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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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美しき蹂躙




「羽ばたきなさい、蝶の様に。そして舞いなさい、月下の姫の様に」


 クリスティーヌの静かな声が響く。

 そしてそれに続くように、クリスティーヌの人差し指に嵌められた黒色の宝石が一際輝き、霧散した。


 砂の様に、指輪の質量を超えた粉塵はガーゴイル達の周囲に散布される。

 やがてそれはガーゴイル達の関節や腔内、呼吸をしていない為内臓にまでは届かないが、それでも内外に張り付く。


「収束し、成形しなさい。貴方達が屑などではない所を、見せてあげなさい」


 その呪文を皮切りに、ガーゴイル達に纏わりついていた粉塵が収束し、肩から、腰から、喉から、外から中からあらゆる場所から黒色の鉱石を生やす。

 突然自身の身体から鉱石が吐出し、そして穿たれた様に四肢を、胴体を抉るそれにガーゴイル達は戸惑いの様子を見せる。


「ヴィー、落ち着いただろうし、拘束を解いてあげて」

「よろしいので?」

「状況が分からない程、愚かではないでしょう」


 クリスティーヌが肩越しに、目を見開く二人を一瞥して答えると、ヴィオレットは指を一つ鳴らす。


 するとセシリアとヤヤを縛っていた不可視の糸の様な物が外れ、二人は自由を取り戻す。

 自由を取り戻した二人だが、クリスティーヌの言うように無理やり手を引いて逃げる様な真似はしない。


 クリスティーヌとヴィオレット。

 二人の戦闘力を目の当たりにし、自分達よりも優れていると理解したからだ。

 だがだからと言って、何もせず見ているほどセシリア達も薄情ではない。


 二人は顔を見合わせて頷くと、援護しようとする。


「援護は必要ありませんわ、そこで見ていなさい」


 だがそれはクリスティーヌの、興奮で少し上ずった声に阻まれる。


「だけど……」

「それに、下手に手を出されても危険なだけですわ。戦いに身を置く物なら、その程度即座に思い至りなさい」


 クリスティーヌの言葉は正論だった。

 セシリアはクリスティーヌの戦い方を知らない。


 ヤヤは後方支援な為そこまで問題は無いが、前線で拳で戦うセシリアがむやみやたらに前に出ても邪魔になるだけだ。

 幾ばくかの悔しさで拳を握りしめながら、セシリアは深呼吸して一歩下がる。


 ヤヤは自分だけでもと思ったが、ヴィレットに微笑まれながら首を横に振られ、おずおずとセシリアと共に下がる。


「大丈夫デスかね? ヤヤ達見ていても」

「たぶん大丈夫だと思う。悔しいけど、私達より強いし」


 二人が下がったのを見て、クリスティーヌは満足げに正面に向き直ると、致命傷を避けた一体のゴーレムが突出してきている。


「やらせませんよっと」


 だが横合いからヴィオレットの上段蹴りがこめかみに炸裂し、ガーゴイルは吹き飛ぶ。


 更に一体がヴィオレットの背後から飛び出し、晒されたうなじに掴みかかろうとするが、ヴィオレットはまるで背中に目がついてるかの様にギリギリのタイミングで反転し、相手の手の甲に右手を滑らせて軌道を逸らすと、前のめりになったガーゴイルの頸椎に肘を落とし地面に叩きつけ、そのまま頸椎を踏み潰す。


「お嬢様もっと倒せません!?」

「これ以上はこの子が壊れてしまうわ、頑張って頂戴」

「使えないお嬢様ですね」

「ちょっと! 聞こえましたわよ!!」


 のんびり喋っているが、その間もヴィオレットは迫りくるガーゴイル達を相手に傷一つおうことなく立ち回っている。


 一体が殴り掛かれば首を傾けて除け、カウンターに右アッパーを叩き込み空中回し蹴りで蹴り飛ばす。

 その隙をついて横蹴りを繰り出したガーゴイルには、大きくのけ反って避けると、そのままのけ反りの反動を活かしてサマーソルトキックで顎を蹴り上げ、空中で胴体を晒したガーゴイルの鳩尾に掌底を叩き込む。


 だが一体のガーゴイルが腰に抱き着いてきたことで、動きが止まってしまう。

 更にまた一体が右足に、一体が左足に抱き着いて動きを止める。


 そして一体のガーゴイルが、完全に動きの止められたヴィオレットの端麗な顔に爪を突き立てようと飛び込む。


「ヴィーさん!」


 ヤヤの悲鳴に、セシリアも脇のホルスターからリボルバーを引き抜こうとするが、ヴィオレットは肩越しに笑いかけた。


「セクハラですよ、これ」


 ヴィオレットのナイフに付いた鎖付きの分銅が重力を無視して、一人でに動き出し爪を突き立てようとしたガーゴイルの眼孔を穿つ。

 衝撃で横にそれたガーゴイルを一瞥すらせず、ヴィオレットは腰に抱き着くガーゴイルの頭蓋にナイフを突き立てて排除し、残りの二体も振り払う。


 そしてそのまま、眼孔が抉れたガーゴイルに近づくとその首を踏み潰す。

 ヴィオレットは右腕のナイフを大きく振り抜き、更に詰め寄って来た一体を切り捨てる。


 ヴィオレットは一息つくと、ガーゴイルの数が未だ多い事にため息をつく。


 真面に動けそうなのが10を切ってはいるが、クリスティーヌの魔法によって無力化されながらも、にじり寄ってくるガーゴイルを含めたら10以上は居る。

 だが後方で、二の手を準備していたクリスティーヌの声が届く。


「下がりなさいヴィー、準備が出来ましたわ」


 頷き隣に下がるヴィオレットを横目に、クリスティーヌはポケットから研磨しただけの赤青緑の宝石を取り出し、右手の指で挟みながら掲げる。


「使い捨てになってごめんなさい。穿ちなさい! 流星弾!!」


 クリスティーヌが腕を振るい、三つの宝石を放り投げると、まるで流れ星の様に弧を描いてガーゴイル達に撃ち出される。


 赤の宝石は着弾と共に爆発を起こし、数体のガーゴイルを巻き込んで土塊と化させる。

 青の宝石は空中で制止すると、先端から糸の様な物を出し周囲のガーゴイル達を切り刻む。

 緑の宝石は地面に沈むと地響きが上がり、新芽が幾つも顔を出して急激な勢いで成長し、幾つもの巨大な薔薇の蔓が現れ空間を侵食する。


「っはぁっ……はぁ……ふぅ、流石に堪えますわね」


 額に脂汗を流しながら、肩で息をするクリスティーヌは疲れの滲む表情を浮かべるが、それでも気丈に振舞う。

 だがそのお陰で、ガーゴイルの数は片手で数えるまでに減った。


「お疲れ様です。残りは相手しとくので休んでてください」

「えぇ、お願いするわ」


 クリスティーヌを労いながら、ヴィオレットは完全掃討の為にクリスティーヌの傍を離れて前へ歩みだす。


 最後に残ったガーゴイルは、どれも満身創痍の体でヴィオレットはそれを軽々と壊していく。

 それを眺めながら、クリスティーヌは髪をかき上げて汗ばんだうなじと涙黒子を晒しながら、後方で呆然としているセシリアとヤヤに笑いかける。


「どう? ワタクシの宝石魔法は、美しかったでしょう?」

「あ、うん。美しかったていうか」

「強すぎデス」


 セシリアは内心、チートかよ言いそうになったのを噤んだ。

 それほどにクリスティーヌの魔法が、いや、クリスティーヌだけでない。ヴィオレットの体術もセシリアを遥かに超える強さだ。


 セシリアとヤヤが手を出す必要など欠片も無い。

 圧倒的実力差に打ちひしがれていると、粗方のガーゴイルを始末したヴィオレットが涼しい顔で戻って来る。


「ふぅ、明日は筋肉痛になりそうですね」

「なら、今晩はマッサージでもしてあげようかしら?」

「される側のお嬢様がそんな事出来るんですか?」

「あら心外ね、ワタクシがマッサージの一つ出来ない訳無いでしょう」


 和やかに笑い合う二人は、あれほどの戦闘の後だというのに気圧った様子がない。

 二人は踵を返して帰ろうとする。


「あっ! 危ない!」


 だがクリスティーヌの背後で、ヴィオレットが倒しきれなかった一体のガーゴイルが爪を振りかざす。

 セシリアは警告の声を上げて、懐のリボルバーを取り出すが射線がクリスティーヌと被って逡巡してしまう。


 セシリアが射撃の名手なら、針の先を通すような腕前を持っているなら撃てただろう。

 だがクリスティーヌに当てない様に、その背に居るガーゴイルを撃ち抜くには技量が足りなさすぎた。


 一瞬の逡巡。それだけで最悪の光景を幻視する。


「はぁ、だらしないですわよ」


 だがクリスティーヌが浮かべたのは、恐怖で驚愕でも無かった。

 ただヴィオレットのツケの甘さに対する落胆だった。


「申し訳ありませんっ!!」


 それに対してヴィオレットは、ガーゴイルの腕が振り下ろされるよりも先に両腕でガードする。

 身を挺してクリスティーヌを守り、肩を裂かれながらも腕を抱き込むと、地面に叩きつけナイフを眉間に突き立てて無力化する。


「ヴィーさん!」


 慌ててヤヤが駆け寄って傷の心配をする。

 出血自体は激しいが、致命傷にはなっておらずヤヤはホッと安堵の息を零して応急処置を施す。


「情けないですわよ、ヴィー」

「申し訳ありません」


 クリスティーヌは、ヴィオレットに対して冷たい言葉を発する。

 その翠の瞳に直前までの親しさは無く、少し怒った様に形の良い眉を潜めている。

 そんなことを言われ、ヴィオレットは申し訳なさそうに唇を噛んで俯く。

 先ほどまで親し気に話していた二人とは思えない。だがクリスティーヌの態度が、主従だというのをはっきりと表している。


 そんな態度のクリスティーヌに、ヤヤは悔しそうに立ち上がりキッと睨みつける。


「なんでそんな事が言えるデスか、ヴィーさんはクリスさんを守ったじゃないデスか!」

「ダメよ、ヤヤちゃん」


 クリスに歯向かうヤヤをヴィオレットは窘めようとするが、ヤヤはその手を振り払う。

 ヤヤにとってヴィオレットは今日会ったばかりの人物だ。

 だが身を挺して主を守ったヴィオレットに、そんな事を言うなど、ヤヤのちっぽけな正義感と種族の血が見過ごせなかった。


 それに対して、クリスティーヌは楽しそうに口元を歪める。


「守るなど侍従として当然、己が命を捨ててでも身を挺するのがヴィーの役割ですわ。それに任せろと自ら口にしたのはヴィーですわ、己の言すら通せないなど美しくありませんもの」

「何を言ってるか分からないデス! 仲間じゃないんデスか!?」


 その言葉にクリスティーヌは首を傾げる。

 心底、不思議そうに。


「仲間ではありませんわよ? ヴィーは私の物ですわ」

「なっ!? そんなのおかしいデス!」


 クリスティーヌの回答にヤヤは尻尾を逆立てる。

 仲間であるはずのヴィオレットを物と言うクリスティーヌに、ヤヤは敵意を見せる。

 自然と手が弓に向かっていった。

 それを見てクリスティーヌは、楽しそうに口元に弧を引いたまま宝石の指輪を構える。


 一触即発の雰囲気に肌がピりつく。


「戦うというんですの? 貴方程度の実力で」

「ヤヤは誇り高い灰狼デス、仲間を物なんて言う人を許さないデス」


 弓を構え、牙を剥いて敵意を見せるヤヤは完全に興奮している。

 それに対してクリスティーヌも戦闘態勢を見せた。


「ヤヤちゃん!」


 ドパンッ!!


 ヴィオレットが慌てて間に入って止めようとした瞬間、強烈な炸裂音が響き渡る。


 突然の轟音に三人は耳を抑え身を竦ませ、音の発生源に顔を向ける。


「仲間割れなんてしてないで、早く帰ろうよ」


 そこには頭上に向かってリボルバーを撃ったセシリアが、煩わしそうな表情で立っていた。

 リボルバーの銃身に罅が入ってるのに顔を顰めながら、懐のホルスターに仕舞って帰宅を促す。


 仲間同士で争うのを止めるのもあったが、仕事が終わった以上早くマリアの元に帰りたかった。


「……興が削がれましたわ、行くわよヴィー」

「あ、お嬢様!?」


 クリスティーヌは一瞬、興味深そうにセシリアのリボルバーに目を輝かせたが、深呼吸を一つして踵を返す。


 残されたヤヤは興奮が冷めたからか、尻尾と耳を垂らして項垂れている。


「ごめんなさいデス、セシリアちゃん」

「別に良いよ。でもらしくなかったけど、大丈夫?」

「……デス……」


 萎れるヤヤがどうしてあんなことをしたのか、セシリアには分からなかったが、いつまでもここに居るのもどうかと思い背を押してクリスティーヌ達の後を追いかける。


 依頼主に敵意を見せる等、これで依頼金が払われなかったら嫌だなと思いながらセシリアはため息をついた。


 だから気付かなかった、ヤヤが羨ましそうにヴィオレットの背中を見ていた事に。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヤヤちゃん…すごくいい子なのに感情的な行動が今のところ全部裏目にでちゃってる…しょうがないのかな セシリアがリボルバーを上に向けて撃った理由がお母さんに会いたいからとか…わかる、わかるよ!…
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