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女の子も男の子も恋は大好き

 



 戦闘が終わり一行は翼竜の先導の元、勇成国の首都への移動を再開している。

 その道中は初めに反し緊張感は無く、欠伸の出る程穏やかな物。

 アレックスが護衛として申し出た為、他の面々はクリスティーヌからの口添えもあって彼に一任する事にしたのだ。


 だが一部、セシリアとマリアにアイアス、ヤヤとエロメロイを乗せた後続馬車は直前の告白劇の影響で盛り上がっている。主にヤヤとエロメロイだけが。


「セシリアちゃん! 何であのイケメンさんの告白断ったデスか!?」

「なんでも何も……無理って思ったから?」

「あひゃひゃひゃ! いやー傑作だったわ! みたあのイケメンの顔!? ちょー見物だったっしょ!」

「まったく、人様の失恋を笑うなんて趣味が悪いよ」


 勿体ないと詰め寄るヤヤと、腹を抱えて笑うエロメロイ。

 二人の声に顔を顰めるセシリアは、マリアの腕に抱き着きながら憮然とした表情を浮かべている。


「まぁ、昔っからアンタは色恋に興味が無かったかねぇ。だけどあんな色男を一蹴したのは、流石に驚いたね」

「デスデス、本当にもったいないデス。あんな王子様みたいなイケメンさんに告白されたのに」


 マリアを至上とし、そう言った話にも興味を持たない事を理解してるアイアスは苦笑してるが、それでもアレックス程の美丈夫の告白にも頬一つ染めないセシリアの筋金入りっぷりには、呆れを通り越して愉快さすらある様子。


 告白劇を思い出して、頬を染めながら尻尾をブンブン振り回すヤヤはまだ12歳だ。まるで物語の様な展開に興奮している様子で、鼻息荒く詰め寄らんばかりの勢いにセシリアは気圧されている。


「あ、因みにツインテちゃんに聞いたけど。さっきのイケメン超良物件だったぜ? 若干23で騎士爵持ちで婚約者は無し。武術教養共に高水準で、しかもなんと勇者候補という付加価値。黒い噂の沸く余地も無い好青年っしょ」

「ふへぇ~、何か滅茶苦茶凄いって事デスか~」


 芝居がかったエロメロイの説明に、ヤヤは尚更間抜けな声を出す。

 それを聞いても、セシリアのへの字に歪められた口は戻らない。

 心底興味無さそうにしている。


「だから良いって……普通に興味ないし」

「えー?」

「嬢ちゃんって15でしょ? 恋の一つとかした事ないん?」


 エロメロイの言葉にセシリアは唸る。

 セシリアとして生を成して15年。見目麗しいセシリアは、当然ながら告白された事は多くある。

 だがどれ一つとして心惹かれる物なんて無く、誰かと付き合うより、マリアと一緒にいる事を優先してきた15年だった。


(愛衣だった頃もなぁ……誰かと付き合った経験も……多分、恋もした事ないし)


 愛衣であった頃を思い出しても交際経験等ない。

 そう考えると前世も含めて30年近く、セシリアは誰かとの交際経験は一度も無い。一種の喪女と言えるかもしれない。


(いや……そう、私には誰かが居た筈……恋……では無い。けど……そう、友達……違う、親友?)


 愛衣であった頃を思い出そうと、霧がかった一つの記憶を思い出そうと刺さる様な頭痛に耐えながら掘り起こす。

 あと少し、あと少し何かきっかけがあれば思い出せそうなのに、あと一歩が出なくて苛立ってしまう。


「あーわりぃわりぃ。んな深刻に考え込まなくて良いっしょ」


 眉間に険しく皺を寄せるセシリアに、エロメロイは苦笑しながら止める。

 まさか雑談の一つで、そんなに思い込まれるとは思わないだろう。


 被りを振って頭を切り替えたセシリアは、「今更だけど」と前置きしてエロメロイへ真紅の瞳を向ける。


「なんでエロメロイ? さんがこっちに居るの? 向こうにもう一人いるでしょ」

「エーメかエロメで良いぜ? あの姉貴とこれ以上一緒の馬車とか勘弁っしょ。いやマジでこっちに居させて。最悪御者台とかで良いからさ」

「いや、別に居ても良いけどさ……」


 血を吐くようなマジのトーンで返されれば、さしものセシリアも頬を引き攣らせて受け入れるしかない。

 それに、昨日の馬車でエロメロイとアイアスに心労を負わせた罪悪感もあるのだ、元々断る気も無かった筈。


「あ、俺は姉貴みたいにマリアさんに思う所は無いから、仲良くして欲しいっしょ」


 エロメロイのへらへらとした物言いに僅かに眉を寄せたが、彼の糸目を見据え……ため息を吐いて頷く。


「まぁ良いですよ。信じる訳じゃないけど、どうせ目的地に着いたら別れるだろうし」

「それな。ま、短い間だけど仲良くしよーや」


 二人の目的は聞いている。

 だがそこにセシリアが関係するかと言えば、特にない。彼らの目的は国と繋がりを持ち、来たる世界を隔てた戦争に向けての対策を取る事なのだから。

 とてもでは無いが、セシリアの様な子供が関係するとは思えない。


 エロメロイとの話はひと段落と、セシリアは未だ妄想に花咲かせるヤヤに向き直る。


「そうだヤヤちゃん、出発前に言う機会が無かったけど、手紙ありがとね。嬉しかったよ」

「へへ、そうデスか……それは良かったデス」


「汚い字でごめんなさいデス」と恥ずかしそうに後ろ髪を掻くヤヤに、セシリアは気軽に否定しながらお礼を言う。

 悪魔と堕天使の混血児と発覚したセシリアを気遣いながら、何時までも友達だよ。と書かれた手紙。

 別にセシリアは己の出自に思う所は無いのだが、一般的な人間であれば信仰を持ってるし、その関係で悪魔。と言った言葉に嫌悪感を抱く者も少なくない。


 だからこそ、ヤヤは自分の気持ちを手紙に書き綴ったのだ。ヤヤとセシリアは友達だと強調するために。


「手紙にも書いたけど、セシリアちゃんが悪魔の子でも魔王の子でも関係無いデス。ヤヤにとってセシリアちゃんは恩人で、大事な友達で、仲間デス! だからセシリアちゃんは気に病まないで欲しいデス!」

「あはは……まぁ、ありがとねぇ」


 別に気になど病んではないのだが。という事は呑みこんで笑って誤魔化す。宗教観や価値観の違いを出して、下手に気まずくなるよりは笑って流した方が得だろう。

 セシリアのお礼に、満足そうに頷くヤヤの隣でエロメロイがおどけた様子で驚いた顔をしている。


「何? んなに悪魔ってこっちでは嫌われてるん?」

「嫌いって言うか……教会では悪魔は敵って言われてるデス」

「それはあたしが説明するよ」


 エロメロイの言葉に、アイアスが説明を始める。

 ここに居る全員が信心深い訳では無く、世間一般の悪魔に対する認識を改めるつもりのようだ。


「まずはスペルディア王国を筆頭に、この国も国教としているアマネセル教。これはこの大陸の一大宗教で、初代勇者を遣わせたとも言い伝えられてる。非常に力のある宗教でね、あたしもそうだけど、ローテリア帝国や幾つかの小国を除く殆どの国の人間はアマネセル教の信徒なんだよ。セシリア達はそうでも無いがね」


 スペルディア王国と勇成国を中心に、一大宗教と化しているアマネセル教。その権威は壮大で、スペルディア王国では政治の場に入り込み、影響力だけで言えば王家を凌ぐとも言われている。

 勇成国に関しては初代勇者という現人神の影響で教会その物より勇者の血が続く王族への忠誠が強く、アマネセル教はその次となっている。


「それで、そのアマネセル教では悪魔……と言うより人魔大戦で侵攻してきた存在。魔物に連なるそれらを一括りにして悪と定義してるんだよ。それこそ、三百年前は瞳が赤かったり、魔物系統の亜人は総じて迫害されていたって言われている位にね。ま、それも初代勇者によって大分緩和したけど」


 今は初代勇者の方針で亜人差別は殆ど無く、また瞳が赤い程度では何を言われる事も無いが、スペルディア王国では人族至上の風潮は残ってるらしい。

 それは生まれついてから多種多様な亜人と過ごして来たセシリアには、些か分からない感性だった。


「ふーん……初代勇者の……ねぇ」


 腕を組み、背もたれに体重を掛けるエロメロイは、何処かつまらなそうに呟く。

 アイアスは話す事は終わったのか、特に続きを話す事は無く会話が途切れる。


「エロメさん? って300年前の人魔大戦を経験してるんデスよね? 初代勇者って見た事あるデス?」

「お? 気になる? 気になっちゃう?」

「そりゃぁ気になるデス! だって初代勇者デスよ!? 英雄譚こそあれど神様の遣わした謎多き勇者! 気にならない人なんて居ないデス!」


 ヤヤの興奮滲む声に、セシリアとエロメロイは苦笑を浮かべる。

 どうして笑われたのか分からず、ヤヤは不満そうに尻尾を叩く。


「ごめんごめん」

(謎多きって、どう考えても日本人の異世界転移者だよね)


 前世の創作物でそういった物は沢山見て来た上、自分自身と言う前例があるだけに勇成国の所々にある日本らしさを鑑みて、セシリアは確実に初代勇者は異世界転移者だと予想してる。とは言えそれを説明する気は無いのか、降参したように謝罪する。


 その傍らで、エロメロイは苦々しい表情で唸る。


「勇者ねぇ……まぁ、悪い奴じゃなかったっしょ」

「ヤヤ、それ位にしときな」

「?」


 アイアスから敵対していた相手の事を、怨敵であろう相手の事を聞くのは止めとけとそれとなく注意されて思い至ると、ヤヤは慌てて頭を下げた。

 流石に、自分の言動が配慮に掛け過ぎていた事に気づいたようだ。


「あっ!? ごめんなさいデス!」

「あぁ良いって良いって、別に恨みつらみはねぇから。それより、そろそろ着いたっぽいっしょ」


 笑って許したエロメロイの言葉に、一行は外へ視線を向ける。

 そこに映る光景に、一行は興奮で色めきだった。


「ほぇ~! ぜっけーデース!」

「凄いきれー! 見て見てお母さん! ……お母さん?」

「え? あっはい、どうしました?」


 馬車に同乗してから一度も声を発さなかったマリアは、何かを考え込んでいたのか肩を揺すられて初めて反応した。

 その表情は暗く険しく、同じ景色を共有しようとしたセシリアの表情は心配そうに曇る。


「どうしたのって、首都が見えたから……大丈夫?」

「え、あぁすみません。ちょっと考え事をしてて……綺麗ですね」

「? なら良いけど」


 何故だろうか、頭を撫でてくれるマリアの手が、何処かぎこちなく感じたのは。

 結局、馬車を降りるまでマリアの表情が晴れる事は無かった。



 ◇◇◇◇



 場所は変わって先頭馬車。

 アレックスが引き連れた翼竜が上空を舞い、セシリアに傷を治されたヴィオレットに馬車の牽引を任せ、クリスティーヌ達3人は馬車の中で顔を見合わす。


「お久しぶりです。アレックス・ガルバリオ騎士長。救援に駆け付けて頂き感謝致しますわ」

「いえ、結局戦闘に間に合わなかったのだから礼を言われる事などありません。それよりフィーリウス嬢、どうしてここに? 今帝国では政変が起こってる筈では」

「お恥ずかしい話ではありますが、事が起きるより前にこちらに留学を申し付けられまして……それと今はお姉さま方に火急の面会の為ですわ」


 二人は穏やかに握手を交わす。

 元々面識はあったのか、幾つか雑談に花咲かせる。


「それにしても今年17でしたか? 最後にお会いしたのが王妃様の輿入れの時でしたから……4年になりますか、美しさに磨きがかかりましたね」

「覚えてくださっていて光栄ですわ。そちらも、騎士爵を受勲したのは風の便りで小耳に挟んでおりましたが、まさか勇者候補の第一席に選ばれるとは。さぞ光栄なのでは?」


「分かっていて言うとは人が悪い、勇者など俺には過ぎた話ですよ。それより、火急の用とはこちらの女性に関する事ですか?」


 苦笑を浮かべて肩を竦めるアレックスは、表情を引き締めると成り行きを見守っていたナターシャの方を見る。

 クリスティーヌも無言の肯定で応える。


「身分証明等は、街に着いてから他のお連れの方と一緒にさせて頂きますね」

「あら、随分甘いのですのね」

「フィーリウス様のお連れ様ですから、状況も状況ですし後回しで構いませんよ」


 にっこりと、一般的な女性なら一目で惚れてしまう様な穏やかな笑顔を浮かべるアレックスにナターシャは腕を組んだまま一言お礼を残し、視線を外に向けた。

 連れない反応に苦笑するアレックスは、再度クリスティーヌに向き直ると座礼にて頭を下げる。

 それによってクリスティーヌは片眉を上げて、静かに驚く。


「それと、クリスティーヌ・フィーリウス・ローテリア様。この度はこちらの職務怠慢で、危険な状況に追いやってしまい申し訳ありません」

「いまいち見えないのだけれど、詳しい説明を頂いてもよろしくて?」

「勿論です。お耳汚し失礼します」


 そこでアレックスはゴブリンの大規模掃討作戦が行われている事、それに伴って幾つもの街道が封鎖されている事。そしてクリスティーヌ達が、通行規制する騎士の怠慢で知らずに巻き込まれてしまった事を教えられる。

 どうやら身分証明と緊急性によっては安全に通行できるらしい。つまり、クリスティーヌ達はしなくても良い戦闘をした事になる。


 それを今更ながらに聞いて、クリスティーヌは元々魔力不足で顔色の悪い表情に深い疲れを滲ませてしまう。


「はぁ。まぁ過ぎてしまった事は仕方ありませんわ」

「大変申し訳ありません。責任を持って首都の方まで護衛させて頂きます」

「えぇ、折角ですしお願いしますわ」


 せめてもの仕返しに、とクリスティーヌは道中の護衛の申し入れを受け入れる。

 ただでさえ、身体中ゴブリンの血生臭い匂いが染みついていて機嫌が悪いのだ、これ位良いだろう。と鼻を鳴らした。


 粛々と受け入れるアレックスに居心地の悪さを感じない訳では無いが、空気を入れ替える様にクリスティーヌはワンオクターブトーンを上げる。


「そうそう、先ほどの告白劇。とっても驚きましたわ? アレックス様は随分と情熱的なんですのね」

「あっいや、それは……」


 冗談めかした問いかけなのに、あからさまに狼狽えるアレックスの反応を見る限り、セシリアに対する告白は本当に突発的な物だったのだろう。

 一蹴されて振られた訳だが。


「? どうしました?」

「……告白って、誰にぃ?」


 視線に気づけば、外を見ていた筈のナターシャが射抜くような目で二人を見据えていた。

 詰問する様な視線に、クリスティーヌは意外とばかりに目を瞬かせて彼女の質問に答える。


「こちらのアレックス様がセシリアさんに告白したんですの。と言っても、あっさりと振られてしまいましたけど」

「なんだぁ、マリア様じゃないのねぇ……」


 会話に入り込んだ謝罪を一つ残し、ナターシャは聞きたいことは終わりと言わんばかりに足を組みかえて外へ向き直る。

 戦闘時と今の様子の違いにどちらが本当のナターシャなのかは測りかねるが、どちらでも良い一蹴したクリスティーヌはアレックスとの会話を再開する。


「まぁあれは俺が悪かったですよ、突然告白されれば誰だって嫌な気持ちにはなるでしょう」

「あら、見目麗しい貴方に告白されて嫌な思いをする女性は少ないですわ。彼女が少々特殊なだけですもの、気を落とす事はありませんわ」


 セシリアがマリアを至上としているのは、誰が見ても一目瞭然だ。

 だが美形を見慣れたクリスティーヌですら、アレックスの美貌には一目置いてるのだ。そんな彼に膝を着きながら告白されて、顔色一つ変えずにNOを突き付けるセシリアには呆れるよりも先に笑ってしまうと言う物だ。


「はは……お気遣い感謝します」


 慰めの言葉を貰い自虐的に笑うが、それすら様になってしまうアレックスには申し訳ないが、クリスティーヌは彼の失恋を慰めこそすれ応援する様子は無い。

 楽しそうに、猫の様に大きな翠の眼を細めて上品に笑っている。


「その……恥ついでなのですが……彼女の事を教えていただいてもよろしいでしょうか」


 だがアレックスは、一度の告白程度で折れる事は無く、真剣な表情で深蒼の瞳をクリスティーヌに向ける。

 これほどの美丈夫にここまで思われるなんて、女冥利に尽きる。と半ば感心するが、それとこれは別だ。無闇矢鱈に望む事をする程、クリスティーヌは甘くない。


「余程あの子に惚れこんでるのですわね、一体どこに惹かれたのかしら。やはり容姿?」


「お恥ずかしながら、やはりそうなります。ですが、母の腕の中から覗かせる彼女の芯の強そうな瞳、だけどその中に浮かぶ年相応の弱さと母親へ向ける優し気な色。血の色に半ば染まる蒼銀の髪はまさに聖堂のステンドグラスから漏れる朝日の如き美しさ。そして俺を見た瞬間に即座に母親を守ろうとするあの愛情。戦う姿を伺う事は出来なかったけれど、恐らくその戦う姿はまさに戦乙女の如き苛烈さと壮麗さでしょう!」


「そ、そう……」


 クリスティーヌの嫌味ったらしい言葉に、アレックスは気付いてるのか気付いてないのか構わずに惚気る始末。

 それを聞いて、素直に意外と思ってしまったのは仕方ないだろう。


 マリアとセシリア。二人の容姿は実の母娘である事が一目で分かる程に似通っている。

 例外的に瞳周りこそ違えと、二人とも文句の付け所がない程に美人なのは確かだ。


 とは言え、垂れ目で優し気な雰囲気で母性的な体型のマリアに反し、釣り目で野良猫の様に警戒心や敵意をむき出しにし、筋肉質で長身のセシリアなら一般的な男性はマリアに惹かれるだろう。

 男性に対して魅力の強いマリアと、女性に対して魅力の強いセシリア。

 この二人を前にしてまっすぐセシリアに惹かれたアレックスは果たして慧眼か、盲目か。


 頬を引き攣らせるクリスティーヌと、あからさまにドン引きしてるナターシャに気付くとアレックスは、気恥ずかしそうに咳ばらいをして佇まいを直す。

 些か入り過ぎた熱を冷ます為、アレックスは手で頬を仰ぎながら話を戻した。


「えっとまぁ、俺は彼女の名前も知りませんが、正直一度や二度振られた程度で諦められる自信は無いので、彼女の負担にならない程度にはアプローチしていくつもりです」

「ひゅ~、お熱いことぉ」


 茶化すナターシャの横で、クリスティーヌはため息を一つ吐いて彼の希望に添いつつ常識的な範囲内で手伝える事を考える。


「まぁ知らぬ中では無いですし、同じ女として彼女の幸せを考えても悪くない話ではありますわね。あくまで……常識的な範囲内で、紳士的な対応で。と言うなら微力ながらお手伝いしますわ」

「本当ですか!?」

「まぁと言っても、ワタクシも彼女と出会って日が浅いのですけれど」

「構いません! よっしゃっ」


 無邪気に握りこぶしを作るアレックスを見据えつつ、クリスティーヌはセシリアに何と説明するべきか思案する。


(これで、変にあの母娘の関係が拗らなければ良いのだけれど……)


 優良物件であるアレックスと恋愛結婚出来るならそれが一番良いのだが、仲の良すぎる母娘の様子を思い出すと、ふとその姿が親子では無く、恋人に見えてしまう。

 まさか、流石に娘の恋路の果て母娘の関係が拗れる。なんて事はならないと良いのだが。


 もし、もし仮にだ。本当にそれで拗れる様なら、それは正しい親子のあり方と言えるだろうか。


「依存かしら……」


 口の中で言葉を転がす。

 セシリアの姿を見ると、どうしてもその言葉が浮かんでしまう。


「美しくありませんわね」


 視界一杯に広がる美しい光景を眺めながら、クリスティーヌは気怠い瞼を落とした。



 ◇◇◇◇



 カタカタ……と穏やかな音を鳴らして馬車が進む。

 上空では海緑色の翼竜が穏やかに散歩し、馬型ゴーレムは嘶き一つ鳴らさず命令通りに固い土を踏みしめていく。


 二つの馬車を同時に御者するのは、その名を表す様な明るい紫のボブカットと、同色の鋭い瞳を持つ怜悧な美貌の女性。

 肌を見せないメイド服に身を包む彼女は、鼻先を撫でる青々しい春の風に鋭い眦を柔らげる。


 綱引く彼女の隣には、デフォルメされた明るい色のクマのぬいぐるみが置かれていて、一人の寂しさを紛らわしている。


「セシリアさんには感謝しないとですね、筋を痛めたのに跡形もなく治してくれたんですから」


 右手の調子を確かめる様に、握って開く。

 かなり痛めつけられて、出血夥しかった左手は跡形も無く治っている。戦闘による疲労以外を残さず本調子そのものだ。

 彼女に堪える様に、クマのぬいぐるみは右手を上げる。


 経験上、これが治癒魔法では無い事は身体で理解した。

 そもそも自然治癒力を上げる程度の治癒魔法では全快は出来ない上、受け手の体力をかなり消費するので、治癒魔法を受けると一日寝込むほどに疲れてしまうのだ。

 その疲れも無く、こうして普通に御者出来る時点でセシリアの魔法が治癒魔法では無い事が証明された。

 勿論、それはヤヤの口から聞いていたので知ってはいたが、いざそれを目の当たりにするとまた違う物が見える。


「回復魔法……正常な状態に戻す。ですか、希少魔法なのは確実ですがそれとはまた毛色が違う様な……」


 職業柄、様々な魔法の知識はある。

 ヴィオレットの傀儡魔法自体、希少魔法に分類される物である為希少魔法使いとしては一日の長があると言えるだろう。

 だが彼女の知識でもってしても、セシリアの魔法に見当もつかなかった。


 先天的魔法使いなら尚更分からないし、後天的ならば彼女の心の内を聞かなければいけない。

 後天的に魔法に覚醒する場合、命の危機と強い感情の高ぶり、つまり死にかけた時に強い思いを抱く必要があるのだ。


「ですが、それを聞いた所で流石に教えて貰えるとは思えませんよね」


 後天的に魔法を得る場合、かなり危機的な状況である事が多い。肉体的、精神的に追い込まれた状況で漸く獲得できるのだ。

 なればこそそこらの話をしなくてはいけなく、親しくも無い相手に語る事は無いだろうと考えるのは、当然の事だろう。


「ま、便利な治癒魔法とだけ分かってれば良いですか」


 クマの人形の相打ちに口元に笑みを携えながら、ヴィオレットが指を振ればその人形は腰に手を当てながらコミカルに踊りだす。


 人形を躍らして暇を潰すヴィオレットの視界に、進行方向からこちらに向かって来るゴーレム型の馬に引かれた一台の荷馬車が映る。

 すっと表情を引き締めたヴィオレットは、礼儀として挨拶を交わす。


「こんにちは」

「どうもー」


 すれ違いざま、荷馬車のはだけた天幕から中が見えてしまう。

 魔獣や魔物被害に遭った民間人だろう。難民となった幾人かの人々が憔悴しきって、怪我や汚れで荒んだ目でヴィオレット達の馬車を眺めている。


 横目に眺めていたヴィオレットはその馬車が過ぎ去ると、深いため息を吐く。


 幼い子供と、母親であろう女性が多かった。男性の姿を見かけなかった以上、彼女達の未来は明るくないかもしれない。


「まぁ、この国は難民や福祉関連に厚いから。頑張って生きて欲しいですね」


 ここが帝国なら貧民の仲間入りですね。とは口の中で転がす。


「あぁ嫌だ。厭な事を思い出しちゃった」


 苦々しく怜悧な美貌を歪める。

 忘れたくても忘れられない記憶が呼び起こされて、目の前の人形も、傷跡の残る節くれだった手が血と垢に汚れている様に見える。

 振り払う様に、前髪を掻き揚げてため息をつく。

 疲れた身体が、精神的に疲弊してどっと重くなった。


 そんな彼女を励ます様に、クマの人形はとことこ近づいて首を傾げる。

 それを操るのは勿論ヴィオレットだ。だが、殆ど無意識に操れる程慣れたそれに、ヴィオレットは殆ど無意識に人形の頭を撫でる。


「この癖も直さないといけないですよね」


 独り言が多いのも、クマの人形を相手に寂しさを紛らせてしまうのも、時折昔を思い出すのも。幼少の頃から続く悪癖を直そう直そうと思うのだが、今日までこうして残ってしまっている。


 事実、直そうと言った傍から人形相手に喋りかけている。


「いけないいけない、こんな顔で師匠に会ったら怒られる……どう? 普段通りになった?」


 頬を叩いて普段通りの澄ました表情に戻し、ヴィオレットは再会への喜びと小言を貰うかもしれないという複雑な表情で、見えて来た目的地を見やる。


「お、着きましたよゴンザレス三世」


 視界が開け、一行が目指す勇成国の首都が視界一杯に広がる。


「相変わらず綺麗ですね、この街は」


 雲一つない青空を写したような、陽射しを反射する鏡の様に澄んだ青の巨大な湖面。

 そして湖面の中央に浮かぶ、清廉で立派な街造りとそれを見下ろす白亜の城。美しさと実用性を兼ねたその街こそ、世界的芸術として名高く、また要塞としても著名な街。


「初代勇者が建国した始まりの街。勇成国の首都『カリテス』」


 海の如き荘厳な湖畔に浮かぶ、白亜の城。

 見る者を魅了する芸術性と、湖面との親和性。

 太陽を背に街を見下ろす城を前に、心地よい風がまるで迎え入れる様にヴィオレットの髪を撫でた。


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