表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/146

素直な気持ち




 一人部屋に籠るマリアは、朗らかな陽射し差し込む窓際で黙々と、セシリアが普段着ていた黒いYシャツに針と糸を通していく。

 そのYシャツはセシリアが冒険家を始めてから初めて、自分で稼いだ金で買った防具だった。


 機能性と防御力を限界まで両立させ、幾つもの魔獣の素材を使ってる為、そこらの普通のシャツとは一線を画す高級な防具。

 今は、そのシャツの腹部に空いた大きな穴を塞いでいる。

 とは言え普通の糸で穴を塞いだ所で、元々長く着ていた事もあって殆ど防具としては機能しておらず、当のセシリアは既に新しい防具を見繕っている最中ではある。


 だがマリアは、折角の娘のお気に入りで思い入れもあるシャツを捨てるのは勿体ないと、普段使い出来る程度には修繕の手を入れているのだが、如何せんその作業は難航している。


「あ、こんな所にも穴が……あの子ったら、また怪我したのを隠してたんですね。後でしか……ってももう遅いですし、出来るだけ無理をしないように言うしか無いですよね」


 腹部の穴だけでは無い、肩口、腋、ひいては胸元にまで大きな傷を負った跡が残っている。

 セシリアは例え重傷を負っても、魔法さえ使えればそんな傷無かった事に出来る。だが痛みを感じない訳は無く、経年劣化というにはボロボロすぎるシャツに染みついた戦いの痕跡は、ただただ親に心配を掛けさせる物ばかり。


「危ない事ばっかりして。こんな事ならもっと強く言ってでも止めるべきだったんですよね。まぁ、あの子も冒険家を辞める……とは言ってなかったけど、これからは絶対止めるべきですね」


 初めて冒険家になりたいと言った時の事は、簡単に思い出せる。

 誰だって夢見る職業だ。子供のセシリアが成りたいという気持ちも分かる。

 だが、当然命を賭け金する仕事を親であるマリアが許す筈も無く、当時は珍しく喧嘩一歩手前まで口論した。

 結局、安全な仕事だけ。という形でマリアが折れたのだが、トリシャ経由から魔獣と戦って高い地位を築いてると言われた時の衝撃やら。


 今更止める訳には行かない。これでも安全に気を付けてる。それにお金もかなり稼げてる。と言われ好きにさせてしまった事は、後悔すべきやら結果的に力がついてよかったというべきか、親としては複雑な心境だ。


「トリシャさんにも甘すぎるって言われてましたね……いたっ!?」


 過去や故人に思い馳せすぎて、マリアの嫋やかな指先に赤い斑点が出来てしまう。

 溢れた血は指を滑り落ち、慌ててハンカチを指に当てる。

 その指は綺麗ではあるが、水荒れや細かな傷が多々あり、紛れも無い母親の手だ。

 自分を守る為に努力するセシリアの為に、せめて身の回り位はと日々家事に勤しむマリアの指は、普段ならもっと正確に、早く裁縫をこなすが今日は集中出来ず、深いため息が出てしまう。


「はぁ、少し休憩でも——」


 気持ちを入れ替えようと腰を浮かした所で、来客を知らせるノックが聞こえる。

 誰だろうか、と訝しみながら入室を促せば予想外の人物の登場にマリアは驚いてしまう。


「お邪魔するわね」

「!? れ、レフィルティニア王妃様!?」

「立たなくて良いわよ? ちょっとお話したくて来ただけだもの」


 現れたのは、小人種と呼ばれる12歳程度の子供程の身長しか無い体躯の、レフィルティニアだった。

 長く明るい茶髪は今日は上品に結い上げられ自然体に流され、幼いが愛らしい相貌は穏やかに微笑まれている。


 突然の来訪に慌てて立ち上がるマリアを制し、許可を取ると対面に座り机の上に茶菓子と紅茶を用意させると、仕えている者達を部屋の外へ追い出して二人っきりの空間を作りあげる。


「あ、あの。いったいどのような御用向きで……」

「あらやだぁ、そんなに怯えないでよ。同じ母親同士お茶でも飲みながらお話しましょ? ね?」


 緊張に強張るマリアに対し、レフィルティニアは茶目っ気たっぷりにウインクしながら机の上に並べられた茶菓子を差し出す。

 見た目年齢だけなら幼女なレフィルティニアだが、染みついた美しい所作は思わず見惚れてしまう位鮮麗されていて、内面からにじみ出る自信と可愛らしい声は相手の心にすっと春の風の様に入り込みいとも容易く緊張を解させてしまう。


 マリアの肩の力が抜けたのを確認すると、レフィルティニアは鼻歌でも鳴らしそうな上機嫌さで話を再開した。


「急にごめんなさいね? ほら、うちって側室とか居ないじゃない? 年の近い子を持つ親が周りに居なくてね。だから年の近い子を持つ母親の貴女が来て、是非色々お話したいなーって思っちゃたの。お邪魔だったかしら?」


「いえ、丁度休憩しようとした所ですから。寧ろ私なんかが相手になれるか……」

「良いの良いの! そんなの気にしないで? そうね、じゃあとりあえず貴女の娘ちゃんの事を教えて? あのとってもかっこよくて良い子の事」


 相手は王族だと言うのに、その言葉遣いや雰囲気はとても親しみやすい物だった。

 そうしてくれてるのか、地なのかはマリアには判断できないが、いつの間にかマリアは友人に接する様な解れた心持でうきうきと目を輝かせるレフィルティニアに、マリアは愛娘の事を想いながら答える。


「そうですね。私のセシリアは、とっても親思いの良い子なんです。あの子、いっつも私にくっついてお母さん大好きって言ってくれるんです」

「あー良いわそれー、うちの子なんて思春期の所為かそう言う事は言ってくれないのよねー。昔はひな鳥みたいに後ろをちょろちょろついて来てくれたのに、最近なんて憧れのアレックスの事ばっかりよ? そっちは思春期とかどうだった?」


「うちは……そう言えば思春期や反抗期はまだですね……」

「うそ! 15でしょ? 遅くない?」


 12歳で働きに出る子供が多いこの世界では、働くことが早い影響か一般的には思春期の類は14歳には大体迎えている。

 特に女子ともなれば早い子は12を前にして迎える事も多い。


 振り返ってみても、セシリアにそう言った類の転機は見られなかった。

 15歳の人生を過ごした前世の影響と思っていたマリアだったが、言われて振り返れば何となく不安な気持ちになる。

 思春期や反抗期は悪いモノでは無い。寧ろ、大人になる第一歩として親としては寂しい物ではあるが、寂しく思えこそすれ、来なくて良い物では無い。


「あの子、いつも私の事を思ってくれてるんです。私を守る為に身体を鍛えたり、私を養うって言って冒険家だって初めて……」

「親離れ出来て無いって事? うーん、長い目で見るのが一番かしら。うちの子なんて反抗期は早かったわねー。別に荒れたって事は無いけど、色々貯め込んじゃう子だから」

「ブリジット様の反抗期は何かしたんですか?」


 何時かセシリアにも迎えるかもしれない。参考にしようと話の水口を向ければ、レフィルティニアは当時を思い出す様に小さな唇を指で押し上げる。


「これがねー、親としては減点かもしれないけど。私は何もしてないの」

「えっと父親の、リアベルト様が何か?」

「いやいや、あれでも一国の王だからね。私も夫も正直仕事が多くて、一般的な家庭に比べて余り目を向けてあげられないの」


 悔いる様に憂い気な表情で噛み締める。

 レフィルティニアがブリジットの育児に手ずから関わっていたのは、6歳になるまでだ。

 そこからは彼女も本来の王妃としての職務に戻り、ブリジットの教育などは他の者の手にゆだねていた。

 リアベルトもレフィルティニアも何も手放しという訳では無かった。当然教育に携わる者の選別は慎重に慎重を重ね、仕事の合間を縫って会いに行ったり、食事の席は共にしていた。

 だがどうしても、セシリアとマリアの様に一晩中共に居て、母が子に出ずから教育を施すような事は出来なかった。


「あの子って魔法を持って生まれてこなかったの。優しい、と言えば聞こえは良いけど、戦いの才も無くてね? だから、心無い貴族からは出来損ないの王子って呼ばれてて……それをあの子は貯め込んで、私達には心配させまいと笑顔で居たの」


 勇者の子孫である彼ら王族は、必ずや何かしらの才や強大な魔法を期待されていた。

 だがブリジットはその期待に生まれながらに添うことが出来なかった。

 レフィルティニアの声がどんどん沈んでいく。

 それは我が子の苦悩を自らが取り除いてやれぬばかりか、気を遣わせてしまった事に対する罪悪感を滲ませていて、マリアは何と声を掛ければ良いのか分からず黙って聞き続ける。


「でもね、あの子ある日急に昔みたいな、本当に楽しそうな笑顔を浮かべてくれたの」


『アレックスさんの様な立派な騎士に成りたい! 誰かを傷つけるんじゃなくて、誰かを守れる騎士になりたいです!』


 その言葉にどれほどの価値があったか、そこまではマリアには分からない。

 だが、憂い気だった表情が晴れて行くのを見て、レフィルティニアにとっても心から喜ばしい事なのだとは分かる。


「今ではアレックスの事ばかりよ? ちょっと母親としては嫉妬しちゃう位」

「ふふ、それは複雑ですね」

「でしょー!? ちょっと位私や夫を頼ってくれても良いのに、すーぐアレックスの方に行くんだから。あーあ、子供の成長ってあっという間よねー。気づいたら親の手なんて必要としなくなってるもの」

「そう……なんですか」


 うがーっと不満げに両手を上げながら吠えるレフィルティニアの言葉に、何故かショックを受けた様に声を震わせるマリアに、レフィルティニアは怪訝そうな表情を浮かべる。


「? 皆そうじゃない? 子供の成長は早い物よ、私なんてつい小っちゃい頃の感覚で接して嫌がられるもの。そっちももう少ししたら親の事を鬱陶しいって思う様になるんじゃない? ってちょっと大丈夫?」

「え?」


 レフィルティニアの心配そうな声に顔を上げたマリアは、窓に映る自分の表情を見て驚いてしまう。

 その優し気な空色の瞳から、一筋の涙が零れていた。


「え? あ、あれ? なんで?」


 意思に反して流れる涙に、訳も分からず混乱するマリアは慌てて拭う。

 幸い大して涙は流れておらず、拭ってしまえば後は流れる事は無かった。

 新しく淹れ直して貰った紅茶を促されるままに飲んで落ち着きを取り戻したマリアは、ひと段落つくと気落ちした様子を浮かべる。


「びっくりしたわ。どうしたの? 急に泣いて」

「……その、セシリアが私を疎んで、離れていってしまうって思ったら胸が痛くなって……」

「うんう……ん?」


 子供親離れって寂しいよね。と頷いてレフィルティニアだったが、その先を聞いて首を傾げる。

 いやいや、それって。いやいや。と心の声が駄々洩れだ。


「私、上手く母親を出来てるか分からないんです。あの子が初産でしたし、私の親代わりの夫婦がとても頼りになる人で、何もかも頼りっぱなしだったんです」


 マリアにとっても親だったトリシャとガンドは、頼りになりすぎていた。

 二人共子供こそ居なかったが、マリアより長い人生経験から出来上がった確かな人格と、それでなくてもセシリアに対して本当の子供の様に接していた。それこそ、マリアが出る幕もない程に。


「あの子は、赤ちゃんの頃は不安になる位静かな子だったんです。夜泣きもせず、殆ど泣く事も無く眠ってばかりで、私が出来た事は無理やりお乳を上げる位で」


 思えば、それは愛衣がセシリアになった影響なのだろう。

 1歳になるまではセシリアは死んだように眠ってばかりだった。赤子は夜泣きが酷い、とは聞いていたのに、まさか逆に夜泣きも寝返りも碌にしない所為で心配で眠れない日々を過ごすとは思わないだろう。


「1歳を超えてからは見違える位元気になって、そこからは私、殆ど何もしてないんですよ? あの子、昔からとても利発で、好奇心旺盛で元気すぎる所はひやひやする事はありましたけど、それでも私が何かする必要なんて無くて……」


 子育ては親育てと言う。

 だが中身が15歳のセシリアは、出来るだけ年相応に振舞ってはいたが、それでも隠し切れず、何よりその理解力や言われずとも自分で考えて行動していた事もあって、マリアは余所の家に比べればかなり楽な子育てをしていた。

 特別時間を掛けた事が、語学などの勉強しかなかった。


 ここまで黙って耳を傾けていたレフィルティニアは、同じ母親として思う所があるのか、脳裏に過った言葉は無視して唸る。


「でも母親って何も一から十まで手を掛けたからなれる物じゃないわよ? そんな事言ったら私含む、殆どの貴族は母親失格だわ」

「それは、何となく分かってます。でもそうじゃないんです」


 秘密にしてくださいね。と前置きして躊躇いがちに口を開く。

 レフィルティニアの天性とも言える、相手の懐に潜り込む存在感と、他人という関係性がマリアの胸に秘めた言葉を紡ぎ出した。


「私……多分あの子に恋しちゃってるんです」

「ん“っ”……っふーん」


 マリアの口から紡がれた言葉に、レフィルティニアは何かを堪える様に口を閉じる。だがその口元は必死で堪えているがニマニマと震えている。


「その……私とは逆に夫譲りで男性的な顔つきですし、身長も、私よりおっきくて。それにあの子、昔から凄く甘えん坊なんです。毎日のハグやキスは当たり前で、お風呂や寝る時だって抱き合って眠ってて」

「ぇて……ぇ」


 自己嫌悪と罪悪感で表情を曇らせるマリアは、必死で口元を抑えて呟くレフィルティニアには気付かない。

 垂れ目がちで女性的なマリアに反し、セシリアの目は切れ長で、実際セシリアは男性よりは女性に人気のあるタイプで、実はセシリアのファンがあの街には一定数いるとか。

 つまり男性的な魅力を持った美人なのだ。


「私、一度攫われて殺されかけた事があるんです。その時も、あの子はボロボロになってでも助けに来てくれて……嫌だって思う気持ちとは裏腹に、そんな風になってでも私の為に戦ってくれたあの子に、嬉しいって思っちゃったんです」


 ダキナに攫われた時、セシリアが助けに来てしまった時、マリアはどうして来てしまったのか、という気持ちとは裏腹に、セシリアが自分の為に必死で戦ってくれている姿に同じ位、嬉しく思ってしまった自分がいた。

 自らを一心に慕ってくれる娘に対する母性と、自らの為に必死で戦いって、それでいて男性味を感じる容姿。

 普段は甘えたなんて言葉が軽く見えてしまう位なのに、いざ戦いになると一転した雰囲気は、マリアの心に強い影響を齎した。

 母性と恋慕がない混ぜになって、マリアの中で恋に昇華されてしまったのだ。


「その所為で最近、あの子の顔を見れなくて……前みたいな抱きしめられたり、キスされたりすると胸が張り裂けそうな位苦しくて……それで最近はあの子を避けてしまうんです。でも、あの子の寂し気な表情を見ると余計胸が苦しくて……」


 これ以上恋心が強くならないように、距離を置こうとした。

 だが、その度にセシリアの寂し気な迷子の子供の様な顔をみると今すぐ抱きしめたくなってしまう。

 離れようと思う理性とは逆に、今すぐ寄り添って上げたい母性と恋心が大きくなってしまうのだ。


「最低ですよね、母親なのに娘にこんな気持ちを抱いて……」

「そんな事ないわ!!」

「!?」


 自虐的に零したマリアの言葉を遮って、レフィルティニアが大きく身を乗り出してきた。

 その勢いと、キラキラと輝かせる明るい茶色の瞳にマリアはのけ反ってしまうが、逃がさんと言うばかりに手を掴まれている。


「それってすっごく尊いわ! だって普段は凛々しくてカッコいいのに、唯一母親の貴女の前でだけ見せる年相応所か母性を擽る位甘えたなんでしょ! それでいて貴女の事を一番に思って行動して……あぁ! なんて尊いの!!」


「え? あ、あの。気持ち悪くないんですか?」

「ん? 全然?寧ろそういうのだいすッんん! まぁ私が貴族だからってのもあるわね」

「はぁ……」


 何か聞こえた気がするが、頬を赤らめたレフィルティニアは恥ずかしそうに浮かした腰を戻す。

 ここまで来るとレフィルティニアは王妃と言うよりはただの女の子だ。とても一児の母で31には見えない。


「私達貴族の結婚って基本的に家の為の結婚でしょ? どれだけ愛し合った二人だろうと、家の為にならなければ結ばれる事は無い。でもね、逆に権力が寄りすぎないようにする結婚もあるの」


 貴族の結婚に私情は入り込まない。

 絶対に無い、とは言えないが、それでも政治的思惑の上で行われた結婚の方が大多数だ。

 生まれた時から決まって居たり、望まぬ相手と結婚したりなど少なくない。


 だが、逆に権力が一か所に寄りすぎるのも問題ではある。

 下手に大きい家同士が縁を結べば、それだけ謀反の疑いありと嫌疑を掛けられる恐れもあり、いらぬ諍いの種になってしまう。


 幾つか手段はあるのだが、その一つをレフィルティニアは口にする。


「その一つが近親婚。今はする家も少ないけど、私の親世代だと一代くらいならする家もそこそこあったみたいよ」


 よその家と縁を結ぶことが問題なら、既に縁を結んでる家と結婚すれば良いでは無いか。という一見頭のおかしい解決策。

 だが実は、特別珍しい事では無かったのだ。

 今でこそ、初代勇者によって近親交配による子孫の身体的衰退が上げられ、鳴りを潜めているが、実は初代勇者が来る前は近親婚はそう珍しいものでは無かった。

 当然、それによる子孫の身体的異常が頻発してはいたのだが、今ですら『一代くらいなら……』という形で名残が残っている。


 そう言った歴史的知識が、レフィルティニアに理解を齎したのだ。

 だが飽くまでそれは表向きの理由で、本当の理由は。


「あのね、ここだけの話。私そう言う禁断の愛みたいなの大好物なの」

「はぁ」


 薄っすらとだが、直前までの反応で匂わせて来たレフィルティニアの声を潜めたカミングアウトに、マリアは間抜けな声を出すしかない。

 それを聞かされた所でなんて反応して良いのか分からいのが半分と、近親愛に理解を示された事への困惑半分。


「本来は結ばれてはいけない、結ばれない相手に恋してしまう葛藤や苦難、先に待つのはいばらの道だと言うのは分かってるのに、胸に宿った恋の炎は二人の想いに薪をくべてしまう。あ、別に悲恋が好きな訳じゃないわよ? 私ハッピーエンド主義者だから、最終的にどうなろうと二人が結ばれることが一番だわ」


 よっぽど好きなのだろう、舞台役者の様に緩急をつけ身振り手振りを交えながら上機嫌で語るレフィルティニアはそれはそれは気持ちの籠った演説を繰り出す。

 普段言える相手も限られてるストレスもあるのだろうか、いざ自分の好みど真ん中の悩みを抱えるマリアに対し大袈裟にも語り続ける。


「それにね、こんな事を言っちゃうと見も蓋も無いんだけど。正直近親愛のダメな理由って生まれてくる子供が大半だから。同性ならその心配も無いでしょ? だから母親が娘を、逆でもそれは特に問題ないと思うの」

「そんな……ものなんですか? そんなあっさり」

「そーよ? 人生一度しか無いもの、後悔の無いように生きないと。特に恋みたいな素晴らしいものは」


 思いもよらない賛同を得たマリアは、驚きから立ち直るとその言葉が胸に染み広がっていく。

 恋をしても良いのだと、相手が娘でも良いのだと。罪が許された様に胸に秘めようと思った想いが溢れ出してしまう。


 目を瞬かかせるマリアの手を、レフィルティニアは強く握りしめる。


「だから、私は応援するわ(私に尊いを見せて)


 副音声が聞えた気がするが、レフィルティニアのにしし。と歯を見せるひまわりの様な笑みにマリアも釣られて笑みを零す。


「ありがとうございます。まさか応援されるとは思いませんでした」

「ま、一般的には複雑な問題よね。で? 告白はするの?」

「それは……今は難しいですから。何より、まずはあの子を避けてしまった謝罪をしたいです」

「そう、まぁ人の恋路にまで口を挟むつもりは無いわ。ただ、後悔だけはしないようにね」

「はい。ありがとうございます」


 心からのお礼を籠めてマリアは頭を下げる。

 それでも、恋心を告げる気は無い。

 ただ、この想いを受け入れられた事だけでも、マリアの心は軽くなった。


「やっぱり恋って良いわねぇ……あの子もあれくらい素直になってくれて良いのに」


 冷めてしまった紅茶の苦みに顔を顰めながら、ここにはいない気高い義妹の事を思う。

 幸せの形は人それぞれだが、少なくとも自分の気持ちから目を背けてしまっては幸せには慣れないだろう。


 何時までも過去に囚われて、意地っ張りになってしまった少女の幸せをただ願うばかり。


「あーあ! 皆もっと簡単に考えれば良いのになー」


 レフィルティニアが誰に向かって言ってるのかは分からないが、何かを思いついたのか手を叩いて立ち上がる。

 その眼は、先ほど自分の理想を語った時の様に輝いている。


「そうだわ! 良い事思いついた!」


 その輝くライトブラウンの瞳を向けられ、マリアは何となく嫌な予感を覚えてしまう。


「ふふふ、口は出さないけど。お節介くらいは良いわよね」


 レフィルティニアは、思い立ったが吉日と言わんばかりに、恋する女の背中を押す準備を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ