それぞれの朝
あけおめー!ことよろー!
今年もわたママ書いていくよー!あと新作のプロットや新作短編もかいてるから、やる気が出る様に感想くれると……嬉しいな♡
…………すいません、心の中の美少女が顔を出してしまいました。
今年も環境の変化や、吉事凶事などありますが、適度に気を抜いて「まぁいっか」と思いながら生きましょう、何事もほどほどに、だけど趣味にだけは全力。が生きやすい生き方です。
PS・VTLで一生にじさんじ推していく所存です
何かの鳥の鳴き声が一日の始まりを告げる。
閉じた視界に朝日が差し込み、少女は目を覚ました。
「……朝……」
色素の抜け落ちた白髪と右の赤目と左の青目のオッドアイが特徴で、赤目を覆う様な傷痕を病的に青白い肌に残す12歳ほどの少女。
フランは身体を起こすと、無表情の中に恨めし気な色を僅かに滲ませながらベットから出て、昨晩の内に用意しておいた水桶で顔を洗う。
生気の伴わない人形のような目を少し開き、寝癖を直した寝間着のワンピースを脱ごうと腕を裾下で交差させた所で、大きな違和感が走り硬直する。
「……またか」
眉を顰めながら寝間着を脱ぎパンツ一枚と言うあられもない恰好になったフランは、自身の肩口の結合部を見下ろす。
肩から5㎝下には本来ある筈の肉の腕が無く、その代わりに機械仕掛けの銀色の腕が繋がっていた。
見れば、両腕と両足も同じで、胴体と頭だけが彼女が持って生まれた肉の身体となっている。
ガチャガチャと鳴る腕は、昨日今日付いた物ではない慣れを感じる。
フランは調子を確かめる様に腕を握り、開き、肩を回すと途中で違和感を感じため息をついて腕を下ろす。
寝ている間に結合部がずれてしまったのか、はたまた先日の戦闘による影響か、少なくとも今日の予定の一番はメンテナンスになってしまった。
が、彼女は自身の腕を作り力をくれた男の姿を思い出して憂鬱な気持ちになる。
そんな彼女の思考を遮って、扉が爆発の様な音を立てて開かれる。
なんてマナーのなっていない、仕方ないとはいえ脚で扉を蹴破るのは如何な物なのだろうか。そんな文句を言いそうになったが、相手を見て無駄だとため息をつく
「フーラーンちゃーん!!」
「……絶対安静中じゃなかったんですか、ダキナさん」
「暇だったから抜け出しちゃった!」
「……はぁ」
朝から鬱陶しい程に元気なダキナに、フランは無表情の相貌に疲れの色を浮かべてしまう。
あの日からずっとこの調子だ。
常にアドレナリンが出ているんじゃないかと疑う姿。
以前からテンションの高い人だという認識はあったが、彼女曰く「恋をした」との事で更に騒々しくなった。
「僕はこれからドクターの元へメンテナンスへ行くので、付き合えませんよ」
「大ジョーブ大ジョーブ、あたしもこれから行くから」
そんな彼女の両腕は今は無い。
淡い青のシャツとスリムパンツにサンダルと言う出で立ちの彼女の、両腕の部分は何も通って居ない事が一目でわかる様にゆらゆらと揺れている。
あの日、彼女の腕は変貌したセシリアによって粉々に砕かれた。
だが治癒魔法に外科手術、そしてフランの言うドクターの技術があれば一年程経てば元通りになる筈だった。
だがそれを彼女は固辞した。
『一年も待ってられない、今すぐセシリアちゃんに会いたいの。会ってあたしの愛を刻んであげるんだ!』
そういって彼女は腕を切断し、自ら義手に転向する事を望んだ。
わざわざ生身の身体を捨てて鉄の肉を望むその思考が、フランには理解できない。
恨みがましく、理解出来ない物を見る様にダキナの笑顔を見上げるフランはしかし、どうでも良いと言う様に被りを振り、未だ可愛らしい綿パン一枚の素肌に服を纏いだす。
「僕の様な義手は無理ですよ? これは僕以外に使えない武器ですから」
「分かってる分かってる。カッコいいとは思うけど、あたしの趣味じゃないからね、そこら辺は上手くやるって」
フランの義手は武器だ。
だが彼女の本当の武器は義手では無く、彼女にとって義手とは力を行使する触媒に過ぎない。
その事は分かっている筈だが、目の前のダキナはおどけて笑う。
普通の義手をどうするつもりなのか、彼女は錬金術に秀でていたがまさか改造でもするつもりだろうか。
その言葉を聞きながら、フランはだぼっとした『忠犬』とだけ白地に書かれたTシャツと同様にダボッとした黒いズボンを履くと、適当なスニーカーを履いて身支度を整えた。
「まぁどうでも良いんですが」
「つれないなー、お人形ちゃんもガス抜きしないと壊れるよ? 友達とかいないの?」
「余計なお世話です」
お人形という言葉に彼女は僅かに眉を潜めながら、部屋を後にし目的地へ向かう。
ダキナが勝手についてきているが、どうでも良いと一瞥もくれない。
そも同僚であるダキナはフランの交友関係を知らない筈が無いだろうに、ニヤニヤと笑うその表情は嘲笑と言うよりは、何か反応を返してくれる事を期待している様に見える。
それを無視して、フランは人の気配の無い廊下を進んでいく。
遠くでは街が目を覚ました声が響いているが、この場には二人の乾いた足音しか響かない。
「しっかしドクターかー、あたしあいつ苦手なんだよねー」
「そうですか」
「うん、あいつぱっと見は真面だけど、中身は狂ってるでしょ」
「それ……そうですか」
同族嫌悪では? と口を突こうとしたフランだったがダキナは良くも悪くも見た目の印象を裏切らない人だ。と、一瞥して適当に流す。
そんなフランの反応すら慣れた物なのか、ダキナは気にせず話し続ける。
ダキナが話してフランが「そうですか」と返すだけ。それを続けて数十分、地下へ降りたり回廊を進んで漸く、目的の場所へたどり着く。
「っけ、未来の英雄様の寝床は陰気臭いねぇ」
内心同意しながら、フランは天井の明かりだけが光源の薄暗い空間に鎮座する目の前の両開きの扉をノック……はせずその傍の黒い板に手を宛てる。
ピピッという軽快な音を鳴らすと、扉は横に逃げる様に開き入室を促される。
二人は驚く様子も無く扉を跨ぎ、さながら遺体安置所の様な印象を受ける部屋に足を踏み込んだ。
二人の視線は入室音に気づき、机の上に機械のパーツを散乱させながら何かの作業をしていた男性に向けられている。
男性は二人に気づき、細身の眼鏡の位置を二本指で直しながら好印象を受ける穏やかな笑顔を浮かべる
「やぁおはよう」
「おはようございます。ドクターオルランド」
「おっはー」
男性の挨拶に、フランは慇懃に右手は胸に左手は背中に、腰は90度に折って頭を下げる。
反対にダキナは友人にする様な挨拶だが、男性——オルランド——は気にした様子も無い。
オルランドは立ち上がり、幾つかの部品や書類を仕舞う。
年齢は30中盤位で、細身の眼鏡と知的な相貌が印象的な白髪交じりの明るい茶髪の高身長だがやや不健康気味な細身の男性。
白衣を着ている所から、ドクターという名称も納得物かもしれない。
「それで、こんな朝早くからどうしたんだいフラン君」
「義肢の調子が悪いので、メンテナンスをお願いします」
「あぁ成程、分かった。そしたらダキナ君、君はどうしてここに居るんだい? 絶対安静中の筈だろう?」
「暇で殺す気―? それよりドクター、あたしにも腕を頂戴!」
まるで子供がお菓子をねだるような気軽さで義手をねだるダキナに、オルランドは片眉を上げて人形のように佇むフランを見る。だがフランに首を横に振られて、ため息を一つ吐いてダキナに向き直る。
「えぇっと、義手は勿論良いんですけど、流石に体力も戻ってない今は流石に無理だと思いますが?」
「そんなの分かってるわよ、今だって立ってるだけでもしんどいもん」
「それなら——」
「だからって」
諭すオルランドの言葉を、ダキナは遮る。
彼女の言葉を証明するように、ダキナの体温は高く身体は小さく震えている。
だがそれでも彼女は笑みを止めない。
以前から狂った印象をダキナに持っていたフランは、狂人の様から狂人そのものに認識を改めた。
「目の前にやっと見つけた初恋があるってのに、それを黙って指をくわえて見てろだなんて。乙女には酷でしょ」
ダキナは笑みを張り付けながら戯言を宣う。
その眼は目の前に極上の肉を置かれた獣の様で、今すぐにでも本能のままに暴れたいのを唯一残った人間としての理性が押さえつけているだけに見える。
彼女の「断ったら殺す」とでも言いたげな視線に射抜かれていたオルランドは、深くため息をつくと眼鏡を取り目頭を揉む。
「医者でもある僕としては到底認可できる物ではないが……」
彼の言葉にダキナから一瞬殺気が漏れたが、彼は柳に風と流しながら隣の一室を一瞥する。固く、重く閉ざされた一室。ここに入ってから一度たりとて、フランが顔を向ける事はしなかった鉄の扉。
「まぁ、君がそう言うなら——」
「いぇーい! さっすがドクター話が分かる―! どっかのヤブ医者とは違うねー」
オルランドの言葉に、ダキナは喜びの声を上げてフランに頬を寄せるが当のフランは鬱陶しそうに眉を潜めて距離を取った。
「……因みに、その藪医者というのは」
「ん? あたしの担当医。抜け出して―って言ったら四角四面の正論ばっかり言われて拘束されそうになったから、蹴り落としちゃった」
「……はぁ」
仕事が増えた事に対するため息か、優秀だが性格に問題しかない諜報員の彼女にか、両方か。ため息を吐いたオルランドは再び目頭を解す。
そんなオルランドを無視して、ダキナは彼の作りかけだった義肢の設計図を見ると楽しそうに目を輝かせる。
「あたしこれ欲しい」
「は? いや、それはまだ試作段階で」
「どうせ試行データはアレら使って取ってるんでしょ? なら良いじゃん」
そう言うが早いか、ダキナは一足先に鉄扉とは逆の扉の向こうへ姿を消す。
止めようと思えば止められただろうに、オルランドは口では窘めるが決して本気で止めようとはしない。
まぁ良いか。とでも言いたげなオルランドはフランに向き直る。
「さて、フラン君はメンテナンスだったよね」
「はい」
オルランドの言葉に、フランはそそくさとダキナの消えた先へ向かう。
「偶には彼女たちに会って行ったらどうだい?」
その言葉にフランの脚が止まる。
僅かにフランの肩が震えるが、彼女はオルランドに背を向けたまま振り向かない。
「……いえ、結構です」
「そうか。可愛い妹達なのに……」
その言葉にフランは知らずの内に拳を握っていたが、何も言わず逃げる様に立ち去った。
それを見送り、オルランドは苦笑して鉄扉に近づく。
「流石に、いじめ過ぎたかな」
彼は愛おしそうに扉を撫で、のぞき窓を開く。
その先は影になって見えない。だが彼は親が子を慈しむような、お気に入りの玩具を手に入れた様な、長年叶って想い人を手中に収めた様な、何処か歪さのある笑みを浮かべた。
楽しそうに、嬉しそうに、輝かしい未来を脳裏に描いて涎を垂らした。
「じゅる。おっと、僕としたことがはしたない。彼女達が待っている、行かないとね」
緩んだ表情を引き締め、彼は元の知的な顔つきに戻る。
のぞき窓の向こう。
暗闇の中で、幾つかの影が揺らいだような気がした。
◇◇◇◇
「……せしりぁ?」
衣擦れの気配でマリアの目が覚める。
薄らと目を開けぼやけた視界が捉えるのは腰まで届く、自身とお揃いの蒼銀の髪をまっすぐ下ろし、丁度その髪を黒いシャツから掻き出している後ろ姿。
「あ、起こしちゃった?」
「いえ……というか、まだ早朝?」
身体を起こして欠伸を一つ。
空は白みだしたばかりの東雲。
普段であればまだ寝ている時間だ。
こんな時間から起きなくてはいけない用事は無かった筈、とぼんやりと覚醒していない頭で訝しむマリアに、セシリアは申し訳なさそうに苦笑して振り向く。
黒いシャツに黒いスキニータイプのレギンス、脛まで覆う厚底に鉄板を仕込んだミリタリーブーツと革の指ぬきグローブ。
そして第一ボタンを空けて緩く垂らされた真紅のネクタイ。
仕事着に着替えた彼女は、唯一コートの有無という差異点だけ残して身支度を整えていた。
「着替え持ってきたんだけど、これで良かった?」
「え、えぇ。特にこだわりはありませんし……」
マリアは手渡された灰色のカーディガン、黒いカットソーTシャツと9分丈のジーンズを受け取り、傍に置く。
アイアスが持ってきてくれたもの? と思ったが、幾つもの旅行鞄が置かれている事に気づいた。
まるでこれから旅行、いや量からして引っ越しか何かでもするかの様に思える。
「あの、これは一体?」
「あぁ、ちょっとした旅行に行くことにしたんだ。勿論ママも一緒に」
「……え?」
そんな事一度も聞いていないと、マリアはベットから出て旅行鞄を覗き込む。
一つの鞄には沢山の着替え、もう一つにはセシリアの錬金術の道具や素材。勿論、マリアの服や小物もある、それこそ、アレが無いだなんて言う必要も無い位に。
だがやはり、どれだけ思い返してもセシリアから何か聞かされた覚えはない。
「ねぇセシ——どうしました?」
振り返って訳を聞こうとしたマリアは、後ろからセシリアに抱きしめられる。
両腕を腹部で交差させ、右肩に顎を乗せるセシリアにマリアは少々困惑しながら聞き返す。
「……勝手に決めたのは悪いと思ってるけど、何も言わないで付いてきて」
セシリアの息がマリアの耳を撫でる。
少し熱っぽくて、少し低くて、少し落ち着かなくなる音と熱。
寝起きの目が覚めたばかりのマリアの頭が、はっきりと覚めた。
「……説明、位はしてくださいね」
「うん……」
怒るべきなんだろう。
叱るべきなんだろう。
それでもマリアは笑って許してしまった。またトリシャに怒られてしまうな、と思いながらマリアは愛娘の頭を抱く。
親としては失格なのだろう、それともこうして許す事が正しいのだろうか。トリシャとガンド、ラクネアを見ているとそれが分からなくなる。
でもこうして娘に甘えられると、どうしても無下に出来なくなってしまう。
「安心してママ。危ない事はもうしないから」
冒険家を辞めるという事なのだろうか、もしそうなら嬉しいなと思う。
そんなマリアの隣で、セシリアの身じろぐ気配が伝わる。
ちゅ。という柔らかく、少し湿った軽い音がマリアの傍で聞こえ、セシリアの抱擁が外れた。
「……あれ?」
柔らかい感触を覚えた場所を撫でる。
確かに、首筋にキスされた感触がある。普段はおでこなのに。
「それじゃ、私はまだやる事があるから。ママは二度寝してて良いよ?」
「え、あのセシリア!?」
そそくさとセシリアは部屋を出て行ってしまった。
残されたマリアは、首筋を撫でながら呆然としてしまう。
「首にキスって……どういう意味でしたっけ」
結局二度寝できずに、荷物の整理などで時間を潰していた。
何故だか、胸の高鳴りが暫く収まる事は無かった。
◇◇◇◇
「……よし」
黎明の時、僅かな明かりを頼りにヤヤは着替えを終えた事で僅かな達成感から、自然と一息吐いた。
黒いシャツの上からボレロタイプのシャツを着込み、ホットパンツからスパッツを覗かせ、足元にはお気に入りの大きな黄色いスニーカーを履いている。
ピクピクと揺れる頭頂部の灰色の狼耳と、腰から生える立派な狼尻尾を揺らしながら身なりが整っている事を確認する。
明かり一つない、強いて言うなら窓から漏れる僅かな光だけが光源だが、それでも夜と大して変わらない明るさの中でヤヤは相棒である無骨な弓と矢筒を手に取ると、忍び足で出入り口である扉へ向かう。
寝息を立てるラクネアと彼女に抱き着いて眠るイヌとスーを横目に、机の上に手紙を置いて、息を殺して。
扉までたどり着いたヤヤは、一度振り返ると深く頭を下げる。
「お世話になったデス」
頭を下げ続ける。
居なくなった事に気づいたラクネアがどうなるかは、容易く予想できる。それでも、ヤヤは彼女達から離れる選択を選んだ。
今までお世話になった感謝を、助けになれなかった謝罪を、これから離れてしまう言い訳を。
どれだけの間、頭を下げ続けただろうか。
段々と明かりが強くなって来た。
頭を上げたヤヤは、踵を返してドアノブに手を掛ける。
「何処に行くの。ヤヤ」
ラクネアの静かな声がヤヤの動きを止める。
しまった。とは思わなかった。どこかでこうなるかもしれないと予感はあったから。
だから、そこまで驚くことも無くヤヤは振り返る。
「行かないでよ、ねぇ」
振り返るヤヤは、上体を起こしてこちらを見つめるラクネアに向き合う。
だが暗闇ではお互いの表情は窺えない。
お互いが、どんな表情をしているのか分からないまま、二人は顔を合わせた。
「ねぇ、お願いだからさ、これ以上私から家族を奪わないでよ。傍にいてよ」
ヤヤはただ黙って彼女の懇願に耳を傾ける。
泣いているのだろうか、怒っているのだろうか、はたまた困惑しているのだろうか。
だが例え何であったとしても、ヤヤの答えは変わらなかった。
「ごめんなさいデス」
「っ! ……どうして? 故郷へのお金? それなら今まで通りうちから通いながら稼げば良いじゃん、足りないっていうなら口添えするよ?」
ヤヤは力なく首を横に振る。
暗闇では表情を伺えないが、輪郭は見えているからラクネアには伝わった。
だから、ラクネアの動揺する気配が暗闇に響く。
「なんで? なんで出て行こうとするの、仕送りがあるんでしょ? 禁忌の森以外で稼ぐとか危ないってのは分かってるでしょ? だからここに来たんでしょ?」
「……デス」
禁忌の森以外の場所で冒険家として稼ごうと思ったら、それこそ本当に命の危険と隣り合わせで仕事をしなくてはいけなくなるのはヤヤも知っている。
だからこそ、ヤヤはこの街へ出稼ぎに来たのだから。採集ですら、そこそこ稼げる森の存在を聞いていたから。森という自身の灰狼のアドバンテージを、狩猟の経験を活かせる場所へ、最も稼げる場所だと聞いていたから。
ラクネアの言い分は最もだ、仕送りという理由があるなら彼女たちの元を離れるのは理由にならない。彼女たちの教会と孤児院は焼け落ちたが、他の教会や孤児院もあるからそこから通えばいい。
だけれど、ヤヤはそれを断った。
「ごめんなさいデス。ヤヤはやりたいことが出来たデス」
「…………」
光が差し込み、ラクネアを照らす。
薄らと隈を浮かべたラクネアは、今にも泣きそうな、だけれども独り立ちする子供の成長を喜ぶ様な複雑そうな微笑を浮かべていた。
「何を言っても、無駄なんだね」
「……ごめんなさいデス」
てっきり無理やり引き留められると思っていたヤヤは、抱き着くイヌとスーを置いてゆっくりハンモックから降りるラクネアに頭を下げる。
ゆっくりと、近づいてくるラクネアの気配をつむじで感じる。
「ごめんね」
すとん。とヤヤの身体が柔らかい温もりと匂いに包まれた。
何故謝っているのかヤヤには分からなかった。でも、落ち着く温もりに包まれてヤヤの手が自然とラクネアの背に回る。
本当の母親では無い。本当の家族は故郷に居る。故郷に帰れば仲間達が居る。
だがこの街で過ごして半年ほどで、ラクネアと、ラクネア達とは家族の様に衣食住を共にして親しくなった事実がある。
灰狼は仲間を家族の様に思う、とは言えど本当の家族では無い。だから本当の家族を優先してしまう気持ちは仕方が無い。
それでも、こうして自分を必要としてくれる人に背を向けるのは罪悪感を覚えてしまう。
「ごめんね、突然家族も何もかも無くなって気が動転しちゃって……ヤヤには本当の家族が居るのにね」
「ラクネアさん……」
嬉しい反面、申し訳ない気持ちがヤヤの心を締め付けた。
今のラクネアは理知的だが、まだ心を病んでしまっているだろう。そんな彼女を、仕方ないとは言え放って置くのはヤヤの心に反する。
本当はラクネアが元の笑顔を戻すまで一緒に居たかったが、それは時間が許してくれなかった。
何もかもお見通しなのだろう、ラクネアは何も聞かなかったが、ただヤヤの決断を受け入れてくれた。
ラクネアの抱擁が外れ、物足りない肌寒さが残る。
「あぁ、起きちゃったか」
涙を堪えるラクネアの背後から、イヌとスーが姿を現す。
「ヤヤちゃん……」
「ドっか行っチャうノ?」
二人は目に涙を溜めてヤヤの袖を片方ずつ摘まむ。
二人も本当は分かっているんだろう、だけれど他の家族を失って、家も無くなった今は寂しいという気持ちが抑えられなかった。
ヤヤもつられて目頭が熱くなってしまうが、ぐっと堪えて鼻を啜る。
「ごめんね。ヤヤは、お母さんを助けたいんデス」
「ウぅ~……」
ヤヤの言葉にスーはボロボロと涙を流してイヤイヤと泣き出す。
ラクネアが優しく話そうとしたが、彼女は「イヤッ!」と叫ぶとヤヤに抱き着いた。
「ヤヤちゃンまデ居なクなルのイヤ! スーとズっ——」
「ダメ!!」
絹を裂くようなイヌの声がスーの動きを止めた。
見ればイヌはボロボロと涙を流しながら、ヤヤから手を離していた。
イヌは一度袖で目を拭くも、真っ赤に腫らした涙からボロボロと涙を溢れさせてスーを見つめる。
「ヤヤちゃんは家族じゃないの、ただの友達なの。ヤヤちゃんのやる事をイヌ達が止めちゃダメ」
「ダッて……」
イヌが無理やりスーの腕を引くと、スーは力なくヤヤから手を離しイヌに抱きしめられた。
スーだって思わずと叫んでしまったのだろう、イヌに怒られて力なく腕の中で泣き続けた。
イヌはスーをあやしながら、ヤヤに精一杯の笑顔を向ける。
「ヤヤちゃん。ヤヤちゃんがずっと悩んでるの知ってたよ、それに手紙の事も……勝手に見てゴメン」
「……うぅん。ヤヤも、相談の一つもしなくてごめんデス」
イヌはヤヤがこうなる事を予想していたのだろう。
その事に対して怒り等は微塵も湧かなかった、それ以上に別れの挨拶もせず去ろうとした事に申し訳なさすらヤヤは覚えていた。
そんなヤヤに、イヌは問題ないと被りを振る。
「ヤヤちゃん、ヤヤちゃんは本当の家族を大事にね。イヌ達の事は大丈夫だよ」
イヌの言葉にスーは驚いて見上げるが、ラクネアがイヌごと抱きしめると唇を噛んだ。
そんなイヌの言葉に肯定するように、ラクネアは涙で濡らした複眼で腕の中の二人を見下ろす。
「そうだね、私達家族の問題は私達がなんとかすべきなんだ。だからさ」
そこで言葉を切ったラクネアは、涙を流しながら不細工な精一杯の笑顔をヤヤに送った。
「ヤヤは自分の家族の為にかんばってな。でもさ、今生の別れって訳じゃなんだ。偶には帰って来てさ、元気な姿を見せて、他の子供達に挨拶してよな」
精一杯の祝福を送った。
朝日が煌めき、彼女達の涙を輝かせる。
余りに眩しい光景。出来るなら、このまま三人と一緒に居て変わらない日々を過ごしたい。そんな甘い考えが過る。
それでもヤヤは彼女達に、深く頭を下げた。
言葉は発さない。今口を開いたら、我慢できなくなってしまうから。
今堪えた物を溢れさせたら、決意が鈍ってしまいそうだった。
それ位、この半年で過ごした日々は明るかった。
郷愁すら湧かない程に忙しなく、楽しく、暖かかった。
だがせめて、せめて一言だけでも、これだけは言いたかった。
「………………あり……ありがとう、ございました……」
精一杯、声が震えないようにお礼を言う。
つむじに鼻を啜る音が刺さる。
朝の清廉な空気に、涙を流す音だけが木霊する。
それだけが響く空間に、扉を閉める、蝶番の不快な音が響いた。
遠くから、声を上げて泣く声がいつまでも響いていた。




