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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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壊れた心



 セシリアは立ち上がった。

 しかしそれはセシリアが立ち上がったというよりは、セシリアだった何かが立ちあがった様にダキナは感じた。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

「はは……とんだサプライズでしょ」


 涙を流しながらセシリアだった何かは吠える。


 絹の様に煌めく蒼銀の髪は闇に溶ける黒に染まる。

 露わになった四肢の肉が剥がれ、どす黒い鮮血をまき散らしたと思ったら、まるで棘の様な硬く禍々しい外殻に変質する。

 手足からは獣染みた鋭い爪が生え、黒い棘の様な外殻が騎士の全身鎧の様に全身を包み込む。


「Ahhhhh…………」


 変わってない所と言えば骨格と真紅の瞳だけのセシリアだったそれは、竜騎士の兜の様な頭を倒れ伏すマリアへ向ける。


「Ah……」


 それが手を添えると、()()光に包まれ、マリアの首の傷が塞がる。

 しかしマリアは息を吹き返さない。

 すると何を思ったかセシリアであろうそれは、マリアを仰向けに返す。


「うわっえぐ」


 それは手刀の形にそろえた右手を、マリアの心臓の位置に当てると、躊躇いなく心臓を貫く。

 勢いよく手を引き抜くと、鮮血を上げるマリアの傷口を黒い魔力で包みこみ、跡形も無く傷口が消えると、奇跡の如く彼女は息を吹き返した。


「っ! …………すぅ……」

「うっそぉん」


 目が回るような展開に、ダキナは唖然としてしまうが、それと目が合うと反射的にバックステップしてナイフを構える。


「はっ、君、ホントにセシリアちゃん?」


 ダキナは肌がひりつく殺気を一身に受けながら、限界まで警戒態勢を敷く。

 少しでも気を抜けば殺気だけで殺されそうだが、口元だけは楽しそうに弧を描く。


 それは緩慢に立ち上がる。


「っや!?」


 ほんの刹那、瞬きした瞬間にセシリアの姿が消えた。

 と思った瞬間、視界一杯に拳を構えるそれが現れる。

 咄嗟にダキナは腕を盾の様に構えた。

 の、瞬間ダキナの意識が一瞬跳ぶ。


「っ!? がぁっ!!」


 殴られたなんて生優しい物じゃない。大型トラックに跳ねられた様な、全身の臓器を置き去りにする衝撃がダキナに襲い掛かる。

 腕を犠牲に即死こそ避けたダキナだが、背後の木に背を叩き着けられて血反吐を吐いて地面に倒れ込む。


「は、はは。流石にヤバいかも」


 両腕は骨が飛び出て、あらぬ方向にひしゃげている。

 止血しようと身体を起こそうとしたが、下半身の感覚が無い事に訝しみ、肩を使って跳ねて上体を起こし樹に背を預ける。


 それは腕を振り抜いた体勢で止まっている。

 たった一発。

 たった一発殴られただけで、ダキナは死にかけている。

 余りの変貌に笑うしかない。


「Ah……」


 それは静かに歩み寄る。

 ダキナは逃げる事も抵抗することも出来ない。ただ樹に凭れ掛って笑うしかない。


「あっはー、これは予想外だわ」

「Aa」


 それはダキナの目の前で立ち止まると、止めを刺そうと右手を引き手刀に構える。

 死ね。死んでしまえ。早く死ね、今すぐ殺す。

 それの真紅の瞳が、憎悪の炎に炙られて煌めく。

 それがダキナの心臓を穿とうと腕を突き出す。


「照準固定、出力安定、マナブラスター発射」

「!!」


 だがその手が届く瞬間、横合いから幼さの残る声と共に、赤と青の混ざった光線がそれに迫る。


 人間の反射神経とは思えない、獣染みた動きで筋肉を千切らせながらそれは地面を蹴って避けた。

 直前までそれが居た場所を通った赤と青の光線は、木々に大穴を開けながら森の彼方まで突き抜けていった。


「げほっ、いやー、助けったよ」

「こんな所で何をしてるのか、あれは何かと聞きたい所ですが。保ちそうですか?」

「あー、割と死にそう」


 感情の伴わない平坦で幼さの残る声。

 光線の元から外套で姿を隠した、小さな少女だろう人影が現れる。

 その人物を見上げながら、ダリアは今にも死にそうな顔で苦笑いする。死にそうだというのに、そこには悲壮感が欠片も無い。

 余裕のありそうなダキナを余所に、光線を放った外套の人物はそれに右手の平を向ける。


「警告します、化け物。今すぐ住処へ帰りなさい。さもなくば消しますよ」

「Ah……AAA!!」

「面倒ですね」


 新手の登場にそれは警戒する様に身を屈めるが、邪魔をするなと言わんばかりに吠えながら地面を蹴って突っ込む。

 外套の人物は舌打ち一つすると、それに対して迎撃を決める。


 右手の掌の中央に着いた銃口の様な穴に光が収束すると、突っ込んでくるそれに向かって、弾丸の様に残像だけを捉えられる短い光弾を断続的に放つ。


「早いですね」

「AAAA!!」


 それは地面を蹴って瞬きの間に迫る光弾を横に避けると、ジグザグに跳ねながら距離を詰めていく。

 幾ら光弾を放っても避けるそれに、外套の人物は同じように銃口が空いた左手をかざすと光る程に魔力を収束させる。


「なら数を増やしましょう。出力限定解放、マナブラスター斉射」


 二倍の火力でもって、両手で弾幕を張る。

 視界一杯を埋める光弾の嵐を前に、それは逃げ場すら無くす。

 確実に屠る火力。

 外套の人物は勝利を確信する。

 しかし、直後起こしたそれの動きに目を剥くことになる。


「Ah、AAAAAAAA!!!」

「っ!」


 それは何か魔法を使った訳では無い。

 夜の帳が降りる世界で昼間と錯覚する光弾の弾幕を前に、一息大きく息を吸うと全力で大声を放っただけだ。

 魔力が乗っているのか、殺気をこれでもかと乗せた突風は弾幕の一切を消滅させる。

 その衝撃に攻撃手の外套が剥がれ、素顔が露わになる。


 色の抜け落ちた真っ白なセミロングの髪。

 右目がセシリアと同じ赤目で、対になる左目が澄んだ水の様な蒼目。

 幼さの残る声だと思ったら本当に幼い容姿、12歳程の幼さの、赤目を覆う火傷跡のある病的に青白い肌の少女の素顔が露わになる。


 外気に晒され、身も竦むような殺気を当てられたというのに、少女は一切顔色を変えない。

 まるで感情が無いかの様な、人形を思わせる程にその色違いの双眼には光が宿っていない。

 だが呼吸の度に上下する薄い胸が、少女が人間だと証明する。


 最も、セシリアだったそれが気にする事は無いが、それは少女に再び攻撃しようとした所で、地面を蹴ってマリアの元へ下がる。

 眠り姫を守る怪物になった騎士の様に、それは身がめて唸り声を上げながら立ち塞がる。


「想定外の事態につき、戦線の離脱を進言。ピクシー、異論か別案はありますか」

「ないよぉ、うたた寝してたら起こされちゃった」


 少女は感情の伴わない声で背後のダキナに振り返る。

 ダキナはダキナで、千切った布で両腕を締め付けて止血してるが、出血多量につき顔面蒼白で眠そうに死にかけている。

 それなのに目だけは、キラキラと少年の様に輝いていておぞましさすら覚える。


 その言葉を聞いて少女は耳についた宝石に指を当てると、魔力を注ぎそれを起動する。


「未確認の魔獣……いえ化け物と交戦、工作員ピクシーが負傷、対象の排除を試みるも現装備では火力不足につき撤退を請う」


 誰と話しているのか、無線なんて高度な道具のない筈の世界で、無線を扱うかの様に少女は遠くにいる誰かと話す。

 一拍の後、少女は頷くとダキナを肩に抱える。


「撤退命令を受諾しました。これよりフランケンシュタインとピクシーは戦線を離脱します」

「あ、ヤバいかも」

「? ……!!」


 ダキナの言葉に少女が振り返ると、初めて動揺を見せる。

 何故なら視界の先では、セシリアだったそれに向かって黒龍がブレスを撃とうと狙い付けているのだから。

 最悪な事に、その射線上には二人が入っている為、今すぐ避けた所で間に合うかも怪しい。

 少女は邪魔だという様に外套を剥ぐ。

 そこから露わになるのは肌に張り付く、胴部と股だけを覆う薄い布地の黒い服。

 四肢を繋ぐ肩と股を境に、少女の無骨な鉄製の四肢が曝け出される。


「全力で離脱します。ピクシーは死なない様にしがみついて下さい」

「どうやってぇ? 両手砕けてるんだけど……」

「知りません、死にたくなければ何とかしてください」

「まじかぁ……」


 黒龍は大きく息を吸ってのけ反る。

 それに対してセシリアだったそれは、マリアを守る様に前に立ち塞がる。

 それを横目に、少女は力むように身を屈んで四肢に魔力を注ぐ。


「制限限定解除、出力最大。全力で戦線を離脱します」

「うぉぉぉお!? ばいばーいセシリアちゃーん! また会おうねー!」


 少女の手足が開く。

 傘の様に関節から先が開き、足裏は変形しタイヤが現れふくらはぎと両肘から火が噴き目にも止まらぬ速度で滑って逃げ出す。

 全力で射線から外れようと逃げる少女とダキナは、どうやったって間に合わない事に焦る。


「ちょっとちょっと! もっと早く逃げてよ! 巻き込まれちゃうって!」

「これ以上は義肢が保ちません、時には諦めも大事ですよ」

「嫌だ嫌だ! あたしはまだ死にたくないー!」

「神頼みでもすればどうですか」

「あたし神様とか信じて無いんだよねー……あ、まって酔った。うぇえ、我らが主よ、迷える子羊に酔い止めを渡し給え」

「吐いたら捨てます」


 少女は口を動かしながらではあるが、全力で離脱を図っている。

 ジェットの如く噴出する四肢を限界まで駆動させた所為で、義肢全体が悲鳴を上げる様に震え、ガタガタと肩口と股口が揺れるが、それでも気にせずに滑る。


 だが願い届かずその時が訪れる。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 たっぷりと魔力を込めた黒龍が黒色の極光を放つ。

 空気中の水分を蒸発させながら、迫る極光に対し、セシリアだったそれは吠えながら一歩も下がらずに迎え撃つ。


 セシリアだったそれは右の拳を握り、半身に構える。

 まさか極光のブレスに対して殴り掛かろうというのか、そんなまさか。


「Ah」


 だがまさにその通りで、それは小さく唸ると全身から黒い魔力を霧の様に溢れさせて右手に収束させる。

 右手一本を黒い霧が包んだと思えば、勢いよく霧散する。

 露わになった右手は、黒い棘の外殻が一際凶悪に変貌し、表面にはおどろおどろしく大量の蛇が絡みつく様に真っ赤な血管が脈打っている。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 それは吠えながらすくい上げる様に腕を振るう。

 極光が直撃するタイミングに合わせた、渾身の一振り。

 純粋な魔力の塊に対して、余りに常識外れな攻撃。

 普通なら、このまま極光に呑まれてマリア共々灰も残さず消えるだろう。

 普通なら。


「すっげぇぇぇぇ!!!! 魔力の塊を殴り飛ばしたよ!!!」

「…………なん……なんですか、あれ」

「ふぎゃ!? ちょっと! こっちは重傷者だよ!?」


 セシリアだったそれは極光のブレスを空に向かって殴り飛ばす。

 直角に曲がった極光は天高くに伸びると、静かに霧散する。

 月が顔を出した世界で、星々の涙の様にキラキラと地面に降り注ぐ。


 余りに埒外な光景に、少女は足を止めて呆然としてしまう。

 その背できゃいきゃいとはしゃぐダリアが地面に落ちた事にも気付かず、食い入る様に星の涙が降り注ぐ中で毅然と立つそれに魅入られる。


「……きれい」


 それは本当に無意識の内に零れた言葉なのだろう。

 はっと正気を取り戻すと少女は口を塞ぎ、被りを振って気を取り直すとダリアを再び抱えて疾走する。

 再度あんな攻撃を撃ち込まれたら溜まったものでは無いと。


 二人が逃げてる事に気を留めた様子もなく、セシリアだったそれは滞空する黒龍を見上げる。

 セシリアだったそれは背後を振り返ると、僅かに土埃を被ったマリアが穏やかな寝息を立てて眠っている。

 その姿に、僅かに真紅の瞳が柔らいだ気がするが、竜騎士の兜の様な顔では表情は窺えない。


 セシリアだったそれは傲慢に頭上で滞空する黒龍を一瞥すると、地面に落ちている千切れたホルスターに納まった壊れたリボルバーと、予備弾丸が填められたガンベルトを手に取る。


「Ah……」


 セシリアだったそれが、凶悪な爪に変貌したサイズの合わないリボルバーを手に取り、小さく呟く。

 すると黒い霧の様な魔力がリボルバーを覆いつくす。

 それが晴れると、その手に握られていたのはセシリアが作った壊れたリボルバーでは無かった。


 いや、元の形状は確かにセシリアのリボルバーだ。だが裂けていた長いバレルは塞がり、銃口からグリップまで脈打つ赤い血管が走っている。

 それだけでは無い、基本の骨格こそ同じだが、銃全体はセシリアだったそれの外殻の様に黒い棘が生えた禍々しく凶悪な姿に変貌している。


 セシリアだったそれは右手にリボルバーを持ち、弾倉を横に晒すと左手で一発ずつ50口径炸薬徹甲弾を装填する。

 計六発。

 セシリアだったそれは右手をスナップさせて弾倉を納めると、右手を掲げて黒龍を狙いつける。


 ドパンッ!!


 一発の激発を皮切りに、反動を一切感じさせない姿で更に引き金を引き続ける。

 計六発の炸裂音が轟く。


「…………」


 だが20m程の距離による威力減衰か、そもそも50口径炸薬徹甲弾ですら通さない外殻なのか、黒龍の鱗の表面で火花を上げる程度に収まる。

 セシリアだったそれは、直ぐに弾倉から薬きょうを吐き出すと、新しい弾丸を指で弾いて一秒も掛からず装填し終える。

 しかしこのまま、再度撃った所でダメージは入らないだろう。無駄に弾を消費するだけだ。


「っ、aaa……」


 セシリアだったそれは力むように上体を折る。

 すると背中が蠢きだす、まるで寄生虫が身体を突き破ろうとするかのように。


「AAAAA……AAAA!!」


 どす黒い血を撒き散らして、勢いよく背中から一対の翼が姿を現す。

 息を切らして現れたのは、セシリアだったそれの全身を包みこめるような巨大な翼。

 龍の様にも、蝙蝠の様にも見える黒い棘が生えた禍々しい翼。


 セシリアだったそれは、翼の調子を確かめる様に二度三度振ると、一つ頷いて傲慢に空に浮かぶ黒龍を見上げ、突風を残して空へ跳ぶ。


「!?」


 まさか矮小な人間が空を飛ぶとは思ってなかったのか、黒龍は驚いたように真紅の瞳を開くが、すぐさま迎撃しようと大木の如き太さと、鞭の様なしなやかさを持つ尻尾を振り下ろす。


「AAAAA!!!」


 セシリアだったそれは直撃の瞬間、僅かに手を触れると身を捩じって、羽の様に摺り抜ける。

 瞬く間に黒龍の懐に飛び込んだそれは、突進の勢いを殺さない跳び蹴りで下あごを叩き上げる。


「Gaaaa……」

「AAAA!」


 痛みを覚える事など無かったのだろう、黒龍は衝撃に目を回すも直ぐに怒りから睨みつける。

 それは反撃を許す間もなく、鼻先に手を宛てて黒龍の目と鼻の先に躍り出ると、高く右足を掲げ、棘と外殻に覆われた踵を眉間に叩き込む。


 脳を揺らす衝撃に、黒龍は錐揉みしながら土埃と衝撃を発てて地面に墜落する。

 顔を上げた黒龍は、じんわりと揺れる頭を振りながら苛立ちと怒りに満ちた真紅の瞳でそれを探す。

 矮小な人間にダメージを与えられただけでなく、地面に堕とされたのだ、屈辱以外の何でもない。

 どこだ、殺してやる。


 黒龍が身を起こしてそれを探すが見当たらない。

 苛立たし気に地面を踏んで立ち上がろうとしたその額に、影が指す。


「Ga! —」

「AAAA!!」


 すわ上か! と黒龍が空を見上げた時には遅く、セシリアだったそれが落下の推進力と持ち前の膂力を完全に乗せたキックが黒龍の頭を地面に叩き付ける。

 潰れたカエルの様な呻き声を上げた黒龍に対して、それは攻撃の手を緩めることはせず、右手に持ったままの禍々しいリボルバーを真下、黒龍の眉間に狙いつけて6発の零点射撃を敢行する。


 ほぼゼロ距離での射撃にもかかわらず鱗を穿つには至らない、セシリアだったそれは数秒も掛からずリロードすると、ならばと狙いを横にずらす。

 その先には衝撃に目を回す真紅の瞳が。


「!! Ga——」


 ドパンッ!


 待て。と言う様に黒龍が呻くが、セシリアだったそれは躊躇うことなく引き金を引いた。

 刹那、黒龍を襲う激痛が脳を焼く。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」


 黒龍は痛みを誤魔化す様に、セシリアだったそれを振り落として空へ跳び上がる。

 ふざけるな。黒龍は憎々し気に残った右目で睨みつける。

 地面から黒龍を見上げるセシリアだったそれに向かって、黒龍はバカの一つ覚えにブレスを放とうとする。

 そも、腕を振るうだけで、ブレスを放つだけで万物を殺せる黒龍からすればセシリアだったそれがおかしいのだ。

 己の理解が及ばないそれに対して、拒むようにブレスを吐こうとのけ反る。


「…………」


 だが徐に黒龍は背後を仰ぐと、ブレスを吐くのを中断する。

 まるで誰かに声を掛けられたように黒龍は狼狽え、セシリアへの憎悪があるからか逡巡する。

 だが最後には己を呼ぶ何かが勝ったのか、翼を翻して来た道を戻っていった。


 その背に銃口を狙いつけるが、射程外だと悟り右手を下ろす。

 追いかけようとはしなかった。

 セシリアだったそれは、必要以上に眠るマリアから離れない。

 理性が残ってるのだろうか、それとも本能に染みついた思いがそうさせているのか、人の言葉を話さないそれの心の内は分からない。


「Ah……」


 だが少なくとも、慈しむように傷をつけないように指の背でマリアの頬を撫でるその姿は、凶悪に変貌した見た目であろうと中身はセシリアなのだと察せられる。

 異形の騎士は、片膝を着いたまま、静かに兜の中で光る真紅の瞳を閉じた。


 ザッ。


「んん~! 三百年ぶりの人間界だぁ~」

「空気うめぇ~! やっぱこっちはいいなー」


 森の奥から足音と、呑気な話声が届く。

 青い肌で、黒白目、真紅の瞳を輝かせた二人の男女が立っていた。


「これはぁ、どういう状況かしらぁ?」


 二人は地形が変わった丘で、膝を着いたまま気絶する異形の騎士を真紅の瞳で見下ろしていた。


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