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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
1章 お母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました
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貴女が私のお母さん?



 温かい。

 彼女がまず最初に思ったのがそれだった。

 温かくて、ふわふわして心地よくて、天国と思うような浮遊感に包まれている。


 遠くで声がしている。

 優しい、慈しむようなそんな声だ。

 何を言っているのかは彼女には聞こえない。でもそれが彼女に対して向けられている物だと直感的に理解した。

 

「……きに……うまれ……わたし……ちゃん……」

(……誰だろう)


 身体を動かそうとしても動かない。

 一生懸命絡みつくような中、手足を動かすとその声は喜んでいる様だった。


(……眠い)


 彼女は気づいたら瞼を閉じていた。

 微睡みの中、穏やかな鼻歌を耳に。



◇◇◇◇



「おかーさん起きてー!!」

「ぅ~ん、あと半世紀~」

「スケールの大きい二度寝は良いから! お仕事遅刻するよ!」

「ぅう……わかりましたぁ」


 人々が動き出した早朝、とある宿屋の一角で二人の母娘の会話が響く。


 母親にしては若すぎる美しい蒼銀の髪の女性は、眠た眼を擦りながら身体を起こす。

 流れる絹の如き蒼銀の髪が垂れ、長い睫毛に縁どられた垂れ目の空色の瞳は魔性を思わせ、10代の様な美しい肌と成熟した女性の芸術的としか言いようのない完璧なプロポーション。

 化粧をしていないにも関わらず、その容姿は美しくほんわかとした優し気な雰囲気を滲ませている。


 そんな女性を見下ろす―身長が足らないので見上げてはいる——内心では見下ろしている気分になっている蒼銀空眼の少女。

 目の前の女性とは逆に、切れ長の瞳が差異点と言える。

 まだ幼いが、その美貌は確かでいずれは目の前の女性の様な美しい女性になる事が容易に予想できる。


「ほら起きて起きて。もうトリシャさんもガンドさんも支度始めてるよ!」

「うぅ……娘が優しくないですぅ」

「甘くするだけが優しさじゃないでしょ、ほら顔洗って!」

「ちべたい……」


 顔を顰めるその姿すら、絵になる母に苦笑する娘。

 口調は怒ってるようだが、その表情には心底愛おしさが滲んでいる様で手のかかる我が子に苦笑しつつも、愛情を感じてるような慈愛さえあった。


「ふぅさっぱりした。おはようございますセシリア」

「やっと目が覚めた? おはようお母さん」


 自然と二人は手を繋いで部屋から出る。

 二人が住んでいる場所は『妖精の止まり木』と呼ばれる宿屋。既に階下では朝の支度による忙しそうな気配が漂っていた。

 二人はニコニコと笑い合いながら、街の宿屋にしては大きめな厨房に足を運ぶ。


「おはよーございます!」

「おはようございます。トリシャさん、ガンドさん」


 二人の静かだが鈴の鳴るような声は、騒々しい厨房にいる壮年を少し過ぎた頃の二人にしっかりと届き、二人は手を動かしながらも顔だけ向けて挨拶する。


「おはよう二人とも。マリアは相も変わらず寝坊助だねぇ」

「おはよう」


 気持ちの良い乾いた笑顔で笑いかけて来るのがトリシャ。

 如何にも肝っ玉母ちゃんと言った風貌の恰幅の良い女性は、出来上がった料理をそれぞれ皿に並べている。


 その後に続く渋い声で端的な挨拶を放ったのがガンド。

 強面で人の一人位なら視線だけで殺せそうな厳しい視線と、非情に良いガタイの身体でテキパキと食欲を刺激される料理を幾つも作り上げている。


 そんなガンドの頭をトリシャがはたく。


「あんた朝からしけた挨拶してんじゃないよ、浅くない付き合いなんだからもっと腹から声出して挨拶しな!」

「……すまん」


 そんな睦まじい夫婦漫才にマリア達は苦笑しながら、自分達のエプロンを身に付け、厨房に入る。

 彼女たちはこの宿屋の住み込みの従業員である為、こうして朝晩は必ず仕事を手伝っている。


「そうだセシリア、こっちに来な」

「どうしたのトリシャさん?」


 手招きするトリシャにトテトテと近づくセシリア。

 トリシャは厨房の端に置かれている、椅子の上に置いておいた本を手にとる。


「10歳の誕生日おめでとう、おばちゃんからのプレゼントだよ」

「本だ!! 良いの!?」

「勿論さ」

「トリシャさんありがとう!!」


 分厚い装丁本を貰ったセシリアは感極り、思いっきりトリシャに抱き着き顔をふくよかなお腹に埋める。

 トリシャは少し驚くも、その喜び様に頬を綻ばせセシリアの背中をポンポンと叩いた。


 本を買うにはそれなりの金額が掛かる。

 普通は図書館等で読むなどしかない為、それをわざわざ買ってくれたトリシャは大分痛い出費で有ろう。だがそんなモノは、嬉しそうに抱き着いてくるセシリアの笑顔でお釣りすらくる。

 

「ほら、あんたもボケっとしてないで」

「あぁ。セシリア、おめでとう」


 トリシャから離れ、厳めしい顔だが恥ずかしそうに視線を逸らすガンドを見上げるセシリアは、長方形の箱を受け取る。

 ずしりと重たいそれを、期待に疼きながら開くと中のそれを手に取り息を呑む。


「うわぁ……かっこいい……」


 それは刃渡り15㎝程のナイフ。

 装飾の類は無いが刃は鏡の様に輝き、持ち手には「dear セシリア」と彫られている。


「料理にも解体にも使えるナイフだ。刃尾蜥蜴の尾を加工したナイフだから切れ味は保障できる。いざと言うときには護身用にもなるしな」

「ありがとう! ガンドさん!! さいっこうだよ!!」


 装丁本を貰った時よりも嬉しそうにガンツに抱き着くセシリアに、ガンドは悪人顔負けの笑顔を浮かべる。

 そんな二人を見てトリシャはため息をついてしまう。


「ナイフねぇ。嬉しそうにしてるだけに怒るに怒れないねぇ」

「良いじゃないですか、私も魔剣とか欲しいです」

「あんたは……この親にしてこの子ありか」


 ニコニコと眺めながらも、より暴力的な物を望むマリアにトリシャは頭痛を堪える様に顔を顰めてしまう。

 女の子なんだからもっと落ちついた物を。と思うが、それは二人には届かない。


「ホントは今日の夜に誕生日会と相まって渡したかったけど、今日はあたしたち用事あって夜いられなくてねぇ」

「いえ、こうやって高い物を頂けるだけで充分です、いつもすみません」

「気にしなさんな! あたし達には子供がいないからね。孫と娘を見てるみたいで、こっちの方が元気貰えるんさ」


 豪快に笑うトリシャに、マリアはジーンと感動したように手を合わせる。

 マリアとセシリアは血がつながっているが、トリシャ達とは血がつながっていない。それでも家族と言って差し支えない程の信頼関係を築いてる事がそのやり取りだけで伺える。


「おかーさん見て見てー!!」

「こらこら、危ないですよ」

「ふへへ」


 トリシャよりもガンドよりも、幸せそうな笑顔を浮かべたセシリアがマリアに抱き着き、両手に大事そうに貰った物を抱えニコニコと掲げる。

 そんなセシリアに、マリアはニコニコと笑顔を浮かべながら頭を撫でる。

 それだけで幸せな空気がその場に流れ、トリシャ達も頬を緩めてしまう。


「ホントに、元気に育ってくれて良かったよ」

「ええ、赤ちゃんの頃は生きてるのかも怪しい位静かな子でしたから。でもやっぱり私の子ですね」

「ほんと、似ちゃいけない所まで似たよ」


 トリシャは苦笑を浮かべる。今でも当時の事はありありと思い出せた。


 セシリアは物静かな赤子だった。

 産声を上げてからぱったりと鳴き声を上げなくなり、誰も彼もが心配する程で。

 勿論生きてはいるし身体に異常はないのだが、まるで魂が抜けてるかのようにいつもぼうっとしていた。

 だが一歳になると、途端に魂が入ったかのように動き出していた。


 それからの成長は早かった。

 何でもかんでも興味を持ち、同年代の少年に混じって身体を動かし泥だらけになる。

 そんな女の子らしからぬ活発さは、物静かだが好奇心旺盛な母親譲りだと誰もが言う。


 そんな活発なセシリアは、常に母親のマリアにべったりとくっついている。

 事あるごとに大好きと口にして身体でそれを表し、それをマリアが聖母の様な微笑で包み込む。


 絵画の様な光景に誰もがその姿に見惚れ、守ろうと心に決める。


「さて、そろそろ他の客も起きだすし食堂も混む頃合いだね。店を開くよ」

「今日も一日頑張るぞー!」

「おー! です」

「(コクリ)」


 四人が意気込むと同時に宿屋である上階と店の前が賑わい出す。

 

「はーい開店でーす! 朝ごはん食べたい人はどうぞー!」

「やっとかー! 一仕事前に蓄えねーとな!」

「姐御! 俺肉! 肉食べたい!!」

「セシリアチャァァァン!」


 一気に賑わい出した食堂をマリアとセシリアが走り回る。


「一番テーブルに肉盛り! 三番に朝食セット!」

「あいよ! 四番と六番の出来たから持ってって」

「八番と九番さんが朝食セットです」

「あいよ! これ一番と三番に持ってって!」


 美しく穏やかなマリアと幼さと可愛さのセシリア。

 むさくるしい男達に囲まれながら、エプロン姿で大衆食堂料理を運ぶその姿は非常にアンバランスだが、楽しそうに働くその姿に女っ気の無い男達はだらしない顔をしてしまう。


「いやぁ、ほんとマリアさんは美人だよなぁ。あれで子持ちなんだから信じらんねぇ」

「10代って言われても余裕で信じられるぜ? あの笑顔だけで飯が進むわ」

「貴族様みたいに上品なのに、俺達みたいな野郎にも分け隔てなく接してくれるんだからここに通うの止めらんねぇよな」


 客たちの視線を一身に集めるマリアは上品さを持ちつつも、気安さを兼ねていて皆に親しまれている。

 そんな男達は会話しつつもつい、男の性で視線がマリアの豊かな双丘に行ってしまうがそれをセシリアが目敏く見つける。


「こらぁ! お母さんに変な視線を向けるなぁ!!」


 器用に両手と頭に皿を持つセシリアが憤慨しながら大声を張るが、そんな子猫の威嚇の様な姿に男達は笑い声をあげる。


「来た来た」

「これも醍醐味の一つだよなぁ」

「セシリアチャァン……」


 男達に詰め寄ろうと近づくが、そんなセシリアにマリアが声を掛ける。


「セシリア~、ちゃんとお仕事しなきゃだめですよ~」

「はーい!」


 180度回転して笑顔を浮かべ、男達など忘れ去って仕事に励む。

 そんな親子の姿を見て男達は一層笑みを深めてしまう。


(楽しい!! 楽しくてしょうがない!! 前世とは比べ物にならないよ!!)


 セシリア(愛衣)は心からの笑顔を浮かべていた。


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