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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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思い出は灰となって消える



「退け!! 家族が!! おばあちゃん!!」


 その状況を、セシリアはただ呆然と立ち竦んで見ていた。


 轟々と燃え盛る孤児院と教会。

 その前で泣き叫びながら、男達に抑え込まれるラクネア。

 必死で消火活動をするも、まったく衰える様子の無い焔。


 目の前のこれは一体何なんだ。

 どうして孤児院が燃えている?

 マリアは? お母さんは中に居るんじゃないのか?


 分からない。

 訳が分からない。


 理解できる許容量を超え、頭が真っ白になる。


「離せ!! お願いだから離して!! あの子達が!! 子供達がまだ中に!!」


 その言葉にセシリアは正気に戻る。

 そうだ、何を呆けている。中にはマリアだけでない、孤児院の子供達だって大勢いる。

 セシリアは地面を蹴ってラクネアの目の前に飛び出た。


「ラクネアさん!! 皆は何処!?」

「セシリア!?」


 セシリアの姿を見てラクネアは大きく目を見開く。

 だが、彼女は即座にセシリアに縋りついて見上げる。

 その姿は普段の勝気さは欠片も無く、何処までも、悲壮な、今にも壊れてしまいそうな一人の母の姿だった。


「地下! 地下に避難してる!! お願い! 皆を……子供達を助けて!!」

「分かった!」


 悲痛な願いを聞くとセシリアは、懐からハンカチを取り出し口元を覆い、近場にあったバケツの水を頭から被る。

 そしてそのままコートの襟と前をしっかりと閉め、燃え盛る孤児院の中に駆け込む。


「おい!? あんた何を!?」


 出入り口で消火活動していた男性の声を背に、セシリアが中に入ると肌を焼く熱と視界一杯に広がる黒煙が出迎えた。

 歩くところも殆どない炎の海、思わず一歩踏み出すのを躊躇い、背後の冷たい外気の中に戻ろうと一歩後ずさりしてしまうが、それを気合だけで押しとどめる。


「ゲホッ! ……地下室は、確か食堂の方だったよね」


 目に染みる煙と、口に当てたハンカチが乾き始めている事に焦りを感じながら、セシリアは記憶と僅かに見える視界を頼りに限界まで身を屈めて目的の場所へ向かう。


 炎によってまっすぐ歩くことは出来ず、黒煙によって身を屈める事を強制されて地面に手を着けばジュッ。という嫌な音と共に激痛が走る。

 それでも、僅かな酸素を限界まで取り込み、歯を食いしばって前へ進む。


「っ……最悪……あれは……スーちゃん! イヌちゃん!」


 靴底から伝わる熱に足裏は爛れ、既に一歩歩くだけでも激痛が走る中、セシリアは視界の端で何かが身じろぐのを捉える。

 それに気付いたのは偶然だ、こんな炎の海の中、僅かに動くものなど炎の揺らめきと勘違いしてしまう。


 だが捉えた。

 イヌとスーが、燃え盛る柱の下敷きになっている。


 セシリアは慌てて駆け寄り、柱に手を当てて持ち上げる。

 ジュっと嫌な音が鳴る。


「あっ! っつくない!!!」


 手のひらが焼け爛れるのを感じる。

 全身を襲う痛みが限界を超え、最早どこが痛いのかも分からなくなったと思ったら、刺すような激痛が生きてる事を思い出させる。

 燃え盛る柱に触れた瞬間、悲鳴を上げそうになったセシリアは歯を食いしばって泣き言を堪える。


 必死で何本も針を刺された様な痛みの走る足を踏み込み、磨り潰された様な痛みの腕で柱を持ち上げ放り捨てる。

 重りは無くなったというのに、火花の中曝け出された二人は、死んだように反応しない。


 イヌを守る様にスーが覆いかぶさっているが、二人共煤汚れていて至る所に爛れている。

 セシリアは息を切らしながら、真面に吸える僅かな酸素と熱に喉を焼かれながら、焼け爛れているイヌと広い半液状マットの様になっているスーをコートの内側に抱きかかえ、来た道を全力で駆け抜ける。


「あ“あ”―――!!」


 喉が焼かれ声が出せなくなり、息を吸うだけでも激痛が走る中、セシリアは僅かに見えた外の明かりに全力で飛び込む。


「おい! 出て来たぞ!!」

「水を持ってこい! 火達磨だ!」


 炎の中から飛び出し、二人を庇う様に背中から地面に落ちたセシリアは体中に火を纏わせていた。

 突然火の中から飛び出てきた火達磨のセシリアに、男達は慌てて水を掛け白い煙を上げて消火させる。


「セシリア!」


 地面に寝転がるセシリアに、ラクネアが駆け寄り期待と不安に揺れる、泣き腫らした顔で膝を着く。

 中はどうだったのか、誰か一人でも無事だったのか。今すぐに問いただしたいのをぐっと抑え、咳き込むセシリアが落ち着くのを待つ。


「――ぉ“れ」


 焼け爛れ掠れ切った声でセシリアは魔法を発動すると、全身を白い光が包んで火傷を直す。

 重傷レベルの火傷が、逆再生の様に治った事にその場の全員が目を剥く。


「ゲホッ、二人っゴホッゴホッ……」

「イヌ! スー!」


 息も絶え絶えにセシリアは懐から二人を出す。

 セシリアの魔法によって二人の外傷は治され、穏やかに寝息を立てる二人にほっと安堵した。

 ラクネアは煤汚れてはいるが、二人の無事な姿を見て涙を溢れさせて抱き込む。


「ヒュー……私、もう一回行ってきますね」

「……ごめん、お願い……」


 ふらふらと立ち上がり、水を頭から被るセシリアにラクネアは二人を抱きしめ、膝を着いたまま震える声で頭を下げる。

 自分では中に入った途端、火達磨だろう。

 本当なら大人で、子供達の親である自分が行くべきだと思う。

 だが、それでもこうして二人を抱きしめると冷静さを取り戻し、臆してしまう。


 二人を置いてあの火の海の中に入るのか?

 それで自分が死んだら?

 残されたイヌとスーはどうなる?


 そう思ったら、卑怯だと、ずるいと、最低だと己を罵りながらも、走り去るセシリアの背に小さく「ごめんなさい」と呟いた。


 再び炎の中に舞い戻ったセシリアは、勢いの強まる地獄の中を身を屈めて進んでいた。


 既に火の手は限界まで広がり、立ち上がって歩けば黒煙に包まれてしまう程燃え盛っている。

 至る所は崩れ落ち、建物自体が崩壊するのも時間の問題だろう。


「ゲホッ……急いで、地下室に行かないと……」


 途中でイヌとスーを救出したことによる時間ロスで、セシリアの焦りは冷静さを失う一歩手前まで来ている。

 それでも冷静さを失っていないのは、まだ希望があったから。

 イヌとスーは無事だったのだ、地下室もまだ間に合う筈、無事であってくれと言う願いがあったから。


 殆ど、這うような姿勢でセシリアは目的の場所へ向かう。

 一度、道中で生存者を見つけた事もあって、セシリアは周囲に目を凝らしながら先を急いでいたが、残念ながら地下への扉に突き当たるまで誰も見当たらなかった。


「ゲホッゴホッ!!」


 扉を見つけ声を上げようとしたが、出てきたのは刺すような痛みと血の混じった咳だけだった。

 喉が焼け、乾ききったハンカチでは黒煙を防ぎきれず、腔内に広がる血の味に歯噛みしながら円形のドアノブに手を掛ける。


「あっ! つ!!」


 だが肉を焼く、小気味よい音と共にセシリアは勢いよく手を引く。

 みれば手は赤く爛れていて、ピリピリと痛みを伝えている。

 良くドアノブを見てば、金属のそれは熱によって膨張していて触れる事すら叶わない。


 ならば蹴り壊そうと思ったが、扉は引き戸な上立ち上がれば黒煙の中に顔を埋める事になるだろう。

 仕方なくセシリアは左手で左の懐からリボルバーを取り出し、ドアノブに狙いを付ける。


 激発の轟音を一発轟かせると、50口径炸薬徹甲弾はいとも容易くドアノブ毎周辺を破壊し、扉は反動でゆっくり開かれる。


(あと二発って所かな)


 銃身に走る罅に顔を顰めつつ、腋のホルスターにリボルバーを仕舞うと扉を開き、地下へ続く階段を覗き込む。

 保冷庫も兼ねている地下は全面を石に囲まれて、密閉性が高い。

 その為火の手が回らず、また煙も侵入して居ないのか、熱気こそある物の逆流する風に出迎えられた。


(間に合った!!)


 歓喜に口角を上げながら、セシリアは地下へ続く12段の階段を飛び降りる様に駆け下りる。


「ぃんな“!」


 焼け爛れて痛む喉を精一杯震わせて声を張る。

 助けに来た。

 皆、お母さん。助けに来たよ。

 その思いを込めて、地下室を見渡す。


「……は?」


 だが見たのは地面に倒れ伏す沢山の子供達だった。

 いや、唯一の大人、もう一人のシスターである老婆が居るが彼女も倒れ込んでいる。

 どうして倒れているのか分からなかった。

 だって、まるでその姿は死んでいる様では無いか。


 地下に入った瞬間から、ガンガンと膨張するように痛みを訴える頭に顔を顰めながら、ふらふらと彼ら彼女らに近づく。

 ぱっと見渡してマリアの姿を探す。

 蒼銀の、美しい髪を。


 誰かの下敷きになってるのかと、眠っているかの様な子供達の肩を揺する。


「ひっ! ……」


 冷たい、生者の気配を感じないただの肉に、セシリアは小さな悲鳴を上げて腕を引く。

 凄惨な死体はつい数時間前に見たし、動物の死骸も見慣れている。

 だが、知人の死体など見た事がある筈も無く、彼ら彼女らの弛緩した死に顔を見て、反射的に脳裏に生前の姿が過り慄いてしまう。

 つい数時間前まで有り余る元気で、笑顔で駆けまわっていた子供達が、今では白目を剥いて死んでいる。


 慌ててマリアを探して這うように死体の中を搔き分ける。


「ぉがあ”さ“ん……」


 掠れた声で愛しい人を呼ぶ。

 一人、また一人と身を起こしてその姿を細やかに探す。

 どれだけ目を凝らしても、どれだけ集中してもその姿は見当たらない。

 全員をくまなく見た、だが彼女は居なかった。その事に、無意識にほっと安堵してしまう。


(とりあえず、息のある人を探さないと)


 流石に何十人も回復できる程の魔力は無い為、取捨選択をする。

 段々と意識が遠のくような、割れそうな頭痛に歯を食いしばって耐えつつ、精一杯声を掛ける。


「お“ぎで! だれが! だれが!」


 精一杯声を掛けながら肩を揺すり続ける。

 だれか一人でも反応があればすぐに見つけられる様に、端から暗くなっていく視界を精一杯見開く。


「だれが! だれがはん“の”うじで!!」


 全員の身体に触れた。

 全員触れたというのに反応の一つも返さない。

 全員死んだように冷たく、大気に熱されて膨張しだしている。


 それでもセシリアは、外に運び出せばまだ助かるかもと両脇に一番幼い子供達を抱える。

 だが突然、ガクッと膝を着いて子供達が投げ出され地面に倒れ込んだ、まるで糸が切れた様に、脚が動かない。

 酸素を求める様に口をはくはくと開くも、吸い込めるのは熱だけで息苦しさは解消されない。

 割れそうな頭痛と吐き気が意識を奪っていく。

 手足が痺れ、霞む視界の中で、セシリアは困惑と共に原因を察する。


「さ…けつ……」


 慌ててセシリアは、出口の階段へ這いずる。

 だが鉛の様に重い身体では届かない。

 薄れゆく意識を、歯を食いしばって繋ぎ止める。

 本能がここで意識を失ったら死ぬと叫ぶからだ。


「……ぉれ」


 何とか、ギリギリで魔法を使い肉体を治す。

 痛みが引いて意識が明瞭に戻ったのも束の間、直ぐに意識を奪う鈍痛と吐き気が襲う。


「っっえぇっ……」


 胃液を口の端から溢れさせながら、セシリアは回復と嘔吐を繰り返して、無意識的に酸素を求めて階段まで這い進む。

 皮肉にも、命を奪う熱気に混じった僅かな酸素がセシリアの命を繋いだ。


「っヒュー! ゲホッゲホッ……」


 喉を焼きながら、セシリアは必死で息を吸い酸素を取り込む。

 熱気を背に、セシリアは地下室を振り返る。


 マリアは居なかった。

 全員の遺体を運ぶ事は出来ない。

 何処かで、派手な音を上げて何かが崩れる音がした。


 自分まで死ぬわけにはいかないと、震える膝を抑えセシリアはよろよろと立ち上がる。

 出口に向かおうとするが、地下にいる間に相当火の手が回ったのか、通った道は火に呑まれている。


「げほっ、他の道は……」


 煙に揉まれながら目を凝らして逃げ道を探すも、見渡す限り一面の火の海。

 安全な道なんて一つも無い。

 窓から飛び出す? 窓の位置なんて分からない。

 炎の中を駆け抜ける? 出口が分からないのであれば火達磨になるだけだ。


「きゃっ!?」


 セシリアの傍に燃え落ちた天井が落ちてくる。

 火花と土埃を上げて崩れ行く建物に、焦燥を募らせた。

 流れ落ちる汗すら気化させながら、博打を打とうと腹をくくる。


「大丈夫、大丈夫」


 己の残りの魔力を意識し、記憶にある構造を思い起こし出口があるであろう方に向き直る。

 博打だが、他に策はないと震える膝を叩いてコートを盾の様に正面に構える。


「ふっ!」


 地面を蹴って炎の中に飛び込む。

 コートによって多少は身を守れるが、燃え盛る炎は足元からセシリアを焼き尽くしていく。

 服が擦れる度に走る激痛に顔を顰めながら、脂汗を燃料に全身を火達磨にし、出口を目指す。


「治れ!」


 タイミングを見て肉体を治す。

 肉体は確実に復元した。だがそれと同時に肉を焼いていく。

 炎によって身体を焼かれながら走り、そして治す。治した傍から焼かれていく。


 膝が崩れ落ちそうになる。

 痛みが正気を削る。

 熱と黒煙が意識を奪う。


 それでも、感覚が曖昧になってくる足を必死で動かす。

 前は見えない。

 ただ直感に任せて先を目指す。


「な“お”れ“!!」


 最早視界すら碌に確保できぬ中、二度目の魔法を行使する。

 魔力が抜け、膝が折れて転びかける。

 だが治った身体に鞭を打って堪え、足元を縺れさせながら先を目指す。


「おい! こっちだ!」


 声が聞こえる。

 飛び込むようにセシリアはその声の方に駆け寄り、焼け爛れた肌に少しだけ冷たい風が撫でると、最後の力を振り絞って地面を蹴る。


「あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“!!!!」


 土の上を転がると、ザラついた粗い土が肉を撫でる。

 全身に火を纏い、美しい蒼銀の髪は燃やされ頭皮を露わに、至る所を爛れさせているセシリアは地面を転がって激痛に悶えた。


「水を掛けろ! ありったけだ!! 魔法でもなんでもいい!」

「ウォーターポンプ!」


 誰かの魔法によって全身に水をぶちまけられる。

 冷たさが心地よく、激痛を呼び起こす。

 消火され蒸気を上げながら、虫の息のセシリアは途切れそうになる意識で、爛れた唇を動かす。


「――れ」


 それだけで全身の傷は無かった事の様に再生する。

 だが身に纏った服は殆どが焼け落ち、四肢を覆う部分は灰と化している。

 魔力が枯渇し、精神をすり減らしたセシリアは殆ど気合だけで意識をつなぎ止め、碌に力の入らない身体に鞭打って倒れ込んだ身体を起こす。


「セシリア!!」

「はっはっはっはっはっ……っ……っす~……はぁ~……」


 スーとイヌを大事に抱きかかえたラクネアによって、身体を支えられながら立ち上がったセシリアは、ふらふらと膝に手を着きながら、焦げ落ちたブーツに包まれた脚で立ち上がる。

 ラクネアは今すぐどうだったのか、どうして誰も連れていないのか、薄々察しつつも泣きそうな顔で問おうとする。


「セシリア、皆は……」

「はぁ、ふぅ……ごめん、皆はもう……」

「嘘……ウソだよね? ねぇ、連れてこれなかっただけだよね……」


 セシリアの言葉にラクネアは弱弱しく縋りつく。

 そういう想像をしなかった訳ではない。寧ろ、理性の部分がその可能性が高いと告げている。

 だが、いざそれを突き付けられると理解を拒むように瞳を揺らす。


 痛ましげにセシリアは首を横に振る。

 心のどこかでそうだと思っていて、手元にイヌとスーが居なければ、ラクネアは発狂していただろう。

 二人の穏やかな寝息と少し高めの体温だけが、ラクネアの心を繋ぎとめる。

 泣き崩れなかったのは、その言葉を現実だと正常に認識出来なかったからだ。


「うそ……」

「ごめんなさい……それとお母さんは? 中に居なかったけど」


 セシリアは謝罪しながら、マリアが火の中に居ない事に安堵しつつ、僅かな希望を願ってその行方を問う。

 ラクネアは今にも壊れてしまいそうな泣きそうな顔で、大事そうに腕の中の二人を抱きしめながら答える。


「分からない……私と一緒に、外に出た時に宿屋の方へ行くって……」

「居なかった! だからここに来たの、何か知ってない?」


 セシリアの言葉にラクネアは何処か虚ろな目で、殆ど機能停止してる頭を捻る。

 マリアに関しては言葉通り、避難が始まって早々に別れてから顔を見ていない。セシリアの求める答えは無い。


「……そういえば、避難が始まる前に変な女に話しかけられた……」

「変な女?」


 訝しむセシリアに、ラクネアはその時を思い出す。


「褐色の女で、派手な印象だった」


 褐色の女。

 セシリアは嘗ての怨敵を反射的に思い浮かべた。


 確信した。

 もしダキナがこの街に来ているなら、マリアとセシリアを狙わない筈が無い。

 トリシャとガンドを殺した奴はあいつだ。あいつに決まっている。


 マリアは未だに、非常勤ながらトリシャ達の下で働いている。

 街では有名な看板娘だ。

 マリアの居場所を割るために、トリシャ達を弄んだのだろう。


 直感が警鐘を鳴らす。


 殺気を滲ませるセシリアに気付かず、ラクネアは続けた。


「マリアの事や孤児院の事をやたら聞いてきて、最後に街を一望できる所は無いかって聞いて来て……セシリア!?」


 どうしてそれを先に聞かなかったのか、セシリアは痛い位歯を食いしばった。


 完全に無駄足だった。

 イヌとスーの命を救ったのだ、無駄足では無いのだがマリアは宿屋に居なかった。孤児院にも。

 どこかで無事でいると思うのは、楽観が過ぎるだろう。

 苛立ちで、歯をギリッと鳴らした。


 セシリアは煤汚れた素足で、石畳を蹴る。

 見晴らしが良い場所なんて限られている。

 マリアの死体は無かった。ダキナなら直ぐに殺すなんて、つまらない真似はしないだろうが、手を出さない保障は無い。

 人気が無く、見晴らしが良い場所なんて一つだけだ。

 胸を掻き毟られる不安の中、必死で走った。


「おい離れろ!! 建物が崩れるぞ!!」


 セシリアが傍を離れるとまるで見計らったかのように、けたたましい騒音を発てて孤児院が文字通り藻屑と化す。

 その様子を、ラクネアは目を見開いて見届けるしかなかった。

 漸く、セシリアの言葉が事実だと、無情にも突き付けられて理解せざるを得ない。


 何年、何十年と過ごして来た思い出の家が、家族と共に苦しくとも幸せな思い出の多い家が、たった数十分で、一瞬で、家族の殆どと共に瓦解した。


「は……はは……」


 ラクネアは膝を着いて呆然と炎を見つめる。

 その頬には涙が伝わり、笑ってるような、泣いてるような曖昧な表情で乾いた声を漏らす。


「っぐ! っぅぅううぅぅ……みんなぁ……おばあちゃん……」


 ラクネアのちっぽけな幸せが、日常が、あっさりと崩れ落ちた。

 大成なんて望んだことは無かった。ただ子供達が健やかに、大きなってくれればそれで良かったのに。

 二人だけは、セシリアによって救われた二人の命だけは、もう二度と、決して離すまいと抱きしめる。


 火の粉が散る中、燃え盛る家だったそれを前に、ラクネアの押し殺した嗚咽がいつまでも響いていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 大切に思う気持ちや人、それぞれの価値観の違いがよくでて分かりやすいです。そのせいか今セシリアが苦しんでるのがかわいそう( ; ; ) これでお母さんの身にとんでもないことが起きてたら…墜…
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