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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
1章 お母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました
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永遠を願う儚い時間




 セシリアが、愛衣としての自我を取り戻したのは一歳の頃だった。

 それまでは、どこか夢心地の様なふわふわした感覚に包まれていて朧気であやふやな。


 一歳を迎え愛衣として自我を得てからは成長に従って記憶を取り戻し、4歳を迎える頃には前世の記憶をあらかた取り戻していた。

 と言っても完全に思い出した訳では無い。


 近親者の顔や名前など知識と言うよりは思い出の部分が霧がかった様に朧気で、でもそれでも高牧 愛衣という少女が孤独で苦しんだまま死んだ事だけは強く、感情の激流として流れ込んできた。


 寂しい、痛い、怖い、辛い。

 助けて、お父さん、お母さん。

 暗闇の中で蹲って泣くセシリアを光が包み込み、救いあげた。


 そんなセシリア(愛衣)が、自我を取り戻して一番最初に発した言葉が。


「ぁう~~~(なんて理想のお母さんなんだ!!!!)」


 だった。


 常にニコニコと、慈しみを持って接してくれる美しい母マリア。

 容姿的にも内面的にもドストライクで、セシリアは一瞬で恋に落ちた。

 勿論、恋と言ってもそれは恋愛的なものでは無く理想の母を見つけたことによる興奮と親愛である。


 そんなセシリアが心に決めたことがある。


(今世ではお母さんを際限なく愛そう。可愛げのある子になろう、そして絶対に私がお母さんを守ろう)


 それは前世での失敗を繰り返さない為の覚悟。


 前世の母が愛衣を捨てたのは愛されてないと思ったから。

 そして愛衣が可愛げが無いと言われた言葉が心に刻まれている。だからこそ愛衣は多少気恥ずかしさを覚えようとも、無垢な子供として振舞い過剰なまでのスキンシップと笑顔を母に送る。


 私は貴女を愛している。これだけ愛している。だから捨てないで。と心の中で泣きながら。


(思えば、前世の私はお母さんに好きって言った事が無かったような。習い事に勉強が重なってからはあんまり会話もしなくなったし、愛想笑いばっかする娘なんてそりゃ可愛くないよね)


 転生して尚、前世の事を時たま思い出して気分が落ち込んでしまう。

 例え身体がセシリアになっても、愛衣としての記憶がある以上仕方の無い事ではある。だがその度に、マリアやトリシャ達によって回復する。


 だがたった唯一。朝霧の向こうの灯台の様な、朧げなのに一等輝く少女の姿だけはついぞ思い出せなかった。

 思い出せない事は仕方ないと、頭の片隅に除ける。


 母を愛し母に愛されることを主題としたセシリアだが、それはそれとして今を楽しんでいる。


「セシリアちゃん今日も偉いね!」

「この前うちのガキたちと遊んでくれたんだろ? 悪いねぇ」

「うぅん! 好きでやってるだけだから! 何より楽しいし」


 セシリアの曇りなき笑顔に誰もが胸を抑える。


(前世では泥だらけになって遊ぶことも、こうやってバイトする事も出来なかったから。まだちょっと知らない人と話すのは緊張するけど、お母さん達のお陰で人見知りも改善されたし)


 セシリアは始め前世を引きずって引っ込み思案だった。

 好奇心でなんにでも目を輝かせてはいるが、人と話す事には委縮してしまう。そんな時にマリアが無理やりセシリアを仕事場に引きずり込んだ。


 所謂ショック療法なのだが、初めての給仕にセシリアは嵌ってしまい、そこからなし崩し的に客である野郎共と会話することになり、今ではある程度の社交性を獲得していた。


 肝心のマリアだが「娘と一緒に働きたかったですし、うじうじしているのが鬱陶しかったんです」と後日語りトリシャに何かあったらどうするんだと叩かれた。


「セシリア、マリア! 客も良い感じに引けたしアンタらは上がって良いよ!」

「はーい!」

「お言葉に甘えて失礼します」


 トリシャに対して未だ店内で女神と天使に見惚れていた男達がブーイングを起こすが、トリシャの「おだまり! さっさと仕事に行きな!」の一言ですごすごと店を後にした。


 二人はエプロンを外し、貰ったプレゼントを腕に抱えながら自室へ戻る。


「今日はデートだね!」

「ええ、セシリアの誕生日デートです。楽しみですね」

「うん!」


 うきうきと小躍りすらしながら、二人は出かける為に着替える。

 セシリアは一張羅である真っ白なワンピースを手早く着込む。それに対してマリアは似た様なワンピースだが、肩にストールを掛けていて大人らしい上品さの格好だ。

 二人の美しさ故にか、けっして高いものでは無い服にもかかわらず貴族の御忍びの様な端麗さがある。


「髪を整えるから、こっちに来てください」


 セシリアはマリアに髪を結われながら、鼻歌を奏でる。

 髪を撫でるその嫋やかな指が、優しさを感じられる温もりが心地よかった。


「出来ました」

「おぉ~! お母さん私可愛い?」

「ええ、とっても可愛いですよ」

「えへへ」


 姿見の前でセシリアは結われたまだまだ短い髪を揺らしながら、上機嫌に笑う。

 マリアに可愛いと言って貰えて、セシリアは身体の芯が温かくなる喜びを噛み占める。


「お母さんのも私がやってあげる!」

「あらあら、ならお願いしますね」


 お礼。と言わんばかりにマリアの背後に回ったセシリアは、その肌触りの良い髪の毛を撫でる。

 溢れんばかりの愛を込めて、慈しむように指で梳く。


「お客さん、今日はどうしますか~?」

「ふふ、なんですかそれ?」

「美容師さんごっこ」

「ビヨウシ? 良く分かりませんがそうですね、セシリアと同じでお願いします」

「ラジャー!」


 セシリアは自分と同じ髪形を選んでくれたことが嬉しくて、気合を入れて整える。

 前世は16歳の女の子だ。例え10歳と言えどこういった事に関しては問題ない。


「出来た!」

「あらあら、セシリアは器用ですね~」

「ふふ~ん」


 綺麗に結い上がった髪を見て、マリアは上機嫌にセシリアの頭を撫でる。


「そしたら早く行こ! いこいこ!」

「こら、走ると危ないですよ」


 注意しつつも繋がれた手を離さない。二人は勇み足で外へ向かおうとする。

 そんな二人をトリシャが呼び止める。


「あぁそうだ二人とも、あまり遅くならないうちに帰ってきな」


 二人は顔を見合わせる。

 二人の住む街はかなり平和だ。流石に夜分遅くに女性が一人で出歩くのは不味いが、だからと言ってそこまで言われる程でも無い。


「最近、この街に傭兵崩れの者達が流れて来たんだ。それがまぁ柄の悪い奴らだからアンタらみたいな綺麗所、何されるかわかった物じゃないだろう?」

「うん、分かった」


 トリシャの言葉を聞いてセシリアは頷いた。

 確かに大変だ。自分だけならまだしも、マリアに何かあったら最悪だ。と意気込む。そんなセシリアの頭をトリシャが小突く。


「あだっ」

「セシリアの事だからマリアの事しか考えてないだろうけど、自分の事も心配しな。セシリアに何かあって悲しむ人が居る事を忘れるんじゃないよ」


 真剣な表情を浮かべるトリシャに、セシリアは目を丸くする。

 その後を追うように、マリアは悲し気に瞳を伏せ頬に手を添える。


「そうです。セシリアに何かあったらお母さん後追い自殺するかもですよ」

「そ、それはダメ!!」


 マリアの言葉に被せる様に悲鳴を上げる。

 勿論、マリア自身本気でそうしようと思ってる訳では無かったが、少なくとも娘が居なくなった未来を想像してゾッとする事はある。

 だからこそ、自分の為にも多少セシリアにはきついと思いつつ窘める。


(やっと、やっと私のお母さんを見つけたのに。嫌だ、ママが死ぬなんて嫌だ!!)


 母が死ぬ。そう思っただけでセシリアは震えが止まらなくなる。

 視界が滲み足元が抜けた様な感覚に襲われる。


 そんな痛ましい姿にトリシャはやりすぎだとマリアを窘める。


「マリア、流石にそれはキツ過ぎるよ。まだこの子は10歳なんだから」

「そうですね、でもそれ位私がセシリアの事を大事に思ってるってのは分かってくれました?」


 瞳を潤わせながらコクコクと頷く。

 その様子を見てマリアは安心させる様に笑顔を浮かべ、抱きしめる。


「大丈夫ですよ、セシリアの事は何があってもお母さんが守りますから」

「ママ……私もママを守る」

「あら、ママモードに入っちゃいましたか」


 セシリアは普段はお母さんと呼ぶが、落ち込んだ時にマリアに抱きしめられるとママと呼ぶ。

 前世ではママと呼ぶことがついぞできなかった反動。


 今でも心の中では言いたいと言う欲があるが普段はそれを口に出さないのだが、暗い感情が極端に過ぎた時、マリアの温もりを感じるとママと呼んでしまう。

 幸か不幸か、そう言った時の記憶は残らない為セシリアはその事実に気付かない。


「大丈夫、大丈夫ですよセシリア」

「……お母さん?」


 安心させる様にあやしていると、セシリアが落ち着きを取り戻しだす。

 マリアは娘がママと呼ぶときは決まって抱きしめてあやす。それが一番効くから。


「さ、デートに行きましょ」

「え……うん!」


 セシリアはぼうっとしていた事に戸惑ったが、マリアとのデートを前にしてそんなことはどうでも良いと切り替える。


「トリシャさん、ガンドさん行ってきます!」

「行ってきます」

「気を付けるんだよ!」


 店の中にまで届く元気な声を上げながらセシリアは外へ出る。

 今が幸福の絶頂なんだと、このまま一生平和なんだと微塵も疑わず。


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