ。
多くの貴族令嬢、子女がこぞって彼の寵愛を得ようと躍起になる程には、彼はモテる。
が、それも一人の少女には関係ないようだが。
「ま、いい加減腰を落ち着ける頃合いしな、引かれない程度にアプローチすれば? お前みたいなイケメンならその内良い感じになるんじゃね?」
「もう失敗した後ですよ」
「あちゃー、マジか。乙!」
時すでに遅しだ。
親離れ出来ていない様子のセシリアに、つい熱くなって語ってしまって激昂された後だ。ここから好転するのはかなり難しいだろう。
無意識的にマリアに恋してるセシリアに、親離れした方が良いと貴族的価値観で語ってしまったのは失敗だった。
貴族的価値観に於いて、女性は結婚する物。それが仕事なのだ。
生粋の貴族であるアレックスもそれに漏れる事無く、結婚した方が良いと迫って地雷を踏んだ。
結局、アレックスはこうして羨まし気に眺める事しか出来ない。
明らかに楽しんでいる笑顔で親指を立てるリアベルトから視線を逸らすと、向こうからリアベルトの息子、ブリジットが近づいて来た。
リアベルト譲りの黒髪と金の狐尾と耳。
15歳ながらレフィルティニア譲りの種族特性で、12歳程度しかない容姿と身長。
その背で、男ながらやや細長い絞られた黒髪が揺れている。
「御機嫌よう、アレックス殿、父上。それと父上? 先ほど母上がクリス叔母さまにお説教されていましたが、何かしたのですか?」
「あ? あー、まぁいつもの悪癖だろう。わり、ちょっと嫁さんの所行って来るわ。楽しんでなー」
ぴらぴらと手を振りながら、リアベルトは立ち去って行く。
その背を見ながら、残されたアレックスとブリジットはどうしたものかと手持ち無沙汰で佇んでいる。
「ブリジット様、挨拶周りはよろしいのですか」
「はい、先ほど一通り終えた所です。アレックス殿は踊らないのですか?」
「警備がありますので、休憩が終わり次第また巡回ですね」
「それはお疲れ様です」
「滅相もありません、騎士として当然のことですから」
「……」
「……」
会話が続かない。
アレックスに会話を続ける気が無いのではなく、ブリジットが何か言いたげにもじもじしてるからだ。
ともすれば少女に見えてしまう様な美少年のブリジットは、尻尾をゆらゆらと揺らしながら両手を腰の前で握って顔を赤くしている。
使えるべき主のそんな姿に、アレックスはそろそろ休憩時間が終わるな。と考えながら口火を切った。
「ブリジット殿下?」
「ひ、ひゃい!」
「何か俺に言いたいことがあるのでしょうか。あるならそろそろ休憩時間も終わるので、仰って頂けるとありがたいのですが」
「あ、あります! え、えっとですね……」
余計顔を真っ赤にして、もじもじぴこぴこと忙しなく狐耳が揺れる。
そんな姿を世の女性が見れば、今すぐ襲いたくなるような庇護欲そそる姿をアレックスは凪の様な心持で待つ。
どれだけ可愛らしくても、ブリジットはれっきとした男でアレックスの使えるべき主だ。
決して、可愛らしいとか口にしない。
「よ、よーし。いうぞー、母上に言われた事を活かすんだ!」
小さな声で喝を入れるブリジットだが、当然目の前にいるアレックスには筒抜けだ。
一体何を言われるのだろうか、一瞬脳裏にはアレックスに告白しに来た令嬢たちの姿が浮かんでくるが……。
「あ、アレックス殿! その……」
意を決してブリジットが名前を呼ぶ。
そのまま両手を胸の前で組み、顔を真っ赤にしたまま一つはにかみ、
「僕と……踊って頂けますか?」
こてん、と小首を傾げてダンスの誘いをかける。
きっと、これが世の女性ならば一瞬で心打たれただろう。
可愛らしい垂れ目は潤い、羞恥に悶える様は庇護欲を越えて情欲すら湧き上がる。
が、セシリアの事で頭いっぱいなアレックスに、ブリジットの魅了は効かない。背伸びする弟を見る様な優しい目で答える。
「俺で良ければ」
「やった! では早速!」
小さくガッツポーズを取ったブリジットは、早く早くと言わんばかりにアレックスに手を差しだす。
身長の足りないブリジットがリード出来る筈も無く、女性側に回るようだ。
雛の様に可愛らしいブリジットに苦笑を一つ浮かべながら、アレックスはその手を取って踊りだす。
人気が無い場所なのも相まって、二人だけの空間が出来上がった。
「えへへ、アレックス殿と踊れて光栄です」
「俺も、殿下と踊れるなど思いもしなかったです。どうですか? 最近の調子は」
「宗教学が少し苦手ですね。人の顔や名前は覚えられるのですが、どうしても宗教的思想が理解しきれなくて……」
「俺も同じですね。この国は勇者信仰が強いですから、余り敬虔な人も多くないですしね……申し訳ありません、失言でした」
「いえいえ! 気にしないで下さい! 気にしてませんから」
雑談の傍ら、勇者の話題にアレックスは心から申し訳なさそうな表情をする。
勇者候補の筆頭に挙げられるアレックス。だが本来なら、正統に勇者の血を引くブリジットが勇者になるべき存在なのだ。
それを、勇者の血を引いていないアレックスが成ってしまっている事にアレックス自身納得いっていないと表情が物語る。
「ですが……」
「良いんです。僕が魔法を使えないのも事実ですし、武の才が無いのも事実ですから。それよりも、尊敬するアレックス殿が世に認められている事の方が僕としては嬉しいです」
ブリジットは魔法を持って生まれてこれなかった。
リアベルトが希少魔法を持って生まれて来ただけに、勇者の血を引く彼も同じように期待されていたのだ。
リアベルトは王に成る事が決まっていたので勇者にはなれなかったが、その息子なら。そう言った周囲の期待は、ブリジットに武の才も無い事で失墜した。
その所為で、ただ生まれつき魔法と剣の才を持っていたという理由だけのアレックスが選ばれた。
「ですが俺よりも殿下の方が勇者に相応しい。その心の強さが、勇者になるべき証左です」
「アレックス殿にそう言って貰えれば、それで充分です」
ただ運よく魔法を持って生まれた。ただ運よく才能があった。ただ運よく容姿が整っていた。
アレックスは特別な努力を必要としなかった。努力せずに結果を残せる、天才側の人間だ。
「アレックス殿は才能も無い僕に、飽きずに道を示してくれました。『騎士とは剣が優れた者が成るものでは無い、誰かを守りたいと思える人がなる職業だ』」
「お恥ずかしい、あの頃は俺も若かったですね。余計なおせっかいをして」
「お節介じゃありません。あの言葉があったから、僕は腐らずに居られたんです。決して強いだけが騎士じゃない。弱くても、誰かを守りたいと思える気持ちがあれば良いと。それが僕には救いでした」
ブリジットは努力した。している。
生まれつき魔法を持っていなかった。武の才も無かった。
だけど心があった。鋼の様に固く、母の様に柔らかく父の様に大きな心が。
必死で努力を重ねた。
顔も名前も知らない誰かを、護りたい、救いたいと思う心があった。
そんなブリジットだからこそ、ただ全てを持って生まれたアレックスはここまで自らが勇者と呼ばれることを嫌うのだ。
「アレックス殿。僕はアレックス殿を尊敬しています。貴方は自らの実力を運だと言いますが、僕はそうは思いません。生まれ持った才能だって磨かなければ意味がありませんから、貴方は充分勇者に相応しいですよ」
「……お心遣い、痛み入ります」
母の様な穏やかな微笑で、ブリジットは元気づける。
きっとそれでもアレックスの心は変わらないだろう、それでも良いと。何度だって元気づけよう。
笑顔の裏でブリジットは決意する。
「それよりアレックス殿。どうやら慕う相手が出来たとか」
「それをどこで……いえ、まぁ、お恥ずかしながら」
「ふーん、そうですか」
「で、殿下?」
何故か急に不機嫌そうに唇を尖らせるブリジットに、アレックスはどうしてかわからずたじろいでしまう。
そんなアレックスを横目に、ブリジットは暫し沈黙を貫いていたが、ため息を一つ吐いて向き直る。
「アレックス殿。何時までも僕の騎士で居てくれますか?」
「突然何を? ……んん。はい、勿論。俺はブリジット殿下の騎士です、それは決して変わりません」
「ふふ、そうですか。なら良いです」
「殿下? 一体どうしたんですか、先ほどから」
「何でも無いです。僕は今、すこーしだけ愉快で結構不満なだけですから」
ころころと笑うブリジットは、アレックスだけを見て笑う。
楽しそうに、寂しそうに。




