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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
52/146

ちっぽけな抵抗

(´>ω∂`)

また投稿するお話間違えました!

1話巻き戻ってますm(_ _)m



「うりぁぁ!!」


 疲れ切った身体とは言え、その一撃は素人ならば避けれない一撃だった。

 少なくとも、ダキナがただの狂人であれば真面に避ける事は出来ないだろう。


「うぉっと」


 だがダキナはいとも容易く、最小限の動きでセシリアの右の拳を避ける。

 しかしセシリアも当たれば御の字程度に考えてた為、着地と同時に足首を捩じり、後ろ蹴りをダキナの顎に向かって放つ。


「はは、惜しい惜しい」

「っち」


 だがそれも顎を逸らしただけで避けられると、回転の勢いを殺さずに地面を蹴り、空中回し蹴りを胴体に向かってお見舞いする。


「ひゃぁ~、怖い怖い」


 馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま、ダキナはその一撃をバックステップで避ける。

 避けるばかりで、反撃する様子の一切無い、明らかに舐められていると分かる姿に苛立ちが募る。

 いやらしいのが、セシリアをマリアの元へ行かせない様に常に間に陣取っているのがまた、思う通りに行かず腹立たしい。


 反撃してくる様子の無いダキナは、ニヤニヤと嗤いながら観察する様に舐め回して来る。


「攻撃が雑だよ、おねーさんお手製のドーピング剤いる?」

「どうせ毒なんでしょ」

「まっさかー、そんな無粋な事はしないって。でも、ちょーっと拍子抜けかな」


 そういってダキナは肩を竦める。

 何が拍子抜けなのか、セシリアはダキナの言葉に眉を潜めながらどうやって攻撃するべきかを頭の中で組み立てる。

 セシリアに対人戦闘の経験はない。

 アイアスが師匠となっているが彼女の本職は錬金術師であり、セシリアはどちらかと言うと製薬や精練技術等の、非戦闘系の技術を叩き込まれた。

 それでも年の功と言うべきか、体術の基礎や森での戦い方などを教えられていて、それを独自に昇華させることで、元の膂力と回復魔法も相まって魔獣相手ならそこそこ立ち回る事が出来た。


 だが魔獣と人間は違う。

 どうやって戦うのが正解か、答えの無い問題を解いている気分の中、セシリアは唇を噛んで途切れそうになる意識を保つ。


「疲弊してるから? 動きにキレは無いし、明らかに対人戦闘慣れしてない。もっと強くなってるかと思ったのに、残念」

「っさい!!」


 ダキナの言葉を遮って、セシリアは再度地面を蹴る。

 自分の身体が限界に近い、いや、最早限界を通り越しているのは理解している。

 それでも、ここで倒れる訳には行かない。

 マリアを救う為なら、限界の一つや二つ超えて見せろ。


 自分を鼓舞する様に、騙す様に歯を食いしばって殴り掛かる。

 だがフェイントも何もない、突進と大して変わらない攻撃など当たる筈も無く、あっさりと避けられる。

 避けられながら、追撃の蹴りを放つも同様に躱される。

 回し蹴りを避けられるも、着地と同時に拾った石を投げつけ、出来た隙をついて殴り掛かっても避けられる。


 まるで児戯だ。

 幼子が大人に精一杯歯向かうかの様に、当たれば確実なダメージの入る大技ばかり放つ。


「いやいや、学習しようよ。無策に殴り掛かって倒せるのは魔獣だけだって」

「なら!」


 渾身のアッパーカットを避けられたセシリアは、後ろ腰に手を回し、ガンベルトからそれを取り出す。

 手のひらサイズの長方形のガラス体だ。

 セシリアはそれを勢いよく地面に叩き付ける。


「っ!?」


 刹那茜色に染まる世界で、セシリアとダキナの間に緑がかった閃光が視界を潰す。

 試行錯誤を重ねて製作した、愛衣の最後の武器。

 異世界版、閃光手榴弾だ。


 エリマキトカゲの姿で、パラポナアンテナの様に広げた皮膚飾りを瞬間的に発光させて、蝶などを捕食する魔獣が居る。

 その魔獣の発光部分の臓器と、特殊な薬液、それと緑鉱石と可燃石を適切な分量で配分して、容器が割れると中の可燃石が火を着けて閃光を放つという代物だ。


 問題点を挙げるなら、その製作難度の高さと材料の希少性だろうか。

 頭の片隅で勿体ないと思いながら、ダキナを倒す一手の為に迷いなく使う。

 目論見通り、ダキナの視界を奪い、彼女は突然の閃光に焦った様に両手で顔を覆う。

 そのお陰で彼女の視界は遮られ、そのがら空きになった懐に潜り込む。


「っし」

「っ! かはっ!」


 突き刺すようなストレートパンチが、ダキナの鳩尾にクリーンヒットする。

 確実に入った。ダキナはくの字に折れ、衝撃に足が浮く。


 セシリアにこのチャンスを無駄にする気は無い。

 直ぐに身を沈めて全身をバネの様に跳ねさして左腕を振り、抉るようなアッパーカットがダキナの顎を殴り上げる。

 そのまま舌を噛んで気絶してくれれば良いのだが、この程度では意識を奪うには至らない。


 トドメと言わんばかりにセシリアは足首を捩じり、回転しながら地面を蹴ると、全力の空中回し蹴りをダキナの横っ腹に叩き込む。


「がっ!?」

「吹っ飛べ!!」


 ミシミシとダキナの背骨が軋む感触が伝わる。

 普段のセシリアなら、人間の背骨位は折っていただろう。

 だが疲労懇賠に魔力切れ、身体強化も施していない状態ではダキナの健骨を折るには至らない。


 それでも、現状の持てる全力を込めて足を振り抜くと、ダキナは地面を数回バウンドして倒れ伏す。


「ぜぇ、ぜぇ」


 疲労懇倍のセシリアは、肩で息をしながらその姿を確認する。

 倒れ伏したダキナが起きる気配はない。

 それを確認して一息つくと、セシリアは縛り上げられているマリアに向き合う。


「へへ、どうよお母さん」

「んー」


 セシリアは安堵に眉尻を下げるマリアにVサインを浮かべ、解放しようと近づく。


「んー!!」


 だが近づくマリアが、目を見開いて籠った声を上げる。

 刹那、うなじを不快な何かが撫で、生存本能が避けろと叫ぶ。


「っ!?」


 咄嗟に横に転がって飛び跳ねる。


 ゴガッ!!


 直前までセシリアが立っていた場所が大きく抉られ、紙一重で避けたセシリアの肌を衝撃が撫でる。

 土埃が巻き起こり、何が起こったのかを悟らせない。

 だが状況的に、それを起こしたのは一人しかいないだろう。


「今の避けるんだ、やるー」

「倒れててよ」

「いやいや、あの程度じゃ潰れないって」

「っち」


 ダメージを受けた様子はある。

 痛そうに患部を撫でる姿は、少なくとも多少は効果的だったであろう。

 だが嘲笑を浮かべる余裕がある辺り、まだまだ余力を残している様だ。


 悔しそうに歯噛みするセシリアは、再びマリアとの距離が離れた事に舌打ちする。


「しっかし、次から次へと面白い道具を出すよね。次は何を見せてくれるの?」


 ダキナは余裕綽々に笑う。

 憎まれ口の一つでも叩きたいところだが、生憎とセシリアにそんな余裕は無い。

 立っているだけでも精一杯なのに、隠し玉も尽きた、残る武器は当たる気がしない壊れかけの銃と、おんぼろのこの身一つだけ。

 そんなセシリアの葛藤を感じたのか、ダキナは嘲笑を深める。


「終わり? それじゃ今度は、こっちから行こうっかな」

「ちくしょうが」


 ダキナが軽やかに地面を蹴って距離を詰める。

 最早、絞る力すらない身体に更に鞭を打ってセシリアは拳を構えた。

 そんな健気な姿勢を見せるセシリアに、ダキナの拳が迫る。


「ほらほら! ちゃんと受け止めてよ!」

「ぐっ! っそ!」


 ダキナのストレートパンチを首を逸らして避ける。

 セシリアが放った渾身の一撃と同等以上の、風を切る鋭い一撃だ。

 真面に食らえばタダでは済まない。

 肝を冷やしながら、セシリアは繊細さを欠いた動きでダキナの連撃を避け続ける。


「避けてばっかじゃ終わらないよ!? 反撃しないとっさ!」

「がっ!?」


 だが全てを避けきれるはずも無く、フェイントに騙されたセシリアの脇腹を、ダキナは蹴り上げる。

 ミシミシと、肋骨と背骨が悲鳴を上げた。

 衝撃に肺の中の空気を全て吐き出し、無防備に中に浮いたセシリアにダキナが攻撃の手を緩める筈も無く、突き抜ける様なリバーブローで身体がくの字に折れる。


「あはは! 気持ち―!!」

「ぶっ!? ぐっ! が!!」


 息つく暇も許さない攻撃。

 直ぐに右のフックがセシリアの脇を穿ち、胴体がずれる。

 そのまま何度も何度も、左、右、左、右。とリズミカルに身体を左右に揺らしながら、まるで操り人形相手に下手くそなダンスを踊る様に、一本、また一本とセシリアの肋骨に罅を増やしていく。


 単調なリズムで繰り出される殴打の応酬が一息ついたと思えば、鳩尾に叩き込まれる膝が呼吸という機能を奪い、ダキナの身体が少し沈むと、地獄から飛び出すようなアッパーカットがセシリアの顎をカチあげ、セシリアの綺麗な歯に罅が入る。


「締めはーっリスペクトォ!!」


 ダキナは反動を殺さずに地面を蹴って、空中回し蹴りをズタボロに鬱血した脇に叩き込み吹き飛ばす。


「んんー!! んー!! んーんー!!!」


 セシリアが繰り出した一撃と同じ締め技。

 差異点を挙げるなら、その身体はまるで糸が切れた人形の様に、受け身の一つも取れずに軽快にバウンドしていく。

 マリアの悲鳴が轟くが、それに対してセシリアが声を上げることは無い。


「すっごい殴り心地が良いや、ちゃんと鍛えてたんだね。感心感心」


 拳に残る、鍛えられた硬さと年相応の柔らかさが混じった心地よさに、ダキナはうっとりと笑みを浮かべながらゆっくりと、震える身体を懸命に叱責し立ち上がろうと腕を立てるセシリアに近づく。


「ゲホッゴホッ! ッ!? ぇぅえ」


 血の混じった、粘性の胃液を吐き出しながらもセシリアは必死で立ち上がるとする。

 背骨はぎりぎり折れていない、手加減されていたのだろう。

 肋骨に至っては何本折れたのかも定かでは無く、少しでも身じろぎすれば突き刺すような激痛が走り、その度に血反吐を吐く羽目になる。

 呼吸だって真面に出来ない。

 かひゅー、かひゅー。と抜ける様な小さな呼吸を激痛を覚えながら行う。


 だがその真紅の目はまだ死んでいない。

 ギラギラと輝くその瞳が、セシリアの心が折れていない証拠であり、それだけがセシリアの武器となっている。


 そんな刺すような視線を一身に受けたダキナは、身体を細かく震えさせると頬を桜色に染めて一層、恍惚とした笑みを深める。


「嗚呼、本当に可愛い……やっぱ好きだなぁ……」


 ダキナは己の身体を抱きしめ、火照った身体を悶えさせる。

 イケないと、人の視線もあるのに女の部分が締め付けられるような興奮が腰から背骨を抜ける。


「はぁ、はぁ……ダメ、ダメダメ、監視の目もあるのに、はしたないって」


 そう言いながら、ダキナは情欲に染まる瞳を睨みつけるセシリアと交差させ、堪える様に指を噛む。

 熱の籠った息を吐きながら、自然と左手が秘所に宛がわれるも腰を揺らして必死でこらえる。

 まだ、まだその時ではないと。


「……クソ……へんたい……が……」


 覚束ない身体を、膝に手をつき歯を食いしばって立ち上がる。

 悪態をついて睨みつける。だがそれも弱弱しく、しかしその眼だけがギラギラと怪しく輝いていて、それがまたダキナの情欲に油を注ぐ。

 まるで手負いの獣だ。

 ふらふらと、息を吸うだけでも肺に激痛が走る。

 普段なら、即座に魔法を起動して傷を治していただろう。

 だが魔力が切れているセシリアにそれをする術は無く、久しぶりに痛みに耐えるという苦行に身を落とされる。


「えへへ、そうこなくっちゃ!!」

「ぶっ!」


 ダキナは情欲によって火照った身体を冷ます為に、セシリアの鼻頭に程よく力を抜いたジャブを叩き込む。

 対した一撃では無いが、衝撃に大きく上体が逸れる。

 視界が白黒に点滅し大きく天を仰ぐが、必死で歯を食いしばって足を踏みしめる。


「なっめるなぁぁ!!」

「はは」

「ぁがっ!?」


 一歩踏み込んで、叩き下ろすように殴り掛かる。

 しかしダキナは失笑と共にジャブで頬を叩く。

 拳すら届かない。

 ふらついたセシリアの顔面に、更にストレートパンチが叩き込まれる。

 衝撃に吹き飛びそうになるセシリアの腕を、ダキナは掴んで離さない。


「ほらほらほらほら!!!」


 ダキナは片手で殴る。

 殴る殴る殴る。

 呻き声を上げるセシリアの顔面を潰す様に、有無を言わさずに殴る。

 両腕によるコンビネーションでは無く、右手一本による殴打の嵐。

 片手一本な為連撃は体重こそ乗っていないが、それでも少しずつセシリアの美しい顔面を醜く崩していく。


「あっはー!!」


 ダキナが大きく振りかぶって殴り飛ばす。

 セシリアは再び吹き飛ばされた。


「ごふっ……まだ……まだぁ」


 だがセシリアは諦めない。

 端麗な顔は腫れあがり鼻や歯が折れている。

 既に意識は混濁している。だが起きる。

 血の味しかしない腔内を噛み締め、吐き気を抑えながら踏み出す。


 血反吐を垂らしながらダキナを睨みつける。

 気力だけで身体を動かしている。ほんの少しでも気を抜けば失神してしまいそうだ、皮肉にも痛みが意識を繋ぎとめる。


「はー、気持ちいいのは気持ち良いけど、ちょっと違うんだよなー」


 ダキナは少し落ち着いたのか、どうしたものかと腕を組む。

 悠長なダキナに向かって、セシリアは一歩一歩死者の如き歩みで近づく。

 腕はまだ動く、脚も動く、心臓だって動いている。

 腕が使え無くなれば足を、足を使え無くなれば歯を、歯が使え無くなれば体当たりでも何でもしてダキナの向こうを目指す。


「ヒュー、ガァ!!」


 腕を上げるのすら億劫なセシリアは、血を撒き散らしながらダキナの首筋に噛み付こうと歯を剥く。

 だがそんな捨て身の攻撃を、ダキナは横に身体をずらすと足払いを掛けて転がす。

 倒れ込むと背を踏みつけられ、セシリアは身じろいで起き上がろうとするが足を払う力すら無いのか暴れるだけだ。


「どうどう」

「っ! はなせ!!」


 無様に地べたに押し付けられるセシリアを、ダキナは嘲笑い見下ろす。

 だが何かを思い出したように、ダキナは懐から懐中時計を取り出すと、時間を確認して一息つく。


「残念だねぇ、時間切れだよ」


 ドオオオォォォン!!!! …………。


 何が。とは言葉に出なかった。

 何故ならその言葉を発する前に、地面を揺らす程の爆発音がセシリアの鼓膜を震わしたからだ。


 セシリアのリボルバーなんて可愛く思える轟音と衝撃。

 はっと音の方に視線を向けると、天に届く黒煙が街の方から上がっている。

 一つ目の音に合わせる様に、二つ、三つ目の爆発音と衝撃が街の幾つもの場所から上がる。


 最終的に、爆発は5つを迎えた所で止まった。

 遠目からではどこが、どれだけ破壊されたのかは分からない。

 だが地に咲く5つの花火を見るに、建物の一つ位は全壊していても可笑しくない。

 しかもその一つは西門から上がっており、よく見れば壁が崩れ落ちている様に見える。


「いぇーい! お仕事かんりょー、流石あたしー」


 ダキナは無邪気にはしゃぐ。

 これもこいつが引き起こしたのか、何が目的なんだ。

 訳が分からない。

 頭が真っ白になる。


「んー!!」

「!!」


 だがマリアの声が正気を取り戻させ、セシリアは懐からリボルバーを抜き放つと腕だけを背後に向けて引き金を引く。


「うわ! っぶな」


 ダキナが慌てて銃撃を避けた事で、セシリアを抑え込んでいた足は外されたが、自由の代償としてリボルバーの銃身に横一文字に罅が走る。

 もう使う事は叶わないだろう、暴発は確定なそれを見てセシリアは悔しそうに顔を顰めた。


 最後の切り札だった。

 こんな事ならダキナを蹴り飛ばした時に使えばよかったと、後悔が過るが、あの時は体術で充分だと思ってしまったのだ。

 事実、普段通りセシリアが身体強化を施してあれば、もう少し体力に余裕があればあの一撃はダキナの背骨を折っていただろう。

 だが過ぎた事を悔やんでも仕方ない。


 セシリアは立ち上がろうと膝を立てるが、ガクッと意思に反して地面に倒れ込む。


「!?」


 困惑が胸中を支配する。

 立て! 早く立ち上がれ! と心の中で己の身体を叱責するも、油の切れた錆びついた人形の様に細かく震えるばかりで上手く力が入らない。


 当然だろう。

 魔法の一つはおろか身体強化すら施せないレベルの魔力切れに、積み重なった疲労とダメージ。

 本来なら当にその身体は生存本能によって意識を失っているレベルを迎えており、それをセシリアは気力だけで持ちこたえていたのだから。


「っごけ! 立てよ!!」


 怒りに任せて足を叩くが、その手すら弱弱しい。

 ここで立てなくて何の意味がある。

 何のために、怖い思いや痛い思いをしてまで冒険家をしていたのだ。

 心配そうに、悲しそうに、セシリアが傷つく度に涙を流すマリアを守るためではないか。

 立ち上がろうと試みるが、その度に力が足りず地面に額を押し付ける。


「ぅう……」


 悔しさで視界が滲む。

 血と土の苦い味を噛み締める。

 嫌だ、嫌だ嫌だ!!

 もうあの時みたいなのは嫌だ!!

 何でもいい! 何でもいいから戦う力が欲しい! もっと! もっと!!


 カラン……。


 視界の端に何かが転がってくる。

 緑色の液体が入った注射器だ。

 何処から? セシリアの作った物では無い。


「それを使いなよ」


 ダキナの言葉に顔を上げる。

 その表情には期待と物足りなさが浮かんでいる。

 敵が差し出した、何かも分からない薬物を手に取るのか?


「安心してよ、ただのドーピング剤だし、非正規だけど軍人が使う奴だよ。ま、ちょっと手を加えてるけど」

「…………」

「んー!!」


 セシリアはそれを手に取る。

 ここまで戦って一つだけ分かった事がある。

 あの女は愉しんでいる、セシリアを甚振る事を。

 もし殺す気なら、態々毒なんて使わずともとどめを刺せばいい。

 ニヤニヤと期待に疼くダキナを睨みつける。


「んー! んんー!! んー!!!」

「ごめん、お母さん」


 マリアが止めろ叫んでいるのが分かる。

 精一杯安心させる様に微笑む。

 上手く笑えただろうか、顔は傷だらけで血塗れだ、こんな不細工な顔を見せたくないなと乙女心が泣く。


「すう……ふぅ……」


 諦めるな、諦めたくない。

 例え毒だろうと何だろうと、戦う力が手に入るなら何でもいい。

 震える手を抑えて注射器を首に突き立てる。


「っ……」


 異物が体内に侵食してくる。

 気持ち悪い、眠い。痛い、疲れた。憎い、死んじゃえ。

 胸中は不平不満で溢れている。

 体内に注入された液体が、全身に染み広がるのを感じる。

 痛みと疲労感が和らぐ。成程、確かにドーピング剤だ。

 相変わらず身体は鈍いが、それでも気力が満ちて立ち上がる事が出来る。


「これなら……」


 セシリアは牙を剥く。

 自分が曖昧になる様な興奮で。

 自分の現状すら忘れる万能感に酔って。

 燃料切れの心臓に無理やり火を着けて、心臓が張り裂けそうな程悲鳴を上げる。

 それとは別にふわふわする様な、不思議な感覚に包まれる。

 セシリアが立ち上がった事に、ダキナは満足そうに笑みを深めた。


「それじゃ、第二ラウンドと行こっか」


 セシリアは諦めない。

 拳を構える。

 マリアが叫んでいるのを意識の外に追いやって。


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